第216話結局自分の本気は良く解りません!

「いつつ、予測をはるかに超えられてしまいました。・・・これでは、まだまだ届かないな」


上体を起こし、安定した様子の騎士隊長さんは俺の顔を見てそう言った。

まだ届かないとは、何の話だろう。

ていうかもしかして、この人反撃される前提でさっきの事をやったのだろうか。


「ふぅ・・・・前に君に会った時とは別人だね。ふふ、不意打ちだというのにこちらが防御も許されないとは思わなかったよ」

「こっちは、いきなりすぎて自分でも状況が理解できませんでしたよ・・・」


騎士隊長さんの言葉に不満を返す。

本気で怖かった。危険だけは、しっかり感じ取れた。

直後の自身の鼓動は早鐘のようだった。殴り飛ばしてしまった側ではあるけども。


「申し訳ない。でも理解してほしかった。君は自分の力を低いと思っている。その意識のせいか、力を出し切れていない」

「いや、それは・・・」


全力使い切ったら、次が立ち行かなくなるから。

最初の頃に、そう教えられている。なので俺は常に余裕をもって、余裕を残していくようにしている。


「なんとなく、考えていることは分かるよ。でもね、タロウ君。全力を出す事と、全力を使い切ることは違う。そして君は自分の全力を理解できていない」


全力を出す事と、使い切る事は違う、か。

・・・それは、そうかもしれないけど、どう使い分ければいいのか分からない。


「今すぐに理解しろとは言わないが、少しは理解できたんじゃないかな」

「理解、ですか」


俺はついさっきの出来事を思い返す。

たった一瞬。本当に一瞬の出来事を。





騎士隊長さんが剣を手にかけた瞬間、切られると思った。首を斬られると、思った。

いや、思ったというより、感じたというのが正しい。

何か良く解らない感覚が、首を斬る感じがした。それが、目の前の人物が行おうとしていると、感じた。

俺は彼が剣を抜く動作に入った瞬間強化を使い、座ったまま左手で軽くジャブを撃つ形で仙術をバルフさんの胸に打ち、動きの止まった彼に仙術込みの打撃を放った。





自分でも驚くぐらい、正確に、効率よく、自身がとっさにできる行動を完全にやり切ったと思う。

全て無意識の反応だった。彼の攻撃に反応できたのも、その対処に最効率で反応できたのもだ。それを全力と言われても、良く解らない。


何よりも自分で不可解なのは、強化をノータイムでやった自分自身だったりする。

仙術は今までも反射的に使えた。けど、強化魔術は、ほんの数秒時間が必要だった。それが完全に0だったのが、自分でも何故か分からない。


「・・・すみません。俺には、まだ良く解りません。自分で、さっきの動きが出来たのも不思議なぐらいです」

「そうか。それは残念だ。私では力不足だったか。けど、以前の君なら、さっきの一撃は理解できなかった筈だ。それだけは、解ってほしい」


理解できない一撃。確かにそうかもしれない。もしさっきの一撃を初めての時にされていたら、為す術なく倒されていただろう。

それは分かる。けど、解らない事もある。

だってこの人、あの時


「あの時、切られると、殺されると思いました」

「ええ、殺す気で振りました」


めっちゃ正直に言われた。怖い。


「でも、その手に剣は握られていなかった」

「もし本当に斬ったら危ないですからね」


危ないなんて物じゃないっすよ。死んじゃいますよ。

でも、それでも、俺は殺されると思った。この人の剣は、それだけの力を持っていると、感じた。

殺す気での剣の振りをしてみせる気だったけど、最初から本気で殺す気は無かった、という事で良いのかな。

それにしては、本当に殺されると感じるぐらいの何かを持ってたけど。


「明確に首を斬るのが見えたなら自分としても合格なんですけど」

「切り落とされる未来が見えました」

「・・・では、私はまた一つ先に進めたようですね」

「ええー・・・」


この人俺に理解させるって言っておきながら、自分の力試しもしたのかよ。

この人こんなちゃっかりした感じの人だったっけ?もっと堅かった覚えがあるんだけど。


「なるほど、そういう事か」


ウッブルネさんがふむと頷き呟いた。


「タロウは、危険と恐怖に反応できるように鍛えたからねぇ」

「うん、生き残れるように、鍛えたからね」


リンさんと、ミルカさんが言う。

ん、もしかしてこの人達、さっきの光景見てた?


「二人とも、さっきの見てたんですか?」

「バルフが剣を握った瞬間、そっち見てたよ」

「うん」


どうやら二人は騎士隊長さんが殺気を放った瞬間こっちを見た模様。

ああいうの、自分に向けられたわけでもないのに分かるのか、この人達。


「私は自分に向けられんと、気が付けん」

「まあ、普通はそうだろ。あの二人がおかしいんだよ」

「そうだな、敏感すぎる。魔力が走ったならともかく、人が戦闘状態に入った瞬間を、見てないのに分かるのだからな」


ウッブルネさんが少し悔しそうに言うと、アロネスさんとアルネさんのフォローが入る。

あれ、気が付けたのあの二人だけなのか。そう言えばイナイも気が付いて無かったっけ。


「タロウ君の全力かー。確かにあたし達は全力を使い切らないようにって教えたからねー」

「元々、そのうち一人で旅に出ても生きていけるように、っていう前提でしたからね」


セルエスさんが。俺の戦闘スタイルにフォローを入れてくれる。イナイも同じくだ。イナイは周りに人が多いせいか、ステル様モードだ。

この時のイナイって、どこかのお嬢様みたいだよなぁ。今更だけど。


「見損ねた・・・」


シガルが悔しそうに小声で呟く。ハクは変わらず日向ぼっこしている。あいつ気が付かなかったのかな。


「・・・お父さん、凄かった」


クロトは、キラキラした瞳で、俺を見ている。

いや、君とハクの戦いの方が、とんでもなかったと思うんですけど。


遠巻きに見ている人たちの会話を聞く余裕も出てきたのか、いろんな呟きが耳に入る。

ワグナさんとやった時は本当に本気じゃなかったんだとか、騎士隊長を倒したって本当だったとか、あれで魔術も使えるなんておかしいだろとか。

前二つはともかく、魔術使えなかったら俺は多分、この世界では話にならないと思うんですよ、うん。

仙術強化だけでもそこそこ強くなれると思うけど、それだけではきっと俺の力はたかが知れている。

どうにも地の身体能力が足りない気がするんだよなぁ。

それにそもそも、魔術が使えなかったら、仙術使えないし。


「本気、か」


自分の手を見て呟く。さっきの一瞬、確かにその感覚は有った。

本気を、全力を、自分の出来るものを出し切らねば、目の前の人物には勝てないと、出さねば殺されると感じた。

その結果があの体の反応なのだろう。自分がやった以上、意識して出来る事でもあるのだろうけど、良く解らない。


ガラバウの時は本気でやったつもりだった。最初から、本気で。

でも今の一瞬、明らかに、あの時とは違う動きをした。







俺は、相手を「殺すかもしれない一撃を」放った。







無意識の動作で、それをやった。相手が騎士隊長さんだったから、近くにミルカさんとセルエスさんが居たからまだ良かった。

けどいなかったら、彼は死んでいたかもしれない。

いや、彼でなかったら、死んでいたかもしれない。

そんな一撃を放った自分が、何より理解できなくて、怖かった。


・・そうか、きっとこれなのかもしれない。この人が気が付かせたかったことは。

本気の一撃。相手を気遣わない、本当の攻撃。相手を殺す気の、本気の攻撃。

確かに俺は、言葉の通じない魔物や獣にしか、そういう攻撃を意識してした事は結局無い。強盗団の時も、無意識に任せてしまった

ガラバウの時でさえ、俺はあいつを気遣った。あいつが死なないように加減をした。


ハクの時は、ハクを必要以上怪我させないようにと思いながらやったっけ。


それ以外だと・・・正直、話にならないのしかいなかったから、解らなかったのかな。

バカ王子の時なんか、制限つきでやったし。

その後も単純に、あいつには対処不可能な攻撃をしただけだしなぁ。


一撃で終わらせる技を持っている自覚、か。

でもやっぱり、怖いな。人を殺しかねない一撃を打つのは。

さっきのは無意識な反応だから出来た事で、意識していたらきっともっと加減していた。

いや、たとえ反射的な行動だったとしても、相手が彼でなければあの反応はきっとしなかった。

心と体が、完全に別物だったのも余計に有るのだろう。心は戦うつもりじゃなかった。けど体だけが反応した。

その乖離が、さっきの攻撃なんじゃないかなと思う。


「お騒がせしてすみませんでした」


俺が思考に埋没していると、騎士隊長さんは周りに頭を下げていた。

皆の反応は大体が、別に気にしてない風な反応だった。緩いなぁ。


「要は、お前があんま卑屈だと、お前に負けた連中も卑下することになるぞって事だよ」


ボソッと、イナイが俺にしか聞こえない声量で言う。

ああ、なるほど、そういう意味も有ったのか。でもなぁ。


「でも俺、本当に自分が強いとは思えてないんだよなぁ」

「知ってるよ。あたしはお前のそういう所嫌いじゃない。だが、時には全力を出さないといけないときも有るし、自身の強さを正確に把握して行動に出るようにしろって話だよ」


自分の強さの把握、か。大体は解ってるつもりだったんだけどな。

ある程度人に関わる事も増えたし。


「精進します」

「ああ、がんばれ」


俺の答えに、柔らかい笑みで答えるイナイ。可愛い。


うーん、根本的に自分に自信が無いんだろうな、俺は。

まあ、ぼちぼち頑張っていこう。人間精神的な部分は、そう簡単に変われんとですよ。

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