第219話怪しげな世界に足を踏み入れていきます!

「いらっしゃいませ」


三人で店に入ると、妖艶という言葉が似合う女性が頭を下げ出迎えた。

顔を上げ、俺達、特に俺とガラバウの顔を見ている気がする。


「これはこれは・・・」


クっと、口の端を吊り上げるような笑いをし、なんとも艶のある顔をする女性。

うーん、反応的にただの受付さんではないのかな?


「えーと、いいかい?」


ボロッカロさんが女性に話しかける。


「・・・おや、お久しぶりですね。実入りのいい仕事でもございましたか?」

「本当は来る予定じゃなかったんだが、少し事情があってね」


どうやら二人は知り合いのようだ。

いや、多分知り合いっていうか、ボロッカロさん、ここに来た事有るんだな、これは。


「事情。なるほど、なるほど?」


女性は俺達を見て楽しそうに笑う。なんていうか、捕食者に舌なめずりされてる感覚に襲われる。


「それで、今話題の英雄様方が、何の御用で?」


かつん、かつんと、分厚い厚底の靴を鳴らしながらこちらに歩いて来る。

その歩き方もどこかの女優のようで、女性の良さを引き出す方法を熟知しているような、そんな感じがする。

まあ、経験の乏しい男の見た限りの感想だけど。


「ここにさっき入ってきた女の子の事が聞きたいんですけど」

「ふうん、英雄様はあの子の知り合いですか?」

「もし、知ってる人なら」

「なる、ほど、ねえ」


人差し指を唇に当てながら、楽しそうな表情でこちらを見ている。なんか、落ち着かない。


「あの子をご指名でしたら、値が張りますよ?うちの店では人気ですから」

「え、いや、そういうつもりじゃなくて、ちょっと話をと」

「だとしても今あの子はうちで仕事中、たとえ会うだけだとしても、仕事として会ってもらうしかありませんねぇ」


仕事としてって言われても、俺は別にそういう目的じゃないんって言ってるのに。


「ここに、呼んでもらうのも駄目ですか?」

「駄目ですね。時間いっぱいまでは、うちできちんと仕事をしてもらうのが契約ですんで」


・・・今誰かが奥に駆けて行った。

見えてはいないが探知で分かった。この人、俺の死角から何かの合図を送った気がする。


「お金をちゃんと払って頂けるなら、あわせてあげられる、かも、しれませんねぇ。

なにせ人気ですんで、既に相当お金を出して予約している方が居るんですよ。その方々より出して頂けるなら、割り込みも考えましょう」


傍にあった椅子に腰を下ろし、胸元を若干はだけながら流し目でこちらを見る女性。


「いくらぐらいなんだ?」


ボロッカロさんが女性に問う。


「これぐらい、ですかねぇ」


女性は立ち上がって、受付の棚らしき所から紙を取り出し、サラッっと何かを書いて、ボロッカロさんに渡す。


「・・・ぼったくりじゃね?」

「いえいえ、適正価格ですよ。なにせ他の方をおいて、割り込んでしまうんですから」

「個人で払える額じゃねえぞこれ。家が建つ値段じゃねーか」

「あらあら、そうでしたか。ですがそれ位稼ぐんですよ、あの子は」


ボロッカロさんが渋い顔をして女性と話しながら紙を見る。家が建つ金額か。払えないな。

先ほど奥に行った人は、誰かを伴って移動している。この店のさらに奥に。もちろんさっきの子だ。

ちょっと、カマをかけてみるか。腹の探り合いは苦手だけど、こういうあからさまなのは流石に分かる。


「俺は別に、彼女に危害を加える気も、無理やり何かをしようというわけでも有りません。

いきなりここから逃がすという手は、止めていただけませんか?本当に話をしに来ただけですので」


俺がそういうと、たった今までボロッカロさんを向いていた顔がこちらを向き、少し目が鋭くなった気がした。


「何のことですか?言いがかりは感心しませんよ。いくら英雄様と言っても、証拠の無い事を言われるのは止めて頂きましょうか」


はい、向こうの方が上手でしたー。動揺どころか、俺が悪者になってしまう予感。

因みにただ今お二人は絶賛移動中。もう既に店の外に出ている。


「・・・すみません。不快な思いをさせました」


潔く頭を下げて、引き下がる。彼女の位置は把握している。これ以上ここで粘る必要は、俺には無い。

そんな俺を見て、一層目を細める女性。だがすぐに笑顔に戻る。


「・・・いえ、解って頂けたなら、問題ありません。こちらも商売ですので、申し訳ありません」


そう言うと、なにか板を持ってくる。


「では、どうされます?その子以外でしたら、お安く致しますよ。なにせ英雄様ですから」


その言葉にボロッカロさんが「おっ」と声を出すが、俺は別に興味がない。


「では彼らにその値段で。俺は帰ります」


そう言って俺は店を出る。


「お、おい待てよ。俺も出るぞ」


ガラバウが慌てて俺についてくる。ボロッカロさんは女性と何かを話している様子なので、多分今の安くするという言葉と、俺の言葉で、値段交渉してるんだろう。

うん、まあ、いいや。楽しんできてください。


「ガラバウ、ちょっと走る。お前はどうする?」

「俺、いるのか?」


・・・いらないな。別にコイツあの子のこと知らないだろうし。


「いや別に?」

「じゃあ俺は帰る」

「わかった、じゃあな」

「おう」


俺はガラバウから視線を切り、移動した2人の方へ走る。

途中、明らかに怪しげな路地を幾つか通る。微妙に視線が気になる。なんか凄い見られてる。

まあいいや、と思っていたら誰かに道を塞がれた。


「坊主、ちょっと待ちな」

「こっから先は、関係者以外は通行止めだ」


どう見てもどこかのお店の土地という気配のない、ただの通路で二人の男に止められる。


「ただの通路に見えるけど、だれかの土地なんですか?」

「ああ?」

「何だ坊主、世間知らずだな。まあいい、知らないなら大人しく帰れば見なかったことにしてやる」


男ふたりのうち片方はチンピラような態度だが、片方は理性的に言ってくる。


「んー、この先に用事があるんですけど、ダメですか?」

「ダメだから止めたんだろうが!馬鹿かてめえ!」

「オメエは黙ってろ!悪いな坊主、コイツはちょっと血の気が多くてな。ここらは俺たちの頭が治めてんだ。ヘタに入らねえほうが坊主にとってもいいと思うぜ」


なんか、昔見た任侠映画とかで見た組み合わせた。片方が前に出るチンピラで、片方がそれを諌めつつ、話を上手く持っていく。

こういうのはどこに行ってもいるのかなぁ。


「ならその方と話をしますので、通して頂けませんか?」

「坊主、痛い目を見ないとわかんねぇタチか?」

「ガキが調子乗ってんじゃねえぞ!」


ふむ、この人ら、俺のこと知らないのか、俺のことに気がついてないのか、よっぽど腕に自信があるのか。

ぶっちゃけ話し合いなら手を出す気はないが、手を出してくるなら無抵抗をする気はない。

押し通るぞ、俺は。


「やめとけ、お前ら」


俺がそんなふうに思っていると、奥から誰かが歩いてくる。


「兄貴!」

「兄貴、お知り合いで?」

「いや、会うのは初めてだが、誰かは知ってる。おめえら、止めなかったら殺されてたかも知んねえぞ。もうちょっと世の中に目を向けろ」

「こ、ころされ?」

「・・・兄貴、本当ですか?」

「マジだよ。俺も死にたくねえからな、通してやりな」

「・・・分かりました」


殺すとか物騒な。ちょっと気絶ぐらいはさせるかもしれないけど、そんな怖いことしませんよ。

どうやら通してくれるみたいだし、まあいいか。


「あなたは俺のこと、知ってるんですね」

「こいつらが無知で馬鹿なだけですよ。あなたにケンカを売るような馬鹿な真似はさせませんので、どうぞ」


そう言ってその人は奥を手で指す。けど、そっちは俺が行きたい方向と違う。


「その、隣の通路に行きたいんだけど」

「・・・こちらは民家、というか、うちらの溜まり場で何もありませんよ」

「そう、ですか。お邪魔するわけには?」

「あんな汚い所に、あなたを招くわけにはいきませんので」

「気にしないですよ?」


やんわりと断られているのは分かってる。だがここまで来た感じ、ここはあまり良くない所なのは解る。

彼女が俺の知り合いでなければいいが、知り合いなら、ここで引くわけには行かない。

もしかしたら危ない目に遭ってるか、無理やりという線も有り得なくはない。


「どうしても、お引き取り願えないんで?」

「こちらにも少し、事情がありまして」

「はぁ、では、兵を呼ぶことになりますね。不法侵入されるならこちらも被害者ですんで」


ぐっ、そりゃそうか。流石にそこまでやったら俺が悪いわな。


「この先にいる方と、少し話をしたいだけなんですけど、ダメですか?」

「・・・その人物と会って、何をなされるんで?」

「確認を。本人が望んでなのか、違うのか。ただそれだけです」


彼は俺の目をじっと見て動かない。俺の真意を探るような、そんな気配を感じる。


「その言葉、違えないようにお願いしますよ。付いて来て下さい」


どうやら許可を貰えたようだ。


「有難うございます」


礼を言って後ろをついていく。その間後のふたりは不思議そうな顔で見ていた。

さて、魔力の波長を覚えてないから、タダの似た人なのか、本当に本人なのかどうか。

もし本人で無理やりなら、大立ち回りする気満々だけど、さてどうなるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る