第203話クロトはほとんど何も解らないようです!
「さて、クロト君、落ち着いたかい?」
ブルベさんはなるべく優しい声で、ゆったりと話す。
「・・・うん」
クロトは俺の袖を放さず、涙目で答える。ちなみに相変わらず真っ黒だ。
リンさんには申し訳ないが、皆より少し離れた位置で座って貰ってる。
あと腰までの髪は鬘だったらしく、今はそれを自分のテーブルに置いている。
クロトはビクビクしながら俺とイナイ、リンさんの顔を見比べながらしがみついている。
「んー、寂しい」
リンさんがテーブルに両肘をつき、手にあごをのせて膨れながら言う。
ただそれだけで、ひっとクロトが悲鳴を上げ、同時に締め付けられる。
「あでででで。痛い痛い。クロト、痛い」
「・・・あ、ご、ごめんなさい」
クロトは俺が痛がってるのに気が付き、直ぐに緩める。
骨が折れるほどではないけど、やっぱり痛いので、少し勘弁してほしい。
「なるほど、自分の事が良く解っていないと聞いていたけど、自身の力自体の制御はきちんと出来るんだね」
「・・・これ?」
ブルベさんがクロトを見ながら感想を述べると、クロトは自分の黒を指さす。
「うん、そうだよ。私達は、君がそれをむやみに周りに使わないかを危惧しているんだ」
「・・・あ、えと、その、あう」
「ん、どうしたんだい?」
クロトはブルベさんの言葉を聞き、少し狼狽える。ほんとにどうしたんだ。
言葉に詰まっているようなので、俺もどうしたのか聞いてみる。
「クロト、どうしたの?」
「・・・さっきはごめんなさい」
「ああ、なるほど。大丈夫だよ。クロト君は怖くてタロウ君を掴んだだけだろうう。誰も怪我をしてないんだ。あまり気にする事は無いよ」
どうやら、さっき怖くて俺を引きずった事が、周りに危険を感じさせたことを理解しているようだ。
このこ、喋りや、答えはゆっくりだけど、頭の回転速いよな。
それに対するブルベさんの返事も優しい物だった。
「もしよければ、その黒いのを触ってみても良いかな?」
「陛下!流石にそれは危険にございます!」
ブルベさんの言葉に、ウッブルネさんが即座に動き、止めに入る。
まあ、正しいと思う。特に俺は最初のこの子の攻撃を見ているだけにそう思う。
あのすべての防御を無視する一撃を見ているからなぁ。
「大丈夫だよ。もし触っちゃダメな物であれば、とうにタロウ君は死んでいるよ」
「それは、そうかもしれませんが・・・」
その通りだけど怖い事言うなぁ。いやまあ俺もさっき思ったけど。
これ、攻撃に使われてたら、さっき死んでるよなホント。
「いいかな?」
「・・・うん、どうぞ」
ブルベさんはクロトに許可を取り、黒に触る。その表情は真剣そのものだ。
やっぱりいくら触っても大丈夫だと口にしても、得体のしれない物に触るのは怖いと思うんだ。
ていうか、現状諦め入ってるけど、俺もこれ最初にやられてたら結構怖いと思う。
「ふ・・む、不思議なものだね。距離感がうまくつかめない。そこにあるのに、無いような。触れるのに、触れていないような。不思議な感覚だ。でも確かに有る」
「・・・触れないようにも、できるよ」
「本当かい?少しやってみてもらっても良いかな」
「・・・うん」
クロトがそういうと、黒を触っていたブルベさんの手が、すっと黒の中に入る。
それを見て、ウッブルネさんが身構えるが、触っていない方の手でブルベさんが制す。
「なるほど。触れば触るほど不思議なものだ。今までこんな物を出した者は居なかった」
「・・・多分、僕にしか、使えない」
「そうなのかい?」
「・・・うん、多分」
ほう、これクロトの固有スキルかね。そういうのは覚えてるんだな。
「他に、こういう不思議な力を持つ者は居たりするのかな?」
「・・・分かんない。分かんないけど、あの赤いおばちゃんは怖い」
「おばっ」
ブルベさんの問いに、なぜかリンさんが怖いと言い出す。そしておばちゃん呼びに固まるリンさん。
「お、おばちゃん、かぁ」
さっきまでのふくれっ面から一変、ショックを受けた顔で床を見るリンさん。
俺からしたら綺麗なお姉さんだが、子供からしたら違うんだろうなぁ。
「諦めろ、お前ももう30越えてんだ。ガキからみりゃ十分おばさんだよ」
・・・マジか。リンさんも30越えてたのか。てことはもしかして、他の人もそれ位?
アルネさんとかは結構おっちゃんだと思うけど、他のメンツは年齢不詳だな。今更だけど。
「そうだよ、リンちゃんー。私たちもう、十分おばさんって言われる年なんだよー?」
「そうだよね・・・」
イナイとセルエスさんの言葉に、遠い目をしながら頷くリンさん。
因みにリンさんがしゃべるたびに微妙に締め付けられています。痛苦しい。
ガチで怖いんだな。リンさんの一挙一動に反応している。
「私まだ、おばさんって呼ばれた事、ない」
「俺もそういや、オッサンって呼ばれた事無いな」
「ミルカはともかく、アロネスはあたし達とそう変わらないのに・・・」
「何時までもガキっぽいからだろ」
「たぶんそうねー」
「ひっでえ。これでも大分落ち着いただろ」
「昔よりはな」
何やらみんな、それに反応していく。この人達全員集まると本当に自由だな。
「ごほん!」
話がどんどん横道にそれているのを確認すると、ウッブルネさんがわざとらしく咳払いをする。
それをアルネさんが仕方ないなと言った笑い顔で眺めていた。
ブルベさんは、どこか楽しそうに笑っている。
「さて、ありがとう。面白い体験をさせてもらったよ」
「・・・うん」
ブルベさんは黒から手を引くと、腕の状態を確認する。
「うん、特に異常はないな」
「・・・お父さんの、知り合いだから、気を付けた」
「そうか、それはありがとう。良ければ知り合いじゃない人にも、気を付けてくれるとありがたいな」
ちらっと俺の方を見ながら言うブルベさん。これはつまりあれだな、後でその辺もちゃんと言っとけって事だろうな。
「ねえ、クロト君、リンちゃんが怖いって、何か理由があるのー?」
「・・・わかんない。わかんないけど、怖い。凄く、怖い。近づいちゃいけないって感じた」
今度はセルエスさんがリンさんの事をクロトに聞くと、クロトはリンさんを近づいてはいけない人という。
それを聞いたセルエスさんは少し考え込んでいる。
「なあ、セル」
「・・・アロネスもそう思うー?」
「多分、だけどな」
何か同じ考えに至っているらしきセルエスさんと、アロネスさん。
「どうした、何か気が付いたのか?」
「・・・ただの予想で、全然違うかもしれないけど、いいー?」
「うん、いいよ。言ってくれ、セル」
アルネさんが不思議そうに聞くと、セルエスさんはあくまで予想と言い、話し出す。
「もしかしてこの子が眠る前にも、リンちゃんみたいな人が居たんじゃないかなー。リンちゃんみたいにとんでもない人が。
この子はそれを怖がってて、なにより、もしかしたらリンちゃんは彼らの天敵なのかもしれないなーって」
「ああ、いくらリンが強いって言っても、敵意を出してもいないのに敏感に反応しすぎだ。リン自身に何か有るのかもしれない」
セルエスさんとアロネスさんが、リンさんを見ながら言う。本人はきょとんとしてる。
「もしかするとあの時の・・・有りえなくはないか?」
ブルベさんは、何かを思い出すように呟く。
「陛下、どうなされました?」
「ロウ、初めて連中と相対した時の事を覚えているね」
「はい、しっかりと」
「あの時、リファインの攻撃が通ったのは、それが理由なんじゃないかと思ったんだ。私が生き残れた理由も」
「・・・可能性は、有りますね」
ブルベさんとウッブルネさん、アルネさんもが難しい顔をして、二人もリンさんを見る。
リンさんは、首を傾げ始めた。
「うーん?あたしは別に、何か特別な事をした覚えは無いんだけどな」
リンさんは難しそうな顔をしている。してるけど、どこまで考えてるのか怪しいと思う。
「本人が、何かをするつもりは、無さそうだし。別にいいと、思うんだけど」
ミルカさんがいつの間にかクロトの傍に行き、頭を撫でていた。
クロトは、不思議そうに見上げながら、ミルカさんを見ている。
「・・・お姉ちゃん、不思議」
「不思議?」
「・・・強くないのに、強い気がする。不思議」
「・・・へえ、面白い」
ミルカさんがクロトの言葉にちょっと楽しそうにする。
強くないのに強いってなんだ。何のなぞかけだ。つーかクロト、その人滅茶苦茶強いぞ。
「タロウ、この子、目では見て取れない、何かを感じるのに、長けてるみたいだね」
「なのかな。なんか不思議な受け答えが沢山あるんだよなぁ、この子」
「・・・?」
目に見えない何かか。もしかして俺をお父さんと呼ぶのはそこに理由があるのかな?
お父さんオーラとか出てる?
・・・ウン、自分で考えてなんだけど、凄く馬鹿らしいと思いました。
「まあ、リンに関しては後で考えるとして、確かに彼本人は、どうやら少年がいれば危険は無さそうだ」
「そうだな、さっきのを見る限り、タロウには危害を加えないどころか、縋り付いてたからな」
ウッブルネさんと、アルネさんが俺とクロトを見て言う。あ、これ間違いなく、今後も俺がクロトの面倒を見る流れだ。
「タロウ君、君には申し訳ないと思うが、彼の面倒を今後も見てあげてくれないかな。彼の身分証はこちらでも用意する。
イナイ姉さんにも懐いているようだし、お願いしたいんだけど」
「あたしは別にかまわねえぞ。どうせハクも似たようなもんだ」
『私はあれとは違うもん!』
「ハク、落ち着いて、ハクとクロト君が同じ生き物って意味じゃないから」
『うー!』
「・・・あたし、言い方悪かったか?」
イナイはどうやらクロトの面倒を見る事は肯定的なようだ。なら俺も別にそれでいいかな。
悩みどころはハクとの仲の悪さだな。まあ、今後の交流で仲が良くなっていくのを祈ろう。
とりあえず怒ったハクはシガルに任せる。
「いいですよ、イナイが良いなら」
「そうか、助かるよ」
ブルベさんは微笑みながらクロトを見る。この人やっぱり穏やかで優しい人だよな。
事情を聞いた身としては、この人こそクロトを敵視してもおかしくないのに。
「さて、次は・・・そうだな、クロト君は、何故あそこで寝てたんだい?」
「・・・わかんない」
「ふむ、なら、何時から寝ていたかは?」
「・・・わかんない」
「君と同じように寝ていた者達に関して何か知っているかい?」
「・・・知らない」
「つまり、君自身の力と、リンへの理由の分からない恐怖以外は、何も覚えていない?」
「・・・うん、あ、でも、一個だけ」
「なんだい、何でもいい、教えてくれないかな」
「・・・フドゥナドル・ヴァルハウル。この名前だけは、憶えてる」
「それは、君の名前なのかい?」
「・・・わかんない」
「そう、か」
ブルベさんはほぼわからない発言の中、一個だけ答えた項目に思考する。
魔王の名。古い神話の名前。もしかしてだけど、今も伝わっているその神話は、実際に居た人物の名前なのかもしれない。
俺の世界のでかい宗教の名前になってる人みたいに。人物自体は実際に居たのかもしれな。
今度そういう話、どこかで調べてみようかな。
「・・・君は、魔人、なのかい?」
「・・・多分、違う?」
ブルベさんの質問に答えた事で、皆の目が変わる。
「魔人じゃない?今まで出てきた手合いとは根本から違うのか?」
「そう決めつけるのは危ないわよー、アロネス。この子さっきから、解らないばっかりなんだからー」
「そうだな、すまん」
アロネスさんとセルエスさんがなんかカッコいい。アロネスさんはさっきうなだれてた人とは思えないな。
「ねえ、アロネス、誰かに聞いてみればいいんじゃないの?」
リンさんがそんな事を言い出す。誰かってアバウトだな。
「あん?」
「ケレファちゃんとか」
「ああ、そうか。そうだな。それがいいかもしれない。けどあいつは嫌だ。他の奴が良い」
「いやでも、最初に気が付いたの彼女だし、何か解るかもしれないよ?」
「・・・リンにしては珍しく正論を言うな」
「珍しくってなんだよう」
「しゃあねえ、気のりはしねーけど、そうするか」
アロネスさんがみんなから少し離れて、懐から何かを取り出す。あ、精霊石だ。
「タロウに見せるのは初めてだったな。よくみてな」
アロネスさんがイケメン顔でニヤッと笑う。何が始まるんだろ。
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