第207話二人の喧嘩ですか?
「この辺なら良いだろう」
私達は空飛ぶ船を下りて、少し開けた平原の有る所で立ち止まる。
こちらに来る途中に見かけた所で、今回の事では良い感じに開けた場所だと思い、この場所に決めた。
『ここなら、周りに迷惑はかからなそうかな。人気もないし。ただ動物の気配もほとんどないけど』
『絶対、二人を怖がってるよね、これ』
タロウとシガルが私と黒い奴を見て言う。
悪いのは私じゃない。あんなに危険な物を出してるこいつが悪い。
『・・・別に、僕は場所なんて、どこでも良いけど』
「ふん、動けなくて負けたなて言い訳されても嫌だからな」
『・・・それはお前の方だろう』
私と黒いのは、お互いに敵意を一切隠さずに睨みあう。上等だ。私はあの山にずっといた頃とは違う。
タロウと戦って、タロウを見て、タロウから、イナイから、シガルからも見て学んだ。
技という物を、多少なりとも理解している。ほえ面をかかせてやる。
『ところで、ハク、そのままやるの?』
タロウが私に聞いてくる。そのまま?
ああ、そうか、元の姿のまま来てしまったからかな。
「勿論人の形を取るぞ?」
『え、いや、あの』
「大丈夫だ。分かってる」
タロウが何か言いたそうにするが、直ぐに制する。タロウは衣服を着ていない私を嫌がる。
シガルもその傾向が少しあるので、服はちゃんと着ているが、今回は服を着なくても良いようにするつもりだ。
私は魔術の詠唱をはじめ、体を変化させる。竜の形ではなく、人の形に近いものへ。
変化が終わり、自分の想像通りの形に変えられたので、シガルの方を向く。
「どうだ、シガル」
『わ、そんな風にも出来るんだ!』
「頑張った!」
今私は人の形に近いが、いつもとは少し違う。
足と腕を竜に近い形に変化させ、普段人型になった時に纏っている鱗ではなく、成竜になった時のような頑丈な鱗で体を纏った。相変わらず腹部に鱗は無いけど、良いだろう。
これなら例え服を着ていなくても、鱗の鎧でも纏っている様に見えるだろうし、人型そのままではないので、タロウも気にならないだろう。
そう思ってタロウを見ると、タロウは難しい顔をして首を傾げつつ、唸ったり、のけぞったりしていた。
何してるんだ。まあいいや、ほっとこ。
『・・・ふっ』
不意に、鼻で笑う声が聞こえた。振り向くとその先には黒いのしかいない。こいつ意外有りえない。
「今鼻で笑ったか?」
『・・・自分の有用性を示す必死さが微笑ましいと思っただけだよ』
「馬鹿にして。お前こそ赤いあいつ相手に泣き叫んでたじゃないか」
こちらも奴と同じように鼻で笑いながら、船での無様を指摘する。
どうやら気にしていたようで、不快そうな顔に変わる。
『・・・やっぱり、お前嫌いだ』
「私もだ。そこだけは気が合う」
私は強化魔術をかけ、奴は黒を濃くして、お互いにすぐに始められる状態で睨みあう。
「タロウ!何時でもいいぞ!」
『・・・僕も、いつでもいいよ、お父さん』
タロウを見ると、私達に背を向けて蹲っていた。
シガルもそれに気が付き、タロウに声をかけ、そこでタロウはこちらを向く。顔は何か難しい顔をしている。一体どうしたんだろう?
「タロウ、どうかしたのか?」
『・・・お父さん?』
タロウの様子がおかしいのが気になり、不本意だが、黒いやつと同じようにタロウに声をかける。
『いや、うん、まあいいや。うん、気にしない。気にしないことにする。うん、そうする』
タロウは一体何を言ってるんだ?
まあ、いいか。なんだか知らないが納得したみたいだし。
『じゃあ、二人がやること自体は止めないけど、約束通り相手を殺さない程度の加減はする事。後、もしやりすぎって思ったら割って入るから』
「わかった」
『・・・うん、わかった』
タロウの忠告に頷き、お互いを視界に捕らえ、戦闘に入る。
奴は棒立ちのまま動かない。余裕のつもりだろう。いや、実際余裕なんだ。
解っている。理解しているさ。目の前の奴がどれだけの化け物か。どれだけの強者か。どれだけ異常な存在か。
解っているからこそ、私は最初に警戒した。奴を殺すべきだと思った。
あれは危険だと本能が叫ぶ。あれは相手にしてはいけない存在だと、それに反して滅さなければいけない存在だと、何かが叫ぶ。
けど、そんなものはもう別にして、私は目の前の奴が気に食わない。これはただそれだけの喧嘩だ。小難しい事は今はどうでも良い!
「とにかく一発ぶん殴る!」
私は強化した体で全力で駆け、奴に渾身の拳をたたき込もうとする。
だがそれは、難なく躱され、私は砂埃を上げながら停止する。
「ちぃ、流石に当たらないか!」
躱した奴を見ると、奴は自分の両手を見て何か驚いていた。
『・・・躱した?なんで?』
なにか、躱したことを驚いている。なんだあいつ。
いいや、今のうちに殴ってやれ。私は再度地を駆けて奴に近づこうとすると、奴は黒を拳のサイズにして放ってくる。
『・・・僕が、お前なんかの攻撃を・・・!』
なんかあいつ、かってに怒ってるぞ。躱したのはお前の勝手だろうが。
奴が放ってくる黒に触れてはいけないと叫ぶ本能に従い、全力で拳を躱す。
だがそれによって、奴に詰め寄る事が出来ない。距離が縮められないと、殴れない。
諦めて魔術を使うか?
いや、やっぱりとりあえず一発は殴りたい。でも近づけない。
段々私もイライラしてきたぞ。イラつく私に黒い拳が迫る。
「ああ、いい加減邪魔だぁ!」
私はイラつきのあまり、黒を思いきり払い、周囲に衝撃と砂埃が舞う。
私の振り払いに触れた黒は、その衝撃で霧散していった。なんだ、いけるじゃないか。なんで私こんなのを怖がってたんだ。
『・・・そんな、馬鹿な。お前、まさか枷を!』
奴は私に黒を消されたことに驚き、目を見開いている。
枷って何だ。こいつのいう事はいちいち意味が解らない。
「何のことか知らんが、これでお前を殴れる!」
あの黒が脅威でないなら、何も問題はない。
私に迫る、他の黒い拳も全てうち払い、一瞬で奴に肉薄する。
奴はそれを見て、自信の黒を更に濃くしていき、自分自身の拳で私の腹を殴ってきた。
「遅い!」
驚愕で一瞬判断が遅くなったのだろう。動きが丸わかりだ。イナイの洗練された動きを見ていた自分にはとても雑な動きにしか見えない。
船での動きは、ただ真似ていただけか。その動きの意味は解っていないようだ。それでは今の私を捉えるなど、出来はしない。
私は容赦なく奴に竜の腕で打ち下ろしを叩きつける。
『ぐあぁ!』
奴は私の打ち下ろしをまともに受け、地面に叩きつけられた。
跳ね返って私の顔の位置まで上がったところに、竜の足の全力で回し蹴りを入れる。
奴は大きく吹き飛び、跳ねながら、遠くまで転がっていく。
『クロト!』
『クロト君!』
私に全力で蹴られたのを見て、タロウとシガルが叫ぶ。大丈夫だよ、あの程度であれは死なない。
「はっ、ざまあみろ!」
格下相手と侮って戦うからそうなる。奴が全性能を発揮すれば危険な相手だという事ぐらい解っている。
けど、だからこそ奴は相手を舐める。自分より強い相手だと認識しない。それが今の一連の流れの原因だ。
それにしても、直ぐ起き上がってくると思っていたんだけど、奴は転がっていった先から動かない。
あれ、しまった、やりすぎたかな。
あの程度なら平気だと思ったんだけど。
起き上がらないやつに疑問を持ちつつ、奴の元に駆け付けるタロウとシガルの後をゆっくりと歩いて追いかける。
私、別にあいつはどうでもいいし。むしろ死んだ方がすっきりする。
『・・・よくも、やってくれたな』
その途中で奴はよろよろと起き上がり、こちらを睨みながら言葉を吐く。心底腹立たしく、悔しそうな声で。
「誰か私の事を雑魚と言っていたな。どうだ、雑魚に殴られる気分は」
『・・・調子に乗るな』
奴は濃いどころか、完全に真っ黒に成り、私の眼前まで迫る。
速い。これはタロウより早いかもしれない。奴はそのスピードを殺さず、私の顔を下から殴りつけようとする。
その軌道が見えていたのでぎりぎりで躱すと、顔に衝撃が走り、吹き飛ばされる。
「ぐ、つぅ」
転がりながら奴を見ると、横から殴る形で、黒が襲ってきていたようだ。
下と横のほぼ同時攻撃。それも片側に意識を持たせて。あれは避けにくい。
『・・・ふん、目だけに頼るようなことをしているから、そうなる』
「ほざけ!」
私は跳ねて起き上がり、奴にむかって全力で駆け、奴が迎撃で向けてきた黒を払いのけながら、懐に入る。
『・・・やっぱり、お前!』
「口を開いてる暇があるのか!」
私が黒を打ち払えるのはやはり予想外だったようだ。私も予想外だ。あれは触れては危険だと認識していたから。
奴の速度は私より早いが、動きに精細さが無い。これならもう一撃。
そう思って顔に拳を打ち込もうとすると、その腕を掴まれる。振りほどけない。なんて力だこいつ。
「・・・調子に乗るなと言った」
奴は私の腕を持ち、無理やり力ずくで振り回して、地面に叩きつけるように投げた。
「がぁ!」
くそ、全力を出されるとこうも差が出るか。腹立たしい!
転がりながら彼我の能力そのものに差がある事を、今の一瞬で教えられた。
けど、そんなの関係ない。まだ私は動く。このかりそめの体は維持できている。
なら――ー!
「絶対勝つ!」
『・・・絶対打ちのめす!』
お互いにお互いを打倒すと宣言し、喧嘩は続く。
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