第159話王女様の演説です!
しっかし皆が蟻のように見えるって事は、向こうからもこっちは見えないんじゃなかろうか。
「ねえ、ミルカさん、皆王女様がちゃんと見えてないんじゃないの?かなり距離あるよ」
「こういう時の為にも、魔術師が居る」
そう言って、ミルカさんは親指で城の壁を指す。
そちらを見るとプロジェクターで映されたような、大画面に映る王女様の立ち姿が浮かび上がる。
あらほんと、魔術で映ってる。
技工具だと魔力の流れが自然に溶け込んでて見えないんだけど、これははっきり魔力が見える。
流れを確認するに、脇に居る人達か。下に居る人も手伝ってるなこれ。
「技工具じゃダメなの?」
「イナイの技工具は、魔術が使えない人が、魔術に近い事が出来る道具だから、魔力さえ入れれば、出来る道具は有る。
けど、今からそんなもの揃えてられない。お金も時間も、どっちも無い。
この国は、ウムルとまともな国交は無かったから、その手の道具は殆どない。万が一に備えるような、道具だけだよ。
後は民衆が必要だと、使っている物かな」
なるほどねぇ。しかし映像を伝える魔術が普通に有るのは知ってても、実際魔術のみでやってるのを見ると、面白い。
でも一方通行なんだよな。これを見ている向こうも同じことを、同じようにできないと、相互にならない。
だから画面付きの相互通信の発想があんまり無かったのかもしれない。相互なら声あれば用事は伝わるから。
「街の方も?」
「こちらの魔術師が送った物を、他の魔術師が見せてる。ただ同じ波長で合わせ続けないといけないから、どちらも訓練してないと、続かない。
・・・これを手間だと思うのは、もうイナイの技術に毒されてるかも。
ウムルならこういう場合、器具を指定の位置に置いて、一斉に動かすだけ。それもスイッチ一つで。
自分で魔術を使う必要も、調整を自力でし続ける必要も、無い。
・・・まあセルねえなら、一人で全部出来てしまうけど」
うへー、街全部覆えるような道具普通に作ってんのか。凄いな。
いやでも、テレビみたいな物か。発信局が一個あって、あと全部受信か。
「そんなのあるのに、声は一緒にしなかったのか」
「多分、もっと先に、有ったからかな。事実を、多くの者達に伝えるために、必要だったから。戦争の伝達でも、あれが有るか無いかで全然違う。
映像の場合、主な使用は敵の動きの監視の為だったから、音が無くても関係なかった。
それ以外じゃ、こういうお披露目的な時にしか使わない道具、普通は高い金出して買わない」
ほむ、映像に映っている物そのものが大事であって、音は関係なかったと。
まあ、望遠鏡の代わりみたいなものか?
しかしそろそろミルカさんの表情がとても面倒くさいに変わってきてるので、質問は止めとこうかな。
ものすごい「もういい?」っていう顔になってる
「そろそろお喋りは終わり。殿下が口を開くよ」
「あ、うん」
でも見ると、王女様は目をつぶって動いていない。やっぱ面倒くさくなったな。
段々と民衆の歓声が小さくなってきている気がする。微動だにしない王女様を不思議に思ってきてるんじゃないかね
大分静かになると、王女様が目を開く。
「ごきげんよう国民の皆さま」
大音量で街中に王女様の声が響く。
映像とは別の魔術師が音声を広げている。こっちも別の場所にもいるんだろうな。
両方混ぜてってのが出来る人が居ないのかね。居ないんだろうな。多分やってみた事も無いのだろう。
「私はクエルエスカネイヴァド・ポヘタ・グラウジャダバラナ第一王女です。私の姿を初めて見る者も多い事でしょう。故にあえて名乗らせて頂きます」
ほむん?普通は名乗らないのか。
いやまあ、そりゃそうか。城に居て、こんな所から何か言う人なんて、だいたい王様か、王族か。
「まずは皆さまに謝罪を」
王女様が頭を下げる。それに魔術師が驚いたのか、映像が乱れる。音声もだ。
頭を上げるまでに直したが、若干映像にノイズがちょこちょこ入ってる。
この辺やっぱ、人力か道具かの違いが出るな。
民衆も戸惑いの声が大きい気がする。あくまで気がする。遠すぎてざわついてる程度しかわからん。
あ、いや、強化してみるか。
聴覚を強化して、ざわつきをちゃんと聞いてみる。
「王族が頭を下げた?」
「・・・王女様が?平民に?」
「・・え、あの王女様、国を救った人だろ?」
「退治に行った本人だよな・・・なんでその王女様が」
「下げるなら引き籠ってた国王だろう・・」
「子供に命を懸けさせ、頭下げさせて自分はのうのうと、か。大した国王だよな」
うん、国王大不評。別にそういうつもりは無かったんだろうけど、結果としてそうなっちゃったからかな。
「此度の事件、既に周知の事と存じます。情報の発端が組合であり、人員を求めたのが支部長ですから、必然でしょう。
そしてその事実を知った方は皆、疑問に思った。いえ、信じられなかったのではないでしょうか。この国で、そんな事が起こるはずがないと。
皆さまも知っての通り、この国は長く生き永らえてきました。それはひとえに、他国に攻め入られることが無かった事が大きいのでしょう。
ですがそれに限らず、人に対処できない大きな事柄は、この国には降りかからなかった。それは何故か」
王女は一度そこで言葉を区切り、軽く首を動かし、民衆を見る。
「皆さまも知っての通り、竜が我々を、この国を助けてくれていた。外敵を排除してくれていました。
竜の加護が、王家に、この国に有った。それは確かに有ったのです。だから今日までこのような大きな事件は無かった」
王女様は手に力を籠め、目を細め言葉を少し強くする。
「ですがそれはもはや有りません。この国は、竜に見捨てられたのです。
いえ、この国が見捨てられたのではないですね。我々王族が、貴族が、見限られたのです。
もはや守る価値無しと、宣言されたのです。我々王族の不甲斐無い様によって、此度の事件は起きたのです」
ざわつきが大きくなる。
竜が本当に国を守っていた事実。そしてそれが無くなったからこその今回の事実。
そしてその原因が、自分たちだという王女。
それらの事実を上手くまとめられず、皆混乱しているようだ。
「私は英雄では有りません。此度の事件のせめてもの罪滅ぼしに、王族として、貴族として、果たすべき義務を果たすため、死にに行っただけです。
私が向かった先に居た亜竜の数は600。これがどれだけ絶望的な数字か、分かる方には分かるでしょう」
600って盛ったな。
あーでも、ざっくり数えて200ぐらいで、ギーナさんが300ぐらいって言ったから・・・やっぱ盛ってるな。
「亜竜は今回、王都の傍にも来て組合員を襲いました。たった数十の亜竜に、王都中から集めた組合員が壊滅したのです。
戦う事を生業にしている者も多い、彼らが、たった数十の魔物にです。私達のような、戦う力を持たない女子供など、ただの餌でしかないでしょう」
ああ、そうか、合点がいった。ミルカさん、多分だけどそこに居たんだ。
組合員が壊滅しているその場に、ミルカさんが登場、亜竜を掃討、って感じか。
ンでその途中にハクが飛んできたと。ハクが言ってた強いやつってミルカさんの事だな多分。
俺にしては珍しくちゃんと合ってると思うんだがどうかね。
「ですが私は生き残りました。恥知らずにも、死んだ者達へ顔向けできない生き恥をさらし、生き残りました。
私が亜竜の元に向かった時には既に、亜竜は掃討されていたのです。そしてこの街を襲った亜竜もまた、この国の者ではない方が掃討し、我々は救われました。
何かが少し違えば、今この王都は亜竜の餌として、多数の肉塊が転がる地獄と化していたでしょう」
王女様の脅しのような言葉に、少し恐怖が広がる。
怖がらせてどうすんのかしら。
「皆さまの中にも、見た方がいるのではないでしょうか。東に巻き起こった大きな竜巻を。その竜巻を切る、鮮やかな光を放つ、巨大な魔力の刃を。あれこそが魔物を掃討した方の力。この国を救った英雄の力です」
まってまって、俺よりミルカさんとギーナさんだろう。なんで俺真っ先に言われてんだよ。
「そして時同じく、それ以上の力を持つ方も亜竜を掃討しており、その方も我が国を救ってくださいました。
我々は亜竜を倒しに行った、たった数人の英雄に救われたのです。この国は、国の民は、彼らに救われたのです。
私はただ死地に向かい、無力に死にに行った、ただの小娘です。皆さまに勝利を報告するような立場にありません。
ですが、彼らを、彼らの力を貸して頂けると約束して頂きました!その報告の為に、恥を忍んでこの場に立っております!」
王女様は最後の方を力強く言う。その様に感動している人も居るように見える。
実際いいぞー王女さまーとか、かっこいいよ王女様とか、あんたはよくやった、あんたこそ王族だとか、肯定的な言葉が多い。
まあ実際、王女様は時間稼ぎに死ぬような事をしに行った。それを考えれば凄い事だと思う。義務を果たすために、死ぬ。俺には、絶対できない。
「英雄の姿を、名を、皆さまの目に、心に、焼き付けて頂きたい!」
そう言って、王女様は後ろに控えてた俺達に振り向く。
俺はどうしたらいいのかよくわかってないのでミルカさんの方を見ると、彼女はこくんと頷いてバルコニーの手すりの方まで歩いて行く。
ついてこいってことかな?
他のみんなも歩いて行く。シガルはずっと俺に手を握って、少し緊張しているようだ。
「シガル、今なら多分まだ引っ込めると思うよ?」
「え、や、やだ!」
「やだって、シガル・・」
「タロウさん頑張ったんだもん!行かなきゃいけないんだよ!」
行かなきゃいけない、か。
うーん。シガルに言われると、弱い。
「それに、タロウさんが此処でちゃんと知られる事には意味が有るから」
「へ?」
「タロウさんはこういうのあんまり好きじゃないのは解ってる。けど大事なの」
うーん、シガルの真意は解らない。けど、シガルがそう言うならそうなんだろう。
『行かないのか?』
「・・いや、いくよ」
ハクもどうやら俺が動くのを待っていた模様。
「話はまとまった?」
「二人とも、いい関係だねぇ」
ミルカさんとギーナさんが微笑ましそうにこちらを見ていた。全員まってやがった。
「こんなところまで来ていちゃつくなよ」
「うるせー」
ガラバウに反論とも言えない反論を返し、バルコニーの手すりまで歩く。
俺達が顔をのぞかせると、凄まじい歓声が響く。王女様が出てきた時より凄い。
「この方々が我が国を救ってくれた英雄です!そしてこれからも我が国に力を貸してくれる恩人です!」
王女様が手を広げて大きな声で言う。何処か誇らしげに、嬉しそうに、俺達を前に、自分は少し下がりながら。
しかし高いな。さっきは少し後ろに居たからそうでもなかったけど、端まで来ると結構怖い。
さて出てきたはいいけど、この後どうなるの?自己紹介とかすればいいの?
そう思っていると、一番先にギーナさんが出た。
「私の名はギーナ・ブレグレウズ。君たちにはフドゥナドルの方が馴染みが近いかな?」
ギーナさんのその言葉で、沸いていた歓声が、一瞬で消えた。
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