第202話クロトは怖いものがあるそうです!
イナイの後ろについて歩いていくと、両開きの扉の部屋に入っていく。
俺たちもそれについていき、中に入る。
「やあ、早い再会になったね、タロウ君」
中に入るとなぜか床に倒れ付した状態でブルベさんが言う。
なんでこの人ひっくり返ってんの。横にテーブルひっくり返ってるし。
「俺の勝ちぃ!!」
「いつつ、アロネス、今最後のほう魔術使わなかったかい?」
ものすごく嬉しそうにガッツポーズをするアロネスさん。
それに対して右腕を撫でながら異を唱えるブルベさん。二人でなんかやってたみたいだ。
「な、なにを」
「使ったわねー。私の目は誤魔化せないわよー」
「あ、セル、言うなよ!」
「語るに落ちたな」
「あ」
セルエスさんの突っ込みに自爆するアロネスさんと、それに冷たい目を向けるアルネさん。
「一番ひ弱なのが悔しいなら、きちんと鍛えるがいい。お前は少々魔術と技術に頼りすぎだ」
「まったくだ。俺のようになれとは言わんが、多少は鍛えろ」
「うぐっ」
ウッブルネさんとアルネさんの口撃がアロネスさんに炸裂。アロネスさんに大ダメージ。
「アロにい、何やってんの。この中で一番非力なんて、解りきってる」
「ミ、ミルカ、お前まで言うのか」
ミルカさんの追加口撃でさらにダメージが加速する。
「そりゃあ、こればっかりは誤魔化しようが無いでしょ」
リンさんが呆れたように言う。リンさんの呆れ顔って珍しい。
ていうか、リンさん、何そのドレス姿と腰までのストレートの髪。口開くまで誰か判らなかったぞ。
「くっ、で、でもセルよりは」
「私、兄さんより腕力あるわよ」
「悔しいけど事実だよ、アロネス」
「なん・・・だと・・・」
アロネスさんががっくりと崩れ落ちる。何やってんだこの人たち。
「じゃあ、次は、私の番だね」
リンさんが倒れているテーブルを起こして、腕相撲の体勢になる。
なるほど、腕相撲か。ドレス姿で腕相撲って・・。
だが、リンさんが構えても誰も前に座らない。
「あ、あれ?しないの?」
「結果がやる前から判りきってる事なんて誰もやらないわよー」
「そ、そんな、せっかく待ってたのに!」
「リファイン、悪いけどセルに同意するよ・・・」
「ううー」
リンさんはアロネスさんとは別方向で落ち込んでしまった。
あのー、そろそろ、俺たち座っていいですかね。
「リンはどうやっても大人しくなんねえな」
「なんか、想像してたのと違う・・・」
「昔ながらのダチが揃えばこんなもんだ。立場なんて殆ど後からついてきたもんだしな」
「そっかぁ・・・」
『私やってもいいんだけど』
「服が今手元に無いからやめとけ」
俺が呆然としている間に、別のところにテーブルを出してくつろいでいるイナイ達。
なんで俺放置されてるの。
あ、でもクロトは俺の後ろに隠れている。
・・・なんだ、なんか、様子が変だ。なんか震えてない?
「あ、その子が例の子だよね。こんにちはー」
リンさんがほぼ無警戒でクロトに近づこうとしてくる。
「ひっ」
息を呑む音が背後から聞こえ、次の瞬間、俺を掴むように黒で飲み込んでいく。
「え、ちょ、なっ」
「タロウ!」
「タロウさん!」
驚いて何も出来ない俺と、俺を黒から引き剥がそうと動くイナイとシガル。
だが黒は俺を引っ張って、部屋の端まで一瞬で移動する。
「うおおお!?」
体が動かない。動かせない。頭は黒から出てるから首は動かせるけど、体を完全に飲まれてて指一本動かせない。
「クロト!何のつもりだ!」
イナイがクロトに向かって叫ぶ。首を動かして皆のほうを見ると、全員臨戦態勢になっている。
ハクなんか今にでも殺しにかかりそうな気配だ。
けど、俺は何か違和感を持つ。この黒、怖くない。
さっき見た時ですら怖かったこの黒が、まったく怖くない。
「・・・クロト?」
なんとなく、答えてくれるような気がして、落ち着いてクロトに聞いてみる。
「怖い、お父さん、怖い、あの人怖い」
俺の言葉に震える声で俺に答えるクロト。いつものような間が無い。即座に答えた。
怖い?
クロトの言葉を聞いて、皆のほうを見る。
さっきのクロトは震えているような気がした。あれはきっと気のせいじゃなかったんだ。
誰が怖かったんだろう。やっぱりさっき近づいてきたリンさんかな。
「もしかして、リンさんが怖いの?」
「怖い、怖い、あの赤い人怖い。すごく怖い。やだ、あの人やだ」
黒くてまったく見えないが、完全に涙声で答えるクロト。
そうか、この黒が怖く無い理由がなんとなくわかった。これは俺にすがってるんだ。
怖くて怖くてしょうがないから、頼れる相手にすがり付いてるだけなんだ。
「えと、もしかして、私、怖がられてる?」
リンさんが自分を指差し、きょろきょろと見回す。
「今の彼の言葉を聞くに、そういう事なんだろうね」
ブルベさんが警戒を完全には解いていないもの、さっきよりは柔らかい態度で言う。
「リンちゃんが怖いかー。優秀だねー」
「そうだね」
「セルもミルカもひどくない?」
「まあ、事実だろう」
「あっはっは、事実だな」
「お前が一番怖いなんてここの誰もが知ってるっつの」
「皆ひどい!」
イナイ以外全員が同意する。もちろん俺も心では頷く。ていうかブルベさんも頷いてるよ。
「まあ、そんな解り切った事は置いておくとして」
「イナイまで!」
訂正。全員だった。
「クロト、怖かったから、タロウを引っ張ったのか?」
「うん、あの人、やだ」
イナイはなるべく優しい声でクロトに聞くと、また即座に涙声が黒の中から聞こえてくる。
「え、えと、こわくないよ、ほら、だいじょうぶだよー」
リンさんが両手をパーにして、屈みながら歩いてい来る。
「いやあああああああああ!やだあああああああ!来ないで!来ないでええええええ!」
「ぐえっ」
リンさんが近づいてこようとすると、クロトは泣き叫びだす。
同時に黒に締め付けられる。潰されるほどじゃないけど、苦しい。
「リン!お前はちょっと離れてろ!」
「あ、あう、わかった」
イナイに怒鳴られて、リンさんは誰よりもクロトから離れる。
「ホラ、クロト、大丈夫だから。怖いのは離したぞ。大丈夫、大丈夫だ」
「えぐっ、ぐすっ・・ほんとに?もう来ない?」
「大丈夫、大丈夫だ、お前がいいって言うまでは、こっち来ないから」
イナイは怖がる様子なく、俺を掴む黒に触れ、撫でる。
「・・・ぐすっ、うん、分かった。ごめんなさい、お父さん、お母さん」
まだ泣いてはいるが、少し落ち着いた声で、ゆっくり黒を消していくクロト。
だが一部が俺の腹と腕に巻きついている。動けん。
「クロト?」
「・・・怖い。だめ?」
クロトは涙目で俺を見上げる。
・・・こんな顔で言われたら断れないだろ。
「ふぅ、いいよ。でも締め付けないでね」
「・・・うん、ありがとう」
頭を撫でながらクロトに言うと、安心したように俺の手を掴む。
しかし全身真っ黒だな。
「ふぅ・・・流石に肝が冷えたぞ」
「よ、よかったぁ・・・」
イナイとシガルが安堵の声を漏らす。
いや本当によかった。あの黒が俺を飲み込む気だったら俺この世にいないと思う。
でもこれで、なんとなくだけど、この子が俺に危害を加えないって思えた。それだけは収穫だろう。
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