第165話ポヘタ兵たちを鍛え直します!
「整列!」
早朝の草原に響くミルカさんの掛け声で、兵士と騎士が皆整列する。
きちんとした整列が手早くできるあたり、規律そのものが緩いわけでは無い様だ。
夜明け前にミルカさんが騎士達を見るとか言って、有無を言わせず駆り出した。
何故か俺も連れ出された。なんでだ。ちなみに現在のポジションはミルカさんの斜め後ろである。
「騎士に問う。騎士とはなんですか」
ミルカさんが騎士達の方を向き、問う。
騎士達は問いに対する答えを言うのを怖がっている。間違えたらどうなるのだろう、といった感じだ。
「誇り高く生き、死ぬ事です!」
だが、皆が皆迷っていたわけでは無いようで、はっきりとした声で答えた者も居た。
「ならば、再び問う。誇りとはなんですか?」
誇りとは何か?
なんだろう。俺にとっての誇りは、俺を作ってくれた人かな。今の俺を作り上げてくれた人が、誇り、かな。
まあ、ぶっちゃけてしまうと、俺は多分誇りとかそういうのは無いと思うけど。俺にはそんなたいそうな物は無い。
「貴族らしく立ち振る舞い、最後まで優雅かつ、華麗であることかと!」
ほむ、そういうもん?
まあ、ここの貴族たちはそういう物なのかも。最後まで優雅ねぇ。俺は意地汚くても生き残ろうとするけどな。
「そうですか、他の方もそれでよろしいですか?」
ミルカさんは彼の答えが騎士の総意かを問う。だが答える者は居ない。
これで良いのか疑問があるが、何か答えを持っているわけでもないといった所だろうか。
「なるほど、では兵に問う。兵とは何ですか?」
今度は兵が整列している方を向き、そちらに問う。
「王家を守るために有る物です!」
こっちはほぼノータイムで複数の人間が答えた。
王家を守るため、か。まあ、それが国を守るためって事になるのかな?
「そうですか。なるほど、これでは話にならない」
ミルカさんがいつもの眠たげな声で兵たちに冷たく言い放つ。
兵たちは戸惑い、ざわつき出す。
「誰が今発言を許しましたか?」
ミルカさんがよく通る声で、ざわつく兵たちを一喝する。
ただそれだけで、兵たちは皆背筋を伸ばし、静寂が訪れる。幾人かは震えている者も居る。
騎士達はイナイの実力を知っている。そしてそれは同時に、並び立つミルカさんの実力もそれ相応だといやでも理解せざるを得ない。
ただ、兵たちは貴族に逆らわないように黙っただけな気もする。
「兵とは、民の為に生きる者。民を守るために生きる者。
民の盾であり、剣であり、最後まで守り抜く義務を持つのが騎士という者。
自身の為に生きる者ではない。国の為に生きる者でもない。国に生きる民を守る為に有るのが兵であり、騎士。
何より騎士は、その身分を保証されるだけの義務がある。民のために戦う義務がある。間違っても無辜の民に振るわれるような剣では有ってはいけない」
おそらくイナイからある程度の話を聞いてるんだろうな。
だからこそ、あんな言い方をするのだろう。
「あなた方は騎士であって騎士ではない。兵であって兵ではない。その立場にあるだけの、別物だ」
ミルカさんは強く、硬い声で兵たちに言い放つ。お前たちは兵でも、騎士でもないと。
「な、ならば我々はどうなるのでしょう」
騎士の一人が自分の立場が揺らぐ危険を感じ、ミルカさんに問う。
「・・・先ほど言ったはずです。発言を許可しましたか?と」
明らかな殺気を放ち、今言葉を発した騎士を見据えるミルカさん。
その騎士は恐怖で尻もちをつく。あ、あいつ強盗の時に来た騎士の一人だ。イナイの怖さを思い出したのかもしれない。
「自らの保身を先に考えるその愚考。まさしく騎士足りえない。我が国の騎士にそのような者は居ない。そのような物は騎士には成れない。成っていけない。
確かな実力と、人を守る事に矜持を持ち、戦う力なき人民の盾となる事こそを誇るのが騎士。そのために剣を振るうのが騎士」
ふむ、てことはウッブルネさんが俺を騎士に誘ったのは冗談か、社交辞令だったのかな?
騎士隊長さんも一緒になって言って来たから、少し本気にしてたけど、俺はそんな矜持は持ってない。
精々身近な人を守りたいっていう程度だ。
「あなた方はまず、根本的に心身を鍛え治す必要が有るようです。
世には権利を手に入れれば義務が有るという事を心に刻む必要があるようです」
ミルカさんはそういうと一度目つぶり、ため息のような深呼吸をする。
「皆、覚悟しろ」
蚊帳の外で見物してる気分の俺が震え上がる威圧を出して、騎士達に言い放つ。
怖い怖い。こっち向いてないのにすげー怖い。ミルカさんああいう面持ってるのか。
いや、ミルカさんも貴族で部隊の隊長だし、当然なのかな?
「先ずは全体の基礎体力を見る!整列した中央から右側は、昼まではいつも通りに仕事をせよ!左側は走り込みについて来い!残りの者は昼からだ!」
おおい、それじゃ1日で全員使い物にならなくなるんじゃないですかね。
「今日集まった者は、明日から集まる者にこの事を伝えよ!兵として、騎士として生きるならばミルカ・ドアズ・グラネスの訓練を受けて貰うと!」
あ、ここに集まった以外にもいるのか。
そういえば竜退治の時より少ない気もする。数えてないから実際はわかんね。
あれ、そういえばカグルエさんはどこ行ったんだろ。
「いくよ、タロウ」
「あ、やっぱそうなるの」
「じゃなかったら、何のために、連れてきたの」
「・・・見学?」
「・・・相変わらず」
なんか呆れられた気がする。目はいつも通り眠たい目だけど。
俺今日はもうゆっくり休みたかったのになぁ。でもミルカさんに連れ出されたのではしょうがない。
「シガルちゃんは?」
「ねてる」
「いつもそう?」
「いや、多分最近頑張りすぎて疲れてる。寝かせてあげたい」
「そ」
多分今日は起こさないと起きないと思う。やっとゆっくり寝れてるはずだし。
ハクも傍で寝てるはずだから安全だ。
「じゃ、いく。鈍ってないよね?」
「まさか」
「なら、いい」
その日、兵たちは地獄を見た。彼らが怠けていたツケといえばそうなのだが、若干きつめだった気がする。
つーか、なんで俺は一日付き合わされたのだろう。午前中だけで良かったのではなかろうか。
ほぼ半日ずっと走るのはさすがにきつかったぞ・・・。
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