第170話鍛冶の弟子を育てるのですか?

「次、いくぞー」


俺は鍛冶場の中庭で槍を持ち、見本となるように弟子連中の目の前で型を流す。

鍛冶師の後続育成のために国で大々的にお触れを出して、それに集まった連中を今日も鍛えている。

俺が王都に戻る前から募集はしていたようで、戻ったら数日のうちにすぐに集まってしまった。


募集して集まった連中はそもそも基本は既に出来てる連中が殆どだった。

なので俺は基礎が出来てない連中に基礎を教えつつ、分かってる連中には連中が使った事が無い金属を聞き、製法を教えた。


それに並行して、自らが使えない武具を作ったところで、有用性など分からないという持論を絶賛押しつけ中だ。

その日からずっと、タロウに教えていた時のように、武具を使った技術と鍛冶の技術を教えている。

タロウ以外には俺のやり方をやらせた事は無かったが、今回は俺の弟子であり、俺の後続という事であるらしいのでやらせてみている。


「いい加減にしてください!」


そんなある日、弟子の一人が訓練中にそう叫んだ。


「・・・ふむ、何がだ?」

「来る日も来る日も武術の鍛錬!私達は兵士になりに来たんじゃない!鍛冶師としてあなたに学びに来たんだ!」

「お、おい、やめろって」

「うるさい!お前たちだって不満じゃないのか!鍛冶の業は碌に教えられず、ただただ武器の扱い方を教えられる日々に!」


止めようとする弟子にも怒鳴りつけ、心は皆同じだろうと言う。


「・・・ふむ、皆そうか?」

「いやその・・・」

「・・・なぁ」


叫んだ彼のようにはっきりとは言わないが、皆似たような気持ちを抱えているようだ。


「師匠!いや、アルネ・イギフォネア・ボロードル様!

あなたは国に依頼され、仕方なく我々に教えるふりをしているだけではないのですか?

自身の地位が危ぶまれないように!」


最初に叫んだ彼が俺に向かってまだまだ言い足りないと言わんばかりに噛みついてくる。

だが俺はこの地位に執着は無い。ただ鍛冶師として生きていければそれでいい。


「ふむ。俺は別にこの地位に執着は無いぞ?

欲しければくれてやる。陛下に言えばいい。我こそがイギフォネアに相応しいと」

「そ、それは」


ギリっと奥歯をかみしめるような表情でこちらを見る。

そんな顔をされても困る。俺は本当に地位はどうでも良い。

ただ仲間の為に武具を作り、戦った。その結果から受けた名だ。


とはいえ、彼らの気持ちが分からなくてとぼけているわけでは無い。分かっているからこう言っている。

そんな言葉が吐けるほど、お前たちは何かを成そうとしているのかと。言えるのならばブルベに言ってみるがいいと。


「出来んだろうな」

「あ、当たり前でしょう!」

「ならばなぜ不満を言う」

「先ほども言ったでしょう!私達は兵士になりに来たのではない!鍛冶師イギフォネアに学びに来たのです!」


とうとう、俺ではなく、俺に贈られた名を言うか。

まあ、構わんか。俺はいまだに自分が大貴族だという事に慣れない。慣れるつもりもない。


「お前たちに教えるべきことは教えているはずだ」

「どこがですか!?」

「俺達が見つけた金属の製法も、その材料も。基礎知識のない物は基礎からちゃんと教えているだろう。

製法に関しても俺がやって見せ、お前たちにもやらせている」

「で、ですがあなたは見てやってみろと言うだけで、何も教えてはくれない!」

「お前たちが何度失敗しても、俺は同じことを見せるし、やらせている。鍛冶なんてもの、口で言って分かる物じゃない。見て体で覚えるものだ」


職人の業なんてものは積み重ねた経験が物を言う。確かに才能なんてものも存在するだろうが、積み重ねた時間は嘘をつかない。

どんなにヘボな鍛冶師でも、しっかりと前を向き、向上するつもりで毎日の鍛錬を欠かさなければそれなりの物になっていくもんだ。


「そ、それにしたって、鍛冶よりも武術の訓練をやっている時間の方が長い時も有ります!」


それでもまだ、引き下がらずに弟子は吠える。

まあ、そのうちこうなるだろうとは思っていた。

若い者は自分が望む教え方以外に反発を覚えるものだ。過去俺がそうであったように。

ただそれでやっていけるならばここに来る必要は無い。学ぶべき事が有ると分かっているから来ているはずだ。

いや、有ると分かっているのに、教えられていないから不満、といった所か。


「ならば何を望んでいる」

「勿論、あなたの業を!あなたの本気の鍛冶を!

聖騎士の方々が持つような!国王陛下が持つような美しく、素晴らしい刀剣を打つ業を!」


ロウとリンと、ブルベの剣か。特にブルベの剣は特殊か。だがあれも作り方そのものは教えたし、見せた。後は本人の頑張り次第だ。

それにこいつはウムルの鍛冶師として一番大事な事を間違っている事に気がついてない。

その言葉は、この国の鍛冶師の言葉ではない。少なくとも、人が命を預ける武器を作る人間の言葉であってはいけない。


「少し、まて」


俺は弟子たちを残して倉庫に行き、二振りの剣を持ってくる。


「これは?」

「・・・この二振りのうち、お前にとって良いと思えるものを手に取れ」


弟子は俺が付きだした剣を見る。

片方は曲刀。刃は薄く広く、そして大きくなめらかな曲線を描く、切り裂くための刀剣。美しい刀という言葉がぴったりな造形だろう。


片方は大剣。ただそれしか言いようのない大剣。

重く、ただ金属を長くしただけの大剣。剣というのも憚れる様な物。刃面は研がれておらず、到底切れるようには見えない。そもそも刃ですらない。完全に断面だ。


「揶揄っていますか?」

「いや?至って真面目だが」

「・・・そうですか、では」


弟子は考える素振りも見せず、曲刀を取る。


「どう考えてもこちらでしょう。斬る事を目的とし、薄く、研ぎ澄まされ、美しい曲線を描く曲刀。そのようなものと比べるまでも無い」

「そうか」


俺は弟子が手にしなかった大剣を肩に担ぎ、少し離れる。


「じゃあ、それで打ち込んで来い」

「は?」

「打ち込んで来いと言った」

「意味が分かりません」

「良いから来い。別に切りかかったから不敬罪などとは言わん」


一応立場が貴族だからな。言っとかんと変な疑りをされかねん。


「・・・意味が解りませんが、分かりました」


弟子は不承不承、俺が最近まで多少教えてきた事でマシに見える構えで曲刀を構え、踏み込んでくる。

俺はそれを見てから肩に担いだ大剣を曲刀に向かって振り下ろし、曲刀を叩き折る。


「なっ!」


弟子は正面から叩き折られるとは思って無かったようで、衝撃で腕が痺れて動かなくなってしまった。


「これが、お前の言う素晴らしい剣か?こんな簡単に叩き折られるものが」

「そ、それは、あなたと私に力量差が有ったから」

「そうだな。だが俺は言ったぞ。二振りのうち、お前にとって良いと思う剣を取れと。

お前にあの曲刀の真価が発揮できるか?技量のないお前にはこちらの武骨な大剣の方が、身を守れたはずだ」

「そ、それは、こんな事に使うとは思ってなかったので」


そんな事か。だが武器とはそんな事の為に使う物だ。

そして俺達は、使い手にとって良い武具を作る者だ。


「俺達はそんな事に使う武器を作っている。使い手にとって良い物を作らなきゃいけない。

兵士の槍に華美は要らない。ただただ頑丈であり、手に馴染み、実用性の有る物が必要だ。

儀礼用以外の騎士の剣に華美は要らない。命を預けるに相応しい頑強さと切れ味を求めるものだ。

聖騎士や陛下の武器は、彼らが十全の性能を発揮できるように作られただけの物だ。そこに美しさは求めていない」


あの剣は確かに「美しい」の範疇かもしれない。だがそれは結果だ。

あれはあの3人にとって一番使いやすい剣を作り上げた結果だ。

切れ味と総合的な速さを求めたロウ。

頑強さと手に馴染む大きさを求めたリン。

一撃の早さを求めたブルベ。

ただそれに応えた結果でしかない。


「勘違いするな。俺達は美術家じゃない。鍛冶師だ。武に生きる者が、命を預ける物を作る者だ。

もし美しい武器が有るならば、それは高い技量を持つ者に相応しい武器を作り上げた結果だ」


大剣を弟子の鼻先に突き付け言い放つ。

それでもまだ弟子は納得しない。まあ、そうだろうな。


「・・・この剣は、リファインの剣だ。あいつが今使っている剣を作り出すまでは、この剣を使っていた」

「なっ!」


リンが使えるまともな剣が作れなかった頃。今アイツが持っている剣に使っているような金属が無かった頃。

どんな剣を渡そうが、あっという間におしゃかにしてしまうあいつの為に、ブルベがとにかくリンの振るう本気の一撃に耐えられる剣を、という要望で作った剣。


「なあ、お前の気持ちは分かるよ。良く解る。けどな、俺達は国に仕える鍛冶師だ。である以上、上が望むものを作るのが俺達だ。

この剣を作ったとき、複雑な気持ちだったよ。これは剣と呼べるのかってな。

けどあいつは喜んだよ。全力で振っても簡単に曲がらない剣を有難うって。これになら命を預けられるって」


俺はあの時、一つ段階を上がった気がした。

武具とは、それを使う人間にとって一番馴染むものが至高。

鍛冶師が良い物を作り、使い手がそれに見合うように成るのも確かに一理あるだろう。

だが、俺達は常に戦場に立つ可能性が有る者達の為に武具を作る鍛冶師だ。国に仕える鍛冶師だ。

ならばそこに求めるは、未熟な者でも使いやすい武器。

いや、未熟な者にこそ相応しい武器を作れる者でなくてはいけない。


そう気づかせてくれた少女に感謝した。

そしてその少女と、少女を愛する者の為に国に心から仕えようと決めた。

照れくさくてその真意はロウにも言ってない。いや、誰にも言ってない。

ミルカはなんとなく何か気が付いてる臭いが、何も言ってこないな。


ともあれ、その想いが有ったからこそ、俺はあいつらに相応しい剣を打てた。

あいつらが心から命を預けられる剣を打てた。そう思っている。


「お前が俺の名を欲しいなら構わん。持ってけ。それにふさわしい物を造れ。

そして国を守れ。お前たちが背負うのは兵の命であり、民の命だ。

陛下の愛する民を守る為の剣を打て。打って見せろ。兵が命を懸けていいと言える想いをのせて見せろ」


弟子の目を見て、まっすぐに言う。


「そのために最低でも、兵と騎士が持つ技の基礎は理解しろ。彼らが振るうに相応しい物を理解しろ。これはそのための訓練だ。納得いったか?」

「・・・・何故最初からそのように仰ってくれなかったのですか?」


弟子は少し俯きながら、どこか拗ねたように言う。どうやら完全に納得いかずとも、多少は納得したようだ。


「言葉だけで納得したか?今こうやって面と向かって、技量のない自分が、技量の有る相手に、良いと思う剣を叩き折られてやっと分かったんじゃねえか?」

「それは・・・そうかもしれません」


やはりどこまでも悔しそうに弟子は言う。

だがそれでいい。悔しいって事は、自分を諦めてないって事だ。やる気が有るって事だ。

だからこういう奴ほど、頑張れば結果を出す。悔しさを力に変える。


「他の連中も良いか?まだ不服なら言え。そいつらはもう訓練に参加せずとも構わん。鍛冶だけやっておけ」


その結果がどうなろうが俺は知らん。

そいつらはそれでやっていけるんだろうさ。きっとな。


そして俺は今日も弟子たちの前で剣と槍を作る。兵と騎士の為の予備を。

職務を全うするに心強い相棒と成って貰う為に。


タロウはこの辺何も考えてなかったから、ものすごい素直だったな・・・。

あいつにも結局すべての業を見せた。あいつも後はあいつ次第だ。


余談だが、次回の訓練に来なかった者は居なかった。

素直なのはいいが、素直すぎてなんか騙されそうだな。助かるけど

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