第183話ブルベさんの最優先事項ですか?

イナイ様に許しを貰えた。これでやっと私は始められる。

当の旦那様には許しをもう既に得ている。シガル様には受け入れられていないだろうが、そこは自身の身の振り方次第だ。

少なくとも彼女に対してやった事を考えれば、彼女が私に対して簡単に気を許すわけが無い。

その為にもイナイ様に警戒される訳にはいかなかった。これでイナイ様にまで警戒をされては、もはや何もできなくなる。


賭けには勝った。私は生き残り、許しを得、あの方の隣に居られる希望だけはつかみ取った。

ここからだ。ここがやっと私の開始地点だ。これでやっと旦那様に対して行動を多少は出来る。

だが次の行動は良く考えねば。また同じ失敗をする訳にはいかない。

折角私は賭けに勝った。生き残ったんだ。なら、私の全てをもって、あの方に好いて頂くんだ。


「今度こそ、今度こそあの方のあの優しい手に触れるんだ」


その為なら私はどんな努力も惜しまない。その為に私はこの国を掌握する。

旦那様が望むような国にするために。ウムルのような国を手本とし、旦那様が心安らぐ国にするために。

国民にはそのために役に立ってもらう。


「けど、その前にまずはここを乗り切らねば」


私は目の前の扉を軽く叩く。


「入れ」


短く、良く通る綺麗な声が扉の向こうから聞こえ、扉が開く。

扉を開けた人物はウームロウ・ウッブルネ。ウムル王国聖騎士。ウムル王の盾であり剣。


「どうぞ、殿下」


聖騎士は私に軽く頭を下げ、座席まで促す。

私はそれに従い、素直に座る。


「遅くなって申し訳ございません」

「いや、構わない。後回しにするより、早いほうが良いだろうと私も思ったまでの事」

「陛下の温情に感謝いたします」


私は一度立ち上がり、陛下に頭を下げる。

ウムル王は温厚で有名だ。下手に出る人間に害を与えない。だがそれはあくまでウムル王だけの話だ。

傍にいる聖騎士が私の事をなんと判断するかはわからない。故にこの場も又、私は命を懸けているに等しいだろう。

構わない。この程度乗り切ってしまわなければ、到底あの方に想いを受け入れてもらうなど出来るはずも無い。


「さて、君らには、最後に話しておかねばならん事が有る」

「な、なんでしょうか」


真剣な表情の陛下の言葉に、父が少し動揺する。父も内心では疑問が有ったのだろう。何故陛下自身がわざわざ来たのかと。

私も疑問に思っていた。少なくとも、わざわざウムル王が出向いて話すほどの事ではない内容ばかりだったし、本来なら我々が出向かねばならぬ筈だ。

それにその事柄も、旦那様が来た時点で大凡の事は話し終わっていた。

つまり、これから話す事の為に、ウムル王自身がやってきたという事だろう。


「この国に、遺跡は有るか?」

「遺跡、ですか?」


聞かれたことが予想外で、父は気の抜けた返しをしてしまう。

私は少しまずいと思い、聖騎士を横目で見る。聖騎士は目をつぶり、動いていなかった。

よかった、この程度は見逃してもらえるようだ。


「ああ、遺跡だ。何でもいい。些細な情報でもいい。今ある資料を貰いたい」


そこでウムル王は視線を父から私に向ける。


「クエルエスカネイヴァド殿下」

「はっ!」


旦那様にも覚えられていない名をしっかりと呼ばれ、背筋を伸ばす。


「君はこの国の組合支部長と個人的に関わりが有ると聞いた。真実か?」

「はっ、この国をいずれ背負う身として、手助けをして頂いております」

「そうか、ならば君には組合からの小さな噂話でも構わない。存在の信憑性の有無も要らない。遺跡に関する情報を手に入れたらこちらにまわして欲しい」


遺跡の情報。それも有るかどうかの確信も無い情報でも構わない。

ウムル王は一体何故そこまでして遺跡を探すのか。ウムルがここまで発展した理由に遺跡も関係している?

・・・有りえない話ではないかもしれない。教えてくれるかどうかは分からないが、聞いてみるか。


「陛下、質問を許していただけますか?」

「構わん。それにこうやって向かいあっての対話で質問を返す程度で目くじらを立てる気は無い。もう少し気軽で良い」

「はっ」


陛下が良くても、後ろの聖騎士が何を言うか分からないので、そうそう迂闊な事は出来ない。


「では、遺跡の情報を集め、何をされるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、すまない。そうだな、そちらこそが肝心だ。すまないな、話を焦ってしまった」

「いえ、こちらの察しが悪く、申し訳ございません」


どうやら遺跡探しの内容も話す気だったようだ。別段隠すほどの事ではないのか。

ならば一層解らないな。そんな事の為に何故ウムル王自ら出向くのか。


「その遺跡の存在を無視すれば、国が亡ぶ可能性が有る。今回の比では無い災害と成りうるからだ」

「・・・・え?」


今回の比では無い?あの亜竜の起こした事件は、我が国が滅ぶ案件だった。

亜竜の総数が余りにも異常だった。この国にあれに対応できる人間は居なかった。今回は偶々助かっただけだ。

ウムルという国が持つ異常戦力と旦那様という存在のおかげだ。

それと比べて、劣ると言い切れるような災害?なんだそれは。そんなもの人間が対処できるのか。


「過去、次元の裂け目を作り出し、その狭間に何人もの人間を落とした魔物が居た。その性質故対処しきれず、滅んだ国もある」

「え、ええ、その話は存じております。私が生まれるよりも昔の事ですよね」

「ああ、私もまだ小僧の頃の話だ」

「その魔物と、遺跡が、関係あるのですか?」

「ああ、そうだ。奴らは遺跡に眠っている。私達は奴らが自ら起き上がり、人に仇名す前に屠る為に遺跡を探している。その魔物を倒して以降ずっとな。

その魔物は退治されても時間が経つと蘇り、また猛威を振るった。故にただ倒すだけでは対処できん」


遺跡に眠る魔物。次元の裂け目を作り出す魔物。

話には聞いていた。稀に発生する空間のゆがみ。呑まれれば帰ってこれる可能性は殆どない。

そんなものを作り出す魔物が過去いた事だけは、情報として知れ渡っている。

国がそれのせいで滅んだのだ。知らぬ筈がない。


「それの存在の情報だけは皆知る所だろう。だがその魔物の本質がどんな物なのか知る者は少ない。生きて帰れた者が少ないからな。

我々はその数少ない一人であり、あの魔物がどういう物なのかを良く知る者達だ」


・・・言われてみれば確かにそうだ。その魔物の存在の情報はでまわっているのに、どんな見た目だったのか、裂け目を作る以外の何が出来るのかなどの情報はでまわっていない。

そもそも、殺しても蘇るなど、初めて聞いた。


「いきなりこんな事を言われても理解はできないだろう。だがこれを放置する事は我が国にも、この国にも害しかない。

そこを信じさせるために、わざわざ私自らが来た。あの事件以降被害が無いのでは、荒唐無稽な法螺話にしか感じられないだろうからな。

だが我々はあの魔物を倒して以降、ずっと奴らを探し、退治している。故にその情報を君たちに求める」


荒唐無稽な話。確かに言われれば荒唐無稽で、意味が分からない話だ。

次元の裂け目を作り出す魔物を倒すために遺跡を探している。それもわざわざ大国ウムルの王自身が全力をかけて。

この部分だけを聞けば、話を盛った噂話にしか思えない。今まで過去に有った一件以降、被害は無いのだから。


だが、目の前にウムル王が居る。ウムル王自身がそれを話している。なら、それは疑う余地は無い。

我々のやる事は一つ。遺跡に関する情報をかき集め、献上するのみ。

まあ、たとえ理由が何であろうと、やるしか無い事では有るが。


「解りました。ありがとうございます。そんな事を成されていたのですね」

「ああ、だがこの事は我が国の上層部と、友好国の上層部の人間しか知らぬことだ。無用な不安を民に与えたくは無いからな」

「私共も注意を払います」


礼を言い、陛下の言葉に父も応える。


「ああ、そうだ。もしそれらしき遺跡を見つけても手を出さない事を勧める。あれの対処は亜竜を対処するより上だからな」

「はっ、承知いたしました」


国を亡ぼす魔物と聞いて、手を出す気など毛頭ないが、これは有りがたい。

つまり国内で見つければ、彼らが対処してくれるという事だ。


「私からの話は以上だ。手間を取らせたな」

「いえ、陛下自ら危険をお伝えくださり、感謝の極み」

「そうか、ではな」


ウムル王の言葉に父が応えると、ウムル王は立ち上がり部屋を出て行く。

聖騎士もそれに追従し、出て行く。

私達はそれを見送り、扉が閉まるとソファに座り込む。


「疲れた・・・」


ウムル王と聖騎士の前に立っている間の緊張感からの解放で力が抜ける。

何とか乗り切った。聖騎士にも悪い印象は与えなかったようだし、結果は悪くないだろう。

よかった。まだ生きてられる。


さあ、これからだ。私はやっとこれからだ。

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