第217話俺の魔術は普通じゃないのですか?

殆どの人間は、今の光景を見ていなかっただろう。

否、見ていたとしても、どれだけの人間が今の光景をきちんと理解できただろうか。

あれは、あんなものは、有りえない。いくら何でも異常すぎる。


「ゼノセス、どうしたんだ?」


ワグナが話しかけてくる。だが、耳に入らない。

先ほど見た光景があまりにも理解できなくて、あまりにも納得できなくて、心があまりに乱れている。

術者としては、最悪な状態だ。全く集中が出来ないような状態だ。


「おい、どうしたんだ、そんな怖い顔をして」


応えない私に再度ワグナが問う。

うるさい。今は人の言葉を聞く余裕なんか無いんだ。あんなものを見せつけられたんだ。

あんな納得のいかない物を見せつけられて、この感情をどう処理すればいいか分からないんだ。


「・・・彼はやはり凄いな、想像していた以上に高い技量の武術を修めていた。誰にも気が付かれず、バルフさんを一瞬でとは。かなり手加減されていたんだな、自分は」


ワグナが、何を思ったのか、先の光景の感想を言い出した。そのせいで少しだけそちらに意識が行く。

やっぱりこいつは解ってない。


「あいつは、武術家じゃない」


私はかすれる声でそう言った。声が、上手く出ない。

そんな私をワグナは不思議そうな目で見る。


「本当にどうしたんだ。調子が悪いのか?」


どうやら私の様子がおかしいのは、体調不良かと思ったようだ。

確かに今、あんまり感情が強く動き過ぎて、気分は悪い。けど、原因は単純に自分の心だ。納得できない自分の心だ。


「彼は、剣士でもないし、ましては無手の闘士というわけでもないのは、君も知っているだろう。ただその技量が――」

「違う」


ワグナが再度、あの少年の評価を口にするを止める。そんな見当違いの言葉聞きたくない。


「違う?」

「あれは、あいつは、あんなのは」


声が、かすれていく。上手く言葉にできない。

あの少年の怖い所は武術の技量なんかじゃない。

いや、少年が高い技量を持つのは間違いない。でなければワグナと無手で相対することなんてできないし、あんなにきれいな体術でバルフを倒せるはずも無い。


でも、違う。ワグナとやったときはまるで分らなかった。隠していたのか、やらなかっただけなのか分からない。

でも、さっきの一瞬。あの一瞬を見ていた。だから理解できた。あの少年の本当の怖さを。

あの少年の力は、あれは、あの技術は。


「隊長と、同じ・・・!」


悔しくて、歯ぎしりをしながら言葉をひりだす。

私がいまだ届かない領域。やっと見る事だけは叶う様になった領域。少年はその位置に居るのだと。


「殿下と同じ?」

「・・・あれは、あんなものは、もうただの魔術じゃない」


あれはもはや、通常の魔術の領域を超えている。隊長と同じ、もはや魔法の領域に近い魔術だ。

世界から力を借りるのではなく、世界を跪かせて力を使わせるような魔術だ。


あれが私と同じか、それ以上?

そんなはずがない。あの魔術行使は、あの力は、私なんかはるかに超えている。

あの速度の魔術を展開されては、私には勝ち目がない。


彼がその魔術だけが取り柄ならば、勝機はあるかもしれないが、先のとおり彼は高い技量の体術も持っている。

敵う筈が無い。


何より納得いかないのは、その高い体術の技量を持っている筈なのに、それだけの魔術の技量を持っていることだ。

なんだそれは、そんな物を持っていながら、なぜ。

私はそこにすら届いていない。まだ、その入り口にすら手をかけられていない。

ただ、見る事が出来るようになっただけだ。


なのに、そんな・・・!


「ふざけてる・・・!」


余りに納得がいかなくて、悔しくて、そんな言葉が出る。

どうしても納得できない。あれは魔術だけで、それだけでやっていけるだけの能力を持っている。

なのに、それ以外も全てが高い領域で纏まっている。

なんだあれは。何だあの異常な子は。


「自分は魔術師じゃないから、君が何を見て、どう感じているのかは分からない。だが、悔しいのなら、目の前の光景に納得がいかないのなら、納得がいくようにすればいい」


隣の直情バカが、私にそう言って来た。

解ってるわよそんなもの。分かってても、悔しい物は悔しい。

今までいなかったんだ。隊長と同じ事が出来る人間なんて。


私も隊長に色々と師事は受けているし、学んでいる。だからこそ少年の強さが理解できた。

彼も私も、条件は同じ。いや、学んだ期間の分、彼の方が条件は下な筈だ。

なのに、私を超えている。私では敵わない魔術を使っている。彼はそれを理解しているんだろうか。


「追いついてやるわよ。ええ絶対に・・・!」


少年と手合わせを頼むかどうかは悩んでいた。彼が魔術を使えるとはいえ、隊長が彼を手放しで褒めていたとはいえ、そこまでの技量を持っているとは思ってなかった。

隊長が口にした通り程度だと、思っていた。

現実はどうだ。あれには絶対勝てないと、あの一瞬で、たった一瞬で思い知らされるほど、私と彼には開きがある。


「・・・とりあえず、気持ちはわからなくも無いんだけど、その怖い顔はそろそろやめないと周りが心配するよ」

「うるさい」


私の言葉にワグナはため息を付いて、私を隠すように私の前に立つ。

そんな事別にしなくて構わない。構わないが、一応心の中で少しだけ礼を言っておこう。


「きっと、君にとっては魔術の技量に目がいって、そう思うんだろう。いや、きっと自分には理解できない領域が有るんだろう」


ワグナは私に顔を向けずに語りだす。


「だが、武術を修めた者にしか解らない物もある。彼の真骨頂が魔術なのか、武術なのかはわからない。だが、その武術も、あまりにも高い技量の持ち主だ。きっと君には分からない領域のね。

でなければ、あの人が武で負けるはずがない。あの人があの距離で、負けるはずが、無い」


恐らくバルフの事を言っているのだろう。

確かにさっきの一瞬、つかった魔術は強化魔術だけだった。

その一瞬の魔術行使があまりにも異常だったが、あくまで強化魔術。身体能力を上げるだけだ。


けど、それだけでバルフに勝った。

他にやりようもあっただろうに、あくまで体術でバルフに対処した。

あいつが本気で剣を握っていなかったとはいえ、その速度をはるかに超えた反応を見せた。


「でも、だからこそ納得いかないんだけどね、私は」


イラつきを全く隠さずに、私を隠すワグナの背中をごすごすと殴りながら言う。


「痛い痛い。それにその握り方でやると、手を痛める」


何処かズレた返答が帰ってきた。殴られているのにこちらの手の心配をするとか。

殴るのを止めて、一つ深呼吸。


「ふぅー・・・あー・・腹立つ」


呟く私をちらっと見て、苦笑いするワグナ。


「今の顔なんか腹立ったから、やっぱ高いの驕らせてやる」

「え」


腹いせに目いっぱい好きなもの食ってやる。覚悟しろ。





隊長は解ってて私に言ったのだろうか。分かってて言ったなら、酷い人だ。

酷くて、優しい人だ。私に現実を付きつけたくなかったんだろう。あの人を追いかけているのを知っているだけに。


けど、諦めてなんかやるものか。この光景に心折られてなるもんか。

絶対に追いついてやる。あの領域に。

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