第209話飛行船からの見物ですか?

「ったく、しょうがねえな」


眼下の光景を見て、呟く。窓の外からは人のような竜のような形をした者と、黒い何かを走らせている者が、自身の周囲を惨状という言葉が相応しいほど破壊しながら戦っている。

前者はハク、後者はクロトだ。


「そうねぇー」

「まあ、説明する手間も、後で見せる手間も省けただろ。この距離なら危険もねーし」


あたしの言葉にセルとアロネスが応える。

まあ、明日クロトの力を見せる予定だったし、見ただけで分らない者にとっては良いかもしれないが・・・。


「先ずその前に、ここはまだ、ポヘタ王国なんだが」


そもそも他国で暴れている事が問題だ。この飛行具の位置は、ぎりぎりポヘタ王国だ。

帰りはゆっくりと飛行しつつ、様々な点検をしながら帰っていたので、まだ国に帰れていない。

あたしが居ない事になっていたので、その辺皆、慎重になっていた。

あたしの分身は一応いるが、今まで会った事もない技工士を、完全に当てにするようなことはしないだろうからな。

最も技工士では一応、フェンだけはイーナの正体を知ってる。跪かないように言いつけるのが大変だった。


「あれが、竜の力。そして、遺跡に眠る者の力、か。ふふ、まるで話にならないな」


二人の戦いを見て、ワグナが拳に力を込めて呟く。恐らく今のは、自分に向けての言葉だろう。

あいつはタロウとやったから余計に、あいつらとの力の差を感じるんだろう。

ハクに勝ったという事を、あいつは知ってるからな。


「ふざけてる・・・何あの動き。あれに勝つっていうの?」


ゼノセスの言葉が殆どの連中が思う言葉だろう。ハクのあの動きは明らかに早すぎる。あの動きを捉えられる人間は、そういない。

ハクに勝った人間が、あのタロウだとは到底思えないのだろう。

あいつ中々本気でやらない節があるからな。本気でやった時も、基本全力出し切らねえし。あいつが本当に全力でやったのって、樹海を一人で行かせたあの時だけじゃねえかな。

まあ、それはそれでミルカ達の教えを守ってんだろうが、時には出さなきゃなんねえんだがなぁ。


何よりあいつは、自分をあまり強くないと思っている節がある。まあ、それは周りに原因があるか。あいつはこっちに来てから、自分よりはるかに強い人間が周りにいたからな。

その思考が態度に出て、雰囲気に出ている。だから誰もがあいつを強者として確認できない。強者が出す『何か』があいつには無い。

結果が今の信じられないという感想だ。そりゃそうだ、あいつがあれと戦えるなんて思えないだろう。眼下で繰り広げられている戦闘は、生半可な人間が食らえば一撃で死ぬような攻撃の応戦だ。

あいつがそれを防げる図なんて、まるで頭に浮かばないのが自然だ。ただ、あたしも一つ気になる事が有る。


「あの子、前より動きが、良くなってる」


ミルカが呟く。おそらくハクの事だろう。それをあたしも思ってた。あいつ、動きが以前より遥かに良い。


「やっぱ、そう思うか」

「うん」


ハクがミルカとやった話は聞いている。そん時はハクらしいなと思っただけだったけど、今更ながらに気が付いた。

あいつはタロウやシガル達と手合わせしてる時も、別に丁寧に教えてもらった訳でもないのに、綺麗に技をやってみせた。それもただの見様見真似ではなく、ちゃんと実戦で使える形で。

あたしとやった時も、あたしの動きをまるで投影したかのような動きを見せる時もあった。その上でミルカともやった。

体の使い方という物を、自分より強い相手から打ち据えられることで学んでいった。あいつはもう、タロウとやった時より、間違いなく強く成ってる。

今やれば、タロウは勝てないんじゃねえか?


「彼女の強さは、今まで出会った竜の中でも別格だな」


ブルベが窓の傍まで歩き、誰にともなく言う。


「あの動きを竜の姿のまま出来るのかという疑問は有りますが、あのように洗練された動きをする竜には、会った事が有りません」

「同じくだな。ほとんどの竜はその高い身体能力と、生まれながらに使える高い魔術の力でごり押してくる」

「まあ、だからそんなに脅威とは思ってなかったんだけどねー」


ロウはその言葉に応え、アルネも同意見を出す。セルの意見は少しズレていると思う。

一般人には十分脅威だよ。


「あたしは、一体だけ心当たりがある」

「奇遇だな、俺もだ」


あたしとアロネスはその言葉に異を唱える。

そう、一体。後一体。他の者とは別格の力を持った竜の存在を知っている。

あの竜は底を見せなかった。自らは戦いの場に立たなかった。だからどれだけ強いのか、正確には分からない。

けど、間違いなく強い。あの老竜は、今まで出会ったどの竜より、間違いなく強い。


「あいつ、多分かなり強い筈だ。あいつ自身はそんなに強くないって言ってたけどな」

「ああ、俺の時もそんな感じだったな。戦わない理由があるのかもしれねーけど」


あたしとアロネスはあの老竜に同じ印象を持っていたようだ。

そういや今回の一件、ハクが暴れて、竜達の詳細が分かんねえんだよな。今度直接行ってみるか。

歓迎されない気がするけど、行かずに放置は余計に危ない。


「クロトくん、あたしに怯えていた割に、すっごい強いね」

「強いから、怯えてたんじゃ?」

「そなの?」

「たぶん」


リンの言葉をミルカが応える。

強いからリンが怖かった、か。その理由は有りえなくはない。けど、あたしは違うと思ってる。

あの怯え方は尋常じゃなかった。クロトのあの力を考えれば、そこまで怯えるほうが逆に不思議だ。

たとえ強いから恐怖を感じたというなら、もっと違う反応だと思うんだが・・・。

まあこれは、あたしの想像だから実際はわかんねーけど。


「しかし凄いですね。私達では、出会ったら全力で逃げるしか無い」


フェンが技工士を代表して言う。フェンだけなら多少はやれるだろうが、技術職の技工士ではおそらく殆どが話にならないだろう。その判断でいい。

無理に挑んで、死なれては困る。


「しかしもったいない。バルフにも見せたかった」

「だよね。残念」


ロウとリンが、何かズレた事を言っている。あいつらの試合の鑑賞会をする予定では無かったんだから、しょうがないだろ。

大体アイツは、仕事きっちりやってから来ようとしてるんだから、そういう事言うなよ。


「何、あれ」


誰かが呟いた。その言葉で皆が眼下に視線が行く。見るとハクの体がさっきより竜らしい体になっていた。

腕も足も太い。けどそれでも人のような胴体との差が、醜いとは思えない、良い対比に見える。


「まだ、速度が上がるのか」

「嘘でしょ・・・」

「あれに、勝つのが、うちのトップか・・・」


そうだな。確かに眼下のハクの強さは普通じゃない。今のハクは、よっぽどの奴以外には負けないだろう。

いや、元々が竜だ。相当強かった。だが、あいつはその元々の強さに、技術を手に入れた。

つまりそれは、人が持つ技術への対処も手に入れたという事だ。中途半端な身体能力と技では、今のハクには通用しないだろう。


だが――。


「あの子相手なら、ちょっと楽しめそうなのになー」


とまあ、うちの最強の騎士様はこの調子だ。つまりはそういう事だ。あたしたちには、あの域は対処可能だ。

ハクもクロトも、どちらも。ただクロトは、クロト自身が持つ不思議な力を完全に行使している感じでは無い。

タロウから聞いた話では、あの黒で、削り取ったと言っていた。だが今は打撃にしか使ってない。恐らくタロウがやる前に注意したんだろう。


「動きは速いが、捕らえらんねー速度じゃねえな」

「ひ弱のアロネス君、大丈夫か?」


余裕な言葉を吐くアロネスに、アルネが煽る。


「うるせえ脳味噌筋肉。お前こそ、その力と体術だけで対処出来んのかよ」

「ははは、照れるな」

「褒めてねえよ!」


あいつらはほっとこ。

まあ、アロネスじゃないが、実際あれ位なら対処可能だ。あたしも、生身でも行けるな。

ミルカは言わずもがなだし、ロウは当然だ。セルもあの速度なら、特に問題にならない。


「うちの連中こそ、ほんとは見てないといけないんだが、一人も来てね-んだよなぁ」


アロネスが方眉を上げながら言う。アロネスが言うのは国家錬金術師達の事だ。

今回の事は、あいつらが一番関係がある。だがあいつらは直前までやりたい事をやろうと、来るのがギリギリになる予定だ。

流石アロネスの部下だと思う。勿論皮肉だ。


「そうだな、本当は一番危険があるのはあいつらだし、見といたほうが良んだがな」


勿論それも全員じゃなく、人に指示を出す人間だけだ。

だがそれでも、指示する人間が脅威を知っているかいないかで、大分違う。


「ま、しゃあねえか」


嵌め息を付きながらアロネスは言うが、お前が悪いと思う。お前を見てほかの連中も動いてる筈だ。


「我々も知っておくべきでしたな。私だけ先に来るのではなかった」


ずっと黙っていたヘルゾさんが呟いた。今回実働隊以外で先に来たのはヘルゾさんだけだ。

内政、外交組はまだ来ていない。彼らはギリギリまで仕事をしてから来る予定だ。バルフと一緒だな。

ヘルゾさんは仕事の回し方がうまいのか、割と余裕がある事が多いように見える。なので今回、他の連中より先に来た。


「決着が、ついたようだ」


ブルベの言葉の後、そこかしこで、おおだの、うわぁだの、痛そうだのいろんな声が上がる。

ハクが良いのを貰って、崩れ落ちたようだ。動く気配がない辺り、それが決着の一撃になったのだろう。

ハクの立っていた位置には、あの黒い塊がある。


「やはり強いな、彼は。だが、ちゃんと加減を知っているようで安心した」


ブルベがとても安心した顔で言う。たとえあたし達の言う事を聞くつったって、どこまで聞くか実際は不安だったんだろう。

今回の事で、その懸念が完全ではないとはいえ、少し晴れた。それを考えれば眼下で行われた戦いは、やってくれて良かったのかもな。


「さて、迎えにいってくるよ」

「いってらっしゃーい」

「いてら」


タロウ達を迎えに、セルとミルカの声を背に、出入口に向かい、歩き出す。

クロトの手加減は褒めてやるとして、ハクが大丈夫かな?

あいつ、負けるのは慣れてるけど、嫌いなやつに負けた事に耐えられるかな?

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