第199話ワグナさんの本気です!

「ふうぅぅぅぅ」


ワグナさんが呼吸を深くし、全身の力の入れ具合を確かめている。今攻撃したら当たるのではなかろうか。

・・・いや、やめとこ。多分今攻撃しても、この人は怒らないとは思うけど、流石になんか気が引ける。


それに、本当になんとなくでしかないが、むしろそれを狙ってる気がしなくもない。

この人、体捌きもかなりうまい。こっちの方が速度では勝ってるのに、まともに当てれてないし。

攻撃したら、迎撃されましたー。なんて未来は普通にあり得る。


ワグナさんが深い呼吸を止め、自然な呼吸に戻っていく。段々と全てが静かになってく。

彼は無表情な目をこちらに向けて、見ていなければその存在を感じ取るのが難しいほど、彼はすべてを制止させていく。

近ければ心音の動きは聞こえるかもしれないが、多少距離が離れているので流石に分からない。


ピタリと。本当にピタリと体を止めている。ただ動いていないんじゃない。完全にその場に制止している。

全くブレというものを感じない。

そうだ、ブレていない。普通なら多少のブレは起きるはずだ。彼はそれを完全にゼロにしている。

どんな訓練を積めばそんな芸当が出来るんだ。


それに彼の言った意味が分かった。あれはかなり体に負担がかかるはずだ。

あれは全身の筋肉の全てを使ってその場に体を静止させている。

強化の制御と身体の制御。そのどちらもを細心の注意を払ってやっているのだろう。長時間やるのは無理そうだ。


そのおかげで彼の攻撃速度の秘密がなんとなく分かった。


彼の攻撃。その体捌きと攻撃の速さの秘密。精度の度合いが恐らく有るのだろうが、多分間違いない。

彼はその動きに無駄をなくしているんだ。それこそ彼の魔術詠唱のように。最短を最高率で。その体の全てを使って。


凄まじい。その域に達するまでにどれだけの訓練をしたんだ。ミルカさんとはまた違う、素の肉体のまま人を超えた人だ。

そんな人に、そのままで俺が勝てるわけが無い。無強化の様子見なんて、ただの自殺行為だわ。


けどこれは彼の攻撃速度の秘密だけだ。もう一つの攻撃タイミングが分からない秘密は掴めてない。

たとえどれだけ最短を走ろうと、予備動作は起こる。どうしても、動く瞬間というのは起きる。彼にはその予備動作を感じない。


・・・予備動作が無い?

なんか、昔、そんなのを小説か漫画で見たような・・・・。


だが俺の思考はここで止まる。彼の拳が俺の腹に迫ってきたからだ。

俺の直突きに似た打ち方。最短で拳を当てに来るルートで、凄まじい速さで打ち込みに来た。


躱せる。躱せない速度ではない。

だが、タイミングと速度を見て取ると、仙術強化したガラバウよりも早いと感じる。

あいつの攻撃より、早くて避けにくい。けど、4重強化の今なら避けられない速度じゃない。

うち払って反撃できない速度じゃ、ない。

彼の直突きを払って、懐に潜り込もうとする。




瞬間、背筋が寒くなった気がした。




自分でも理由のわからない悪寒。けど、何かに対し明らかな危険と恐怖を感じた。

俺は懐に入るのを止め、4重強化のままに、思い切り彼から飛んで離れる。

彼は拳を打ち出した体勢のまま動いていない。


「うあっ?」


着地の際、足が体を支えられず、膝から崩れる。

自分でもわけがわからず、立ち上がろうとするがうまく立ち上がれずふらつく。

なんだ、頭がくらくらする。体のいたるところが痙攣している気がする。

仙術で無理やり体の動きを正常化させて、何とか立ち上がる。


これ、後で体中痛くなるな。


だがここで膝をついていてはただの的だ。

何をされたのかさっぱりわからないが、このまま膝をついていればもう一度さっきのをやられる。

次は立てないかもしれない。


何をされた。まさか彼も仙術を使える?

いや、使っている様子はなかった。見て取れなかった。

何をされたのか、それが分からなければ近づく事もかなわない。

無手でやってるのに傍に近寄れないとか、なにそれムリゲー。


遠距離攻撃をするために仙術の攻撃を使うかを悩んでいると、彼が構えを解いた。


「まいりました。今のを躱されては、もはや手がない」


彼はふうとため息を付いて、全身の力を抜く。

魔術強化もといているらしく、温和そうな笑みを浮かべている。

俺はそれを確認すると、強化を全て解いて、座り込む。疲れた。


「はぁ・・・」


思わずため息が出た。降参してくれたからよかったけど、二打目を打たれてたらどうなったか分からない。

騎士隊長さんもそうだけど、この世界の人達、素の肉体の能力が高すぎる。


「流石にちょっと悔しいな。まさかあれを躱されるとは思ってなかった。何故気が付いたんだい?」


気が付いた?何のことだろう。

最後の一撃の事かな?もしそうなら俺は何も気が付いて無いんだけど。なんとなく怖くて、逃げただけだ。


「なんとなく、です。なんか怖かったので」

「ふふ、なるほど。危険に対し、良い嗅覚を持っている」


何処か悔しそうな笑みで、俺に近づいてくる。

俺はそれを見て立とうとして、立てず尻もちをつく。


「あ、あれ?」

「ふむ。どうやら完全に躱したわけでは無かったのか。それでも君はあんなにしっかり立った。やっぱり、凄いな」


彼は俺を見ながら呟きを漏らし、手を差し伸べてくれる。

素直に手を貸してもらい、立ち上がると、膝が笑っていた。

うへぇ、上手く歩けねぇー。


「わたた・・・」

「はは、脇の休憩所まで肩を貸そう。見たところ大した事は無さそうだし、暫く座っていれば大丈夫だと思うよ。君の魔術の技量なら治癒魔術でもどうにかなるだろうけど」

「あはは、すみません」


言われてみると、貨物室の端っこに休憩所があった。そこまで肩を貸してもらって休憩所の椅子に座る。

椅子に座ると、今まで静かだったギャラリーが一斉に寄って来た。


「凄いなあんた!副隊長とあそこまでやるなんて!」

「ねえ、さっきの動き何?最初の動きとまるで違ったよ?」

「さっきの強化魔術、凄い精度だったね。当たり前のように使ってたけど、あの状態でどこまでやれるの?」

「いやぁ、さすがはステル様が見初めた相手なだけはあるな」

「掌かえしてんじゃねえよ、お前あんなもんかって言ってただろ」

「いや、だってあそこまでやるなんて思わないだろ」

「ねえ、ねえ、騎士隊長に剣戟で勝った事って、ほんとなの?」

「さっきの見たら嘘とは思えなくなったけど、あの動きが出来て剣も使えるとか、どうやったらそんなふうになれんの?」


全員一斉にやってきて、なかなかカオスである。そんないっぺんに対応できないです。

ちょっと落ち着いて一人ずつ来てください。


しっかし、ワグナさん強かった。

結局彼の体術の秘密は分からないままに終わってしまったのが残念だな。

一朝一夕で真似できるとは思わないが、少しでも糧になるかもしれないなら知りたい。素直に聞いて教えてくれるかなぁ?


まあ、後でダメもとで聞いてみよう。

とりあえずはこの質問の山をどうにかするのが優先か・・・。

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