第200話ワグナさんの想いですか?

「お疲れ、惜しかったねぇ」

「・・・そう、見えたかい?」


体を休めながら彼を、タロウ君を見ていると、自分に魔術を教えてくれた、鍛えてくれた人が寄ってきた。

自分に強化魔術を教えてくれた、友人が。


「私にはそう見えたけど」

「・・・そうか」


惜しい、惜しいか。そうか、周りにはそんな風に見えるのか。


彼女の実力は知っている。魔術師として、相当な使い手だ。

距離が近ければ勝てる自信はあるが、遠ければそもそも近づけるかどうかもかなり怪しい。

そんな彼女すら、あの子の実力を見抜けない。解らない。


「自分は、本当に全力で挑んだんだよ。あんな仕込みをしてまでね」

「そうね、最後の一撃は急所なんて狙う必要ないもんね」


そう、最後の打撃。あれは打つなら最初から当てる所はどこでも良かった。

そしてそれを悟らせないために、彼への打撃はすべて、彼の意識を刈り取るつもりの打撃と、急所への一撃を狙い続けてきた。

そして最後に言った。急所は避けると。あれを当てるために。


「殺す気なんて無かったけど、少なくとも彼の体を気遣うような打撃は一度たりとて打っていない。最初の一撃含めて」


最初の一撃から、あの一撃から自分は彼に本気で打ち込んでいる。

彼の本気を見るために一撃のみで済ませた。けど、その一撃もあんなにあっさり躱された。

あんな物、当たったうちに入らない。彼なら、あの魔術の使い手なら、何も問題ない一撃だったはずだ。

事実彼が「真剣に」と口にした際、損傷などどこにも見当たらないほど足取りはしっかりしていた。


「だからこそ全力で、当てるつもりで、打った」


けど、それは叶わなかった。完全に避けられたわけじゃない。彼は途中まで自分の術中にはまってくれた。

自分の攻撃が、素直な打撃のみだと、思っていたはずだ。

それこそ部下たちに教える時のような動きではなく、グラネス様に相手をしてもらう時のように、本当の全力でやっていたんだ。はまってくれないと困る。


だが気が付かれた。何故気が付かれたのかは分からない。彼はなんとなく怖かったからといった。

だが、その「なんとなく」は、馬鹿に出来ない。

彼は、自分の今までの動きと、最後の攻撃の動きを見て、何かを感じたんだ。だから危ないと思った。怖いと思った。だから避けた。

今までの攻撃と違う何かを、彼の洞察力が見抜いたんだ。今近づいてはいけないと。


どれだけの物を見ていれば、そんな芸当が出来るのか。

どれだけの力量の業を見ていれば、そんな微細な事に気が付けるのか。


「貴方の全力が、実は通用してなかった、って事?」

「最後の彼の動きを見ればわかるだろう。最初から彼が本気でやっていれば、どうなったと思う。彼の持つ技は、無手の技術のみじゃない。一瞬で自分は地に伏していたよ」

「でも、その無手なら、通用してたじゃない」

「全くだよ。あれは通用なんて、していない」


彼は自分の技を知らない。知らなかった。なのにすべて対応された。

見てからの判断で、すべて対応されたんだ。自分の技が。


「恐らく次は、もっと余裕で対応される。彼我の実力差は、それほどだよ」

「そうかな・・・」


彼女は自分の結論に納得がいかないようだ。不満そうに答える。


「じゃあ、君には初めて見る相手の、初めて見る技を、相手の得意分野で、相手が本気を出すまで眺めているなんて芸当が出来るかい?」

「・・・ああ、そっか」


彼女も理解したようだ。彼のやった事の異常性を。

彼は確かに無手の技術を学んでいる。グラネス様本人から手ほどきを受けた事もあり、その技術はかなり高いものだ。

だがそれでも、そうだとしても、彼は自分の攻撃の全てを受けきった上で、自分の得意な距離に、得意分野にすべて付き合った。他の技術も持っているのに。


間違いなく、バルフさんに聞いた時より、彼は強くなっている。

バルフさんに聞いた印象と、違う実力を持っていた。

こんな短期間に、これか。これが英雄たちの力について行こうとする人間の実力か。


「悔しい、な」


彼が強い事は知っていた。バルフさんに勝った事を知っていた。

あの人に、あんな強い人に勝った人だ。勝てるとは思って無かった。けど、ここまで通用しないとも思ってなかった。


「そんなに強そうには見えないのにね。隊長の言った事、信じるしかないのかしら」


彼女が彼を見てそんな事を言う。彼女の隊長というと、王妹殿下か。


「殿下は何と?」

「魔術だけの力量でも、私に匹敵か、それ以上だって。あの強化魔術を見ると、信憑性増すわね。彼、集中なんて言葉とは無縁に、当たり前のように魔術を行使して、維持してたから」


彼女が彼を見つめる目つきは、まるで仇を見るかのような目だ。


「悔しいのは分かるけど、その目はどうかと思うよ、ゼノセス」

「だって、隊長に認められてるのよ、彼。嫉妬だってするわよ」


彼女は殿下に憧れているからな。その気持ちは仕方ないかもしれない。

いや、正直にいうならば、自分もきっと彼に嫉妬している。あの人を、隊長を、あの強すぎる英雄を楽しませられる人物だという事実を。

ならば。いや、だからこそ。


「いつか追いつけばいい。自分はまだ止まる気は無い。バルフさんと同じで、諦めるつもりも、留まるつもりもない」

「そんなの私だって。絶対グラウギネブを目指すんだから。殿下に認めて貰う為に、あの人の隣に立てるような魔術師に成る為に」


自分が拳闘士隊に入った動機は、グラネス様が目的ではなかった。

あの方の偉大さも理解しているが、自分がステル様の役に立てる場所が、ここしかないと思ったから拳の道を鍛えた。

そのうちグラネス様の目に止まり、あの方直々に手ほどきを受けるようになって、その力量の高さに惚れてしまった。

英雄は、英雄たる力を持っていたのだと。魅せつけられた。


あれを目指したいと、思った。


「今は届かない。けど、何時までも届かないと嘆く気は、無いよ」


自分には仙術は使えないけど、本当の意味でグラネス様を継ぐ人間にはけして成れないけど、それでも、譲れない想いが有る。

その想いを、通す。


「カッコつけちゃって。素直にくやしいよーって、お姉さんに泣きついてもいいのよ?」

「・・・人が真面目に答えているのに、どうしてそうかな君は」


ついさっきまで、珍しくまじめな顔をしていたというのに。


「ひどいなぁ。私だって大真面目よ?」

「そうは見えないよ。あと、旦那さんがまた嫉妬するから、そういうのは止めてくれ」

「あはは、あの時は可笑しかったねぇ」


彼女と二人きりで魔術の訓練をしていた時期に、彼女の旦那さんがすごい形相で泣きながら自分に掴みかかってきたのを思い出す。

その時も彼女はケラケラと笑っていた。心底可笑しそうだったのを覚えている。

泣きながら乱入してきた旦那を見て、大爆笑する彼女の神経が自分には分からない。


「君には感謝はしている。あれが無かったら、今日もここまでやれなかった」

「あら、珍しい。もっと感謝していいのよ?」

「・・・けど、もう少し彼にやさしくしてあげてほしいと、切に願うよ」


あの件以降、彼女の旦那さんとは友人だ。

そしてよく、彼女に泣かされているのを見かけるようになってしまった。


「優しくしてるつもりよ?こんな職に就いてるのに、子供だっていつ出来てもいいぐらいのことしてあげてるし」


そういうのは、女性が言うのはどうかと思うんだけど。


「・・・そういう意味じゃなくて」

「そういう意味よ。私はあの人を愛してる。どんな無様をさらそうとね」


ニヤッと笑いながら旦那を愛しているという彼女を見て、この夫婦の形は自分にはよく解らないとため息を付く。


「いつか本気で惚れた女でも出来ればわかるわよ。理屈じゃないのよ理屈じゃ」

「そういう物かな?」

「そういう物よ。少なくとも私にとってはね」


彼女の夫婦関係は少し特殊だと思う。参考にはならないかな。


「ま、それはさておき、いい訳考えてる?」

「言い訳?」


彼女の言葉が自分にはよく理解できなかった。


「彼、ステル様の婚約者。ステル様の許可なしで、彼に手を出した。その上あれを使った。さて、ステル様へのいい訳の準備は?」

「・・・あ」


完全に失念していた。彼との手合わせを望むあまり、彼の立場や、関係性が頭から完全に抜け落ちていた。

まずい、どうしよう。

冷や汗をかきながら固まっていると、堪えられないとばかりにおかしそうに笑われる。


「ぷくく、大丈夫よ。怒られるならとっくに怒られてるはずだから」

「は?」


彼女はにやにやしながら言う。いったいどういう・・・ああ、そういう事か。


「もしかして、見つけた時に」

「そ、ご報告させて頂きました。感謝しなさいよ?」

「すまない、ありがとう。本当に感謝する」

「うむ、よしなに。今度なんか驕ってねー」

「なんでもどうぞ」

「言ったな?」


何でも驕ると答えた事を後悔しそうな笑みをする彼女に不安を覚えるが、おそらく旦那さんもつれてくると思うので大丈夫だろう。

彼はあまり無茶な物を奢らせようとはしない筈だ。たぶん。


「私も、後で・・・」


彼女の真剣な表情と呟きは、見逃さなかったし、聞き逃さなかった。けど、聞かなかったことにしよう。

彼女は迷っている。やるべきかどうかを。自身の手の内を見せるべきかどうかを。ならそれに余計な口出しはしないほうが良いだろう。


拳を握り、タロウ君を見る。自分を負かした相手を。

まずはあそこに届かなければいけない。あそこまで行っても、まだ勝てない。そこにすら届いていない自分では、到底相手にならない。

でも、いつか、届いて見せる。

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