第163話兵士さんの胸を借ります!

「ぜぇ・・ぜぇ・・・げほっげほっ・・・ぜぇ・・」

「うーん、ここまでにしときましょうか」

「・・ぜぇ・・あ・・・ありがとう・・ございまし・・た・・」


槍をカンフー映画の棒術の様にヒュンヒュンと回し、仁王立ちになって地面に突き刺し、組手の終了を伝えるカグルエさん。

俺は息を切らしながら礼を言い、その場に膝と手をつく。


「はぁ・・はぁ・・・げふっ・・・つ、つええ・・・」


何一つ通用しなかった組手を思い出し、ただただそれだけしか思い浮かばない感想を口にする。


カグルエ・カッツァイアさん。基本王都の門番をしている、兵士隊一番隊隊長。

ミルカさん曰く、その業績は語られず、語らない英雄。本物の戦士。

望めば聖騎士の地位も手に入った筈の兵士。ただ兵士たる事に誇りを持つ兵士。


カグルエさんの事を語るときのミルカさんは、楽しそうだった。

あの顔は、リンさん達の事を語るときと同じ顔だ。親しい仲間の、凄い所を言いたい顔だ。


俺は体を支えるのが辛くなり、仰向けに転がる。すると影が刺さった。ミルカさんだ。


「どう?」

「どうって・・どうにも・・・ならないよ・・・何も通用しなかった・・・・はぁ・・・はぁ・・」


ミルカさんが組手の感想を聞いて来たので素直に答える。

何も通用しなかった。もちろん技工剣は使って無い。流石にあれは危ない。

けど、それ以外はほとんど全部使った。

体術も、剣術も、魔術も、錬金術で作った道具も、何も通用しなかった。

全て笑顔でいなされ、槍の向こうへ突破することは一度も出来なかった。

剣で切り込み、槍で防がれた所に、とっておきの手持ちの精霊石ブッパ不意打ちを笑顔で防がれた時には、もはやどうしろとという気分だった。

攻撃魔術に詠唱が要る俺にとって、あれはノータイムで出来る最大の大火力攻撃魔術だったのに。

その後、そろそろ行きますよーとか言われて攻撃に転じられ、おそらく手加減されてこの様だ。

攻撃に回られたら防御行動しかできなかった。反撃しようとした瞬間その出だしを潰されるからだ。


「おじさん、強いでしょ」


強いなんてもんじゃない。強すぎる。全く話にならない。単純な速度はそこまで早くない。けど何もできない。


「強すぎ・・でしょ・・こんな人・リンさん・・達以外にも・・いたんですね・・・」

「リンねえと打ち合えるからね、おじさん」


無理。絶対勝てない。リンさんと打ち合えるとか、絶対勝てない。勝てる気がしない。そもそも勝負になる気がしない。


「打ち合えるなど、まさかまさか。防御に徹してやっと何とかという程度ですよ。攻撃に移ろうとすれば一瞬で終わります」

「それでも、リンねえが本気にならないと、勝てない人」

「持ち上げますねぇ。グラネス様だってそうでしょう?」

「私は、まだまだ」

「それこそまさか。私は貴方に一度も勝てた事は無いですよ。少なくとも戦時以降は」

「だっておじさん、絶対本気でやらないもん」

「はて、そうですか?」


二人で楽しそうに談笑しているが、こっちゃぼっこぼこですよ。

くそう、全然届かねぇ。毎日の魔術訓練で強化の効率も上がって大分スピード上がったけど、リンさんには程遠い。根本的な地力が、ちょっと鍛えた一般人な俺の身体能力ではお話にならない。

その上リンさんやミルカさんほどの戦闘技術は無い。勝てるわけが無い。無いのは分かってるけど、ここまで何も通用しないとすげー悔しい。


でも、俺は少し力を隠した。彼との組手で4重強化は使わなかった。

なんとなくだけど、見せたくなかった。本当になんとなくだ。

ただ正直、使っても同じ結果な気はする。勝てる勝てないとかそういう次元じゃない。何をやっても通用しないと思える組手だった。


「タロウさん、お疲れさま。はい、お水」

「あ・・ありがとう・・・シガル・・」


シガルから水を貰って喉を潤す。ここまで全力でやって、呼吸が儘ならずに咳が出る程動かされたのは久しぶりだ。

汗を思いっきりかいたから、水が物凄くおいしい。


「シャレになんねえな。あの魔術、普通なら人間一人なんか簡単に消滅する威力だったぞ。

あれを連発でぶっ放すお前もふざけてるが、それを問題なく潰せるあのオッサンはもっとふざけてやがる」


組手を見学していたガラバウは俺が精霊石をぶん投げた地点を見る。

暴風を、灼熱を、水圧を、土塊を、閃光を、俺が思いつくレベルの、そして事前に込められるいっぱいいっぱいの魔術を放った攻撃。

地面は大きく抉れている。だが、一定地点から後ろには一切の被害が無い。小さい崖のようになっている。

つまり、あの人が何かしらの手段をもってあの地点で全てを防ぎ、潰したという事だ。


「知らなかった。門番のおじさんってあんなに強かったんだ」

「んくんく・・ぷはぁ。あれ、シガルも知らないんだ」

「うん、ミルカお姉ちゃんと親しいみたいだけど、そういうのも含めて知らない」

「そういえばイナイとも親しげだったなぁ」


なんでこんな事になっているか。事は単純。あの後ミルカさんに兵士さんの事を聞いてみたら、先ほどの説明の後に、一度手合わせしてみるといいと言われた。

そしたら王女様がならば見学の許可をお願いしますとか言い出して、支部長さんもなぜか合流。

一部の騎士を護衛に連れて街から離れ、カグルエさんとやる事となった。

結果これだ。ミルカさんの言い方だと、ミルカさんより強いと言っているように聞こえる。だが、当の本人は否定している。

どちらにも全く届かない俺にはその真意は測れない。


「まあ、私は防御が得意ですので。持久戦は得意なんですけど、殲滅戦は苦手なんですよねぇ」


嘘だ、絶対嘘だ。この人攻めに入ってもシャレにならないぐらい強かった。

攻撃の出だしを全部潰されたのに、そんな言葉信用しないぞ。


「これが、ウムル王国の力。本当に驚きですねぇ」

「ええ、本当に。我が国の兵が全員揃ったところで何の意味も無いですね」


遠くで見ていた支部長と王女様もこっちにやってくる。

護衛の騎士もやってくるが、恐る恐るといった感じだ。つーか怯えとるがな。


「タロウ様、素晴らしい物を見せていただきました。ありがとうございます」

「いや、あの、礼はミルカさんにどうぞ。提案したのあの人なので」

「それもそうですね。申し訳ありません」


王女様はぺこりと頭を下げ、素直にミルカさんの方へ行く。騎士と支部長もついて行く。ついでにガラバウも支部長について行った。

会話は出来る程度にはなったが、もう少し呼吸を落ち着けたい。

つーか、今日はもう休みたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る