第176話イナイが帰ってきました!

部屋いたイナイによく似た女性は、ちらりと王女様の方を見ると、ブルベさんに目を向け、跪く。


「陛下、私に御用でしょうか」

「ああ、イナイを呼んで来てくれるか?」


彼女連絡員か何かなのかな?ていうか呼んでくれって、最初からイナイの所に行けばいいのでは。

あ、もしかして彼女しか知らない所に居るのかな?


「はっ」


女性は返事をすると、消えた。

ん、なんだ今の。凄い違和感が有った。何だろう、良く解らないけど、違和感が有ったとしか言えない。

イナイ呼びに転移したんだとは思うんだけど、なんだろう。何がおかしかったんだろうか。


「陛下、彼女はステル様の親族の方でしょうか?よく似ておいででしたが」


王女様がブルベさんに聞く。俺も気になったので耳はしっかり聞く準備。

ていうか王女様、イナイのこと見た事有ったのね。俺が知らない間に顔合わせてたりしたのかしら?


「イナイに親族は残ってない。彼女は単に部下であり、他人の空似だ。というには少々似すぎているがな」

「そうなのですか。有難うございます」


他人なのか。てっきり親戚かなにかかと思った。それにしてもそっくりだったな。


「彼女も無詠唱で転移を使われるのですね。ウムルには一体どれだけあの技量の魔術を使える人間が居るのでしょう・・・」


王女様は誰に話しかけるでもなく小さく呟く。

そういえばあの人も無詠唱か。


でもあの人、なんか不思議な感じだった。そこに居るのが、何かおかしい気がした。

何がおかしいのかって言われると困るけど、何か違和感が有ったんだ。なんだろう?自分でもわからないな。

さっきといい、なにかもやもやする。


暫くすると、前方に魔力が走り、イナイが現れる。

・・ああそうか、分かった。あの人が消える際、魔力の動きが見えなかったんだ。

それでか、違和感を感じたのは。いきなり消えたように感じたんだ。


あれ、てことはあの人も物凄い認識阻害の使い手って事か。うわ、何それ怖い。気が付いたら後ろ取られてそう。

王女様じゃないけど、ウムルってあの兵士さんといい、とんでもない人の巣窟じゃなかろうか。


イナイは現れるとブルベさんの前で跪き、頭を下げる。


「陛下、お呼びでしょうか」

「ああ。此度は休暇中にもかかわらず、職務に戻り、貢献してくれたことを有りがたく思う。

だがお前は休暇中だ。私はお前の休暇を邪魔したという事がどうにも心地が悪い。故に現時点をもって休暇に戻るよう命ずる。

お前の婚約者もつれてきた。共に行くが良い」

「はっ、陛下の温情、ありがたく受け取らせて頂きます」


ようは、イナイの休暇の邪魔しちゃったのごめんね。タロウ連れてきたからまた行っといで。

という事であろう。うん、俺の言い方軽いな。でも意味は一緒の筈だ。


「ですが、もしあれに不具合が有れば、直ぐに。この身何処にあろうと殿下の命ならば」

「分かった。だがある程度は彼女でも問題ないのだろう?」

「まだ不慣れ故、私が現場に居らねばならない事も有りますが、概ね。少なくとも他の者達の補助ならば問題無く」

「ならば良い。よほどの事が無い限りは呼ばん。ゆるりと楽しんでくるが良い」

「はっ」


なんて言うか、物凄く副音声が聞こえる。


船壊れたらすぐ呼べよ?

ん、分かった。でもあの子でも問題ないんだよね?よっぽどの事でもない限り呼ばないから大丈夫。

そっかありがと。


そんな副音声が聞こえる。二人の普段の会話の仕方を知ってるせいだな、きっと。

おそらく知らない人からしたら、忠臣と寛大な王って感じだろうか。

ふと王女様が視界に入る。王女様は真剣な顔でブルベさんを見ていた。何だろう、凄い真剣な顔だ。


「では、私は私の職務に戻る。行くぞ、ロウ」

「はっ」


ブルベさんはウッブルネさんを連れて、部屋を出ようとする。

去り際に、前に見た柔らかい笑みでこちらを向いて、小声で「またね、タロウ君」と言って去っていった。

ブルベさんが去り、ドアが閉じるとイナイが立ち上がる。

あれ?王女様なんで残ってんの?ついてかなくていいの?


「よっす、タロウ。わりいな、戻ってくんの遅れて」


イナイはいつものように気軽に、明るい声で話しかけてくる。うん、イナイだ。

俺は思わずイナイを抱きしめる。


「お帰り、イナイ」

「お、おう。どうした、なんか有ったか?あ、いや、有ったんだったな。お疲れタロウ。頑張ったな」


覆いかぶさるように抱きしめる俺に少し戸惑うものの、すぐに察して頭を優しく撫でるイナイ。

ああ良いな。やっぱりこの人は良いな。好きだ。大好きだ。こうして抱きしめているだけで暖かくて涙が出てきそうになる。


「シガルもお疲れ。聞いたぜ。頑張ったんだってな」

「あはは、大した事は出来てないけどね」

「んなこたぁねえさ。今回タロウを支えたのはお前だ。・・・よく頑張ったな」


イナイはシガルに向かって、とても優しい声音で言う。とてもとても優しい声で、シガルを労う。


「あははは・・うん・・・ぐすっ、イナイお姉ちゃん、怖かったよぉ」


シガルは薄く笑い、段々と涙声になっていき、泣きながらイナイに抱き付く。


「うん、ごめんな、シガル。頑張ったな。よく頑張った。・・・ありがとうな」

「うん・・・・うん・・・・!」


ボロボロ泣きながらイナイの胸に顔をうずめながら頷く。

そうだ、シガルは普段がしっかりしすぎているから忘れそうになるけど、まだ子供だ。女の子だ。

あの場が、俺の元に行く道が、俺が居ない事が怖くなかったはずがない。辛くなかったはずがない。

なのに彼女は今までその素振りを一切見せなかった。ずっと気を張っていたんだろう。イナイが来て、その張っていた物が切れたんだ。

情けないな。本当は俺がああ有るべきな筈なのに。助けてもらってばかりだ。


「ハクもわりいな、迷惑をかけた」

『ん?私は今回何もできてないぞ?シガルを守ったのも私じゃないしな』

「それでもさ。私達のせいで迷惑をかけた。すまん」

『ああ、気にするな。それは私が決断したことだ。私は私の生きる道を行く。少なくともシガルが生きている間は私はシガルと共に有る。ただそれだけだよ』


ハクが帰れなくなったって話の事かな?誰に聞いた・・・ってミルカさんか。

ミルカさんと何か話してきたらしいし、その辺の事も話したんだろう。


「ごめん、イナイ。俺が不甲斐無かったばっかりに」

「気にすんな。お前は精いっぱいやっただけだ。不甲斐無いとすればこの惨状を予測できなかったあたし達だ。わりいのはあたし達だ。命を背負うべきはあたし達の仕事だ」


シガルが言ったとおりの事を、イナイは言う。ただその顔は以前自身が手をかけた時の辛い表情ではなく、これからを見ている顔だった。


「強いね、イナイは。実を言うと俺はまだ引きずってるよ」

「はっ、あたしだってんなもん同じだよ。けどそれじゃ話になんねえ。死んだ人間にゃ悪いが、生きてる人間の方が圧倒的に多いんだよ。そいつらの方が優先だ」


やっぱりイナイは強いな。俺にはそうそうそんな切り替えは出来ない。シガルに助けてもらって、支えてもらって、なんとか立ってるようなものだ。


「さて、では、殿下。お話を聞かせていただきましょう。私に話があるという事は既に聞いております」


シガルを俺に渡すと、王女様に向かっていないが口調を変える。

あれ、そういえばイナイが他人も居るのにああいう風に喋るの珍しいな。


「はい、貴女に謝罪を」


王女様は跪き、頭を下げる。

え、あれ、王女様、前それ出来ないとか言ってなかったっけ。


「殿下、ご自分のなされている事、理解されておいでですか?」

「十分に。ですが私はこうしなければならないのです。でなければ私が私自身を許す事も出来ない。先に、進めない」

「・・・分かりました。殿下、お立ち下さい」

「・・・ですが!」


王女は顔を上げてイナイに呼びかける。だが立ち上がりはしない。


「貴女の覚悟、十分に。私はそれで結構です。同じ男に想いを持つのならば、許せぬ女のつもりは有りません。

以前の殿下がどうであったかは察す程度しかできません。ですので私は今の殿下の覚悟を認めます」


ん?なんだろ、もしかして跪いての謝罪って、ものすごい事なのかな?

この辺も良く解らんな。


「イナイ様・・・ふふ、敵いませんね。タロウ様は貴女こそが相応しい。思い知らされました」

「それは、私だけの事では有りません。タロウが居てこそ、今の私が居ます」

「そうですか・・・イナイ様、ありがとうございます」


王女様はすっと立ち上がり、部屋を出て行こうとする。


「イナイ様。私は本気でお慕いしています。それも、許して頂けるのですか?」

「構いません。ですが決めるのはタロウです」

「はい、それは勿論。・・・・重ね重ね感謝を」

「お気になさらず。殿下はこれからが大変でしょう」

「ふふ、大丈夫です。貴女のような方が誇る方が手伝ってくれるのですから。では、失礼します」


それを最後に王女様は部屋を出て行く。


「ふ-ん。なかなかいい女じゃねえか。あの年であれは出来ねえわ」


なんてイナイが呟くが、正直話の流れが今一俺には分からなかった。

シガルを見ると、シガルも頭にはてなマークが浮かぶような顔をしている。

どういう事だったんだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る