第214話騎士隊長さんも来てました!
「タロウさん、起きて」
ゆさゆさと揺られて、意識がゆっくりと覚醒する。
シガルの声だ。シガルが朝からちゃんと頭覚めてるのも珍しいな。やっぱりハクの事気になっていたんだろう。
でも今の声は、少し明るい気がする。ハクとちゃんと話せたのかな。
「おはよう・・・」
のっそりと起き上がり、シガルの顔を見る。
シガルは困ったような顔で俺を見ていた。隣にハクが飛んでる。
なんか人型の方が見慣れていたから、この光景ちょっと面白い。
「タロウさん、もうお昼だよ」
「は?」
シガルに言われて外を見る。げ、マジだ。
驚いて一気に目が覚めたぞ。
「何回か起こしたんだよ?タロウさん、起き上がったのに、気が付いたら寝てるんだもん」
「あ、すみません」
全然記憶にございませぬ。シガルと同じ事してる。
そういえばシガルは、起き抜け記憶がない事自覚してるのだろうか。
「お姉ちゃんに、いい加減に叩き起こして来いって言われたよ」
「・・・あ、はい」
え、なにそれ、怖い。
イナイさん、もしかして怒ってる?
ボディブローの一発は覚悟しておこう。
『ねぼすけー』
「うるさいな」
ハクが楽しそうに突っ込んでくる。調子はいつも通りに戻っているようだ。
シガルとも楽しそうに話している。
完全に元通りとは思わないが、大丈夫そうかな。
でも俺、あの後ハクを運んで、一息ついて、眠気がまた来たの明け方なせいなんだが。
・・・まあ、何度か寝坊したり、転寝したりしてるので、言い訳になってないか。
「もしかしてみんな集まってる?」
「集まってるっていうか・・・もうクロト君のお披露目自体は終わっちゃってるよ」
「げ、まじか。もう解散してる感じ?」
「一応、クロト君が誰かの相手をする事になって、今その最中」
クロトの相手か。多分昨日の戦いを見てない人達の為だろうな。
昨日のクロトを見る限り、多分ちゃんと手加減してくれるだろうとは思うけど。
「すぐ行く。今度は寝ないよ、大丈夫」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。流石にちゃんと起きてるでしょ?」
「・・・ちゃんと起きたって返事してから寝たからね、タロウさん。一緒に行くよ」
「・・・すみません。でも今はちゃんと起きてます」
俺どれだけ寝ぼけてんだよ。ていうか、ちゃんと返事して寝るなよ。せめて寝ぼけてても起きろよ。
とりあえずとっとと着替えていこう。
「くぅ!」
多目的ホールにつくと、誰かが転がっていく音と、うめき声が聞こえた。
ホールを見ると、テーブルや椅子などは全てはしに寄せられ、中央が広く開いていた。
どうやら元々やる予定でいた感じだ。
「よ、っと」
転がっていた人物は途中で手をついて大きく跳ねて着地し、木剣を構える。
あれ、あの人騎士隊長さんだ。
「ふぅ、危ない」
「・・・今の躱すんだ。凄い」
「これはどうも有難う」
クロトが本気で驚いた顔で言い放ち、それを笑顔で返す騎士隊長さん。
笑顔の筈なのに、寒気がする。今のあの人を見ていると、怖い。なんだ、これ。
以前会った時と、やっぱり雰囲気が違う。いや、前に見かけた時に、どこか雰囲気が違うと感じたっけ。
最初の時と、まるで空気が違う。何かが根本的に違う。
「さて、ではもう一度行きますよ」
騎士隊長さんは宣言してから、真正面に突っ込む。速い。前よりかなり早くなってる。
あれ、ちょっとまって。あの人無強化だよな。何だ、あの速度。強化したワグナさんより早いぞ。
騎士隊長さんは、クロトに剣が届くギリギリの距離で木剣を横なぎに振る。
クロトはそれがしっかり見えているようで、黒でそれを塞ごうとするが、黒が剣を捉える瞬間剣が手元に引かれ、突きに変わった。
あの速度でフェイントとか、冗談じゃないぞ。
だがクロトは慌てることなく横に体をずらして突きを躱す。
騎士隊長さんはさらにそこから一歩踏み込み、途中で剣の軌道を横に変える。
流石のクロトも驚いて、腕を黒くしてガードする。
と思ったら、どうやら捕まえるために黒く染めたようで、そのまま剣を黒で捕まえた。
逆手で拳に黒をのせて反撃するが、既にその位置に騎士隊長さんは居なかった。
そして、距離を取って頭をポリポリとかく。
「んー、まいりました。剣を取られては勝てませんね」
なんて、全く参ってない感じで言った。
いや、事実参ってない気がする。あの人は、まだ手がある予感がする。
だって今、後ろに下がって参ったを言うその瞬間まで、まだあの人は怖かった。
クロトもそのおかしさを感じたのか、首を傾げていた。
「・・・終わりで、いいの?」
「ええ、ありがとうございました」
クロトの言葉に、頭を下げて礼を言う騎士隊長さん。
クロトはやはり不思議そうな顔をしている。だが騎士隊長さんは気にした風でもなく、ウッブルネさんや、騎士の人たちがいる所へ歩いて行く。
騎士隊長さんとクロトが戦っている最中はとても静かだったが、終わった瞬間凄いざわつきになった。
聞く感じ、今の出来事だけでなく、昨日の出来事を見てた人達は、今日来た人たちにその事も話している感じだ。
「誰か、まだ試したいものは居るか?」
ウッブルネさんがそう言うと、一瞬でざわつきが消えた。
皆、だれかやるか?という表情でキョロキョロしている。
「私、やろうか?」
リンさんが冗談っぽく言う。瞬間クロトがすごい勢いでリンさんから離れていった。
あ、イナイが居た。イナイの横まで凄い速度で移動したな、今。
「リファイン」
「・・・すみませんでした」
ブルベさんがリンさんをじろりと睨む。リンさんは何とも言えない顔で目を泳がせ、謝った。
あの人何やってんだ。昨日泣かせたばっかりだろうに。
因みにクロトは半泣きでイナイにしがみついて、イナイは今にも泣きだしそうなクロトをなだめている。
その光景を見て、周囲にいる人たちは皆驚きの顔を見せる。
まあ、当然かも知れない。あの動きを、あの戦闘を見せた人間が、リンさんの一言で泣きそうになっているんだから。
同時に安堵の声も聞こえた。騎士隊長さんが勝てない相手。だがリンさんは勝てるのだと。
勝てない相手ではないのだと、そういう声がちらほら聞こえた。
けど、その思考は危なくないだろうか。
確かにリンさんは勝てるが、リンさんがいつでも現場にいるわけでは無いのだから。
自分達でどうにかしなければいけない時が有るかもしれない。そのためにもクロトの力を見せてるんだと思ったんだけど・・・・。
「では、彼の力は皆理解できたか?」
ひとざわつきした後に、ブルベさんが良く通る声で言う。今日は王様してる。
「皆に彼に勝てる程にとは言わん。だが、戦闘職の者はこの力から民を守り逃げるだけの力は持て。最低自分が逃げ切るだけの力は持て」
背筋を伸ばし、皆の顔を見回すように言うブルベさん。
その言葉を緊張した面持ちで受け取る皆。結構多いな。
「彼は、あれでまだ加減をしている。この技工具を壊さないよう、気を使っていた。それでもあの力だ。
昨日の彼を見ていた者ならば、それが真実だと分かるだろう。
私は彼が危険では無いと判断した。だが、彼と同じ力を持つ者が危険で無いとは限らん。
事実、遺跡から出てきた者達と今まで戦わずに済んだことは、彼が出て来るまで無かった。彼は例外だ」
例外。そっか、例外か。そりゃそうか、今までほとんど問答無用な感じで攻撃してきたって言ってたもんな。
本当にそんな子じゃなくてよかった。もしそうだったら、目を覚ました時に居た俺はとっくに死んでる気がする。
「彼のおかげで、遺跡から出てくる者達の強さをよく理解できたと思う。これからはそれを念頭に置いて作業に当たってほしい
重ねて言うが、彼が例外なのだ。努々それを忘れずにおくように。油断すれば、死が待つと思え」
油断すれば死。その言葉が冷たく響く。
俺もその言葉は他人事ではない。俺は運が良かっただけだ。
「外交に関わる者達も、遺跡探しの重要性を理解できただろう。単独で国が亡ぶ強さという物を、理解できただろう。
そしてこの情報を、簡単に流すわけにいかない事も理解できるだろう」
ブルベさんが目線を動かした先には、明らかに事務職な感じの人達が十数人。神妙な面持ちで頷く。
「ここに居る者は皆、優秀な者達だと私は思っている。故にお前たちに望む。出来る最善を尽くせと。
そして、けして死ぬな。生き延びろ。
無茶を言っているのは分かっている。だが、もし遭遇した時、絶対に諦めるな。生きて、帰れ」
ブルベさんが皆に力強く言うと、クロトと、俺たち以外は跪く。
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
ほぼ全員が、示し合わせたかのように声を揃えて応えた。
何だろう、演劇でも見てる気分。
こういうの見てると、なんていうか、場違い感がすごいなーって思うな。
やっぱ俺、この世界では異物なんだなぁ。
クロトは跪くイナイを見て首を傾げた後、俺達に気が付き、嬉しそうに歩いてくる。
誰もが跪いてる中、とことこ歩いてくる様はとてもシュールである。
なんか、その光景を見て、そんなクロトを見て、少しだけ場違い仲間が出来た気がして嬉しかった。
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