第172話ポヘタ王都内でのお仕事です!

天気のいいある日。街の一角で子供たちのにぎやかな声が響く。


『あはははははははは!』

「きゃーーーー!」

「にげろーーーー!」

「さらわれるーーー!」

「人聞きの悪い事いうなーーー!まてーー!」


俺は逃げるハクと子供たちを追いかける。

本気で追いかけるとハク以外はアッというまに追いつくので、ある程度加減して走っている。


「つっかまえたー!てりゃー!」


追いかけて一番近かった女の子を一人捕まえ、上に軽く放り投げ、キャッチする。


「きゃーー!」


キャーとは言っているが、実に楽しそうだ。


「キャナダルが攫われたぞー!」

「この幼女趣味めー!」

『幼女趣味め―!』

「兵隊さんを呼べ―!」

『呼べー!』

「だから人聞きの悪い事を言うな!ていうかなんでハクまで!?」


幼女趣味じゃねえよ!つーか、お前らどこでそういう言葉覚えるの?

周りの大人、もうちょっと教える言葉考えようぜ。


「はいはーい。皆少し休憩にしましょう。お水も用意しましたよ」

「冷たいお水だよー。果物も有るよー」


子供たちを追いかけ放り投げて遊んでいたら、年月の深みを感じさせる笑い皺の有る、穏やかな雰囲気の女性とシガルが水と果物を持ってきてくれる。


「あ、院長先生ー!」

「おかーさんー」

「シガルおねーちゃんありがとー」

「せんせー、お水ありがとー」

「お母さんつかれたー!」

「果物だーー!」

「やったー!」


子供たちは皆笑いながら水と果物を持ってきてくれた女性、孤児院の院長とシガルに向かって行く。

俺は今日、孤児院に来ている。子供たちと全力で遊んでくれる様な、体力のある大人の募集が組合にだいぶ前から残っていて、俺達はそれを受けた。

俺達の仕事を見たいと言っていた連中が何か残念な顔をしていたが知った事か。

受付の女性には、何度も本当にこんな階級の低い余り依頼を受けるのかと聞かれた。いいじゃん余ってんだから。報酬少ないのぐらい解ってんよ。


「タロウ様、ありがとうございます。私ではあの子たちにあそこまで付き合う事が出来ませんので」

「皆元気ですねぇ」

「ええ、皆明るく育ってくれています」


穏やかで、母性を感じる微笑みを浮かべながら、院長は子供たちを見る。


「しかし、まさかタロウ様が依頼を受けて下さるとは、夢にも思いませんでした。

タロウ様にとってこの依頼の報酬は、有って無いような額だったのではありませんか?」

「いやまあ、残ってる依頼が有ったら受けたいと受付で言ったら残ってたので、額は見てないんですよね。ま、シガルもハクも楽しそうだからそれで良いかなと」


院長は俺の言葉に少し目を開いた後、優しげな顔で笑う。


「そうですか・・・あなたは本当に無欲なんですね」

「無欲ってわけじゃないですよ。自分が楽しいって思う事を優先してるだけです」


うん、別に無欲じゃない。無欲だったらきっとこんな事になってない。

俺は自分の欲に素直に従った結果、この国に来ているようなものだ。


「それにしても、わざわざ組合に依頼せずとも、付き合ってくれる大人居ないんですか?」

「そこまで余裕のある方はなかなか。有っても一日とはいきませんので」

「なるほど。じゃあ今日は張り切らないとですね」

「ふふ、ありがとうございます。依頼する側なのに、果物の提供までして頂いて、困ってしまいましたが」


院長は少し困った笑顔で告げる。

さっき自腹で、シガルに適当に果物を買ってきてもらうように頼んだ事だろう。

他にもちょっと買ったが、そんな大した額は出してない。


「タロウ様への依頼料より買ってきてくださった物の方が金額が高いぐらいです。どうしたものかと思いました」

「あ、あはは、まあ、気にしないでください」


依頼料超えてたのか。うん、まあ、いいや。

ハクはともかく、シガルが突っ込んでこなかったんだし、問題ないでしょ。

そもそも、お小遣い程度の報酬だと言うのは理解している。孤児院に余ったお金が有るはずがない。


「あと、その、タロウ『様』ってのも結構ですよ。俺はそんな大層な人間じゃ無いです」

「そう思ってるのは貴方だけだと思いますよ?」

「本当なんですけどねぇ・・・」


そんなもてはやされるような人間じゃ無い。

結果として街を救っただけだ。俺は自己満足で亜竜を倒しただけだ。

人としてはちっぽけな事この上ない。


「では・・タロウ君?」

「はい、それで」

「ふふ、はい、わかりました」


にっこりと笑う院長。素敵な笑顔だ。良い年月を過ごした、素敵な顔だ。

俺も年取ったらこんな笑い皺のある爺さんになりたいなぁ。


「たろうー!」


俺が未来の自分に思いを馳せていると、子供の一人に呼ばれた。


「こーら、タロウさんでしょ?」

「えー、でも、たろうがたろうで良いって言ったよー」


院長が俺を呼び捨てにした子供を叱るが、子供は俺に許可をもらったと言う。

はい、すみません、出しました。

だってそうしないと、気を使ってる子が楽しく遊べなさそうだったから。


「あはは、すみません。言いました」

「もう、しょうがないですね。でもダメですよ?目上の方へはちゃんと敬称を付けるようにしないと」

「はーい!」

「ん、よしよし」


元気よく答える子に、院長先生は柔らかな笑顔で頭を撫でる。


「それでね、たろうー」


おい、お前の頭は鶏か。まあいいや。俺と院長先生は苦笑しつつ子供の話の続きを聞く。


「たろうは強いんだよね?」

「まあ、そこそこかなぁ」

「えー、強くないの?」

「弱くは無い、ぐらいかな?」

「ちぇー」


あからさまに残念そうにされてしまった。何だったんだろう。


「みんなー!タロウあんまり強くないんだってー!」

「えー、でもすっごく強かったって近所のおっちゃんが言ってたよ?」

「でも強くないって言ってる」

「馬鹿だなー、けんそんしてるに決まってるじゃんか」

「なにそれ?」

「・・なんだっけ?」


子供たちの会話が良く解らなくなって来た当たりで、孤児院の裏手から女の子が二人歩いてくる。

一人はまだ子供とは思えない高身長。170ぐらいあるんじゃないかな。13であれとか・・羨ましい。

だが顔つきがまだ子供らしく、とてもアンバランスな感じだ。言葉は少しきつめな感じだ。

もう一人は14,5歳だったかな?街で何かしら稼ぎつつ、孤児院を手伝っていると言っていた。何の仕事をしているのかは教えてもらえなかったが。若干おっとりした感じが有って、院長先生に似てる気がする。

二人とも小さいころからここで育ち、今は皆の世話を焼き、院長先生を手伝っているらしい。


「馬鹿ねあんたら」

「あはは、ちょっと馬鹿なぐらいの方が可愛いんじゃない?」

「それで彼怒らせたらどうするのよ。こんな孤児院潰されちゃうわよ」

「んー、タロウお兄さんはそんなことしないと思うけどな」

「ま、こんな仕事受ける人だからね」


二人は子供達が騒ぐのを収めつつ、俺の事を話している。

丸聞こえなんすけど。


『タロウ!』


ハクが果物を咀嚼しながら俺を呼ぶ。食ってから喋りなさい。


「ん、どした?とりあえず口の中の飲み下してから喋ろうな」

『んぐんぐ・・タロウは強いぞ!』

「・・・どしたん?」


いきなり何を言い出すのこの子も。


「あはは、ハクは自分より強いタロウさんが強くないって言うのが嫌なんだよ」

『そうだ!それじゃ私が弱いみたいじゃないか!』

「あー、なるほど、そういう事」


つってもなぁ。弱いとまでは言わんけど、俺より強い人沢山いるからなぁ。

どうしたもんかねと思いながら子供たちを見る。


「お前たち、お兄さんにあんな事聞いて、どうしたかったの?」

「鍛えてもらうんだ!」

「剣の使い方教えてもらうの!」

「魔術もできるかなぁ?」

「おかーさん達守る!」

「あはは、そんな事だろうと思った。いいんだよー、出来る事が出来るようになってからで」


なるほど、さっきあんなことを聞いて来たのはそういう事か。

そういえばここで育った子達とか、今どうしてんのかね?ちょっと聞いてみよう。


「ここで育った子は、今どうしてるんですか?」

「それは・・・」


院長は、きゅっと口を結ぶ。そして悲しそうな顔で口を開く。


「生き急いだ子たちが多かったんです。無事だった子も、おそらくこの間の事で」

「――っ!」


しまった。地雷踏んだ。


「この孤児院は、そんなに古くから有る物じゃないんですよ。私が30年ぐらい前に始めた物なんです。この街には孤児院なんてなかったから。

国の補助も期待できないのは分かってましたけど、それでも誰かが救えればと、私財を出して始めたんです。

昔はこれでも、そこそこ腕のいい商人だったんですよ?お金はそこそこありましたから、最初は大丈夫でした。

けど、やっぱり子供を育ってるっていうのは大変で、お金も要って・・・本当に大変でした」


お金も要って、の所で少し自嘲気味な笑いだったのが引っかかるが、静かに聞く。

ただ一個心にとどめておきたい事柄が有った。国から何も補助が無いのか。ちょっと王女様に尋ねる機会が有れば聞いてみよう。


「その時育ててきた子たちは、組合員になった者も居れば商人になった者も・・・裏家業に行った者も居ました。

皆、この孤児院の為にお金を稼いで来てくれるつもりで。けど、人生何が有るか分かりませんね。

事故だったり病気だったり・・・このあいだの亜竜だったり。

独り立ちした者は皆亡くなりました。頑張って育てた子たちが皆」


院長は、先ほどまでの穏やかな顔が嘘のような辛い顔で語る。

俺も思わず、手を握り締めていた。

子供を亡くした。育てた子を。その辛さはどれほどの物だろう。

親になった経験のない俺でも、彼女が子供達を大事に育てているのは良く分かる。愛しているのが、分かる。


「てい」

「きゃん」


唐突に院長の頭に振り下ろされる手刀。さっきの二人のうち、言葉きつめの子だ。

しかし院長、きゃんて可愛いな。


「な、なにをするんですかサーラ」

「いつまでもウジウジしなーい。兄さん達は頑張って生きた!あたしたちはそのおかげで元気!それでいいでしょ」

「そうそう。亡くなったのは悲しいけど、それを引きずってたらみんな嫌がると思うよぉ」

「ウネラ・・・」


あ、この二人サーラとウネラっていうのか。


「それに今はあたしらが兄さんの代わりに働けるでしょ」

「そうそうー。だからお母さんはみんなのお母さんのままでいいんだよー」

「・・・ええ、ありがとう二人とも」


まだ少し悲しげな顔だが、嬉しそうに二人を見て笑う。


「ま、そんなわけでおにーさん達への依頼料は、私達が出しております」

「子供たちの面倒だけのつもりだったから一食分ぐらいだったのに、食材渡されて、孤児院の掃除なんかもやって貰っちゃって、ちょっと困るねー」

「まあ、有りがたく頂くけど。もう返さないからね」

「あははー」


この二人、結構遠慮が無いな。いやまあ、それぐらいの方が俺も気楽でいいや。


「肉に関してはハクが狩って来たものだから気にしないで。他の物も、まあみんなでおいしく食べてもらえれば」

『なんならまた狩ってくるぞ!』

「わあ、ほんとー?」

「貰えるなら貰うわよ」

『分かった!任せろ!』


これ、毎日一匹まるまる孤児院に狩りたての何かが来るんじゃね?


「ハク、ほどほどにね?あんまりやりすぎても、迷惑だからね?」

『分かった!要るかどうか聞いてからにしよう!』

「助かるわ」

「ありがとう、ハクさん」


二人ともハクに笑顔で感謝を述べる。


「これで食費の分を他にまわせるわ。かなり食費浮きそう」

「修繕費に大分まわせそうねー。おに―さんへの依頼料の元を取れちゃったねー」


この二人、とても強かである。でもまあそれ位じゃないといけないのかもしれないな。


「二人とも心強いですね」

「・・・ええ」


院長は嬉しそうに笑う。悲しみが無くなる事は無いだろうが、それでも今いる子たちが彼女を笑顔にしてくれるだろう。

俺は結局日が暮れるまで子供たちに付き合い、食事も腕を振るって孤児院を後にした。


何人かハクとシガルになついてて「帰っちゃヤダ」って言ってる子が居たが、俺には「じゃあなたろうー」とか「またなたろー」とか言われて終わった。

なんか、悔しい。

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