第150話師匠たちのちょっとした会談ですか?

「リンねえ、タロウに、本気見せたんだって?」


ミルカが肉をもぐもぐしながら唐突に聞いて来た。セルは何か甘いものを食べてる。

今日はたまたま三人で時間が合ったので、一緒に食事をしている。

本気は見せた。けどたった一振りだけ。セルとミルカなら対処できる範囲の本気だ。

セルなら反応はできないが、対処する術がある。ミルカなら反応できるし、反撃する術がある。


「踏み込みを見せただけだけどね」

「どうせなら防御させてあげればよかったのにー」

「今のタロウじゃ死んじゃうよ」


セルは無茶を言う。あたしの一撃を防御できる人間なんて、数える程度しかいない。

いや、正確には1人しかいないけどね。あの女。ギーナしか。


他のメンツは正確には防御しきる事は出来ない。躱す。いなす。逸らす。とにかくなんでもいいがまともに受けるのは避ける。

私の本気の剣戟に耐えられる剣を作ってしまったアロネスとアルネを恨んでおくれ。全部アイツらが悪い。

あの剣は私が本気で振るうと決めると、それに応じた強度になるそうだ。原理は知らない。分からない。

金属自体は物凄い堅いものだって事しか知らない。本気で殴っても割れなかったから驚いた覚えがある。

アロネスがそれに何か付け足したらしいけど、説明してもらった事は右から左に抜けた。


ただあの女は真正面から私の剣を受け止められる。私の本気の剣を、真正面から耐えきる。

止められた時は信じられなかった。ロウですら受け止めるのを諦めた私の剣を受け止めた。初めて心の底から怖いと思う相手だった。

ちょっと楽しいと思ってしまったけど、それはまあ、置いておこう。


「まあ確かにねー、反応できなさそうだものねー」

「セルだって反応は出来ないじゃん」

「その代り私はが有るもの」

「あれは、狡い。本当に、狡い」


セルが私の攻撃を受け止められる奥の手に関する発言をすると、ミルカが文句を言う。

私もあれは狡いと思う。初めてやられたときは予想外過ぎてセルの攻撃をもろに食らう結果になった。

ただ、ミルカが初めてあれを目にした時は流石だった。防がれたことを瞬時に判断し、鮮やかに次の動作に移った。

あの判断速度は見習うべきだろうな。あたしはとっさの判断はミルカに劣る。

見てからの反応速度で勝ってるだけで、実際純粋な戦闘の技量はミルカの方が上なんだろうな。


「それを2撃めで当たり前に突破された身にもなってほしいわー」


その後、突っ込んで無理やりそれを無力化させた。かなり力ずくでやったけど、上手くいってセルがその後拗ねたっけ。


「それでも、あれは、私達には辿り着けない」

「あたしはそもそも魔術が出来ない」


ミルカが真似できないというが、私はもっと無理だ。魔術使えないもの。

もっとも使えた所でセルの技量に達するのは不可能だと思う。単に魔術戦というならアロネスもグルドもセルに近しい能力を持ってる。でもセルと同じ真似は出来ない。

セルエス・ファウ・グラウギネブ・ウムルだからこそ辿り着けた、魔術師としての一つの到達点。


「そんな事言ったら、ミルカちゃんだってー」

「私は、そこまで、無茶苦茶じゃない」

「いや、ミルカ。ミルカ以外誰も出来ない時点で結構無茶苦茶だと思うよ?」


セルがミルカに反論するが、ミルカはセルよりはマシだと言う。

だがあたしでもそれは通らないと思う。ミルカのアレも大概だ。


「魔術障壁も、結界も、物理的な装備も、呪具的な装備も、何もかもを無視する一撃を放つ技が酷くないっていうのー?」

「リンねえには、通用しなかったもん」

「いや、したからね?無茶苦茶痛かったからね?」

「普通は痛かったじゃ、済まないもん」


むーと、拗ねた顔でこちらを見るミルカ。拗ねたいのこっちだ。アレは無茶苦茶痛かった。

腕で防げばしびれて動かしにくくなるぐらいの痛みが走り、剣で防いでもお構いなしに体に痛みが走り、躱して当たって無い筈なのになぜか痛みが走る。

はっきり言って意味が分からなかった。なので、もう無視して攻撃した。


「一番理不尽なのは、リンねえ。全部正面から台無しにして、ぶち壊す」

「それは確かにねー」


二人が私を理不尽の塊だという。多少は自覚してる。


「あたしは剣しか振るえないけどね・・・」


正直な気持ち、皆のように色んな事が出来たら良かったなと、今もでも思う。

剣を振るのが嫌なわけじゃない。剣技を磨くのも嫌いなわけじゃない。

けど、もしかしたら違う事が出来たんじゃないかと、思う時は有る。


「そういえば二人はタロウにそれ教えたの?」

「教えない」

「教えるわけないじゃない」


さっきまでの明るい雑談の雰囲気が消える。


「私はまだ現役。すべてを託して引っ込むほど、やり切って、無い。

あれは、あの技は、私のたどり着いた全て。あれをタロウに教える時は、タロウが私に辿り着いたとき。その時、見せる。放つ。まだまだ、負けない」


ミルカは、タロウと本気で戦う時の事を見てる。タロウが持つ全てをもって、ミルカに挑む、その日を。

そしてミルカはそのタロウに、本気でやって、本気で勝つつもりだ。

だから見せない。私にそれで勝てなくても、普通は一撃必殺になりうる技だから。

本来あれも、私とギーナに勝つために磨いた技だったらしいし。


「私は、タロウの師の前に、一人の闘士。ここは、譲れない」


うーん、ミルカ楽しそうだなぁ。むしろ私を倒せぐらいの気分で楽しみにしてるように見える。

ああー、バルフも早く強くならないかなー。


「私もまだ負ける気は無いわ。少なくとも愚弟の技が私に通用すると思ってたなら、全力で叩き潰す。

あれに頼るなら、私には辿り着けない。私の力の本質は、愚弟とは真逆の物。

悔しいけど私は愚弟のような才能が無い。その代わり私だからこそ辿り着けた物が有る。

ここまで来れなければ、せめてこの世界を見る事が出来るようにならなければ、タロウ君が私に勝つことはできない」


セルはいつもと違い、真剣だ。樹海に居た頃もタロウの魔術の話になると、良くこうなってた。

きっとその目は今、私とミルカには見えない『世界』を見ているんだろう。

セルエスという魔術師だからこそ辿り着き、見る事が叶う世界を。


「タロウ君はかつての私と同じものが見えてる。なら同じ事が出来る筈。もしできないならそこまでだけど、それでも彼はきっと出来ると思うわ。もしできなかったらいらない事をした愚弟のせいだわ」


セルの顔が険しくなっていく。ホントにもうこの姉と弟はどうにからないかな。

何時までも仲悪いなぁ。二人ともイナイとミルカにベタ甘で、好き嫌いも似通ってるのに。


どちらが名を貰うか決める時の勝負も、二人とも本気で殺しに行ってた。

一歩間違えればグルドは死んでた。よく無事だったもんだ。


「まあ、それはそれとして、タロウ君可愛いから、それ抜きでも構わないけどねー」


にこりと、一瞬でいつものセルに戻る。相変わらず我が親友は胡散臭い。

でも演技じゃなくて、これがセルの素なだけだ。気を張ってると、他の面が見える。

ただそのせいで、この素の状態がものすごく胡散臭い。本人も自覚はあるが、直す気は一切無い。王族としてはある意味好都合だからいいのよーと言われたこともある。


「さって、そろそろ行かなきゃねー」


セルが口を拭きつつ席を立ちあがる。


「私も、おじさんとこ、行かなきゃ」


ミルカが立ち上がり珍しい事を言う。


「おじさんって、門番おじさん?」


ミルカが関わりあえるおじさんと言う相手はあの人しか思い浮かばない。


「うん、なんか、私と一緒に行くんだって」

「どこに?」

「リンちゃんー、また話聞いて無かったわねー?」


どうやら説明があった模様です。ですが全く覚えてません。いつの事だろう。


「まあいいよ。リンねえには絶対、振られない仕事だし」

「まあねー。昔よりマシになったとはいえねー」

「なんだよなんだよ、私も少しは仕事できるんだぞ」


二人の言い分にちょっと拗ねて答える。


「他国の王族との謁見。今後の国との付き合い方の細かいすり合わせ。人口調査の手配。国内生産物の種類と数の大凡の把握調査。兵の配備の見直し。そもそもの兵の調練の見直し。貴族の領土の把握認識の調査と、その土地の民の生活調査。国内の技術の程度の調査。魔物被害の調」

「すみませんでした。もう生意気言いません」


ミルカが捲し立てるようにやる事をつらつらと述べていくのに耐えられず頭を下げる。

ミルカは満足したように頷いた。


「まだまだ有るけど、全部一気にやるわけじゃないし、すぐできる事じゃ、ないけどね。とりあえず、目途をつけに行く」

「まあ、まずは向こうで使えそうな人見つけるのが一番優先かしらー?」

「そのへんは、おじさんに頼る。あの人の目は、侮れない」

「そうねー。・・・そういえばあの人今いくつなのかしらー」

「カグルエおじさんは確か40そこらじゃなかったっけ?」


ガグルエおじさん。あたし達が子供のころから兵士をやっていて、皆に門番おじさんと言われていた。

気が付いたらカグルエおじさんが定着していた。あたし達以外にも、当時のウムルの門兵を知る子供はみなあの人をカグルエおじさんと呼んでいる。

でももう今はホントにおじさんだし、違和感ない。


「そういえば、カグルエおじさんとは久しく訓練してないなー」

「やめて。あの人とやったら、リンねえ、本気になるでしょ」

「だって本気でやらないとあの人当たらないんだもん」

「当たるまでの被害が酷いからやめてねー?」

「うぬー。あーい」


カグルエおじさんは防御のみに回るとかなり上手い。ロウより上手い。全然当たらなくなって、気が付いたらむきになってしまう。

攻撃してくれればまだ違うんだけどな。大体あたしの体力勝ちで終わる。


「まあ、気を付けてね」

「ん、ありがと」


ミルカは軽く頷くと、すたすたと歩いて行く。

気を付けてと言っても、いまのミルカをどうにかできる存在なんて、めったに居ないと思うけど。


「私も行くわねー」

「セルはどうすんの?」

「自分の領地に一回帰って、また戻ってきてミルカちゃんがやり易いようにこっちの手配を終わらせておく程度かしらねー」


セルはざっくりと言ったが、やる事は多そうだ。


「じゃあねー」


セルは当たり前のように転移で消える。

便利だよなー、あれ。


「さって、戻らないとね・・・」


あたしは重い足取りで自分が行くべき場所に戻る。

今更だが、今あたしはドレスだ。しかもやたらめったらレースのついた派手なやつだ。


ああ、戻りたくない。礼儀作法とか無理・・・。騎士の作法だけでも必死だったのに・・・。

もうやだぁー。結婚の為にこんなの覚えるのもうヤダー。


・・・・・・・・よし、逃げよう。


「リファイン様、何時まで経っても戻ってこられなかったので、探しましたよ」


逃げようとした瞬間見つかった。


「さ、行きますよ。全部覚えろとは言いませんが、せめて歩き方が自然になるようにはして頂きますよ」

「やだー、もうやだー」


ごねる私をずるずると片手で引きずりながら連行する、城の従者では古株のおねーさん。

名前は知らない。昔からずっとおねーさんで呼んでる。

昔から見た目も変わらない美人なおねーさんだ。たぶん人族じゃないんだろうけど。


「おねーさん、もう無理だって。あたしには無理だって」

「諦めたらそこで終わりです。人は諦めない事で何かを成すのです」

「礼儀作法で何を成せるっていうのさ!」

「陛下の隣に立つに相応しい女性になれます」


確かに王妃様になるには、それなりの立ち振る舞いってのは必要なんだろうなー。


「でもあたしはそのまえに騎士なんだもんー!」

「はいはい、そうですね、行きますよ」


あたしの駄々を適当に躱し引きずる様は、この人がここで一番強い人だと皆がきっと思うだろう。

しばらくとある通路には駄々をこねてわめくあたしと、それを叱咤する女性の声が響くのだった。


ああ、結婚式したくない・・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る