第205話竜の地の領主様はご乱心ですか?

「ふっざけんなあああああああああ!」


酒場にひとりの女の声が響く。我らが領主ベレマナちゃんの絶叫である。


「べレマナちゃん、ちょっと落ち着こうぜ」

「これが落ち着いていられますか!ええ、落ち着いていられるわけがない!」

「いや、だから、さ」

「私の苦労はなんだったんですか!ものすごく怖かったんですよ!本当に神経すり減らしたんですよ!」

「うん、その気持ちはわかる、わかるから、ちょっともう飲むのやめような」

「いやです!店主!もういっぱい!」


だめだ、全くいうことを聞かねえ。完全に出来上がってる。


「あー・・・何があったかは大体わかってっけど、その辺にしとこうぜベレマナちゃん」


店主までベレマナちゃんを心配する。


「ナマラ、もうほっとけ」


珍しく一緒に来たじじいが孫の放置をすすめる。


「おい、じじい、孫が心配じゃねえのかよ」

「今回ばっかりは流石に不憫じゃからなぁ。一応薬は用意しとるから、ほっといてやれ」

「まあ、なぁ、事情聞いた限りでは同情するなぁ。けど言ってよかったのか?」

「もう、言っても全く問題なかろうしな。うちの土地はどうやらこの国の中でも、特別な地として扱われるようだしの」


特別な地。竜の住まう地。この土地だけは例外的に竜が守る地。でもまあ、それもどこまで信用できるかわからんが。


「王女様、信用できるのか?」

「個人的には、微妙だな」

「理由は?」

「そうだの、手腕はありそうだが、目的が怪しいのでな。何よりあの少年の為に生きようという宣言をしたしの」


少年。この街にも少し滞在していた少年。タナカ・タロウ。

王女様は彼にゾッコンだって話だ。わざわざ王城から下々に宣言したっていうぐらいだから、よっぽどだろう。


「なあ、それって、マジな話なのか?」

「マジだ」


俺の疑問に肯定の声が後ろから入る。振り向くとフーファがいた。


「お前は本当に、どっから情報仕入れてくるんじゃ」

「じじいと似たようなもんだ」

「ふん、どうかの」


じじいとフーファが睨み合う。フーファは多分裏っかわの組織と、多少つながりがあるっぽいのは流石の俺でも気がついている。

多分じじいはそこを言ってるんだろうな。同じにするなと。


「店主、俺も酒」

「いや、それはいいけど、ほんとにいいのかベレマナちゃんほっといて。今度レヴァーナにまでくだまき始めたぞ」

「あっちにまでいくのは珍しいな・・・」


ベレマナちゃんの様子を見ると、レヴァーナの胸を揉みしだいている。いや、領主様、それはまずいだろ。

横で飲んでたバダラはその光景をゴクリと喉を鳴らしてみている。止めろバカ。

たく、しゃーねえな。


「はいはい、そこまで。こっちおいで」


ベレマナちゃんの襟首を掴んで、カウンターまで連れてくる。


「何ですか!私は今気持ちいいものを揉んでただけですよ!」


その叫びにレヴァーナが顔を赤くしながら縮こまる。領主様、酔い覚めたら絶対後悔すると思うぞ。

あんた何やったか、だいたい覚えてんだから。


「だいたいナマラさんが話を聞き流すからじゃないですか!だからレヴァーナさんのおっぱいを揉むんです!」

「言ってることが無茶苦茶だ、この酔っぱらい」

「知ってますか!彼女のおっぱいとっても柔らかくて気持いんですよ!」

「まて、そこまで、それ以上は止めるんだ」


レヴァーナが顔真っ赤にして店を出ていくのを、バダラが慌てて追いかける。

すまん、レヴァーナ。バダラもうまくやってくれよ。


「あーあ、可哀想に。あいつ結構うぶだから暫く尾を引くぞ」


フーファが出ていくふたりを見ながら呟く。

明日仕事あるんだけど、大丈夫かね。


「流石に今日は暴れすぎか?」

「今更だぞじじい。もういいよ。いま店に残ってるのおっさん連中だけだし」

「それは俺も入ってるのか?」

「たりめーだろうが」


店主がおっさんに異を唱える。最近親父さんに店任された店主だが、歳はそこそこいってるからおっさんだ。

嫁さんもいるくせに、そんなとこ気にしてんじゃねえよ。


「おっさんくさい!」

「そういうベレマナちゃんは今ものすごく酒臭いぞ」

「お酒飲んでるんだから当然でしょう!」

「そうだな。酔っぱらいだもんな」

「酔ってませんよ!たとえ酔っててもほろ酔いですよ!」


完全に泥酔してると思う。


「あーもう!だいたい国のやり方が完全に変わるから、最近やってた仕事も全部一からですよ!全部ですよ全部!

書類何十枚あると思ってるんですか!ふざけんなー!」

「あー、うん、そうね、それさっきも言ってたね」

「もうやだぁー!なんで私の代でこんなことばっかりぃー!」


ホントだよなぁ。あのイナイ・ステルがやってきたかと思えば、それの暗殺未遂。

しかも大失敗した上に、国は抵抗する余地もなく属国化。

たとえ泥酔していても、流石にここで、そこまでは言わないのは流石だとは思うが。

周りには、王女様がウムルに友好を示して、今までのあり方を否定する政策を大々的に取るとしか伝わってない。


「旦那さんも相変わらず見つからないし!くそじじいは手伝ってくれないし!」

「おい、じじい」

「だってわし、引退したもん」

「したもんじゃねえよじじい。都合の悪い時だけ引退したって言うな」

「そうだぞじじい!」


ベレマナちゃんが絶好調にじじい呼びだ。これよっぽど不満溜まってるな。

酔っ払っても人前ではじじいって呼ぶこと殆どないのに。


「・・・ベレマナがワシをじじいと呼ぶようになったのは貴様の影響な気がするんだが」

「今更だろ」


じじいのつぶやきに、フーファが答える。多分それは間違いない。今更すぎる。


「もうやだぁ・・ぐすっ、やだぁ・・・」


今度は泣き出した。もうだめだこれ。とりあえずそのまま泣かしておけば次はねるから置いておこう。


「やっと泣き出したか」

「今回ここまで長かったの」


二人も慣れたものだ。まあ、この子が泥酔した時のいつもの行動だからな。


「しっかし、本当にどうなるのかね、この国は」

「国自体は良くなるだろうな」

「じゃろうな。今までと比べればよっぽどましな国になるじゃろう」

「だといいけどな」


竜の住まう土地。この地にはヴァーガナ以外の貴族は殆どいない。国の貴族はヘタればっかりだからな。

だからこそ、ベレマナちゃんが領主なんてやってられるんだが。

そしてそんなベレマナちゃんだから、この地は平和だ。

せめてこの平和な地が、国の横槍に合わないようにだけ祈りたいな。


「ナマラさ~ん・・・きいてよぉ・・・」

「はいはい、聞いてるよ」


泣きながらテーブルに額をこすりつけ、潰れかけてる領主様の頭を撫でながら、自分もゆっくりと酒を飲む。

さて、今日もおぶって帰りますかね。

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