第151話王女様の出陣ですか?
「姫様。一同、揃いました」
出陣の用意を済ませ、全てが整うのを静かに待つ私に、騎士団長が声をかける。
「騎士は全員ですか?」
「はっ、彼らも、彼らの主も現状を認識したようです」
「よろしい。ここに至って理解が及ばないのであれば、全てが終わった後には滅んでいただくしかありません。悠長に自己保身に走る場合ではありませんから」
「その通りかと」
私の為に用意された馬操車に乗り、兵が集まる場に出る。
こういう事が有った時の為ではないが、乗れるよう練習させられた事が有ったおかげで問題なく走らせる事が出来る。
小さい頃にただ言われるから覚えた物だが、役に立つものだ。
操車を軽く走らせ、並ぶ兵たちの中央を突っ切り、一番前まで出る。
そこで止め、操車の上に登り兵たちの方を向く。
眼下には今まで一度だってそろった事のない数の兵が並んでいる。隣には並走してきた騎士団長がいる。
背筋を伸ばし、息を吸い、声を大きくだ。よし。
「皆、良く集まりました。現状は理解していますね。今我らは死の淵に立っています。
それは二つの形で迫ってきています。貴公等は理解しているからこそ集まったと私は認識しています。
そして、それを打破する力を持つ者を信じている事も。だがまだ彼に話は通ってはいない。
私達のやるべきことはたった一つ。亜竜相手に時間を稼ぐ。死地に向かい、耐える。彼が来るまで」
そこで兵たちがざわつく。おそらく最初から旦那様が来ると思っていたのだろう。
だがそれではだめだ。彼らは彼ら自身だけで向かわねばならない。私達だけで国を守ろうという意思を見せねば意味が無い。
自ら死地に向かい民を守ると、騎士の務めを、兵の務めを見せなければこの国の貴族は終わりだ。
「私は貴公らに死ねと言っています。自ら死に向かえと言っています。
ですがあなた達だけで行かせはしません。私も行きます。この身も死地に向かいます
私達にはそれ以外の選択肢は有りません。後で死ぬか、今死ぬか、運良く死地で生き残るか。
これを聞いて逃げるならそれも良いでしょう。死になさい。逃げて死になさい。止めはしません。
私達がどれだけ崖っぷちに立っているか理解できないならば逃げて死になさい!」
そこで一度言葉を止めると、ざわつきが無くなる。皆理解はしているのだ。
今自分たちに選択肢などないことなど理解している。自らの傲慢不遜な行いのツケが降りかかってきていると理解しているのだ。
ここで保身に走れば、もはやこの国で貴族をやる事が出来ない事など、重々承知しているのだ。
「理解できているならついてきなさい!そして戦いなさい!それだけが今貴公等が生き残る唯一の方法なのです!
我らの英雄が我らを助けに来る事を信じて戦い、耐える事だけが出来る事です!
我らはただ死ぬのではありません!我らの後の者を生かすために死にに行くのです!」
私は言い切ると操車の上から座席に飛び降り、手綱を手に取り、馬を走らせる。
後ろから多くの声が上がり、馬を走らせる音が響く。
城を出て、街中を走り、門を出る。事前に街に置いておく兵を走らせ、人を避けさせたので問題なく外に出れた。
これで少なくとも街の住民へ私達が危険へ向かう事は見せた。
北から来る魔物は組合員でどうにかなる。あちらは彼らを信じよう。
亜竜相手に旦那様がどこまでやれるのかは分からないが、私達が囮になればそれだけであの人が攻撃できる回数は増える。
そのためにこれだけの数がいる。一般人ならばただのちり芥だが、鎧を着こんだ兵ならば多少はあがけるはずだ。
しばらく走らせていくうちに、内から上がってくる物が有った。じわりじわりと腹の底からその感情は上がってくる。
怖いと。今すぐにでも逃げ出したい。死にたくなんか無いと。
手綱を今すぐにでも引いて、馬を止めたい。先頭なんか居たくない。
きっとこのまま亜竜に接触すれば、私は死ぬ。旦那様がそれまでに追いついてくだされば、あの方なら守ってくれるかもしれない。
けど、何時あの方が追いつくか分からない。怖い。
すぐにでも後ろに下がりたい。
でも出来ない。私は私の義務を果たさなければならない。そうでなければ私は王族足りえない。
そうでなければ私はあの方の隣に立つに相応しい人間い成り得ない。
今騎士達が死地に向かうのは私が先頭に居るからこそだ。
でなければこの行進はきっと止まるだろう。彼らとて、死にたくはない。
彼らでは、亜竜に勝てはしない。だが私が逃げ出せば、下がれば、彼らも下がる理由が出来る。
その後きっとすべての責を私に擦り付けるだろう。我らは前に出たと。下がったのは王族だと。
もはや私達に竜の加護は無い。私が下がればきっと、その影響はお父様まで行く。それはこの国の滅びを意味することだろう。
下がれない。お父様の為にも、私の為にも、下がれない。
分のいい賭けじゃないなんて分かってる。旦那様に話が行って、私達に合流するまでの時間を考えれば死ぬ可能性の方が高い。
でも行くんだ。今が本当の意味で私の命の懸け所だ。あんな個人の逆恨みじゃない、義務を果たすための場面だ。
これで生き残ったとき、私は初めて本物の王族になれる。彼の正面に立って話をするに足る人間になれる。
死にたくない。死にたくないから死地に向かう。生きるために、死にに行くんだ。
だから、震えるな。怖がるな。私は生きるんだ。生きて、彼にもう一度言うんだ。
好きだと。愛してほしいと。今度はちゃんと自分の言葉で、素直に伝えるんだ。
「絶対、生き残ってやる・・・!」
呟いたとき、おかしな光景が目に映る。進行方向に巨大な竜巻が発生し、亜竜が跳ね上げられている。
あの亜竜が、竜巻に巻き込まれている。
「全員止まれ!」
私は叫び、ゆっくりと操車を止める。
あんな巨大な竜巻が進行方向に現れたのに進めるのはただの愚行だ。
よく見ると亜竜以外の魔物も跳ね上げられているが、しばらくすると竜巻は止まり、それらはぼとぼとと落ちていった。
「あれは何だったのでしょう」
「分かりません、ですが何かしらの魔術のように感じました」
私の疑問に騎士隊長が答える。しかし亜竜が吹き飛ぶほどの竜巻を魔術で発生させられるものなのだろうか。
私はあまり魔術には通じていないので、良く分からない。
「しかし、あれがなんだとしても、近くに亜竜が居るのは確定しました。総員、気を引き締めなさい!」
とうとう来た。亜竜に接触する瞬間が、来てしまった。
竜巻が発生した位置はそこそこの距離が有るが、しばらく走らせれば辿り着く位置だ。
つまり、亜竜の速度ならあっという間だ。騎士達に緊張が走る。
「姫様、あれを!」
騎士隊長が指さす方向に、何かがこちらに向かってきているのが見えた。
分かっている。亜竜がこちらに飛んできているんだ。あれらは私達を見つければ間違いなく襲ってくる。
あれはそういう生き物だ。
まだはるか彼方だが、それほど時間はかからずにここまでたどり着くだろう。
ここで構えて、迎え撃とう。
兵たちに指示を出そうとしたら、また竜巻が巻き起こる。
先ほどと同じ規模が4つ。そのすべてが亜竜達を飲み込み、巻き上げていく。
「やはり、魔術です!あれは誰かが亜竜を攻撃しています!」
騎士隊長が私に向かって叫ぶ。でも一体誰が。
この国に亜竜を倒せる力量の人間がいたのか?
私の混乱などお構いなしに、目の前の状況はとんでもない物になる。
4つあった竜巻が合わさって一つになり、それを光が切り裂いた。
光が通った後には、何も残っていなかった。
竜巻も、それに巻き込まれていた亜竜も。
「何が、起こっているのでしょう」
「分かりません。ですが今ので亜竜と誰かが戦っていたというのは確定しました。それもあまりに強すぎる誰かが」
強すぎる。そうだ強すぎる。
迫ってきた亜竜はそこそこの群れだった。あれだけでも、私達を壊滅させるに足りる。
もし非戦闘員なら、それこそその千倍でも万倍でも簡単に成してしまう。それがあの亜竜だ。
それをいとも簡単に、あんな巨大な攻撃で倒してしまった。いったい、何者だろう。
「確認をしに行きます。進行方向はそのまま!」
「はっ」
再度行進を始める。確認をするために。
敵か、味方か。亜竜を倒したのだ。敵には回したくない。
竜巻が有った地点近くに兵をいくらか向かわせる。
向かわなかった兵はこのまま東を目指す。
そこに何もなければ再度東を目指し合流。もし誰かが居たならば、こちらは下手に出て協力を仰ぐように指示をした。
絶対に敵には回さないように言い含めずとも、敵に回せば自分がどうなるかぐらいは分かるだろう。
あれは私達程度一瞬でどうにかできる物だ。
またしばらく走らせ、少し休憩を挟む。
到着すれば耐え忍ぶ戦闘をしなければいけないのに、休憩無しは辛いだろう。
余り長々としてはいられないが、少しは休まなければ。
分けた兵たちも街道に戻ったら一度休むように言い含めている。
水と、おいしくない携帯食を食べ、東を見ると、不思議なものを見た。
とても大きく、光り輝く花が、咲き誇っていた。
とても、綺麗。
その花はしばらくすると霧散し、消えて行った。
兵たちはその光景に恐れるものと、目を輝かせるものとに分かれたようだった。
目を輝かせる物の気持ちは分かる。だがなぜ恐れるのか分からない。
気になって騎士隊長に聞いてみる。
「あれが魔力で作られた力だからですよ」
魔力で作られた力。魔力をただ純粋な力に変えた物。
それは魔術の中で、実戦でやるには厳しい魔術。そんなものを、あんな大きさで放つような魔術師がいる。
それに恐怖しているのだと。
私はそこであれと森の出来事は、同一人物の仕業ではないかと思った。
あれだけの術を使える人物だ。転移も使えてもおかしくは無い。
私達より先に到着し、亜竜を屠ったのではないかと思って来た。
もう夜が明ける。まだ亜竜と接触していないのは、あの竜巻を放った誰かのおかげだ。
休憩を終わらせてしばらく走っていると、上空をすさまじい勢いで飛ぶ何かが私達を追い越していった。
目で追いかけると白い竜の後姿が見えた。あれは見覚えがある。ハクと名のった真竜だ。
真竜が東に向かった。それを見て私はもしやという思いが出てきた。あれが向かう先に、誰かがいる。
そしてあれが一緒に居た人間がだれなのかを考えれば、的外れな想像ではない気がした。
その後を追いかけるように走っていくと、街道の途中に3人の男女が立っているのが見えてきた。
そのうち一人は見間違えよう筈もない。旦那様だ。旦那様が立っている。やはり、だ。
傍らには、シガル・スタッドラーズ。もう一人は、誰なのだろうか。
旦那様があそこに立っている。何故というよりも、やはりそういう事かと納得の方が先に来た。
誰よりも早く、亜竜を倒しに出たのだと。そしてあの不可解な光景はあの方が作り出したのだと、納得できた。
強いんだろうとは思っていた。竜と、子竜とはいえ真竜と正面からやりあえるという時点で、通常の人族とは比べようもない実力が有るとは思っていた。
でも、まさか、亜竜を一人で、それもたいした時間もかけず全滅させる程強いとは思っていなかった。
素敵だ。とても素敵だ。やはりこの方は素敵だ。
優しく、強い。
彼から説明を受けて、余計にそう思った。
彼は街の惨状を自分のせいだと思い、急ぎ先行し、亜竜をすべて倒したらしい。逃げようとしたものも全てだ。
彼のせいではない。父は既に竜に見捨てられている。
だというのに、その対応をしなかった。私も気が付いていなかったから、同罪だろう。
これは私達が、王族と貴族が負うべき責で、彼はただ、その尻拭いをしてくれただけだ。
私達が果たす義務を、代わりにやってくれただけだ。
それを伝えると、彼は少し困った顔をして、傍らにいる彼女を抱く力を込めたように見えた。
ちょっと辛い。なぜそこに居るのが私ではないのか。
街への同行をお願いし、私の操車にのってもらい道すがらいろいろ話した。
一緒に居たもう一人の少年は、アマラナ様が私の護衛の為に、私の生き延びさせるために使わせた者だそうだ。
本人曰く、街の組合員ではアマラナ様とその相棒らしい方を除けば1番強いとの事だ。故にアマラナ様から直接指示をされて、先行したらしい。
向こうも向こうで戦力が必要だというのに、後日礼をしに行かなければ。
ハク様は竜の里から急ぎ旦那様たちを助けるために戻って来たらしい。
が、来た時点で全て終わっていたと、上機嫌だ。
ぱたぱたと小さい羽根を動かしながら機嫌よく鳴いている。
子竜の姿のほうが可愛い。と思うのは不敬だろうか。
街へ進み、街が予想通りの惨状になっている事は聞いていたので、道中の惨状の気持ち悪さは耐えられた。
街について、中に入っても、まだ大丈夫だった。
だが広場について、あの光景を見たら、流石に無理だった。吐き気が上がってくる。
だが旦那様の前で無様は見せられない。私は上がった物を飲み込んで、その気分の悪さを我慢しつつ光景への感想を口にする。
どうやら、護衛の彼も、騎士達にもこの光景はきつかったようだ。
中には吐いている者も居る。しょうがない。酷い光景だ。本当に、酷い。
この様では何か人にとって良くないものがはびこっている可能性もある。
まだ形ある方はどうにか身元の確認が出来ないか、兵たちに言って持ち物を探らせてみるが、あの丸い物になってしまった者達については、それが出来ない。
分かっていたことだが、やはり目にするときついものだ。
私は彼らの供養の為、街の汚染の危惧を無くすために、真竜と旦那様に街を焼き払う事をお願いした。
勿論まだちゃんと形ある死体の身元が確認できそうなものを集めてからだが。
それに応じてくれたお二方に頭を下げ、上げると旦那様が震えていた。
傍にいた彼女と、護衛の彼も驚いていた。
最初旦那様は怪訝な顔で自分の手を見つめていたが、唐突に見た事も無い不思議なものを取り出し、聞いたことのない言葉で叫ぶ。
彼の手元でそれが回転し、光る。
なんだろう、あれは。なにかの技工具なんだろうか。
疑問に思っていると、またその思考を遮られる。何かが広場に落ちてきた。
広場の石畳を砕き、砂埃を巻き上げ、視界を奪われる。
傍に護衛の彼が来てくれたのが分かったので、少しだけ安心して、周りを見回す。だが何も見えない。
彼の傍により、じっとしていると砂埃が強風で晴れる。
飛んで行った方を見ると、ひとりの女性が立っていた。
かつて聞いた事のある、北の国の魔王と同じ種族の女性がいた。
まさかそれが本当に本人などとは思いもしなかったが、旦那様のあの警戒を考えると、少なくとも私達なぞ簡単に縊り殺せるのは間違いないだろう。
だが、彼女はどうやら旦那様とは知り合いで、仲もいい様だ。ならば私の取るべき行動は決まっている。
彼女とは友好的に接しよう。かなり怖さは有る。まだ心のどこかに、亜人などとという思いがほんの少しある。
だが、旦那様に見せるんだ。旦那様の隣に立つに相応しい人間になるのだ。そんな下らないものは何処かに追いやってしまえ。
私は王族の務めとして、民の安全を条件に、彼女に事情を話した。
私達がここ来た理由を。私達の愚行を。そしてその結果と、それを助けてくれた英雄の話を。
彼女はそれを聞いて、話が後になるにつれ、旦那様の顔を不思議そうにちらちら見ていた。
私はそれに少し不安を覚えながら、説明を終わらせる。
彼女がどういう反応を返すのか、少し怖い。彼女が本当にあのギーナかどうかは判断する術がない。
だが、本当に本人ならば、あの殺戮の話を知っているならば、恐怖が先に来るのは仕方ないだろう。
彼女はどう出るのだろう。分からない。私はただ、この拾った命をもうちょっと永らえて、旦那様の傍に居たいと願う。
どうか、彼女が私達を見逃してくれるよう祈るだけだ。
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