第212話俺はずっと弱いままです!

ふと夜中に目が覚めた。シガルは寝ているが、イナイが居なかった。

シガルはお腹が出ていたので、服を直して布団をかけてあげる。

横で寝てるクロトを見ていると、姉妹にしか見えないな。


「ハクは、結局戻ってこなかったな」


どこにいるかは分かってる。船の上から動いてないみたいだ。


「・・・流石に迎えに行ってみるかな」


嫌がられるかもしれないけど、行ってみよう。

部屋を出て通路をを歩く。向かう先は気嚢の有る場所だ。

ハクが動かないのを確認した後、イナイに上に出る場所が有るのを聞いておいた。


・・・ハクが悔しいのは分かる。けど、まだいいじゃないか。

その悔しさをぶつけられる相手が居る。想いをぶつけられる相手が生きている。

俺はもう、本当に悔しい気持ちをぶつけることは一生出来ない。あいつを殴る事は、一生出来ない。


「ま、イナイとシガルがいれば、もうどうでもいいか」


・・・嘘だ。いや、半分嘘、か。でも半分は本当だ。そう、半分は本当。

二人がいてくれるから俺は心安らかに居られる。でも、あいつへのこの黒い感情は何時まで経っても消える気がしない。

いつか年を取ってしまえば、薄らぐ日も来るんだろうか。


「くそ親父め・・・」


何時まで俺を苦しめるつもりだろうか。あいつは死んでからずっと俺を苦しめる。

この世界に来て、リンさんに会って、イナイに出会えなかったらどうなっていたんだろう。

いや、よそう。気分が悪い。あいつの事を考えるのはなるべくよそう。


この時間でも警備している兵士さんがちらほらいるので、挨拶して通り過ぎる。

なんか、最初の頃より、俺を見る目が緊張してる気がするのは気のせいだ。絶対気のせいだ。気のせいだと思いたい。







「よっと」


天井の蓋を開けて、船の上に出る。

一番近い所の真上に座ってるので、少し離れたところに出る。

ハクはこっちをちらっと見て、また視線を空に戻す。

俺はそれを確認して、傍まで歩いて行って腰を下ろす。


「シガルが心配してたよ」


シガルは普段通りを装っていたが、気になっているのを隠せてなかった。

まあ、当然だろう。二人の普段の仲の良さを考えれば当たり前だ。


『・・・ねえ、タロウ』

「なに?」

『・・・私は、弱いね』

「俺もだよ」


戦闘能力的な意味であれば、俺はけして強くない。

リンさんには言うに及ばず、あの人達の誰にも勝てる気がしない。

武術的な物も、技術的な物も。どちらも俺は劣る。

精神的な物であれば殊更話にならない。それは前回の亜竜事件で証明済みだ。


『・・・それでも、タロウは私より強い』

「そうかな、今日のあれ見る限りでは、怪しいけど」

『強いよ。知ってる。タロウは辛い気持ちを心に抱えたまま立ってる。私は、初めて知ったよ。こんなに、辛いんだな』


辛い心を抱えたままか。確かにそれはそうかもしれない。

俺は生きるのが辛かった時期がある。間違いなく、現実を見るのが辛かった時期がある。

でも俺は、自分の力でそれを制したわけじゃない。ずっと逃げてた。ずっと目を背けていた。

イナイがそれを癒してくれた。辛いと言っていいと、泣いていいと言ってくれた。


亜竜の事もそうだ。あんなもの、俺では受け止められない。あんな物直視できない。

辛くて、目を背けて、でも背けきれなくて、結局逃げるしかできなかった。ただ八つ当たりをして、現実からは逃げただけだ。

シガルがそれを救ってくれた。許しをくれた。それでいいんだと、俺はやれる精一杯をやったと、支えてくれた。


「俺は、強くないよ。俺は何も自分で抱えられてない」

『・・・じゃあ、なんで立てるの。タロウはなんで立っていられるの』

「二人がいたから。イナイがいたから俺は吐き出せた。シガルがいたから俺は踏ん張れた。俺はずっと弱いままだ。ちっとも強くなんか、ない」


二人を守ると言う言葉も、その想いも嘘じゃない。

リンさんやミルカさん、何よりグルドさんと約束した。イナイを守るという約束。

シガルを守ると、親元から離れるシガルを守ると約束した。


けど結果はどうだ。守られているのは俺だ。本当に、弱い。


「でも、だからこそ、俺は二人を守る。俺は弱いから。支えてくれるあの二人を俺に出来る全てで守る。弱いからこそ、俺は立ってる。弱いから俺は頑張れる。自分が弱いって知ってるから、俺は立ち止まる気は無いだけだよ」


別に戦う技術だけに限った話じゃない。

イナイが辛い時に傍にいられる人間で有るように。

シガルが辛い時に支えられる人間であるように。

俺は弱いから。弱いからこそ、傍にいてくれる彼女たちの有りがたさを良く解ってるし、二人を全力で守りたい。


『・・・やっぱり強いよ。タロウはやっぱり凄いな』

「なんでその結論になるのかわからん」


弱いつってんのに。


『・・・分かってるんだ。シガルがこの敗北で私への見る目を変えないなんて事。シガルが私の庇護を求めてなんかいない事も。

でも、守りたいんだ。シガルは大事な友達だから。結局私は、私が私の想いに届かないことが辛いだけなんだ。

あいつが悪い訳じゃないって事も、解ってるんだ・・・』


友達を守りたい。それはこの世界なら、いや、この世界で無くとも仲のいい相手であれば、何も変な事じゃない。

ただそれが自分の想いに少し届いていない。それがハクには辛いんだろう。

ハクはクロトを最初から警戒していた。きっとハクは、クロトと同じような相手が出てきた時の事を考えてるんだろう。


でもそのクロトに負けたからって、シガルとハクが友人だって事に何も変わりは無い。

だからこれは、結局ハクが自分で自分を許せないだけだ。自分の弱さが許せないだけだ。


「俺にとってはハクの方が凄いけどな」

『・・・なんで?』


ハクはちょっと不満そうに言う。

だって、ハクのそれは、今の自分に納得がいかないからだろう。強い自分で有る事が矜持だからだろう。


「俺は自分の弱さを許さない、なんてことは出来ないから。弱いのが俺で、弱いから頑張るしかないって思ってる。強く有ろう、なんて出来ないんだよ

だから俺にとっては、自分にも強くあるハクは凄いと思う」

『自分に、強くある、か』


ハクは俺の言葉を呟き、空を見て黙る。

そうだ、俺は弱い。ついさっきでさえ、嫌な事を考えること自体を放棄した。俺はそんなもんだ。

だから俺みたいな奴にとっては、ハクみたいに強く有ろうとする者は格好良く見える。

シガルのように、前を見続け、上を見続け、走り続ける人が凄いと思う。

イナイのように、自分の心よりもあるべきことを、やるべきことを成せる強さに尊敬を覚える。


俺にはどれも無いものだ。無いから分かる。その凄さが。その強さが。その素晴らしさが。

だから、彼女たちが彼女たちらしくあれるように支えたいと思う。俺が出来ることはそれぐらいだから。

勿論、ハクだってそう思える友人だ。友人としてできる範囲で、手を差し伸べたい。


ハクはのっそりと立ち上がり、ぱたぱたと飛び出した。


『強く、有るよ。こんな事で立ち止まっていては、シガルに、走り続けている友に顔向けできない。

私は竜だ。世界の生命の上位に生まれながらに立つ存在だ。だから忘れていた。強い事と、強くある事は別だという事を、忘れていた。

私は胸を張って友と共に歩むために、強くあるよ。こんな事でいつまでも泣いてなんかやる物か』


何処かすっきりしたように感じる鳴き声でハクは言う。ハクの中でどう結論が出て、そういう事になったのかは解らない。

けどハクは、ハクの中で何か落としどころを見つけたようだ。


『なあ、タロウ』

「なに?」

『それで私はやっぱりあいつが嫌いだ。どうしてもそれは変わらないと思う』

「そっか、それはちょっと残念だ」

『でも『クロト』は嫌いじゃない。だから私も我慢する』

「・・・ん?」


クロトは嫌いだけど、クロトは嫌いじゃない?何それどういう事?

なんで最近みんな俺になぞかけみたいな事ばっかり言うの?


「どういう意味?」

『私にも解んない!』


いつものように胸を張って、いつものように言い放つハク。

きっと今のこれはカラ元気だ。本当に立ち直ったわけじゃない。それでも、カラ元気が出るぐらいにはなったようだ。


「ま、元気が出たならいいや」

『世話をかけたな。ありがとう、タロウ』

「俺もシガルの次ぐらいには友達のつもりだからね。力になれたならよかったよ」

『そうだな、一番はシガルだ』

「はは、やっぱそうなんだな」

『うん!』


薄々っていうより、確信してたけど、ハクからはっきりそう言われたのは初めてじゃないかな?

切っ掛けは俺だったかもしれないけど、今のハクの行動理由はシガルだったわけだ。そりゃ俺の言葉より、シガルの言葉を聞くわな。


『んー・・なんか、気が抜けたら、眠くなった』

「え、ちょっと、ここで寝たら危ないぞ」

『でも、眠い・・お休・・キュルー・・』

「お、おい、ちょっと!」


寝てしまった。はっや。ここに放置はできないだろ。もし寝返り売って落ちてみろ。いくらハクでもこの高さから落ちて無傷は無理だろ。

しゃーない、抱えていくか。


「よっと」


ハクを持ち上げ、肩で担ぎながら船内に戻る。

勿論強化してだ。生身でとか無理。こいつ見た目よりはるかに重いし。

さて、明日はクロトと顔合わせても、少しはましになってるかな・・・。

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