第154話獣の少年は過去に向き合います!
「・・・よう、なにしてんだ?」
「・・・なんか用か」
綺麗な河原の傍で胡坐をかいて座っているガラバウを見つけ、声をかける。
偶然見つけた訳じゃない。探したらそこそこ離れたとこに居たから、偶然見つけるのは無理だ。
だからガラバウもそれは分かっている。
「用ってほどでもないけどな」
俺はガラバウの近くに腰を下ろす。奴はこっちを全く見ない。ずっと川底を見つめている。
「・・・笑いに来たのか?何もわかってなかった俺を」
「ねーよ。それに俺にとっちゃ、お前の親父さんの決断は納得できねぇ。死んだら何もかも終わりだろ」
「・・・そうかよ」
その会話だけで又沈黙し、しばらく川のせせらぎと、木々が風に揺れる音だけが響く。
うーん、良い川だ。釣り竿が欲しい。
「なあ」
俺がこの川での釣りに思いを馳せているとガラバウが話しかけてくる。
「どした」
「ミルカ・グラネスは、全部知ってんのか?」
「俺が知るわけないだろ。その戦争当時いなかったんだし」
「・・はっ、そりゃそうか」
自嘲するような笑いで納得し、また川を見つめる。
「お前はこれからどうする気なんだ?」
今にも自殺でもしそうなぐらい雰囲気のおかしいガラバウに問う。
「どう、するんだろうな。仇討ちが無意味なんて、それもまさかギーナ様に言われるとは、思わなかった」
まあ、お前にしたら、国の為に戦う人って感じだろうしな。
ただ今回の話では、死んでいった者達の為に戦うんじゃなくて、死んでいった者達の為にも戦わないっていう感じだった。
「俺は、なんの為に、国を出たんだ。何のために、この技を磨いたんだ」
自分の生きる意味が、価値が、分からない。何の為に生きているのか分からない。
きっと、そういう風に思っているんだろう。
けどそんなもの、誰にだってわからない。
価値は他人が見出すものだし、生きてる意味なんてのは全てが終わった後に見えるようなものだ。
たかだか十数年程度じゃ、何もわからないと思う。俺だってわからない。だから俺は俺の良いと思うように生きている。
「・・・ミルカさんとやってみたらいい」
気が付いたら、そう口にしていた。
「ミルカ・グラネスとか?」
「ああ、お前が殺したい相手。今はどうか知らないが、そのミルカさんと一度やってみればいい」
「どうやってだよ、お前も倒せないような奴、大国の英雄が相手にするとは思えねえぞ」
「俺が頼む」
「なんで、そんな事。お前に得なんてねえだろ」
得は無い。確かに無い。けどなんか調子狂うんだよ。お前がその調子だと、少しやりにくい。
揶揄う事も出来ない。つまらない。だからだ。そういう事にしておく。
「俺がそうしたいと思っただけだ。得も何も関係ねえよ」
「・・・やっぱお前馬鹿だよな」
「うっせえ」
そこで又沈黙になる。俺もそれ以上何か思いつかないから、話しかける事も無い。
しばらくすると、ガラバウが立ち上がりゆっくりと川沿いを歩いて行き、少し離れたところで止まる。
「・・・?」
俺は何をするつもりかと、行動をじっと見ていると、ガラバウの体が膨れ上がっていく。獣化だ。
「・・・タロウ」
ガラバウが俺の名を呼ぶ。初めて名前を呼ばれた気がする。
「なんだ?」
「俺と勝負してくれ。本気でだ。頼む」
こちらを向き、俺に頼んでくる。あいつが俺に、頼んできた。あのあいつがだ。
俺はそれに応るために剣を置いて立ち上がり、魔術と仙術の強化をかけて構える。
いつもの右手を出す構えではなく、左手を出す。半身なのはそのままだが、右手は腰に構える。
「感謝する」
ガラバウは組合で見た時と同じような構えで立つ。
お互いに構えたまま動かない。別に先に動いた方が負けるとか、そんな事考えてるわけじゃない。
俺はそもそもはなっから先に動く気が無く、奴は自身が打てる最高の一撃を打とうとしているだけだ。
2打目は無い。いや、どちらの攻撃も有効打にならなければ有るだろう。けど2打目を考えるような一撃は俺が許さない。
俺自身が放つのも、一撃で勝負を決めるものを放つ。あいつは本気でと言ったんだ。中途半端な二打目を打つような攻撃は絶対許さないだろう。
俺は奴の一挙一動をじっと見つめる。奴の呼吸を、空気を、変わるタイミングを見逃さないために。
そして、その空気が変わる。奴のテンポが、攻撃の瞬間の空気が、見えた。
俺はそれに合わせて右足で地を蹴り、拳を繰り出す動作に移る。
だがそれよりも速く奴は踏み込み、迫ってくる。
「っ!」
速い。組合所でやった時より速い。あの時とは比べ物にならない。
倍以上の速さで突っ込んでくる。仙術の強化を間違いなく使っている。たった数日でここまで使いこなすか。
旅に出て、いろんな人に関わって、流石の俺でも世間一般の実力を多少は理解している。
この一撃は、この速さは、普通は避けられない。こんな速度、躱せるような奴はそういない。
この速さで殴られたら、相手は一瞬で肉塊に変わるだろう。間違いなく、文句のない速度と威力の一撃だろう。
多分シガルでも、この攻撃は躱せない。
――――けど、遅い。
俺と比べて遅いわけじゃない。今の2重強化状態の俺と比べても、明らかに奴の方が速い。
速度で勝負すれば間違いなく負ける。完全に奴の方が速い。
けど俺は知っている。それより速い人を。もっともっと速い一撃を。
リンさんの一撃を知っている。あれに比べればこの一撃は遅すぎる!
俺は出していた左手に奴の拳がぎりぎり届くタイミングで4重強化を発動させ、左手で拳をそらして奴の反応速度を超え懐に入る。
前に出した右足で地を踏み、掌を奴の腹に打つ。
俺のいた世界での人間同士の勝負では、けして聞くことのできない打撃音が響く。
「が・・げぽっ・・・」
ガラバウが血を吐き、崩れ落ちる。
俺は奴が地に着く前に抱え、ゆっくりとおろして、治癒を始める。
「げふっ・・てめえ・・やっぱ手加減しやがったな・・・」
「黙ってろ。治癒が終わったらきいてやるから」
手加減は確かにした。でも真剣にやった。殺さないで済む一撃に抑えたが、それはこいつを馬鹿にした訳でも、適当に相手をした訳でもない。
真剣に、真面目に、こいつではどうしようもない一撃を、繰り出した。
ガラバウの治癒はすぐに終わり、体内に残った血を吐き出すと、呼吸が落ち着く。
「・・・本気でつったぞ」
「体捌きは本気でやったよ。お前反応できなかっただろ。打撃は勘弁しろ。殺しちまう可能性がある」
「・・・・そうかよ」
ガラバウは寝転がったまま俺の言葉を聞く。
俺はその横に腰を下ろす。
「お前が納得いかないっていうなら、もう一回やっても良い」
「・・いや、いい。分かった」
「そうか」
分かったか。何が分かったんだろう。こいつの中で何かの決着がついたんだろうか。
「・・・分かっちゃいたけど、ふざけた強さだな、お前」
「もっとふざけてる人達いるけどな」
リンさんとかふざけてるにもほどがある。あんな理不尽の塊は無いと思う。
「ミルカ・グラネスはあれに反応できるのか」
「出来る」
あれを見せた事は無い。けど、あの人なら反応できる。
それに初めて会った時のあの人の速さは、俺の4重強化時より速かったと思う。
魔術強化だけでその速度だ。仙術も使えばどれだけ速いのか想像もつかない。
「・・・くそ、つええなぁ・・・・くそったれ・・・・親父が殺されても良いって言う筈だ・・・」
「・・・お前ミルカさんの戦闘見てたんだろ。分からないもんか?」
「俺は全部見てたわけじゃねえよ・・・だからあいつの本気は分からねぇ・・わかってねえ」
そうか、見てたけど、その戦闘全て見てたわけじゃないのか。
「くそ、悔しいな・・・これでもちったあ、強くなったと思ったんだけどな・・・」
見るとガラバウは空を見上げ涙を流していた。
「強いよ、お前は。俺が出会った人たちのなかではかなり強い部類だ」
「はっ、慰めは要らねえよ。俺は弱い。口だけだ。結局俺は仇を討ちたいんじゃなくて、そう思わないとやってられなかったんだろうな」
涙声になりながら、ガラバウは語る。
「分かってたよ。心のどこかでは俺の考えが正しい訳じゃないってのは。あの戦争で親父が時々辛そうにしてる時が有ったのも、知ってたさ。
けど、それでも悔しかったんだ。やっと当たり前に生きていけると思ってたんだ。亜人だって差別されず、一族皆で、家族みんなで暮らせるって。
なのに親父は死んだ。兄貴も、おふくろも死んだ。うちの里に居た連中は大半死んだ。他の里の連中は生きてるのに、家族みんな生きてるのに。
連中の慰めなんか、聞きたくなかった。親父を裏切った連中の言葉なんか聞きたくなかった。俺をあの戦場から遠ざけた連中の事なんか聞きたくなかった。
だからあそこに居たくなかった。
国を出たら人族は最初は俺に構うものの、亜人だと分かるとすぐ後ろ指をさしやがる。ただ亜人ってだけでだ。
アマラナさんや、親父さん達以外、皆そんな奴らだ。そう思ってずっと人族も嫌ってた。人族を恨んでた」
ガラバウは体を起こし、俺を見る。
「お前みたいな馬鹿なんて、いねえと思ってたよ。それだけ強いのに、亜人を良いように使わない、馬鹿にもしねえような奴いねえってな。
俺はウムルの連中は皆、亜人を蔑んでると思ってた」
「・・・そうか」
こいつはこいつなりに辛かったんだろうな。家族も、親しかった人もみんな死んで、周りにいる人間は自分の家族を見捨てた人間だと思ってた。
自分の居場所なんてそこにはない。だからってそこを出ても居場所は殆どなかった。
唯一見つけたのが、あの場所なんだろう。親父さん達のいるあそこが、こいつの居場所になったんだろう。
「・・・もうちょっと、いろんなもん見ねえといけねえんだろうな」
「手始めにウムルに行ってきたらどうだ。どうせこの国属国になるらしいし、行き来は楽だろ」
「亜人が国境簡単に通れるもんか?」
「この国の国境は知らんが、ウムルは大丈夫だろ。少なくとも兵士はそういう気配は無かった」
「そうか・・・」
ガラバウは立ち上がり、背伸びをする。その顔は少しだけすっきりした顔に見える。
「でも、親父を殺されたのは、やっぱり悔しい。だからいつかミルカ・グラネスは倒す。ついでにお前もだ」
「ついでかよ」
「お前の方があの女より弱いんだから当たり前だろ」
獣化を解いて、にやりと笑いながらこちらを見る。
「さて、頭も冷えたし、戻るかな」
ガラバウは俺を放置して、サクサクと歩き出す。
「はーあ、心配して損した」
剣を取って立ち上がり、俺も歩き出す。
「お前に心配される必要なんかねーよ」
「ああ?今にも死にそうな思い詰めた顔してやがったくせに」
「してねえよ!お前の思い込みだ!」
「俺様かわいそーっていう感じの顔で川なんか見つめてよー」
「うっせえな!てめえだってあんな年下の女の子に慰められてるような奴じゃねーか!」
「シガルは俺の特別だからいいんですー」
「お前やっぱむかつくわ!」
「お互い様だこの野郎」
俺達は一時拠点に戻るまで、ずっと言い合っていた。
戻ったときギーナさんにうるさいと叱られ、二人ともでこぴんを食らい、動けなくなったのであった。
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