第179話イナイが帰ってくるのが遅れた理由です!

「さあて、やっとひと心地ついたな」

「ん、そうだね」


イナイが部屋の端にあるソファに腰を落ち着け、背伸びをする。


「改めて、お帰りイナイ」

「ん、ただいまタロウ」


俺の言葉に嬉しそうに応えるイナイがとても愛しい。

ただ彼女がそこにあって笑ってるだけで気分がよくなる。

うーん。言葉にしたら大分惚気てるなこれは。


「一応あたしがいない間の事は大方は聞いてるけど、いなかった間の事聞かせてくれるか?

それともあたしの話が先の方が良いか?」

「そうだなぁ・・・じゃ、先に話そうかな」


イナイの事を聞くと驚く事言われそうな気がするので、先に話しておこう。

大体は知ってるみたいだし、知らないところを補足する感じで今までのことを話していく。


イナイが国に戻ってからのシガルと騎士たちの事。

その後の王様や、王女様とのやり取りの事。

組合でのガラバウの事。

この宿に泊まる事になった事。

亜竜の事件の発端から俺の行動と、シガルの行動。

ギーナさんとの出会いと、ミルカさんとの再会。

カグルエさんとの手合わせ。

最近の細々した事も含めて自分たちが覚えている事は全部話した。


『タロウ!』

「あ、はい」


ハクが仁王立ちで俺を呼ぶ。ちなみに子竜のままです。可愛い。


『今度シガルをそんな事で泣かしたら殴るからな!』

「あ、はい、すみません」


なんかすごい剣幕で怒られた。ハクさん、再会したときはそこまで気にしてなかったじゃないですかー。

でもまあ、肝に銘じておこう。

今回のような事でシガルを危ない目に合わすことなんて、絶対に無いように。


「うん、そのときは、一発頼む」

『何発もで任せろ!』


死んじゃうので一発でお願いします。


「あはははは!ハク、お父さんみたい」

『む、ひどい。私女だよ』


シガルが笑い出し言った言葉にハクが少し拗ねる。

ハクが男だといいたいわけじゃないと思うけどなぁ。


「ごめん、ごめん、そういう意味じゃないよ。ありがとうハク。大好きだよ」

『うん!』


シガルの言葉にすぐに笑顔になるハク。ちょっと単純すぎる気がしますが、いいんですか?

さっきシガルが生きてる間はシガルと共にとか言ってたし、やっぱこれもう、シガルについて来てるよな。

俺じゃないよな、ついてきてる理由。


「しかし、そうか。そういうやり取りもあったんだな、殿下とは」

「聞いてなかったの?」

「大体の内容だけだな。お前さんに薬盛った事とか、お前がそれ許した事ぐらいで、シガルとの細かい部分は聞いて無いな。まあ、そういうのが有ったんなら、お前が好感をもてないのも仕方ないか。

あたしは割りと気に入ったんだけどな。肝座ってる女だし」

「んー、肝が座ってるっていうのと、今の王女様に前ほど嫌な感じは無いけど・・・やっぱりどうしても最初の印象と、シガルとの言い合いがね。

イナイとしては、王女様は受け入れて欲しいの?」

「お前しだいだよ。殿下も言ってたろ。お前の気持ちが一番大事だ。」


そういえば去り際に、イナイの言葉に同意してたっけ。

・・・うーん。


「あのさ、イナイ」

「なんだ?」

「王女様、この流れだと、そのうち女王様になるよね」

「だろうな」

「相手いないって、問題にならない?跡継ぎとか」

「なるな、そのうち」

「だよね」


流石に世の中を解って無い俺にも、それぐらいはなんとなくわかる。

お家騒動的なものは現代でも普通にあるし。


「王女様にちゃんと、俺以外の人を見つけたほうが良いって言った方が良いよね、彼女に応える気が無いなら」

「言ったんだろ。一応そういう風に聞いてるぞ?」

「え?」

「血族は別に自分が最後というわけでは無いので、タロウが応えてくれないならば生涯独り身で責務を全うし、血族の誰かを後継者として育てるつもりだって、ブルベに話したって聞いたぞ。

あたしはその覚悟も含めて、お前一人に想いを捧げてる女にどうこう言うつもりが無かったんだよ。

わざわざ『ウムル王』に宣言したんだ。その覚悟は半端な覚悟じゃない。殿下は宣言を守らなきゃいけない。守らなくてもブルベは許すと思うけどな・・・」


まじ、か。流石にそこまでの覚悟とは思ってなかった。あの場での、すべてを捧げるというのが、どれだけの物だったのか今わかった。

あの王女様、ずっと独りでいるつもりなのか。


・・・それは、とても、寂しい。

独りは、寂しいよ、王女様。

気持ちは嬉しいし、その覚悟は尊敬できる。

彼女に俺の気持ちが動くならその覚悟も報われる。

けど、動かなければ、彼女は一生を独りで過ごす。それは、寂しすぎる。


「あの子の為に、何か、できるかな」

「・・・言ったろ、お前しだいだ。同情でも、愛情でも、友情でも、何でも良いんだ。

殿下にとって、お前が自分に良い感情を向けてくれるなら、何でも良いんだよ。それこそ欲情でもな」

「そっか・・・」


彼女は言っていた。ちょっと思い出してくれるだけで良いと。

その言葉の重みが、俺が思っていたものと、大分違った。

彼女はまだ少女だ。そんな子が想うには、決めるには、早すぎる事では無いだろうか。

これからの長い人生、独りで生きるなんて、決めるには早すぎる。


「そんな顔すんなよ。殿下はお前にそんな顔させたくて決めた訳じゃねえ」

「うん、そう、だろうね」


きっと彼女は俺の言葉に応えたんだ。

俺が言った言葉に、全力で応えたんだ。

あまりに全力過ぎる。重い。彼女の本気が、心に重く刺さる。

それでも、そうだとしても、彼女をシガル達と同じ様には想えない自分がいる。

彼女の想いに、今の俺は彼女が望む形では応えてあげられない。

でも、何かしらの形では、応えてあげたいとは思う。


「まあ、まだしばらくはここにいるんだろ?その間に答えを出してやれ。今のお前の答えを。とりあえずはそれで良い。

今のお前ならこの国に来るのもそう大変じゃないだろ?」

「そう、だね。ありがとう」


うん、転移でこれるし、そこまで大変じゃない。

そうだな、とりあえず、離れる前に、「とりあえずの答え」は出さないとな。


「よし、じゃあ、今度はこっちの話か」


イナイが空気を切り替えるように言う。

俺はそれをありがたく受け入れ、頷く。


「えっとな、その前に、これ渡しておくな」


イナイは腕輪から、手紙を3通出して、俺たちに渡す。


「・・・招待状・・リンさんとセルエスさんの結婚式!」


招待状には、名前が4人書かれている。

リンさんとブルベさん、セルエスさんとその旦那さんかな?


「おう、あいつら全員にずっと黙って、一緒に式あげるよう画策してたらしい。どうりであのリンが嫌だ嫌だ言いながら礼儀作法やってたと思ったよ。

何回か逃げたみたいだから、時間かかってたみたいだが」

「へえ、面白いね」

「え、あの、お姉ちゃん、あたしも式に出ていいの?街のパレードの席とか、宴会じゃなくて、式?」

「当たり前だろ?宴会も席あるぞ」

「ええー・・・あたしただの平民だよぉ」


両手をだらんとして困った顔をするシガルの頭を、楽しそうにくしゃくしゃとなでるイナイ。


「まあ、そんな気にすんな。身内の式みたいなもんだよ。シガルもあたし達にとっちゃ身内って言う認識だぜ?」

「う、そうなの?」

「おう、ミルカの対応は完全に身内のそれだったと思うけどな?」

「うう、イナイお姉ちゃんの立場も最近やっとあんまり気にしないようになってきたのに・・・それに席の場所はともかく、絶対他国の王族とか来るんでしょ?」

「おう、来るな」

「やっぱりぃー」

「あはは、頑張れ」

「うう、はーい、頑張りまーす」


シガルは手を上げて力なく応える。


「さて、まあ、そんなわけで、パレードの目玉になるものをって話をされてな。国に来る他国の王族や、地方の領主たちの度肝を抜いてやろうと、あの飛行具作り上げてな。

んでま、飛行試験でちょうどいいと、この国に来なきゃいけなかったついでに、うちの国をよく知らない人間にウムルの技術ってのを見せに来たわけだ」

「え、それじゃここまで乗って来たら、驚かせられないんじゃ?少なくともその道中見た人はあれの存在を知るわけだし」

「それも狙いだ。知ってるって事は、うちの国をよく調べてるって事だからな。それにあれは話しで聞くのと実際見るのとでは、ものが違う」


にやりと悪そうな顔で笑うイナイ。

確かにあれは実物を見た事が無いとかなり驚きそうだ。

実際俺もでかすぎてちょっと驚いたし。飛行船実物を見た事がないせいも有るけど。


「そっか、それであれを作ってたから、帰ってくるの遅くなったんだね」

「いや、そのだな、その辺ちょっと事情があってな」


イナイは何か言い難そうに頬をぽりぽりとかいている。


「実は飛行具。ほぼ完成してたんだよ・・・」

「え、それは帰ってその話をしてすぐってこと?」

「・・いや、その、国の出発前から、組み上げて無かっただけで、くみ上げたら出来上がる状態で置いてたんだ」

「え、お姉ちゃん、それってまさか」


イナイは俺とシガルに目を合わさず、気まずそうに口を開く。


「・・・無許可で作ってた。その資材の購入費やら、なんやらを、こう、色々処理するために、遅れた。ブルベにものすごい怒られた」

「お姉ちゃん・・・」

「で、でもまだ仕上げまではやってなかったんだぞ?

組み上げて、仕上げの仕組みと、タロウとの話で思いついた構造も追加して、多少は時間かかったんだ。

でもブルベから、出来るのが早すぎるからって、材料費購入の帳簿を見せるように言われて・・・」

「もともと大半出来てた事がばれたわけだ」


うん、なんていうか、イナイもこういうところアロネスさん達の事言えないよね。

俺の剣もそうだけど、作りたくなったら作るっていう脊髄反射的な回路があるよね。


「私財で作ってたから、仕上げの際に使った額以外使ってなくて、ブルベに物凄い怒られた。それじゃ国の所有物として運用できないだろうって」

「何やってるのお姉ちゃん・・・」

「だって作りたかったんだよ・・・作ったら献上する気だったんだよ・・・別に金の事気にしてなかったんだよ・・・」


あきれるシガルに、少し拗ねるように答えるイナイ。

うん、なんていうか。あの人たち皆同類だわ。方向性が違うだけで同じタイプだわ、皆。

イナイの珍しい面を見て、内心ほっとしている。

この人欠点少なすぎるからなぁ。

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