第210話ハクの初めての体験です!
「よっと」
飛行船の出入り口に転移し、外を見る。
クロトはここに来た時と同じように飛んでくると思ったら、船の下までなんかすごい勢いで走ってきてる。
出入り口の真下まで来ると、飛ぶんじゃなくて跳んで来た。
「・・・失敗」
だが、少しだけ高度が足りなかったようだ。本人の言葉の通り手が届かず、ゆっくりと重力に負けていく。
慌ててハクを床に降ろして、その手を掴もうと手を伸ばす。
その手は全く間に合わなかったが、腕を黒がからめとり、ロープでつるしているようにクロトがプラプラ揺れる。
「わたたた!」
ずりずりとすべり、船の外に落ちそうになる。踏ん張りもせず、とにかく手を伸ばしたせいだ。
手を差し伸べた自分が落ちるとか笑えない。なんとか出入り口の縁を掴んで堪えられた。あぶねー。
「タ、タロウさん、大丈夫?」
心配する声を上げるシガルと、ゴンドラの所の警備をしているらしき兵士さんが焦った表情を見せる。
「だ、大丈夫、大丈夫。よっと」
仙術で一瞬力を込めてクロトを引き上げる。
ふいー、ちょっと恥ずかしかったぞ。特に兵士さんに見られたのが。知らない人にミスを見られるのって、妙に恥ずかしい。
兵士さんは俺の無事を見届けると、ちょっと離れたところに移動した。どうやら俺達を確認して、少し見に来ていたようだ。
「・・・ありがとう、お父さん」
「ん、どういたしまして」
クロトは船に入ると黒を完全に引いて、白い肌に戻っていた。
黒の濃さでクロトの身体能力は変わっていくんだと思うけど、それを考えると白い状態って、クロトにとって危ないのかな?
後でそこを聞いておこう。もしこの状態だと防御できないとかだと問題あるし。
「派手にやったなぁ、お前ら」
イナイの声だ。声のした方を向くと、イナイが歩いて来ていた。
まあ、あれだけ派手にやってれば、誰かが見てるよね。船からそんなに遠くない所でやってたし。
「見えてた?」
「ばっちり。手が空いてるやつは全員見てたぞ」
「あー・・・ハクがちょっと可哀そうかも」
「ならもっと離れたところでやるべきだったな。とりあえずハクをちゃんとしたところで寝かせてやれ」
イナイは床に置いたハクを抱え、客室に向かって歩き出す。ごめん、ハク。でも慌ててたんだ、許して。
俺達はイナイの後を素直について行き、ハクを客室のベッドに寝かせる。
道中であった兵士さんや、いろんな人たちに、何かとんでもない物を見たような目を向けられていた気がする。
なんでその目が俺に向いているのか、そこがとても疑問である。やってたのハクとクロトなんですけど。
なんかこれ、また俺の知らない所で話が動いてる予感がするぞ。やめてよね、本人そっちのけで噂話するの。
「本当は明日、集まらなきゃ明後日にクロトの力を見せる予定だったんだが、こうなった以上あんまぐちぐち言ってもしゃーねえか。
とりあえずクロトの様な力を持った連中が寝てるという危険性は良く解っただろうし、それで納得しておくしかねえな」
イナイがハクの様子を見ながら話す。
クロトの様な力か。実際遺跡から出てくるのがクロトの様な力を持っていて、かつ性格が凶悪だったら、シャレにならない。
ぶっちゃけ、俺はクロトに勝てる気がしない。さっきのハクとやってた時のような戦い方なら多少相手になると思うが、本気で黒を使われたら飲み込まれて終わる気がする。
「キュ・・・キュル~・・キュー・・」
クロトの本気と戦った時の事を考えていたら、ハクが気が付いた。
寝ぼけているように、よろよろと起き上がり、眠たそうな目できょろきょろしている。
暫くして頭が覚醒し始めたのか、魔術を使うのが分かった。
『・・・負けたのか』
確認とも、理解している呟きともとれる言葉を発す。
イナイは何も言わない。じっと動かないハクを優しい目で見つめている。
シガルは何と声をかければいいのか、右手が空を泳いでいる。俺も似たような感じだ。
「・・・きゅ~・・きゅうぅ~・・・」
ハクは翻訳魔術を切ってない。なのに変換されないという事は、うめき声のようなものなのだろうか。
いや、きっとこれは泣き声か。絞り出すような声で鳴き、ボロボロと涙を流す。
ハクは多分、初めて負けて悔しいと思ったんじゃないかな。
ハクは負けるのには慣れている。俺と戦った時もそうだけど、負けても負けたこと自体を悔しいとは思わない。
戦う事が楽しい。勝ち負けは二の次。それが今までのハクだった。
げど、今回の勝負は負けたくなかった。絶対に勝ちたかった。けど負けてしまった。
生まれて初めて、心の底から勝ちたいと思う勝負に負けてしまった。それがきっと、悔しくてたまらないんだろう。
負けた事そのものは元より、力の及ばなかった自分自身にも。
クロトはそんなハクを見て、困った表情をしていた。少なくとも最初からさっきの勝負をするまでの、嫌悪と敵意に満ちた目は向けていなかった。
皆黙っていると、ハクがぱたぱたと羽根を動かし、ゆっくりと跳びながら部屋の外に出て行こうとする。
「ハ、ハク、どこいくの?」
シガルが慌ててハクに問う。
『・・きゅ~・・・ちょっと、散歩・・きゅぅ・・・行って来る』
鳴き声に詰まりながら、返事をするハク。
「わ、私もついてくよ」
『・・きゅ・・ごめんシガル、一人でいく・・・』
シガルの言葉を断わり、外に出て行くハク。シガルが差し出した右手が切ない。
シガルの頭にポンと手を置き、なでるイナイ。
「大丈夫だよ、ハクなら」
「・・・うん」
不安そうな顔で、イナイの言葉に頷く。
ハクがあんなに沈んでいる姿を見るのは初めてで、どう対応したらいいのか分からないんだろうな。
ぶっちゃけ俺も分からん。でも俺がああなったときは、多分イナイかシガルの傍に居たいと思う気がする。なんとなくだけど。
「・・・あれ?」
「ん、どした、タロウ」
「タロウさん?」
俺が声を上げたせいで、二人が俺の方を向く。
「クロト、どこ行った?」
クロトがいつの間にかいない。さっきまで俺の横に居たのに。
「さっきまでそこにいたよね・・・」
「・・・まあ、大丈夫だろ、ほっといても」
シガルまたも不安そうな顔で言うが、イナイが案外あっさりしている。
事情が事情なんだし、もっと警戒してもいいと思うんだけど。
「まあ、イナイがそういうなら・・・ 」
何かクロトの行動に心当たりが有るのかもしれない。とりあえずクロトはクロトの好きにさせておこう。
そういえばクロトは不思議な事を言っていたな。ハクの枷がどうとか、本来の性能がどうとか。
あれは一体どういう意味だったんだろう。ちょっとそれをイナイに言ってみる。
「枷、ねぇ・・・」
イナイは少し考えるそぶりを見せるが、すぐにその思考を切り上げ、こちらを向く。
「そういや、さっき聞いたんだが、ポヘタの王女さんのお前への好意、多分また上がったぞ」
「へ、なんで?」
なんでこのタイミングで王女様?
「お前、あたしに言う前に、組合に遺跡の事言っただろ。王女様は事情きいてて、あそこの支部長も全部じゃないが話を聞いてる。
結果、王女様に遺跡の話が行って、大急ぎでブルベに連絡が行って、既にお前が解決してるって返事をしてる。
流石タロウ様、って感じだったらしいぞ」
「おうふ・・・」
だめだ、どう足掻いても王女様の好感度が上がっていく。なぜだ。俺は普通にしているだけなのに。
ていうか、今回に限っては知らないうちに上がってるし、どうしようもねぇ。
「ま、そっちはお前の判断に任せるって言ったし。まあ、頑張れ」
イナイはどこか、完全な他人事のように言う。軽いっすね。
ただし、シガルが明らかに嫌そうな顔をしている。この子、王女様関連では分かり易い。
「そういえば、イナイ的には俺がこの国の王族と親族になるの、どうなの」
「んー?お前が誰を一番で考えるか次第かねぇ。ま、あたしはお前を支えるって決めたし、その辺はお前の好きにすればいいと思ってるよ。
王女様への感情は、先に言った通りだしな」
イナイは王女様への好意の返事は全て俺の判断に委ねるのか。いいのかなぁ。
なんていうか、こう、嫉妬的な物は無いのかな。ちょっと寂しい。シガルがやはり嫌そうな顔してるのが少し可愛い。
「くくっ、シガルは嫌そうだけどな」
イナイはそんなシガルを見て、笑いながら頭をガシガシなでる。
「だって・・・あの王女様色々やなんだもん」
唇を尖らせながら、最近見れてない年相応な雰囲気のシガルが言う。
この子しっかり者すぎるから忘れそうになるけど、こういう所の方が本来のシガルなんじゃないかなって思う。
最初に会った頃も、こんな感じだったし。あんまり背伸びしなくていいんだけどな。
「ま、今日はもうのんびりしようぜ。特にやんなきゃいけねえことももうねえし」
そう言って、ボスンとベッドに寝転がるイナイ。
「なんか、慌ただしかったから、あたしも疲れちゃった」
イナイの横に一緒に転がるシガル。
それをなんとなく眺めていると、二人が俺の方を向く。
視線が明らかに、こっち来ないのか?って言葉を放ってる。
「あー、うん、俺もちょっと転がろうかな」
そう言って二人の間に転がる。シガルはすぐ、俺の胸に頭をのせるようにくっついて来た。足めっちゃ絡めとってんすけど。
イナイは反対側から俺の頭を抱えるような位置で転がる。ゆったりと頭を撫でられて心地いい。
あ、まず。そこまで眠かったわけじゃないのに、心地よすぎて意識が・・・。
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