第198話久々の真剣な無手の手合わせです!
「凄い・・・」
「なんだよ、あれ。なんなんだあの動き」
「速え・・・」
「誰だよ本職魔術師って言ったやつ、あの動きは鍛えてねえと無理だぞ」
「知らないわよ。でも彼、強化魔術一切ぶれさせずに維持してる。魔術の腕も相当よ」
「単純に体術だけ、って感じでもねえのか・・・」
遠くにギャラリーの声が聞こえる。なんとなく何か言ってるのは分かっているが、そっちに意識を持って行けないので、何を言ってるのかは解ってない。
「くっ!」
ワグナさんが踏み込み、俺に拳を放つ。その動きはやはり速くない。けして速くない。速くない筈だ。
だが速い。物凄い速度で迫ってくる感覚を覚える。
俺はその拳を外に払う様に手首に手刀を打ち付けようとする。
だが、寸前で俺の手刀の動きに沿うように拳が離れ、逆足からの踏み込みと拳が一息でわき腹に迫る。
それをなんとか拳が当たるタイミングに合わせて体を回転させ、背中をかするように外し、そのまま裏拳を放つ。
それに対し、ワグナさんは俺と同じように片足を軸に回転して躱し、後ろ回し蹴りが俺に迫る。
その回転蹴りも訳の分からない速度で、既に顔の傍まで迫っている。
その場で体を無理矢理落として蹴りを躱し、片手で体を支えた体勢のまま、胴に真っすぐに前蹴りを放つ。
だが、それは軽くスウェーで躱され、また最初と同じように離れてお互い構える。
さっきから殆どこんな感じだ。
俺の行動が読まれてるかのように躱される。対して俺は見てから反応してる状態だ。
強化魔術で彼より早くなっているから出来る芸当であって、自身の技量の低さが伺える。
何より彼の速度の秘密が分からない。気が付いたらかなり近距離まで踏み込まれ、攻撃を放たれている。
来るタイミングが全くわからない。その上見た目よりも明らかに速い速度で迫ってくる。
対応できないわけじゃないが、対応し切れてる訳でもない。少しでも気を抜けば、持って行かれる。
「ふ、ふふ、凄い。本当に凄い。バルフさんが手放しで褒めていた理由が分かる。これは凄まじい」
唐突にワグナさんが俺を褒めだす。
うーん、騎士隊長さんの時も思ったけど、俺正直良い所無い気がするけどなぁ、今のとこ。
あの人の時も、何しても通用しない気分になったな。ワグナさん相手も似たような気分だ。
間違いなく、素の状態じゃどれだけ気を付けても躱せない。そして全く当てられないだろう。気が付いたらベッドっていうパターンになるな。
「騎士隊長さんもそうですけど、買いかぶりすぎだと思いますよ」
「そんな事は無い。無いさ。君は自分が何をやっているのか解ってない。君はただ技を修めているなんていう範囲を逸脱している」
「そうですかね?がっつり魔術で強化してるんですけど」
素の状態であなたについて行くのは絶対無理です。一瞬でボコられます。最初の一撃を食らって、間違いなくそうなる未来が理解できる。
「だからこそさ。君は本当に凄い」
ふむ?なんかよう解らん。けどワグナさんはすごく楽しそうだ。
「解っているよ。自分はまだ、手加減をされているとね。君にはまだ引き出しがある。なのにそれを使わない。あえて無手で自分に付き合っている。
普通なら侮辱と取るのかもしれないが、自分には胸を貸してくれていることを嬉しく思うよ」
あ、そっか。騎士隊長さんから聞いてるから、俺が剣を使うのもこの人知ってるし、魔術も使うのを知ってるわけだ。
勿論錬金術の道具なんかも含みで。
でもそれは勘違いでなのである。俺は手合わせって言われて、ワグナさんが無手だから、俺も無手でやんなきゃなって思っただけだ。
だが、俺が訂正の言葉を発する前に、ワグナさんの言葉に周囲が一層ざわつく。
「嘘だろ?あれでまだ本気じゃないっていうのか?」
「ちょっと待てよ、あの人相手に手加減とか、ふざけんなよ。どんな化け物だよ」
「あの動き、普通に副隊長達でも厳しい動きだっていうのに、まだ上がるの?」
「確かに言われてみれば、彼、あれだけきれいな魔術を使えるのに、一回も魔術を使ってない」
「詠唱が出来ないだけじゃねえの?」
「あれだけの技量があるんだ。何かしらの手段は持っててもおかしくねえよ」
「剣戟でバルフ騎士隊長とやり合えたって、ガチだったんだな。正直信じてなかった」
「騎士隊のメンツも、やってるとこは見てなかったらしいからな・・・。」
おうふ、なんかすごいざわついてる。
ああ、やっぱこの人凄い人なんだな。まあ、あの動きの時点でそんな事分かり切ってるけど。
彼の体術のタネが全く分からない。最初の踏み込みの読めなさもそうだが、攻撃が迫る速度のタネも分からない。
完全に速度での後出しが出来るから何とかなってるだけで、どう考えても俺の方がいっぱいいっぱい感あると思うんですけど。
「では、そろそろこちらも出し惜しみしている場合では無いね」
ワグナさんが楽しそうな顔から、至極真剣な表情になる。
なんだ、今度は何しかけて来るつもりだ。
俺は思わず、構えに力が入る。
「この身、今が全てに非ず。心研ぎ澄まし、境地を目指し、常に最短を目指す。
今に驕らず。上を見上げず。前を見据え、この身の全てを使い切る。
この体の全てを掌握し、眼前の相手を打倒せん。心身共に武の道をただひたすらに突き進まんがために」
これは魔術詠唱だ。この人魔術も使うのか。でも不思議な詠唱だ。多分魔術の流れからして強化魔術なんだと思うけど、詠唱が強化っぽくない。
むしろ唯々自身の心構えを語るような詠唱だ。
いや、だからこそ意味があるのか。自身の心からの言葉。その言葉に世界が応え、この魔術が出来上がるのか。
「・・・行きます」
さっきまでの穏やかで、楽しそうな雰囲気から一変。
とても静かで、感情を感じさせない無表情を見せて、構えを取るワグナさん。
俺は物凄く嫌な予感がして、竜の魔術の強化もかける。
仙術をかけっぱなしはまずいので、この魔術習得しておいて本当に良かった。
長期戦になるとやっぱきつい。強弱をつけてないと、あっという間に体が悲鳴を上げてしまう。
だからと言って、グルドさんの魔術はもっと使えない。あれは完全に短期決戦用だ。
魔力の消費がデカすぎてすぐに戦えなくなる。
これらを総合するに、やっぱ根本的に素の身体能力もっと鍛えないとダメだなっていう結論になるね。
うん、知ってた。
そんな馬鹿な思考をしていると、眼前に拳が映る。
一瞬仙術強化を強めにして、ギリギリで顔面に迫った拳を躱し、横に飛びのく。
「これも躱しますか、流石ですね」
先ほどと違い、無表情のまま言うワグナさん。
いやいやいや。これ3重強化じゃなかったら当たってますって。
なに今の。踏み込みが分からないとか、それ以前だったぞ。気が付いたら目の前に拳があったぞ。
俺、良く避けれたな今の。
「うそだろ。今のを避けんのかよ」
「まじかよ。俺、あれ食らった時、何が起こったのか分かんなかったんだぞ」
「初めて見たけど、ワグナ副隊長さんの動き、とんでもないな。あれ避けるあの子もおかしいけど」
「あれ、あの人よく隊長とやってるのに、見た事無いの?」
「いや、あんたたちの隊ならともかく、部外者がホイホイ見に行かないわよ」
「え、俺ちょこちょこ他部署行くぞ。面白いし」
「技工士はそりゃ、仕事の種類が違うから行くこともあるだろうけどよ」
「上の人達がそういうの気にする人達じゃないんだから、気にする方がバカバカしいだろ」
「まあ、なあ。筆頭も休暇前位までは、ちょこちょこ現場に顔出してたしなぁ。あの人達あんまりそういうの考えてないよな」
「王妹殿下と王弟殿下以外はな」
「あのお二方は諦めろ」
「陛下とは仲がいいのが救いだよな。でなかったらどうなってたか・・・」
なんか雑談がすごく興味ある方向に行ってる気がするけど、そっちに気をやる暇がない。
また何度もワグナさんは踏み込み、拳を、蹴りを放ってくるが、そのどれもが気が付けば当たる寸前まで迫ってきて初めて認識でき、ギリギリで避けている。
やばい、これ繰り返してたら仙術強化がそのうちできなくなるぞ。
「これでは、届かないな」
ワグナさんはぼそりと呟き、少し距離を取る。
俺は先ほどからのギリギリの防御を一旦休む事が出来て、ほっとしてる。
本当にギリギリすぎて、神経が磨り減る。
「タロウ君。次の一撃が、自分の最後の一撃で、最高の一撃になる。グラネス隊長以外にこれを打った事は無い」
ワグナさんは言うと、最初の時のような正拳を放つ構えを取る。
最後の一撃で、最高の一撃?
なんで最後なんだろう。仙術使うのが辛くなってきてるから、助かるけど。
「君なら大丈夫だと思うが、致命傷になる部位は避けて打つ」
え、何それ怖い。ちょっと待って、そんなやばい一撃打つの?
まってまって、怖い怖い。無表情で言い放たれてるのがなおさら怖い。
「すまない。出来ればもっとやりたいが、この状態を長時間保てない未熟を笑ってくれ。そろそろ限界が近いんだ」
限界が近い。つまりあの強化を保ってられる限界が近づいてきているという事だろう。
こっちは結構ギリギリだったが、どうやら向こうも同じだったようだ。
そしてギリギリだからこそ、半端に切れて無様をさらすより、今できる最高を魅せようと思ったんだろう。
なら、俺の答えは決まってる。
「笑うなんて、有りえませんよ。受けて、立ちます」
俺は半身に構え、出し惜しみなしの4重強化をかける。
向こうが最後で最高の一撃というなら、こちらも全力で迎えよう。
「感謝」
彼は少しだけ無表情を崩し、口元が笑みの形を作る。
だがすぐに無表情に戻り、良く解らない圧迫感が場を支配し始める。
先ほどまでざわついていた周りの人達も全く喋らなくなった。
さて、4重強化で対応できればいいが・・・怖いなぁ。
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