第147話ウムルの英雄の戦いですか?

「覚悟を決めろ、ですか。やはり英雄は言い回しも格好いいですねぇ」


のんびりした口調で喋る男は、明らかに致命傷の者達に治癒魔術をかけて行き、まるで傷が有った事が幻覚と思えるほどに傷跡無く治療していく。

殆ど時間をかけずに致命傷を複数人を治していくその様は、高位の、それも治癒のみを極めた魔術師としか思えない。

だというのに、男の格好は明らかに魔術師ではない。むしろの格好だ。

俺も例に漏れず治療してもらい、明らかに死ぬはずだった怪我は、どこにも見当たらない。


「すみません。致命傷を受けている程度なら治せるのですが、流石に死者はどうにもなりません。申し訳ありません」


俺をこの場の纏め役と思ったのか、そんな事を頭を下げて俺に言って来る。

致命傷の人間を治しただけでも十分すぎるというのに、死者を治せないと頭を下げる人間なぞ、初めて会った。

顔をしっかりと確認すると、にこやかな顔つきの、とても穏やかな雰囲気の中年男性だった。目元の笑い皺が彼が常に日ごろ笑顔の人物だというのがよく分かる。


「俺は別にここの纏め役じゃねえぞ。あいつだよ」


乱入してきた女を凝視して固まっているアマを親指で指すと、男は不思議そうな顔をする。


「そうなんですか?珍しいですね、貴族の方が組合員と共におられるのは」


貴族と分かるものは着けて無い筈なのに、なんでと思ったが、そういえば今日は普段と違ってあいつ完全装備だった。

胸当てや剣に家紋が入ってる。最近見てなかったから忘れてた。


「貴方もこの中では上位の立場の方とお見受けしたのですが、違いましたか」

「俺は、ただの宿屋の親父だよ。あいつとは腐れ縁だけどな」

「ああ、なるほど。では、あちらの方にもご挨拶をしに行きたいので、良ければご紹介お願いできますか?」


男は穏やかな笑みをこちらに向けながら、この場にそぐわない事を言う。

紹介?今そんな場合じゃねえだろ。いくらあんたが治療できるからって、そんなのんびり構えてる場合じゃねえぞ。

つーか、あんた誰だよ。そうだよ、お前誰だよ。いきなり出てきて、いきなり治療して回って、何だこいつ。


「あんた、何もんだよ。あの女の言葉を信じるなら、あんたもウムルの人間って事か?」


魔物達は今全てあの女を注視している。もはやあの女以外はただの障害物だと。あの女以外の存在など、なんの話にもならないと言わんばかりに。

いや、違う。あれから目をそらせばそれが死につながると感じているんだろう。

飛んでいる亜竜も、地に立つ亜竜も、ゲレヤ達も。そして、俺達も得体のしれない恐怖をあの女から感じる。


「ああ、これは失礼しました。私はカグルエ・カッツァイアと言います。ウムルの一兵士です。一応兵士隊の一番隊隊長なんぞを務めさせて貰っています。

この度は我が国の英雄、ミルカ・ドアズ・グラネス様の補佐役として王から命を頂き、この国に参らせて頂きました」


ウムルの一兵士。いや、隊長職らしいが、ただの兵士がこの治癒魔術の技量か。

いやはや、あいつの話あんまりちゃんと聞いてなかったし、大げさすぎんだろと思ってたが、これは信じるしかねえわ。

ただの兵がこんな事できる国とか、化け物国家だわ。

聞いた話じゃあの国、騎士は皆、兵より強いって話じゃねえか。なるほど、こいつらがその気なら数年で「ウムル大陸」が出来る。


「あのー、すみません。彼に紹介をお願いしたいのですけど、ダメですか?」


彼の言葉にウムルという国に少し恐怖を感じていると、頬をポリポリとかきながら訪ねてくる。


「あ、ああ、わりい。行くか」


話している間、あの女は一歩も動かずにすべての方向に威圧を放っている。少しでも攻撃の意志を見せれば殺すと。少しでも逃げるそぶりを見せれば殺すと。

その殺意が全体に向けられている。魔物全体に。いや、正確には魔物全体と俺とアマラナにだ。

多分他の連中は分かってない。たださっき見た事で、あの女が亜竜をいとも容易く倒せる力を持っているのだと分かるだけで、その底に有る得体の知れなさは感じ取れていないだろう。


だが女は動かない。あれだけの殺意を放っているのに、何故か一切動かない。

俺は女を視界に入れたまま、アマの傍まで行き、奴の頭に手刀を入れようとするが、アッサリ躱される。


「・・・ダン、助かりましたか」

「おう、死に損なったぜ。こいつのおかげで助かった。ウムルの兵士だそうだ。こいつがこの地の支部長だ」

「貴方が彼を、いや、組合員の者達を先ほどから治療して回っていたのですね?」


どうやらアマは組合員を治している人間がいる事に気が付いていたようだ。


「ええ。ですが死者が出てしまいました。申し訳ありません」


アマは間違いなく礼をしようとしたのだが、男は先に謝ってきた。それに困惑するアマ。だよな。


「死者はどうにもなりません。あなたのおかげでその死者がかなり抑えられたのです。感謝はすれど、謝罪を頂こうとは思いません」

「ありがとうございます。そう言って頂けると助かります」


こんなやり取りをしている間も、女は動かない。


「それでですね、こちらの方々の纏め役である、支部長の貴方にお願いがあるのです」

「お願い、ですか?」

「今回、国王陛下とお話をさせて頂くため参らせて頂いたのですが、この場に参じた事は私どもの独断でして、もしよければこの場の纏め役の方に、これからの行動を許可して頂きたいと思いまして」

「許可、ですか?」

「ええまあ、何しろ見たところみなさん組合員のようですので、我々国に仕える人間が、それも他国の人間が勝手に手を出すには色々と後で面倒が有りそうですので、もしよければこの場で許可を頂きたく思います。

襲われている方がいたり、自らが襲われたならこちらもあまり気にしなくて良いのですが」


この兵士は一体何を言ってるんだ。今は一大事で、許可とかそんな事を言ってる場合じゃない。

むしろ助けてくれて感謝を向けこそしても、非難するような事じゃない。

アマも面食らって、言葉が詰まってる。が、気を取り直し、言うべきことを言う。


「我々を手助けして頂けるなら許可などいくらでも。いえ、こちらこそが頭を下げ、あなた方にお願いしたい」


アマは頭を下げ、目の前の兵士にこちらの要望を告げる。男はにこやかな笑みのまま、また頭を下げる。


「ありがとうございます。グラネス様、許可が出ましたよ。治療も皆済ませました」


兵は頭を上げると女に許可を伝える。

すると女は先ほどまで一歩も動かなかったというのが嘘のように、気軽に歩き始める。

その足取りは今から散歩に行くような、自然な歩き方。

いや、あまりにも不自然に自然な歩き方だった。


「私も手伝いましょうか?」


歩き出す女に軽く声をかける兵士。やはりこいつ、治療以外の腕も良いのか。

俺がそう考えていると、女の口から予想外な言葉が返ってきた。


「貴方が手伝ったら、私がする事が、無くなる」

「あー、そうですね。確かにこの程度ですと、すぐ終わりますねぇ」


気軽に、この男にも魔物の殲滅が可能だと口にした。

こいつ、ただの一兵士って言ってなかったか?うそだろ?


「じゃあ、お任せします」

「任された」


女は会話の間も殺意を撒いていた。周囲に殺意を撒き散らしながらまずゲレヤが一番多く居るところに歩いて行く。

とても気軽に、一番傍のゲレヤに手が届く位置に来ても足を止めず歩いて行く。

そして歩きながら、口を開く。


「お前達は、好きにしていいよ」


ゲレヤ達はその言葉が分かるかのように、皆一斉に地に伏せた。

殲滅が可能だった俺達にも、俺達と同じ餌としてしか見られていなかった亜竜にもしなかった降伏の意志を、生き残っているゲレヤが女に見せた。


「お前たちは、アレの縄張りから、離れようとしたんだろうね。お前たちは、帰るなら見逃してあげる。アレは、皆逃がさないけど、お前たちは、逃げていいよ」


ゲレヤ達に言葉が分かるとは思えない。だが奴らは自分たちは見逃されたのだと理解したように見える。

俺達を突破することも出来ず、逃げようとも逃げた先にも亜竜が居て殺される。

そう考えると、この場で一番救われたのは奴らかもしれない。


女は歩みを止めない。歩くその先に、今逃がさないといった亜竜の一匹が地面に居る。


「・・・お前たちは、本当に逃がさないよ」


亜竜が恐怖で震え、動けないように見えた。実際にそうなのかどうかは分からない。だが、亜竜は女が手の届く距離に来ても、動かなかった。


「強者に押し込められ、それが無くなったから、出てきたんだろうけど、お前たちは、やりすぎる」


女は、そう言って亜竜の胸に一撃を入れる。するとその一撃で竜は沈む。何の変哲もない、ただの拳での一撃で。


「お前たちに、降伏は認めない」


亜竜に言葉は通じていないだろう。だが、女がどういうつもりかはその一撃で理解したらしい。

連中は数体が森の方に逃げ、残りが女の周囲と上空を飛び回る。


「逃がさないと、言った」


女は逃げた亜竜の方向に拳を打ち抜く。すると、打ち抜いた数と同じだけの亜竜が撃ち落とされて行く。

逃げた亜竜は皆、胴体に穴が開き、血を吹き出しながら落ちていく。

何をしたのか全く分からない。距離は離れてるなんてものじゃない。魔術も届くかどうかという距離を、魔術ではない何かで撃ち落とした。


「さあ、かかってくるといい。来たものは、痛みはなるべく、無いようにしてあげる」


こちら側を向き、顔がはっきりと見えた。その目はとても眠たそうな目をしている。

亜竜達の力はこの女にとって、本当に何でもない事なんだな。羽虫を払う程度の、そんな些細な物なんだと、理解できた。


亜竜は生き残るために女に攻撃を仕掛ける。もはや生き残る道はそれしかないが、それも生き残る道につながるとは思っていないだろう。

ただ、もうそれ以外の選択肢はない。逃げても殺される。逃げなくても殺される。ならば戦うしかない。



だが、戦っても殺されるのが亜竜の結末。



女は亜竜の攻撃をまともに受けたように見えて、傷は無く、吹き飛びもせず、亜竜を悉く一撃で沈めていく。

それは異常な光景だった。亜竜の攻撃は、女の衣服すら傷つけられない。

衣服が頑丈な物なのかもしれないが、あれだけなのに、なんの問題も無く、女は立っている。

どんな攻撃を受けようが、どんな体勢だろうが、女は相変わらず眠たそうな目で突撃してくる亜竜を屠っていく。

攻撃を食らいながら、一撃で。だがその後にはどこにも食らった様子無く立っている女。これが異常でなくてなんなんだ。


「なんだ、あいつは」

「彼女は我が国が誇る拳闘士。ミルカ・ドアズ・グラネス様です。闘士として最高位の方です」

「それはしってるよ。けど、あれは、訳が分からない」

「確かに、あの技量はすさまじいの一言ですね。あれは真似できません。魔術も使わずあそこまでの事が出来る方を他に知りません」


魔術を使ってない。つまりあの女がやっていることは俺達には理解できないが、完全に体術のみでやっているという事だ。

亜竜相手に大きく避ける事も無く、事も無げに緩やかに動く。そして一撃。


化け物だ。あれは本当に化け物だ。あれには勝てるどころか、一撃入れる方法すら思いつかない。不意打ちも何も通じない。

すげえな。あれが大国の英雄の力か。ウムルの英雄の力か。相棒を大概化け物だと思ってたが、物が違う。


俺がウムルの英雄の力を認識した時、豪と音をさせ、空を巨大なものが通過する。

その際、数匹残っていた亜竜がそれに吹き飛ばされた。


「な、なんだ!?」

「あれは、王都に現れた白竜!」


驚き、それが飛んで行った方向を見ると、白い何かが高速で東に飛んでいった。

どうやらアマラナはちゃんと見ていたようで、王都に現れた竜らしい。真竜が、東に向かった。それはつまり期待していいのか?


「ああ、あれが。綺麗ですねぇ」


驚く俺達とかなりの温度差がある声音で男はのんびり口にした。

亜竜がすべて片付いたのを確認すると、ゲレヤの群れは一斉に森へ向かって走り出した。

数はもはや4,50程度になってしまっているが、生き残れたならまた増えるだろう。

本来なら掃討するべきなのかもしれないが、亜竜を倒した人物が追わない以上、そのままのほうが良いだろう。


ともあれこれで、数人の死者は出てしまっているが王都は救われた。いや、きちんと確認していないだけで数十人の死者が居てもおかしくない。

けど、数十人で済んだといえる。悪い結果ならば、此処が全滅し、王都も危機に晒された。

死んだ者達には悪いが、亜竜がでた被害としては軽微だ。


「つっかれた・・・」


俺は緊張の糸が切れ、その場に座り込む。

久々に剣を本気で振るったせいで、もうくたくただ。帰って寝たい。


死にかけてたってのにえらく気楽だなと我ながら思った。けど生きていたからこそ、こんな気楽に思えるんだ。

良かった。娘の為に死を覚悟したが、また娘と会える。それがとても、嬉しい。

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