第168話支部長に命じられたお使いですか?

「レン、今日も彼は来なかったんですか?」


彼?

ああ、タナカ・タロウの事か。ここ数日、毎日聞かれている。


「あ、支部長。いえ、今日は来てましたけど・・・」


シガルという女の子と一緒に来て、ガラバウと話していたのを見た。

ガラバウがこちらを見て何かを話していたので、こちらに来るのかと思ったら三人で訓練所に行った後、そのまま帰った。あれはなんだったんだろう。


「・・・組合の仕事には?」

「ええと、私は何も」

「受付にも全く?」

「その、すみません。今日は人も多く私からはちょっと・・・」


一時大量に訓練所の方に皆向かったが、じわじわと皆こちらに戻ってきて、結局仕事に追われてしまい、動けなかった。


「・・・参りましたね。彼、自分のやったこと分かってるんですかね?」

「・・・さあ?」


支部長が顎に手を添えて空を見る。

タナカ・タロウ。彼は何を考えているのか良く解らない。

大抵の人間にはにこやかに応えるのに、ガラバウとだけは常に言い合っているようだし、人が驚く様な事をぽやっとした顔でやってしまう。

流石にあの無詠唱転移は驚いた。そもそも転移自体が難しい魔術だというのに。あれの魔力制御は生半可な技量では不可能だ。


「うーん。これは待ってても駄目かもしれませんね。レン、呼んで来て貰えませんか?」

「・・え、その、私、ですか?」

「ええ、何か問題が?もう今日の仕事はほぼ終わりでしょう?残っているならその間私が片づけますよ?」

「そ、そんなことさせられないです!そっちはだ、大丈夫です!」

「?」


支部長が不思議そうにこちらを見る。

だが私には、彼を呼びに行けない理由がある。

というか、彼とは話す機会が何度も有った。けど、わざと顔を合わさないようにしていた。

だって家に帰ったらそこに泊まっているのだから、機会は幾らでも有る。


ただ、私は彼に合わす顔が無い。


「ああ、そうか。ガラバウとの一件ですね?

事情を聞かずに一方的に怒って、自分の言い分を勝手に押し付けて、その上あなたへの評価は私の勘違いでしたとか言ってしまった」

「しぶちょおおおおお!」


なんでわざわざちゃんと説明するんですか!

ほら、隣の後輩がうわぁって顔してるじゃないですか!


「ま、いい機会ではないですか?」


にこっと、普段やるような若干胡散臭い笑みではなく、優しい笑顔で支部長が言う。


「良い、機会ですか」

「ええ、職員と組合員がいつまでもいがみ合ってるのでは面倒も有るでしょうし、パパッと謝って来なさい。ついでに連れて来て下さい」


・・・もしかして、最初からそれ狙って私に聞いてた?

ホント食えないなぁ、支部長は。


「はぁ・・わかりました。けど、嫌われてるかもしれませんから、謝っても来てくれないかもしれませんよ?時間も時間ですし」


もう食事も終えて、人によっては寝てるであろう時間だ。むしろ私もよく残ってるものだ。


「まあ、その時はその時で」


ひらひらーっと手を振って支部長室の奥に入っていく。


・・・良く考えたらあの人が狙った人物が来てるのに部屋に籠ってるのがおかしい。

大体あの人、外に出てることの方が多いのに、ここ数日ずっと籠っていた。


「うわぁ・・・掌の上かぁ」


いや、勿論仕事も有ったんだろうけど、おそらく支部長は今日彼が来ていたのを気が付いた上で出て来なかったんだろう。

わざわざ私一人を、英雄の機嫌を損ねたままではいさせないように。


「しょうがない・・・」


私は財布だけ持って、家に向かう。

他の荷物はいいや。どうせ戻ってくるし。


「はぁ、気が重いなぁ・・それに正直ちょっと怖い」


最初にちゃんと話したときはいい人だと思った。わざわざ知らない人の怪我治そうと言い出すような人だし。

でもガラバウが大怪我して組合を素通りしようとしたのを見て、ガラバウに断片的に事情を聞いて、彼に見当違いの事を言ってしまった。

冷静になってみると、ガラバウもちゃんと自分でやったと言っていたのに、大怪我しているので頭がいっぱいになってしまった。


その時、彼は私に反論もせず謝ってきた。

本当ならそこで違和感を持つべきだったのに、頭に来ていた私は彼を見下した。

どっちが残念なんだか。


そしてそんな彼は今や国を救った英雄だ。

ただの組合職員である私にも彼の情報は入っている。

いや、職員だからこそ入ってきている物も有る。


曰く、亜竜がどれだけ居ようと物の数に入らない戦闘能力。

曰く、ウムルの8英雄に鍛えられ、英雄たちの後継者。

曰く、真竜に勝利し、従える人間。

曰く、王女様に見初められ、それを蹴った男。

曰く、王都すら一撃で破壊可能な魔術の使い手。


普通なら尾ひれの付いた噂話だ。

だが彼に事に関しては噂などと言えない。


まず王女様が、民衆の前で明らかに求婚と言えてしまう発言をした。

そして彼はそれを、別に要らないと言い放った。もうあの時点であの人おかしい。

王族に真正面から平民が断るとか、普通考えられない。


戦闘能力に関しては、ガラバウから聞かされてしまった。

あの子が本気でやっても、手も足も出ない強さだと。あの子が、ウムルの人間を、そう言った。

疑いようは無い。


竜に関しても、彼のもとに竜が向かったのは沢山の人が見ている。


魔術に関しては、ついさっき証明されてしまった。


ウムルの英雄と関わりが有るのも、うちにあのミルカ・グラネスがやってきたので間違いが無い。


正直、とんでもない人物につっかかってしまったと思っている。

むしろ彼が何も言ってこない事が怖い。

やっぱり行くの止めようかなぁ・・・。


なんて思っていると着いてしまった。思考に埋没してると距離が短くなるのはなんでだろう。

しょうがない、いくかぁ・・。


宿の、宿側のドアを開けて入り、食堂の賑わいを横目で眺めて、彼が泊まっている部屋の前に行く。


「すぅ・・はぁ・・」


軽く深呼吸をして、扉を叩こうとすると、なにか、うめき声のようなものが聞こえてきた。


「う・・くあ・・シガル」

「どう?気持ちいいでしょ」

「あ・・はあ・・どこでこんな・・」

「私もいろいろ勉強してるんだよ?」


・・・え、ちょ、待って何してるの。

い、いやあの二人婚約者らしいし、おかしはくないか。

え、でもあの子が攻めるほうなの?

いや、そうじゃなくてどうしようこれ。


ていうかなんで男の方がそんな悶えるような声出してるのよ!

無駄に艶が有っていい声なのが腹立つ!


うーん、どうする。どうしよ。素直に組合に戻る?

でもなぁ。なんかしゃくだなぁ。だからってお楽しみの所突撃する勇気は無い。


「私にどうしろっていうのよ・・・」


色々予想外過ぎて何したらいいのか分からなくなってきた。

と、とりあえずガラバウの所にでも避難しようかな。


「あ、かあぁ・・ぐぅ・・・」

「あ、痛かった?」

「い、いや、気持ちいいよ」

「ん、よかった」


この二人、声聞こえてるの解ってるのかなぁ・・・。

解っててやってるなら、凄いな・・・。


「・・・ごくっ」


いや、ごくっじゃないから。なんで私手汗こんなにかいて扉の前で固まってるの。

なんか心なし顔が熱いし。


待って、私今何しようとしてるの。待って待って。

なんで扉をそーっと開けたらバレないかなとか考えてるの。

いや、だから取っ手に手をかけてどうするの私。


そんな思考と行動が全くかみ合わない状態で扉をそっと開けようとする。

ほんの少し、本当にほんの少し、音をさせずに開けて、中を見ようとした。


「何か用ですか?」

「あ、受付のお姉ちゃん」

「え、うわぁ!」


開けたドアの目の前に二人が座り込んでいた。

な、なんで!?

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