第148話供養をします!

「・・・これは、ひどいです、ね」


王女は少し顔を顰めたものの、目の前の光景に目を背けず、まっすぐに見る。

眼前に広がる全てを、その惨状を記憶に収めるように、周囲を見回しながら歩いて行く。

後ろに付く騎士達が気持ち悪そうな顔をしている中、その顔は凛々しく、彼らの無念を受け止めようとしているように見えた。


俺はその様子を見て、この王女の認識をまた少し改めた。

自らが騎士を率いた事。それも最前線側の集団と一緒に来て、この惨状も怯まずに背筋を伸ばして歩くさまは凛々しく思える。

ここに来るまでそれなりに時間がかかった。その道中彼女の覚悟も聞いた。死ぬ気は無くとも、死ぬ覚悟はして来たと。

本当か嘘かはともかく、俺がくるまで時間を稼げば、どうにかしてくれると信じていたとも言われた。


彼女は俺が先に出ていたのを知らずに、俺が後から絶対に駆け付けると判断して、兵を出した。何もせねば王都にたどり着かれ、被害が出るからと。

騎士達を動かすために自身が最前線に立つ事を宣言し、俺が来る事を信用させ、この数を動かした。

俺とハクの勝負を見ていた騎士達にとって、その言葉は希望になったのだろう。

騎士達と兵達は今動かねば立場が失墜する状況だったらしい。何かをせざるを得ないが、死にたくはない。竜と戦える俺が居れば二つの意味で生き残れると踏んだ。

かくして王女は騎士を率いて戦場に発つ。


誤算は俺がすでに終わらせていた事か。


正直俺はまだ気持ち悪い。もう少し歩いたらあの広場まで着いてしまう。あれを見て、気持ち悪さを我慢できるか自信が無い。

そんな俺とは大違いな彼女を見て、少しかっこ良いとすら思ってしまった。

単純だな、俺。


「この先、なんですよね」


思考をすることで現状に対する逃避をしていると、王女が話しかけてくる。


「ええ。大丈夫ですか?」

「はい」


目に強い力を持ち、俺に返答する。

この間の王女様とは思えない。それとも俺が知らなかっただけで、この子は元々こういった人物なのだろうか。

わからん。


少し進み、広場にたどり着く。地獄にたどり着く。

死体の山と、作りかけの肉玉と、作られた大量の肉玉。本当に、何の地獄だ。

足元の感覚がおかしくなってるのが分かる。吐き気も上がってきそうになっている。

シガルを見ると、彼女は俺の腕を抱きしめて、この惨状を見て顔を顰めている。


「・・んくっ、これは・・・話に聞くのと、実際に見るでは、大違いですね」


王女様は、何かを飲み下した後、気持ち悪そうに声を出し、この地獄の感想を述べる。


「きっついな、これは。来たくなかった」


ガラバウもどうやらこの光景は辛い様だ。良かった、俺だけじゃなくて。

騎士と兵もそこそこの人数が吐いているか、気持ち悪そうにしている。


「タロウ様。ハク様。不躾なお願いをしてよろしいですか?」


王女様がこちらを向き、俺とハクを見る。ちなみにハクは今竜形態だ。服ないし、人型になられても困る。

主に目のやり場に。


「何でしょう」

『なんだ?』


俺とハクが同時に聞き返す。


「彼らの供養をしてあげたいと思います。ですが、もはや身元の分からない方もおられます。その方達の為に、街ごと燃やして頂けませんか?」

「街ごとって・・・」

「それにこの惨状です。亜竜達が平気でも、人にとって害なものが街にあるかもしれません。

この地に街を建て直すにしても、何らかの対処が必要でしょう。もしできるなら、それも含めて全てを焼いて頂きたいのです」

『わかった。私はいいぞ』

「・・・わかりました」


ハクが即断で返事をしたので俺も追従する。

この国でそれが供養になるというなら吝かではないが、それでも人を焼くというのに少し抵抗を覚えたため返事に戸惑ってしまった。


「ありがとうござい・・ま・・す?」


王女が頭を下げ、上げて俺を見ると不思議そうな顔をした。なんだろう。


「おい、どうした?」


ガラバウが俺の方を向いて、急に訳の分からない事を言って来た。

確かに俺はさっきから気分が悪いが、さっきからずっとこんな感じだ。急に変化してはいない筈。


「タロウさん、どうしたの!?大丈夫!?」


シガルが俺の手を取り、顔を心配そうに覗いている。その手は震えている。シガル、どうしたんだ、そんなに震えて。


いや、違う、震えているのは俺だ。握られていない方の手が、気が付けば体が、足が、震えている。

どうした。どうなってる。俺はなんでこんなに震えているんだ。

自分が震えているのを自覚すると、ぞくりと背中を走る悪寒を感じた。すさまじい恐怖を感じた。


何かおかしい。この震えはこの地獄を見たせいで震えているわけじゃない。それならここに来た時にこうなったはずだ。

これは、違う。なにか、俺が自覚する前に体が何かを怖がってる。体に染み込んだものが、恐怖を訴えている。


俺はここに来るまで極力魔力の消費を抑え、ある程度回復した魔力を使って探知魔術を使う。

北の山から、森から、なにかがすさまじい速度でこっちに来ている。

亜竜よりも速い。いや、下手をするとハクより速く動いている。



―――怖い。



なんだこれ。おかしい。こんなに怖いと感じる相手はおかしい。

だってこの怖さは、俺が知っている中で一番怖い人と同じぐらいの怖さだ。有りえない。なんであの人と同じ恐怖を感じるんだ。

なんで本気のリンさんの前に立った時と同じ恐怖を、ここに迫ってくる奴から感じるんだ!


『逆螺旋剣!』


俺は技工剣を取り出し、起動させ、シガルを抱き寄せる。


「た、タロウさん!?」

「タロウ様!?」

「お、おい、お前どうしたんだよ!」


俺は皆の叫びを無視して、今まさに迫ってきている存在の方向を睨み、魔力と、気功の状態確認をする。

一応今ならそこそこ戦える。シガルのおかげで心は持ち直した。体も少し休憩して回復してる。魔力も多少は行ける。

でも、あれに勝てるか?


―――無理。


わかってるよ!分かってっけど、無抵抗でやられるわけにはいかないだろ!シガルを守らないと!


『なんだ、これは』


ハクを見ると、ハクが震えていた。あのハクが、震えている。

まずい。これは本気でまずい。


俺の焦りなんてお構いなしにそれは迫ってきた。上空からこの広場に何かが落ちてくる。

それは少なくとも人の形をしていたと思う。だがはるか上空から地に降り立ち、地面を粉砕して着地したせいで砂埃が大量に舞う。

視界が奪われた。これは向こうの狙いだろうか。


突然の出来事に騎士達が驚き、狼狽えるのが分かる。シガルも何が起こったのか分からず、俺の腰に抱き着いている。

王女は傍にガラバウがいたし、手の届く距離だったから大丈夫だろう。

俺は警戒して剣を落ちてきたものに向けて構えるが、動く気配が無い。


少したって、騎士たちの混乱の声が大きくなってきた当たりで、魔力が走る。

俺は何かが来たら技工剣で払うつもりで手に力を籠めると、強風が吹き、砂埃はすべて落ちてきたものより向こうに行く。


徐々に砂埃がはれていき、なにかが落ちてきた場所に人影が確認できた。

砂埃が完全に晴れると、そこには女性が立って、無表情でこちらを見ていた。


「・・・あれ?君、なんでこんなとこに居るの?」


俺の姿を確認するとそう発言して、さっきまで怖くて仕方なかった何かが無くなり、見覚えのある女性が首を傾げていた。

久しぶりに会った彼女は、相変わらず立派な尻尾を揺らして、そこに立っていた。

ギーナ・ブレグレウズがそこに立っていた。

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