第144話居心地が悪いのですか?

なんだこれ。


今目の前で、小さな女の子に叱られて、慰められて、その子の胸で泣いてるいい大人がいる。


なんだこれ。


いや、ほんとなんだこれ。こいつにさっきびびった俺が馬鹿みたいじゃねえか。

あの魔力の斬撃と、あのバカでかい花みたいな魔術を本当にこいつがやったのか?あんな何もかもが吹っ飛びそうな魔術を。

女の子の胸で泣いてる男の顔を見ていると、本気で全く信じられなくなってくる。あーあ、ぐっちゃぐちゃな顔じゃねーか。


こいつ見た目はガキっぽいからそんなに違和感無いのかもしれんが、確かもう成長期が終わってるって言ってたし、いい歳だろーに。

向こうで『餌』を見たのかも知れねえけど、家族や友人がやられたわけでもねえのに、心が弱すぎんだろこいつ。


・・・いや、自分のせいで人が死んで、自分のせいであの魔物の『餌』になったと思ってんならキツイか。

とはいえそれはこいつの勝手な思い込みだしな。やっぱ心が弱い。


「ん、大丈夫だよ。タロウさん。大丈夫」

「うん・・・うん・・・」


俺ここに居なきゃダメかな。正直居辛い。恋人同士とか、夫婦の情事を横から見てる気分だ。

そんな気分でそわそわしているとシガルが話しかけてきた。


「ガラバウ、ありがとう。あなたのおかげでちゃんと会えた」


シガルは年齢に似合わない、色気のある表情で俺に礼を言った。

まただ、なんで俺はこいつに笑顔を向けられると心音が上がるんだ。


「まあ、ついでだ。どうせ向かう予定だったからな」


平静を装って返事をする。どうせこの顔だ。バレねえだろ。


シガルは走っている途中で倒れた。魔力は尽きていないし、まだ魔術も使えるようだったが、体が先に悲鳴を上げて動けなくなった。

それでもまだ無理矢理魔術で走ろうとしてたから、見ていられずに抱えて走った。

その時にそういえば名前を知らないと聞いていたので教えたが、最初ガラバウさんと言われてなんかむず痒かったので、ガラバウでいいと言った。

しばらくしてはるか向こうに見えたあの巨大な花の魔術を見て、目を輝かせ、ほっとした表情をした後に、気を失った。


あんま揺らすと起こすかなと思ってなるべく揺らさないように走ってたから、姫さん達も追いつくんじゃねえかな。どうせなんか乗ってくるだろうし。

あー、街の中見に行くのやだなー。どうせ悲惨だろうし片づけは全部任せよう。俺の仕事は姫さんの護衛だけだし。

あ、でも、支部長の言い方だと、姫さん街中入って『餌』をちゃんと見に行きそうだな。行かなきゃななんねえかなー。


中に入るのを嫌がっていると、野郎が少し落ち着いたようだ。

しっかし、俺にあんだけ偉そうにしてた癖に、へこんで女に慰められるとか、情けねえな。


野郎は数回深呼吸をすると、俺の方を向いて頭をさげた


「シガルを守ってくれて、有難うございます」


礼はさっきも言われたが、まあいいか。つーかこいつ、いつもの態度の悪さがねえな。

初めて会った時みてえだ。


・・・・・気持ち悪いな。


「気持ちわりぃ。へこんでっからって俺にまで気持ち悪い態度でしゃべんな」


俺の発言を聞いて、野郎はパチクリと瞬きをし、こちらを見る。

そして、何かに気が付いた顔をすると、立ち上がって口を開く。


「おまえかよ!似たような別人かとおもって丁寧に対応しちまったじゃねえか!」

「ああ?俺じゃ悪いのかよ」

「悪いよ!なんでお前がシガル抱えてんだよ!触んな!」


野郎はここ最近見慣れた態度で俺に悪態をつきながら、シガルを抱きしめ俺の目線から隠す。


「てめ、言うに事欠いてなんてこと言いやがる!俺がいたからシガルは無事だったんだぞ!」

「あ、てめえ、いつの間にシガルなんて呼ぶようになった!」

「さっきだ!だいたいてめえ自分で守らなきゃなんねえのを置いてったんだろうが!てめえに文句言いう権利なんざねえよ!」


野郎は、ぐうと唸り声を上げながら、悔しそうに黙る。

どうやら自分が悪いとは思っているようで、俺相手にも関わらずその反論が無い。


「ちっ」

「ああ!?今舌打ちしやがったか!?」

「きのせいじゃねえの?」

「やっぱお前イラつくな!」


やっぱ一発殴っとくか。こいつ疲弊してるみたいだし、今なら一発ぐらい入れられるんじゃないか?

なんか知らんが俺は絶好調だし。


「タロウさん、だめだよ。ガラバウは助けてくれたんだから」

「・・・ガラバウって誰?」

「俺の名前だよ!てめえ、結局覚えてなかったのか!」

「・・・そういえば結局聞きそびれてたな」


あの後気絶したからな。お前のせいでな!


「ガラバウ、か。やっぱりバウバウって鳴くからか?」

「あ、やっぱ喧嘩売ってんのか?なあ、売ってんだよな?」


野郎が挑発してきたので、野郎の顔に顔を近づけて睨みつける。野郎はさっきの激昂ではなく、いつものむかつくしらっとした顔に戻りやがった。


「もう!二人ともいい加減にしなさい!!」


そこでシガルが剣の鞘で俺の肩と野郎の頭を叩く。俺の頭は高くて届かなかったようだ。

俺は痛くない。だが野郎は頭を抱えて座り込んだ。ざまあ。


「タロウさん、さっきから避けないね」

「俺、シガルとイナイのやる事は避けないよ。組手の時以外はね」

「・・・そっか」


あ、これはまた二人の世界に入るんじゃねえか?と思ったがすぐに野郎がこちらに向き直った。

えらくまじめな顔だな。


「一応礼は言ったけど、シガルは俺にとって本当に大事な人だ。だからこれは借りと思っとく。なんかあったら言ってくれ」

「えらく殊勝じゃねえか」

「それだけ大事な相手って事だ」

「あっそ」


別にどうでもいいや。こいつに貸しが有ったところで何が出来るわけでもなし。

それに「借り」が有るのは俺の方だ。むかつくけどな。


「そういえば後ろから来てるのは、組合の人たちなのか?」

「あ?ちげえよ。・・・・なんで知ってんだ?」

「探知魔術をひろげたらいたか・・・あ?」

「ああなる・・どしたよ」

「なんかさらに後ろから来てるな全部で三千・・5百ぐらいか?」


3500か騎士と兵合わせて7割ってところか。多分騎士は全員だして、兵も新人と、街の護衛の兵以外出した感じだろうな。

やるな姫さん。王族をちょっと見直したわ。

なんて思ってると獣化して良く聞こえるようになった耳に馬や荷車の向かってくる音が聞こえてくる。

さて、本来の仕事に戻っかね。


「シガル、俺は自分の仕事に戻るけど、お前はどうすんだ?」

「ん、タロウさんしだいかな。気を付けてね?」

「おう」


シガルの気づかいに軽く返事をして、野郎を見る。


「てめえは?」

「居ても役に立たなそうだしな。あれをもう一度見に行くのもきついし、帰ろうかな」

「転移でか?」

「ああ」


空を見上げる。日は昇りきってはいないものの、もう明るい。王都の方の戦闘は終わってると思うけど、どうかな。

一応忠告だけしとくか?

いや、それよりもこっちに付き合わせよう。俺一人だと姫さんはともかく、騎士共がめんどくせえかもしれん。


「お前は一応支部長の言う事無視して独断でやったようなものだからな。後ろから来る連中に説明だけはしろ」

「ええー・・・」

「文句言うな。てめえが悪いんだろ。別にお前の女の立場が悪くなって良いなら好きにしろ。俺はどうでも良いし」

「うっ、わかったよ」


よし、野郎を言いくるめ、騎士相手の対応を自分でやらなくていいようにしたぞ。

道中シガルには事情を話してるし、上手い事やるだろ。あいつ、俺やこいつより頭いいしな。

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