第161話王女様は真摯に有りたいようです!
うーわ、まさかこのタイミングで言うとは思わなかった。
あ、でもシガルは予想してたのかな。だってさっき俺が此処に立つのを進めてたんだし。
そう思ってシガルを見ると、目を見開いて王女様を見ていた。若干殺気を感じる。
やべえ、怖え。めっちゃ怖え。
つーか、眼下の皆も発言に驚いてシーンとしとるがな。
「とはいえ、彼を王にしようといった事では有りません。彼を私の夫にというわけではありません。
捨てるはずだったこの命。捨てずに済んだこの命。彼に救われた命。
それを彼の為に役立てたいと願っているだけです。私の出来る範囲で彼に恩返しをしたいだけです。
ですので、どうかお願いします。皆の出来る範囲で構いません。彼が望む事が有れば、彼の力になってほしいのです。どうかお願いします。
民への命のつもりは有りません。どうか、心からお願いいたします」
王女は言い切ると頭を下げる。
シガルは少し顔を顰めているが、さっきよりはマシな雰囲気だ。でもやっぱ怖い。
しかしどうなんだこれ。さっきの発言がこれで収まるのか甚だ不安なのだが。
だが王女が頭を下げた体勢のまま動かないのを見て、ぽつぽつと声が上がっていく。
「あいつが竜を倒したって事は、救われたのは俺達も同じだよな」
「王女様に頼まれなくても、当然かなぁ」
「ちょっと可愛いかもあのこ」
「あんまり強そうには見えないけど、あそこに立ってるって事は本当なんでしょうね」
「あの王女様って、あんなカッコいい事出来る人だったんだな。今までなんで表に出てこなかったんだろう」
「そうだよな。平民一人の為に頭を下げてるんだよな、あれ。さっきとは話が違う」
「隣の手をつないでる子なんなんだろ」
あら、なんか好感触。そんなちょろくて良いのかあんたら。
でも、考えたらそのままなら死んでた事実と、それを守った人間という話からすればそうなる物なのかな。
・・・うーん、俺があの人達の立場だったら・・・感謝はするな。うん、それはするな。
実際リンさん達が俺にとってのそういう人達だし。感謝してる。その人たちが手を貸して欲しいと言って来たら、喜んで手伝うかな。変な事じゃなければ。
まあ、それを考えたら普通なのかな、この反応は。
「そんな綺麗事だけか?」
「アイツ、王女様物にしようとしてんじゃねーのか?それか何か弱み握ってる?」
「なんか、王族が一人の為に必死になるって違和感あるよな。今までの事があるだけに」
「恩着せてなんだかんだで国乗っ取りってか?亜竜倒せるような奴に逆らえるとは思えないしな」
なんで俺が疑われてんですかねぇ!
ねえよ!王様になる気も無ければ、あの子を手籠めにする気もねえよ!
王女様はいつの間にか満面の笑みで前を向いている。ものすごいやり切った感出してる。
やり切ったね!ああ確かにやり切ったね!勘弁してくれ!
「おらぁ!何ごちゃごちゃ言ってやがる!あそこに立ってるってこたぁ、全員この国救った連中なんだよ!舐めた事言ってんじゃねえぞ!」
一角で怒鳴り声が響いた。見ると宿の親父さんが男の胸ぐら掴んで叫んでいる。
皆がざわざわ程度の声量だったせいで、その声がよく響く。
「お、お父さん、やめてよ!」
「ざっけんな!小僧の晴れ舞台に何時までもいちゃもんつけてんじゃねえぞ!」
「はいはい、落ち着こうな親父さん」
「ていうか今文句言われてるのガラバウじゃないからね」
あ、宿のみんないる。ボロッカロさんが親父さんを男から引きはがして羽交い絞めにしている。
ていうか受付の子、あの人の娘だったのか。
「うっせー!あの小僧も同じことだ!てめえら亜竜倒せんのかごらぁ!
あの亜人の嬢ちゃんの時の反応も俺は大概我慢したぞ!てめえら素直に感謝の気持ちも持てねえのか!ここに居る全員、命を救われて立ってんだぞ!王女さんの言い分は」
「お父さん!!」
「う、だって、あいつやっとこんな・・・」
その後はごにょごにょと声が小さくなって聞こえない。もっと強化すれば聞こえるかな。
あ、娘さん強い。親父さん引きずられて行く。どこの家も娘には弱いのだろうか。
だが親父さんの言葉は多くの人に響いたようだ。
否定的な事を言っていた人間が口を噤み始める。だがそれでも言う者は居る。
「私も同じくですね!そのような事を言う恥知らずが国に居るとは思いたくないものだ!」
聞いた事が有る声が響き、その方向を見ると、支部長が立っていた。
さっき会った時とは違ってえらいしっかりした格好だ。貴族みたい。
「私は、私が守る物の為に戦った。だが彼は、この国を守る義務などない。見捨ててもよかった。
彼は戦った。その理由がどうあれ、この国を救った。その事実すら受け入れられぬと言うならば、生を享受する資格は無い!
恩義に恩義で返すその行いを疑うならば、お前たちは人として生きる資格は無い!」
気が付くと支部長さんの姿も壁に映っている。声も周囲に響いている。彼の周囲に居る魔術師の仕業のようだ。
「とまあ、少し出しゃばりすぎたかもしれませんが、私個人の見解はそんなものでしょうか。ま、個人の見解なので皆様あまりお気になさらずー」
胡散臭さ全開な感じの笑顔で支部長はそう締める。
彼の言動に親父さんの言葉の後も悪態をついていた連中すら口を閉じた。
支部長はにこやかにこちらに向かって手を振っている。
「おい、まさかアマラナ様、王女様支持か」
「ちょ、俺、殺されるんじゃ」
「い、いや、落ち着け、アマラナ様がそんな事するかよ」
「アマラナ様があそこまで言うのか」
「俺は最初から文句なんかねえよ?」
「あの人に反対とかできるわけねえだろ・・・」
「アマラナ様が認める人がおかしな人間なはずがないよな!」
うん、なんかあの人怖がられてる?
いや、でもすごい信頼してる言葉も有るな。あの人どういう立場なんだ。ただの支部長さんじゃないのか。
王女様を見ると、満足そうに笑顔で支部長さんを見て頷いている。
あ、これ仕込みじゃね?支部長さんの傍に居る人、ここに居る人と同じ格好してるし。
親父さんは多分違うだろうけど。
「彼の言う通り、あなた方がどう思うかは個人の自由です。
ですが私はこの命を彼に捧げても良いと思う程度に恩を感じています。彼は私の命だけを救ったわけでは無いのですから・・・。
皆さまにわが父をどう思われてるのかは解っているつもりです。ですがそれでも掛け替えのない父なのです。
彼はこの国に来る過程で、我が国にけして良い扱いを受けたとは言えません。民に、貴族に、わが父に、そして私にも、彼は害を加えられました。
ですが彼は許しました。許し、救った。そんな方を尊敬し、彼の力になりたいという想いはおかしなことでしょうか?
私は彼の前に立つ時に、背筋を伸ばして立てる人間でありたい。だからこそ恩は返したい。
彼が望む限りを。もちろん、望まぬ余計な事は致しません」
王女は、最後の望まぬ事の部分でこちらを見る。
「あなたが何やらこういった場が苦手な事は、素振りを見ていればわかります。ですがこの場で宣言させて頂きたい。国民の前で言わせて頂きたい。
私はいつか国を背負う者として、あなたの力になると誓います。私が出来る限りで力になると。あなたが望む範囲で」
真っすぐに、さっきまでの作り笑顔じゃない、真剣な顔でこちらを向いて言う。
「それが、私が私自身として、偽りなく言える言葉です。あなたの為になりたい。ただ、それだけです」
この子がすごく演技が上手いのは分かってるし、俺にそれを見抜く力が乏しいのも分かってる。
この子はかなりの演技派だ。おそらくこれも演技でやろうと思えば出来るんだろうなって思う。
でも、なんでか今の言葉だけは、信じてもいいかなって思えた。
理由なんて分からん。けどそう思った。まあ、これ裏切られたらもはや関わり合いになる事を完全に避けるけど。
「ありがとうございます。でも気にしないでください。特に何かしてほしいとは思ってないので」
俺がそう言うと、王女様は寂しそうな顔で笑う。
「ええ、知っています。あなたはそう答えると思っておりました。あなたが困ったときに、なんとなく私を思い出す事が有ればそれで構いません」
目をつぶり、落ち着いた声で言う王女様。
困ったときに思い出せば、か。そんな都合のいい使い方していいものかね?
「聞いたでしょう、皆さま。こういう方なのです。故に出来る範囲の好意でいいのです。
義務も無い。立場も無い。戦う必要も無い。意地を張る必要はこれっぽちも無い。そんな方が戦った事への恩返しなのです。
無理に彼に何かをするのではない。本当にただ感謝を。救われた感謝の想いを彼に持って下さい。それが私達が返せる恩。彼の望む事に答える事だけが、返せる事でしょう」
王女様が言葉を言い切ると、ゆっくりと歓声が上がった。
うーん、今の歓声上がる所なのか?わかんね。
まあ、なんか丸く収まったのかしら?正直どうなるかと思ったわ。
「最後になってしまいましたが、彼の隣におられる方。彼女はタロウ様の婚約者になります」
シガルはその言葉で前に出る。
「ウムル王国民、シガル・スタッドラーズです」
シガルが名を名乗り、礼をする。
「彼女も戦場に発ち、彼を支えた方です。彼女が居たからこその彼の活躍でもあったのでしょう」
俺に比べてえらいシンプルだな王女様。
この子が居なかったら俺はここに立ってるかも怪しいぞ。シガルは俺にとって今回最大の支えだ。
まあ、下手な事言わないで良いか。
シガルの紹介はシンプルで、反応もシンプルだった。
おーとか、ちいさいのにすごいぞーとか、かわいいーとか、そんなの捨てて俺んとこ来いとか。
おいまて最後の奴誰だ。てめえふざけんな。
「改めて言います。ここに立つ彼らが居なければ、この国は無くなったでしょう。彼らに感謝を」
その言葉で王女様は腕を開き、眼下を見る。
応えるように民は歓声を上げる。その声に優しい顔をして、王女様は歓声を背にする。
えーと、ついて行けばいいのかな?
俺が迷っていると、皆が歩き出したので、シガルと一緒について行く。
俺達が去っても歓声が後ろから上がっているのが聞こえる。
遠くなっていく歓声に振り向き、やはりどうにも現実味が無いと思った。
手を握るシガルの体温のおかげで俺はこの場に居るんだと思うが、それが無かったら最初から最後までずっと他人事で置物状態な気がする。
人がどう思うかは別だと知っている。人の目に映る自分は自分の想いとは別物だとは理解している。
けど、やっぱり俺は出来る事が増えただけで、日本に住んでいたころと心はほとんど変わらない。
今の状況は違和感しかない。英雄なんて、がらじゃない。
シガルは一体何のために、俺をあの場に連れて行ったんだろう。また後で、その真意を聞いてみよう。
そう決めて、また歩き、城内に戻った。
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