第196話拳士さんのお願いです!

名前をつけた事に罪悪感を持つのも、逆に悪い気がしてくるぐらいクロトが喜んでいる。

まあ、喜んでるならいいか。

うん、そう思おう。お互いのために。いや、俺の精神衛生上のために。


「どうせお前の世界の言葉だろ?問題ねえよ」

「うぐっ」


イナイには安直な発想から来た名前だって完全にばれてる。まあ、逆螺旋剣や、ハクのこともあるからなぁ。


「ま、後は他の連中が来てからにしよう。あたし一人がクロトに聞いても二度手間だしな。クロトも、聞かれた事、素直に答えてくれよ?」

「・・・うん!」


相変わらず返事のテンポは遅いが、まだ嬉しさがにじみ出ている返事をするクロト。

うーん、もうちょっといい名前付けてあげたかった。やはり申し訳ない。

いかん、とりあえず思考を変えよう。


「そういえば、結構いろんな人が集まってるみたいだけど、まだ時間かかるのかな?」

「うーん、あたしら9人だけなら、たぶんすぐ集まると思うが、他の連中も集める気みたいだからな。たぶん明日になると思うぞ」

「え、そうなの?じゃあ、急いでくる必要なかったんじゃ」

「一応全員集まる前に、あたしらだけは顔合わせとく予定だったんだ」

「ああ、なるほど」


いったん主要面子で話してから、その後全員か。

まあその方が良いのかな。

いやでも、それなら別に関わってる人間全員集める意味も無くない?

連絡入れればいいだけなんだし。


「皆で話した後に、報告のほうが早かったんじゃないの?」

「中には、その危険性をまだ理解できて無いヤツもいるんだよ。

クロトの力を見れば嫌でも理解できるだろ。お前が怖いぐらいだしな。見せたほうが良い薬になる」


ああ、なるほど、危険性の提示のためか。

あの黒は怖いもんなぁ。でもいいのかなぁ、怖すぎて降りる人出るんじゃないのかね。


「あれ、怖いよね」


シガルが呟く。やっぱりシガルも怖かったのか。


「・・・お母さん、僕怖い?」


クロトがシガルに、不安そうな顔で聞く。

結局シガルもお母さんと判断されたみたいだ。


「えっと、普段のクロト君は平気だよ?けど、あの黒いのが怖い、かな」

「・・・わかった。なるべく出さない」


シガルの要望に頷きながら答える。それは俺にとってもありがたい。

俺も怖いんだよ、あれ。


「あとやっぱり、あたしはお姉ちゃんにして欲しいんだけどなぁ・・・」

「・・・だめ?」

「う、その、まだ、ね?」

『おい、シガルを困らせるな』


シガルがやはり母親呼びに難色を示すと、ハクが割ってはいる。


「・・・■■■■■■■■、■■■」

『・・・焼き殺すぞ』


すげー顔で睨みあいになってる。ハクは今、竜の状態だから鼻先の皺のより方がすごい事に。

宿の二の舞いになる前にとめないと。


「クロト、落ち着いて。あんまりハクと言い合いしちゃだめだよ。ハクもここで暴れちゃだめだ」


宿のときの状態になる前に、落ち着いて止める。

あの時はもう動き出してたからな。危なかった。


「・・・でも、僕、あいつ嫌い」

『こいつ、絶対殺しておいたほうがいいぞ』


うーん、どうにかこの二人和解させられないかなぁ。

どっちもシガルをよく思ってるんだし、そこでどうにか出来ないかな?


・・・流れを完全にぶった切るがトイレに行きたくなってきた。


「ちょっとお手洗いに行ってきていいかな?」

「ん、場所はわかるか?」

「通り道に有ったよね?」

「ああ」

「なら大丈夫。一人でいってくる」


トイレにぞろぞろと大人数で行ってもしょうがないからね。

俺は部屋を出て、トイレまでてくてく歩く。

やっぱぱ広いな、この船。


トイレにつくと、先客がいた。さっきの拳士の人が手を洗っていた。


「君は・・・そうだ、ステル様と一緒にいた」


どうやら彼には、俺という存在は視界の端っこにいたようなものだったらしい。

たぶん、誰だこいつ、なんで一般人がって思ってたに違いない。


「あ、はい、そうです」

「君はステル様の従者なのか?」

「え、いや、違いますけど」

「あ、もしかして、ステル様のご友人ですか?」

「その、友人というか、えっと」

「?」


この人は俺のことを知らないのかな?

反応的になんかそんな感じっぽいけど。


「えっと、俺の名前は、田中太郎といいます。イナイとは婚約者です」

「タロウ・・・!」


どうやら俺の名前は聞いたことがあるらしい。

名乗った瞬間、目を見開いてこちらを見る拳士さん。ちょっと、怖い。


「君が、そうか。君があの、タロウ、か」

「えと、どのタロウか知りませんけど、太郎です。はい。」

「そう、か」


その言葉を発すると、拳士さんは黙り込む。

沈黙が場を支配し、ものすごく気まずい気分になる。

あのー、俺、用済ましていいですかね?


とりあえず考え込む彼をおいて、そそくさとトイレに行く。

何だこのデザイン。面白いぞ。

日本によくある洋式便座の、足の当たる部分がペコってへこんでる。体が小さい人用の配慮なのかね?

イナイが小さいし可能性はあるかも。


用を足して、手洗い場に行くと、さっきの拳士さんは居なくなっていた。

と思ったら、トイレでたら入り口で仁王立ちしてた。何してんのこの人。


「タロウ、君、でいいかな?」

「あ、はい」


どうやら俺を待っていたようだ。何だろ、またイナイ関連かな。


「うん、では、タロウ君。君の事は隊長から何度か聞いている。聞くたびに思っていた。君に会いたいと」

「隊長?」


この人拳士らしいし、隊長っていうと、ミルカさんの事かな?


「ミルカさん、ですか?」

「うん。君の事を聞いてからずっと、君を想っていた。君を想って、滾った。やってみたいと。

あの人をあそこまで楽しませる相手と、一度やりたいと」


ミルカさん、一体何話したんだろう。なんかこう、話が膨らんで伝わってる感が物凄いする。


「バルフさんにも君の事は聞いている。だからこそ、君に願う。一手お手合わせ願いたい」


真っすぐに俺の目を見て、今すぐにでもここで始めそうなぐらい力の入った言葉を俺に投げかける。

この人も騎士隊長さんと知りあいか。ていうかここに集まってる人達、皆顔見知りなのかな?


手合わせか。まあ別に良いかな?

この人の実力が分からないからちょっと怖いけど。


「俺で良ければ」

「そうか!ありがとう!」


すごく嬉しそうに俺の手を握って礼を言って来る。思い切り握られるかと思ったら、握り方は優しい。

でもその手は、明らかにずっと鍛えてきた人の手だ。

さっき軽くしか見てなかったけど、体は締まっているが、無駄に筋肉でごつごつしていない。柔らかそうな筋肉の体だ。

この人、ミルカさんと同じタイプかも知れない。これは早まったかもしれん。


「何処でやります?とりあえず外出ますか?」

「いや、貨物室に行こう。今は特に荷物もないし、だた広い空間だから、手合わせには良いと思う」

「他の人の邪魔になりませんか?」

「大丈夫だよ。流石にその辺は把握してる」


そっか、ならいいかな。兵士さんとか、仕事してる人の邪魔にならないなら構わない。


「分かりました。行きましょうか」

「うん、じゃあ、ついて来てくれ」


拳士さんは、上機嫌で歩き始めたので、俺はそれについて行く。

あ、イナイに言っておいたほうが良いかな?

まあいいか、そんなに長時間やらないだろうし。

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