第164話魔王様のお眼鏡に適います!

「お疲れさま、タロウ君」

「あ、ギーナさん」


遠くから全体を眺めたいと言って、一人どこかに行っていたギーナさんがとてとてと歩いてくる。

・・・え、ちょいまち。今どこから現れた。

今、全然気が付かなかったぞ。思いっきり疲れてるけど、探知魔術は解いてない。遠くから近づいてくる存在は無かった。


「あの、ギーナさん、今どっから現れました?」

「へ、普通に歩いて来たよ?」

「・・・え?」


え、ちょとまって、どういうこと。もしかして阻害魔術常に使ってるの?

今まで気が付かなかったぞ?魔術を使った時の流れが全く見えない。


「え、その、俺常に探知使ってるんですけど、阻害魔術とか使ってるんですか?」

「ううん、使ってないよ。でも私はちゃんと私を見つけるつもりでやらないと通用しないと思うよ?」


何その特性。ちょっとまって、凄い怖い事実を聞いた。

魔物とかにそんなのいないよね?


「そ、そういう性質の人って他にもいたりします?そういう魔物とか」

「魔物はむしろ魔力を放ってるからいないんじゃないかな?」

「そ、そうですか」


良かった、それは少しだけ安心。

でもそれならギーナさんだけの特性なのかな?

でも再会の時、近づいてくるのは分かったな。


「でもこの間再会したときは、すぐわかりましたよ?」

「君と会った時は思いっきり戦闘状態だったからね。常時はそういった位置を探られる魔術には対処してるの」

「ああ、なるほど」


今までギーナさんの接近を明確に意識してなかったから気が付かなかった。

思ってたより俺も疲れていたのかもしれない。今の今まで気が付かないとかおかしい。

いや、正直今がピークで疲れてる気もするけどね。


「それってどうやってるんですか?」

「単純に自然に外に放ってる魔力をなるべく無くしてるだけなんだけどね。

あくまで探知系の魔術は魔力を探る物だから、体外に出る魔力が無ければ分からない。今私の魔力は世界に有る魔力よりも小さいと思うよ」


ん、なんか、俺、似たような事やってるような・・・。

ああそうだ!イナイから隠れたとき以降、同じ事やってるかも!

なんつーか、生命活動っていうか、自分の持つ力を全部内に閉じ込めるように意識してる時、そんな感じかも。

呼吸も浅く、身動きを一切せずでしかできないけど。


「ちょっと試したいんですけど、こんな感じですか?」


隠れる時にやるそれを、ギーナさんの目の前でやってみる。

実はこれ、最終的にはリンさんに不意打ちをするため練ったのだが、成功率はゼロである。

つーか、見つからなかったとしても、攻撃が当たる寸前で既にリンさんがそこに居ないので無駄である。


「お、そうそう。なんだ出来るんじゃない」


どうやらこれで正解のようだ。なるほど、魔力が微弱に流れてるの自体は気が付いてたけど、隠れてる時は隠れる事に必死で、出て無い事に気が付いて無かった。

もしかして、攻撃の際に通常の状態に戻るからバレてる?

いや、リンさんは魔術使えないから違う方法か。


「出来るって言っても、隠れる時しか出来ないんですけどね」

「それでもすごいと思うよ?私の周り、出来る子誰も居ないもん」

「え、誰もですか?」

「うん、誰も。魔術で似た事できる子は沢山いるけど、自分の魔力そのものを抑えるっていうのは出来る子はいないね」


ほむ、阻害魔術を使える人は沢山いるのね。

セルエスさんも良くやっていた。

ん、あれ?もしかしてセルエスさんがやってた探知防ぎって、もしかしてこっち?

あの人ならやりかねないが、普通に阻害魔術も凄い腕だからなぁ。どっちだろ。

そもそも魔術を使ってるのが見えないからなあの人の。気が付いたら魔術が放たれるし出来上がるし、魔力が見えない。


「しかし彼、相変わらず底が見えない。見せる気が無いんだろうね」

「カグルエさんの事知ってるんですか?」

「うん、知ってる。直接戦った事は無いけど、その実力はある程度知ってる。

たぶん彼は自分が本気にならないといけない勝負以外では、本気でやる気は無いんじゃないかな。

命を懸けないといけない戦い以外で、特に訓練で、人に本当の実力を見せる気は無いんだろうね。

ただその範囲でもあの実力っていうのが本来脅威なんだろうけど」


そうだ。あの人はまるで本気を出していない。それなのに俺はこの様だ。

良いように遊ばれた。

そしてそんな彼にとって、リンさん達は、その範囲では絶対勝てない相手という認識なんだろう。

ただ本気を出せばどの程度なのかは解らない。


「そして、君もね」

「え、俺ですか?」

「うん、君凄いよ」

「え、ぼっこぼこでしたけど」

「いや、彼と比べたらだめじゃない?彼、リン達と肩を並べる人でしょ?」


確かにそれはそうかも。リンさんとやれるとかおかしいにも程が有るからな。

俺なんか、本気の一撃ビビって動けないぐらいだからな!


「君、そんなに強かったんだね」

「あ、ありがとうございます」


なんか、凄い強い人に褒めてもらった。ちょっと嬉しい。


「でも、本気出してないでしょ」

「え?」


いや、全力全開でしたよ?

ああいや、4重強化使ってなかったか。


「君、おそらく隠し玉を持ってる。理由は聞かないけど、彼とやってる最中、それを使うのを嫌がったでしょ」


げ、バレてる。何でバレた。この人には見せて無い筈だぞ。

俺があれを使ったのは、ハクとガラバウ相手だけだ。それを見てた人間で、あれの仕組みが分かるのはシガルぐらいの筈だ。


「まあ、戦士である以上、切り札を訓練で見せるべきじゃないから、それについては問い詰めないよ。

そういうのは意地を張らないといけない所で使うべきだ」

「そ、そうですか」


どうやら別にその力を見せろと言うわけでは無い様だ。


「ただ、隠し玉をきちんと持って、あの技工剣も使わず、この実力だっていうのは予想外だった。

もし君が戦時中に戦場に居たなら8英雄じゃなくて9英雄になってたかもしれないね」

「あー、それは無理じゃないですかね。自己防衛とか、誰かを助ける為や、よっぽど酷いやつを斬る以外で、人を斬るのは俺には厳しいです。それに戦争っていう異常空間にいつまでも耐えられる気がしません」


特に亜人戦争は途中までは間違いなく、彼らにとって大事な事で、生きるための戦いだったはずだ。

それを知らず、ただ蹂躙してきた相手と戦う気持ちなら行けるかもしれない。けどいつか真実は知る事になるだろう。俺がその時、その真実に耐えられるのかは怪しい。


「それに俺のこの力は、その8英雄から貰った物です。俺じゃ、あの人達と一緒にあの人達の高みにはきっと行けなかったと思います」


うん、言っててしっくりくる。きっと一緒には行けなかったと思う。ただただ凄いなと、眺めていたと思う。

ただ後ろで、英雄の姿に憧れの目を向けて眺めるだけの一般人だろう。


「そうかな?それにしては君はそういう実力を超えていると思うけど」

「それこそあの人達が居たからです。あの人達がこの世界の『普通』だと思ってたからですよ」

「ああ、なるほど。根本の基準が違ったわけだ」

「その上容赦なく鍛えてくれましたから・・・感謝してもしきれません」


訓練の日々はきつかったけど楽しかった。あそこの毎日は楽しかった。

本当に、楽しかった。何よりその毎日のおかげで手に入れた物が有る。

大事なものが、有る。


「うん、やっぱり君面白いね。君は・・・どこまで行くのかな?」

「どこまで?あー、いや特に最終目的地は決めてないんですよね。のんびり観光気分で」

「は?観光?」

「え、あれ、言ってませんでした?俺観光で旅してるんですよ」

「・・・・観光・・かん・・こう」


ギーナさんは俺の言った言葉を複数回呟きポカンとしている。

だが次第にかがんで、俯く。あれ、何かしら、怒らせちゃったのかしら。


「うくく・・くくく・・・あははははははははははは!!」


怒らせたかの危惧をしていたらいきなり大爆笑された。なんすか。何が面白かったんですか。

ギーナさんがいきなり大笑いしたせいで、皆こっち向いてるじゃないですか。


「いいね!君凄く良い!君みたいな子大好きだ!」

「え、あ、はあ、ありがとうございます」


物凄く嬉しそうに好きだと言われた。多分これは気に入った的な意味なんだろうな。

だってまだ爆笑してらっしゃいますから。

あれ、なんか王女様の顔が険しい。あ、目が合うとはっとしてすまし顔に戻った。

んー?まさかいまのギーナさんの発言でか?ちょっと敏感すぎません?

ちらっと見ると、シガルがなにかやばい的な顔をして俺の裾を握っていた。うん、君らちょっと恋愛脳過ぎると思う。


「うん、うん、初めて会った時も良いなって思ったけど、もっと良いと思ったよ。君、良いね」


ひとしきり笑い終わったら、凄く優しい顔でもう一度良いと言う。

さっきまでの大笑いしていたような顔とは全く違う、色っぽい顔に少しドキッとした。


「もし君が来る気が有れば、いつかうちにも来てよ。歓迎するよ」

「あ、ありがとうございます」


お、北の国に行くの遠くなると思ってたけど、意外に近くなりそう。


「じゃあ、私は王女様とちょっと話したら帰るね。そろそろ帰らないときっと怒られる」


そういえばこの人無断できてんだっけ。普通それで怒られるだけではすまないと思うんだけどなぁ。

ギーナさんは手を振りながら王女様とミルカさん達のとこへ行く。

そちらを見るとなぜかハクもそっちに居た。なんでだ。


「ハク何してんの」

「あー、多分ミルカお姉ちゃんと、門番のおじさんとやりたいんだと思う」

「あいつ、ほんと凄いな」


あの二人の実力解ってるだろうにやろうと思うのか。いや、あいつは分かってるからこそやりたい口か。

いつか大怪我しないと良いけどな。


「つっかれたー」


俺はもう一度大の字になって転がる。


「あはは、お疲れさま」


シガルはその横に座る。


「・・ねえ、シガル」

「ん、何、タロウさん」


俺は転がりながらシガルを見る。優しい笑顔でこちらを見ている。


「・・・好きだよ。ありがとう」


シガルの頬を撫でながら、今胸にある気持ちをそのまま伝える。この子が居なかったら俺は今回まずかった。

俺は自分が弱いのを自覚できてる。だからこそ、その弱さを補ってくれるこの子たちが大事で大好きで、物凄く感謝している。


「・・・あはは、どういたしまして」


シガルは照れくさそうに笑い、答える。

そんな彼女を見ていると、彼女は俺に追いつく必要なんかないと思える。

むしろ別の強さではきっと彼女の方が上だ。ありがとう。傍に居てくれてありがとう。


でもとりあえず今日はもう疲れた。もう寝たい。

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