第221話女性陣のぼやきですか?

「まさかタロウが付いていくとは思いませんでした」


少々度数の高めの酒をちびちび飲みながら呟く。

それに応えるように、ダンと大きい音を立ててテーブルにジョッキを叩きつけるシガル。


「本当だよ!私達が居るんだから行く必要ないでしょ!」


食堂の全員に聞こえる大声でシガルは叫ぶ。その様を他の客がちらちら見ている。

シガルは王女様の勝利宣言の時に居たので、顔を覚えてるやつは覚えている筈だ。タロウとの関係も同じくだろう。

かなり目立っている。多分それ抜きでもこれだけ大声で叫んでいれば目立つだろうな。


「シガル、ちょっと飲み過ぎではないですか?」

「平気だよ!お酒って初めて飲んだけどおいしいね!」


シガルが飲んでいるのは度数が低めの果実酒だが、体が出来切っていない年齢なせいか酔いが早い。


「大分酔ってますね・・・」

『な、なあ、イナイ、これ大丈夫なのか?』

「酔ってないよ!全然平気!大丈夫大丈夫!」

「・・・酔っ払い」


あたしとハクの発言を否定するシガル。ちびちびと水を飲みながら小声で真実を言うクロト。

間違いなく、まごう事無き酔っ払いだ。


「まあ、後で解毒でもかければ良いでしょう」


酔っ払いは止められないし、話を聞かない。好きなだけ騒がせて、後で治してやろう。

記憶が残ってるのかどうかの確認もしておかねーとな・・・。


「ガラバウまで本当に行っちゃって・・あいつ・・・」


この宿の主人の娘、レンというらしいが、たまたま時間があい、シガルが誘って同じテーブルに居る。

彼女はあのガラバウという少年に文句を言っているようだ。

彼女はあたしと同じ度数の酒を倍飲んでいる。顔は真っ赤で今は常に頭がふらふらしている。


「彼女も後で面倒を見ないといけませんね」


流石に同じ場で飲み食いしていたのだし、後の面倒は見るとしよう。

しかしタロウからは、彼女とガラバウはそういう関係ではないと聞いてたんだが、違うのだろうか。


「あいつ、普段はそういう事興味ないって言ってたくせに・・・!」

「そういう事言う人に限っていくんですよ!」


レンの怒りに、シガルがさらに油を投下する。

周りの客はそんなレンを楽しそうに見ている気がするが、あたしが視線を向けるとすっと目をそらす。

どうやらここに居る客は、あたしが誰なのかを知っているようだ。


「大体タロウさんはそんな所に行くぐらいなら、あたし達にちゃんとそういう事すればいいのに!」

「そうですよ!恋人がいるなら行く必要なんてないですよね!」


お願いだからそういう事を大声で言わないでくれねーかな。恥ずかしい。

周囲の客もくすくすと笑っているのが聞こえる。

ふと厨房の主人と目が合う。だがすっと目をそらされてしまった。おい、片方あんたの娘だろ。


「・・・お母さんも、顔赤いよ。大丈夫?」

「これは酔ってるせいじゃないから、大丈夫ですよ」


赤い顔をクロトに心配され、誤魔化すように酒を飲む。

酔っ払いが二人いると無敵だな、全く。


「大体お姉ちゃんも悪い!」

「え?」


シガルがびしぃっとあたしを指さして叫ぶ。その行動に驚き、周囲もざわつく。


「私がですか?」


何故責められているのかが分からん。


「お姉ちゃんはちょっと、積極性が無さすぎる!もうちょっとぐいぐい行くべきだよ!」

「ぐ、ぐいぐいって言っても」

「控えめなのもお姉ちゃんの可愛い所だと思うけど、タロウさんは受け身が過ぎるんだから、こっちから行かないと!」

「ぜ、善処します」


完全に目が据わってる。多分これ本心なんだろうな。もともとそういう傾向はあったけど、これがシガルの素直な言葉なんだろう。

そして、その言葉の裏にもう一つ意味が有るのも分かっちゃいる。

シガルはあたしに遠慮してる。だからあたしが行かないと、シガルも行きにくいんだよな。


「ステル様とってもかわいいんですから、押せ押せで行けますよ!」

「は、はあぁ」


両手を握って力強く言うレンを見て、何とも言えない返事が出てしまう。

いや、返事にもなってねーなこれは。


「そうだよ、お姉ちゃんは可愛いんだよ!ずるいよね!これで30越えてるんだから!」

「は!?」


レンが目を見開いてあたしを見る。あたしのこと知ってるのに、年齢知らなかったのか。

戦争の事を考えれば最低でも20後半はいってねーとおかしいんだけどな。

ミルカもなんだかんだ後数年も経てば30いくし。


ふと気が付くと、周囲まで驚いた顔をしている。

でもあたしだって出来るならもっと身長が欲しかった。大人の女性像ってのは憧れた。


「え、その、ステル様、ほんとですか?」

「ええ、もう30の半ばを過ぎていますよ」

「あ、あっさり言うんですね」


世の中年齢を言うのも聞かれるのも嫌だという人は多いが、あたしは年齢自体は気にしてない。

タロウと婚約する前は、あいつに知られるのは嫌だったけどな・・・。

でもまあ、今はもうそれも関係ねーし、どうでも良い。むしろ年齢を重ねた事で手に入れた物が有るんだ。誇りこそすれ、嫌がる意味はない。


「私にとって年齢は歩んできた道。そこに誇りを持っても、隠すことは有りませんよ」


また酒を飲みながら言う。流石に少し酔いが回ってきた気がする。まだ余裕はあるが、少しペースおとした方が良いかもしれない。


「そ、その年で、その容姿と肌ですか」

「そうなの!お姉ちゃん肌綺麗なの!」


肌か。軽く手入れはしてるが、たいした事はしてねーんだけどな。

まあ、セルから貰ってる物使ってるから、いい物だとは思うけど。


「そう言うシガルこそ、すべすべじゃないですか」


シガルはそれすらしていない筈だ。あえて言うなら清潔にしているぐらいだろうか。


「あたしはまだ、若いもん。お姉ちゃんと同じぐらいの年になったときは、自信ないよ」


いきなり静かになって、落ち着いた声で言うシガル。


「その時は私はおばあちゃんですよ。気にする必要は無いでしょう」

「そう、かな。お姉ちゃんはなんだかそのまま年を取りそうな気がする」


そのままか。どうかな。このまま年を取っていったとしても、皺が増えるのは避けられないだろう。

まあ、でも、タロウと一緒に年を取っていけるなら、それも悪くない。もちろんシガルともだ。


「なんか、少しびっくりして、酔いがちょっとさめました」

「それは何より」

「なので追加!おとーさんお酒ー!」


全然覚めてねーよ。明らかな酔っ払いのままだよ。

レンは追加を叫びながら奥に歩いて行った。


「クロト、追加は要りませんか?」

「・・・このお肉美味しかった」

「分かりました、では追加を頼んできましょう」

「・・・ううん、自分で行って来る」


クロトは皿をもって、とてとてと厨房に歩いて行く。こうやって見ていると、見た目通りの可愛い子供にしか見えないな。

それに自分の事は自分でやろうとするいい子だ。

あの黒さえなければ、本当に普通の子なんだが。


「クロト君いい子だー!」


シガルがまた叫び状態に戻った。上下が激しいな。


「そんないい子は頭を撫でてあげよう!」


追いかけてクロトの頭を撫でるシガル。やりたい放題だが、クロトは喜んでいるようなのでいいか。


『わ、私も何かとってこようか?』

「ハク、そこは張り合う必要ないと思いますよ」

『そ、そっか』


こっちはこっちで世話が焼けるな。

二人の関係がいつまで続くか分かんねえが、今は少しでもこの二人が一緒にいられるようにしてやりたいな。


「お姉ちゃん、ハクと何話してーるの!」


がばあと、後ろから抱き付くシガル。分かってはいたので、驚きはしない。


「ハクも何か追加しようかと話していただけですよ」

「ハクもお酒飲む!?おいしいよ!」

『飲んでも酔えないからなぁ、私』

「いいのいいの!おいしいから!」

「ハク、酔っ払いに抵抗しても無駄ですよ」


別に飲めないならともかく、飲めるなら素直に聞いておいた方が早い。


『じゃあ、貰おうかな』

「はーい!じゃあ3人分貰って来るね!」


シガルはそう言って厨房までふらふらした足取りで歩いて行く。大分酔ってるな。

入れ違いで戻ってきたクロトが、少し心配そうに見ている。


「しかし、帰りが遅い。本当に店入ったんじゃねーだろうなあいつ」


誰にも聞こえない声で呟く。若干声に怒気が含んでいた気もする。

別にそういう仕事に侮蔑の心は無いが、あたし達が居るのに他の女抱くってのはいい気分じゃない。


「もしいい匂いさせて帰ってきたらどうしてやろうか」


自分も少し酔いが深くなって来てるのか、感情が少し過激だ。


「・・・お母さん、ちょっと怖い」


クロトが不安そうな声で言うのが聞こえ、少し冷静に戻る。


「・・・ま、あいつの事だから、何か面倒な事してるだけな気もするけどな」


それはそれで、後で大事になりそうで困るが。


「まだまだ飲むぞー!」

「おおー!」


酒を8杯ほど抱えて帰ってきた二人を見て思わずため息を付く。

これはこの二人がつぶれるまで終わらないかもしれねーな・・・。

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