第197話なんだが見物人が多いです!

「おい、どっちが勝つと思う?」

「ばっか、お前素手であの人が負けるわけねーだろ」

「いやでも、タロウって人剣使うんだろ?騎士隊長がそう言ってたけど」

「でも素手っぽいぞ」

「グラネス隊長は彼に技を教えたって言ってたけど・・・」

「私はタロウさんは魔術師だって聞いてるんだけど?」

「え、錬金術師じゃないの?」

「あの人ステル様の婚約者で弟子じゃなかったの?」

「ステル様の弟子でも有るらしいぜ」

「鍛冶技術学んでるって聞いたけど・・・」

「俺はドリエネズ様と打ち合える剣士って聞いてる」

「「「「「「「「「「それだけはない」」」」」」」」」」


なんかすごいギャラリーが増えとる。

なぜだ。なぜこうなった。

そしてリンさんの絶対強者感凄い。即座に大勢から否定が入った。ま、その通りなんですけどね。


「すまない、あいつに見つかったせいで」


拳士さんはちらりと、初めて会った時に一緒に居た魔術師らしき女性の方を見る。

あの人、にっこにこしながらこっちに手を振ってますけど。


「見物人が増えすぎたな・・・今回は止めておこうか?」

「いや、まあ、いいですよ。ちょっと恥ずかしいですけど。次にってなったら、その約束守れるかどうか怪しいですし。今やれるならやれるうちにやっておきましょう」


うん、今やれることは今やっておこう。

いつか会うための約束は嫌いじゃない。けど、そのいつかが来ない可能性は何時だってある。

俺はそれを知ってるし、ここに来てからも思い知らされた。

あの街での出来事は、その塊みたいなものだろう。


「そうか、そう言ってくれると助かるよ。ありがとう」


拳士さんはほっとした感じで言う。この人いい人だな。

技量の比べ合いに滾る人みたいだけど、性格そのものは穏やかな人っぽい。


「そういえばまだ名乗ってなかったっけ?」

「あ、そうですね」

「すまない、さっきから失礼ばかりで。自分の名はワグナ・ヘッグニスという。よろしく」


名を名乗り、ニコッと笑うワグナさん。

イケメンというより、男前という感じだ。

頭ぼさぼさだけど、それが気にならない感じで似合ってるなぁ。

まあ、ぼさぼさ加減は人の事言えないけど。


「さて、では始めようか」

「はい、よろしく願いします」


ワグナさんはぺこりと頭を下げ、俺も下げる。

そしてお互いに構える。


俺はいつも通りの半身の構え。

向こうは少しだけ斜めに構え、左手を前に出し、正拳を放つような体勢だ。

距離はだいたい5mぐらいか?この世界の人達だし、一息で詰めれる距離か。


俺達が構えると、先ほどまでざわついていたのが嘘のようにシンと静かになった。


構えた瞬間、目の前にいる人が変わったのを感じ、目に見えない威圧感が自分を包むような錯覚を覚える。

この人、強い。

でも、魔術強化等を使う気配はない。純粋に身体能力のみでやる人なんだろうか。

騎士隊長さんも強化無しですごい動きだったから、有りえない話ではない。


心を研ぎ澄まし、相手の挙動をよく見て、呼吸をよく見て、空気を感じようとする。

動作の起点を、見極めるために。

だが、彼は一切動かない。その場でリズムなどは一切取らず、体重移動も無い。

まるで動かない。


迎撃する構えって事かな。なら、こっちか――


「なっ!」


こっちが動こうとした瞬間、ワグナさんは一瞬で俺の懐に入り込み、正拳を放った。

まるで予備動作が無かった。踏み込む瞬間が何もわからなかった。

何より、速度そのものはそこまで速くない筈なのに、無茶苦茶速い。

やばい、もらう。これは避けられない。


食らう直前に仙術で強化して、前に行こうとしていた体を無理矢理後ろに動かそうとする。


「ぐあっ!」


正拳を肋骨に食らい、豪快に後ろに吹き飛び、転がり、倒れ伏す。

何とか少しでも後ろに移動しようとしていた効果が出たらしい。派手に吹き飛んだのはそのおかげだ。


「ぐっ、つう・・・!」


痛い。でも、とっさに後ろに体重を移動させようとしたから、何とか行ける。

前に行く気満々だったから、危なかった。

痛みを感じる部分をこっそりと治癒魔術で治し、拳を放った体勢で動かない彼を見る。


なんだ、今の。くる瞬間が全くわからなかった。

速度はそんなに早くなかったように感じる。なのに、避けられなかった。

踏み込んでくる瞬間が、全くわからなかった。躱すどころか、受けるのもままならなかった


「なんだ、あんなもんなのか」

「普通に吹っ飛んだね」

「なんか、期待外れ」

「いや、あの人と素手の勝負でまともな勝負にはならないだろ」

「やっぱ本職は無手じゃないんじゃないか?」

「かもなぁ」

「まあ、みんな噂聞いて期待しすぎなんだよ」

「彼、大丈夫かな?」


俺の無様を見て、皆口々に感想を言う。

うーん、まあ、このざまではそう言われるよなぁ。

ギャラリーの言葉を聞き流しながら、よろよろと起き上がろうとする。


「これで、良いかい?」


起き上がり切る前に、そんな声が聞こえた。

声のした方を見ると、真剣な顔で、ワグナさんがこちらを見ていた。


「こちらは見せた。自分は君が本気で戦うに、値するかい?」


とても真剣に、俺を侮る気配なんて一切なく、こちらを見ている。

真っすぐに。とても真っすぐに。


ああ、そうか、俺はこの人にとても失礼な事をした。

この人は真剣に、手を合わせたかったんだ。

なのに俺は構えた時点で強化もせず、様子見をした。だから彼はまず自身の力を示した。

ただそれだけだ。彼にとっては今のはそれだけなんだ。


「・・・すみませんでした」


俺はシャキッと立ち上がり、彼に謝罪する。

彼は少し不思議そうな顔をしたが、俺の顔を見て構え直した。


「ここから、真剣に行きます。先ほどは失礼しました」


そう言いつつ、いつもの半身の構えを取る。

彼はそんな俺を見て、嬉しそうに笑う。子供のような無邪気な笑顔で。


「自分の力を認めてくれた事、感謝する。では、胸を借りよう」


胸を借りよう、か。どっちが借りるのか甚だ疑問だ。

どちらかというとそれは俺の言葉だと思う。


そうだ、自惚れるな。


俺は強くなったのかもしれない。けどそれは、俺の持つ全てを使い切った上での事だ。

目の前の人物は本物だ。本物の強者だ。そんな人相手に、素の俺が勝てるはずがないだろ。


『この体、可能性の全てを使う』


かつて騎士隊長さんとやったときにした詠唱。

あえて詠唱して、身体を強化する。自身がコントロールできるぎりぎりまで、自分の力を引き上げる。

同時に仙術強化も使い、何時でも最高速を出せるように、自分自身を作り替えていく。


「ふ、ふふ、やはり、隊長の認めた人だ。バルフさんが認めた人だ」


強化が終わり、彼を見据える俺を見て、彼はそんな呟きをする。

周囲からも感嘆の声が聞こえる。主に魔術師っぽい人達からだ。


「やっぱ、あの子本業は魔術師じゃないの?」

「凄い魔力操作。一瞬で強化魔術やり切ったよ」

「あれ、もしかして、無詠唱で出来たんじゃ・・・いや、まさか」

「でも、やっぱり素手なんだな」

「ああ、さっきの食らっておいて、ちょっと舐め過ぎじゃないか?」


色んな声が聞こえる。だが俺も彼もそれを意に介さない。

今俺達が見る相手はお互いであり、お互いの一挙一動こそが自分の見る全てだ。


彼は、少し息を吸う。

そして今度こそ、本当の勝負を始める。今からが、これからが本当の手合わせだ。


「拳闘士隊、副隊長。 ワグナ・ドグ・ヘッグニス。参る」

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