第143話シガルに叱られます!
気が付いたら俺は王都に向かう街道を歩いていた。
何時泣き止んだのか、いつから歩いているのか、よく覚えてない。
頭が回ってない。考えることを拒否している。体の感覚がおぼろげだ。
でも歩く。なんでだろう。俺はなんで王都に向かってるんだ。
ああ、そうだ。シガルの所に行かなきゃ。シガルの所に帰らなきゃ。シガルに、会いたいな。
イナイも数日会ってないだけなのに、長い事会ってない気がする。ずっと一緒だったせいかな。
会いたいな。二人に、会いたい。
―――あの人達はもう誰とも会えないのに?
やめろ、考えるな。頼むから考えるな。
もういっぱいいっぱいなんだよ。俺にとってはもう、許容範囲を超えてるんだよ。
―――お前のせいであんな物になったのに?
頼むから考えないでくれ。頼むよ俺。
自分自身の冷静な思考と、それを拒否したい感情が逆方向の思考になる。
俺はこんな弱い心で、あの人達の期待に応えようとしてたのか。なんて、情けない。
俺のこの様を見て、皆はなんて言うだろう。
イナイはなんだかんだ慰めてくれる気がする。
リンさんは困った顔で誰かに対応をパスするんじゃないかな。
アロネスさんはなんだかんだ優しい人だし、お前のせいじゃない、気にするなと言ってくれるだろう。
アルネさんは酒でも出してバカ騒ぎさせそうだ。
ミルカさんは体を動かさせて、悩んでる暇を無くさせるかな。
セルエスさんはいつもの笑顔であらあら、だいじょうぶー?なんて言いながら頭を撫でてくると思う。
あそこでの生活は楽しかったな。あの人達との生活はすごく楽しかった。家族が新しくできたみたいで、すごく楽しかった。
あれを失ったのだ。あの街の人は。あの楽しい時間を、生活を、一瞬で。
家族を失う、か。よく考えれば俺も一度失っている。その時は辛かったが、これとは物が違う。
自分が何を考えたいのか分からない。ただただ今思い付いた事に思考が流れる。
いや、それはいつもの事か。俺は大抵くだらない事をよく考えている。
よそう。考えるのも疲れてきた。とにかく、シガルに会いたい。歩こう。街道を歩いていればそのうち着く。
シガルに会いたい。シガルを抱きしめたい。今自分がちゃんと生きてるのだと、大事な人間が生きているのだと実感したい。
生きてる人間の温かさを、感じたい。シガルはちゃんと王都に居るだろうか。
―――王都に、居るだろうか?
ちょっと、まて。あの時俺は焦って親父さんにシガルを預けた。けど、シガルならその制止を振り切ってここに来てもおかしくない。
シガルが、一人でここに向かってきてるかもしれない。あの子はそういう無茶をやりかねない。
俺はその思考に至ると、今までぼやけていた体の感覚と思考が覚め始めた。
やばい、ここに来る途中に居た魔物にはそこそこの奴もいる。シガルなら大丈夫だと思うけど、数が多いと万が一もある。
馬鹿か俺は。いや、馬鹿だ俺は。自分の辛さに我を忘れ、大事なものを置き去りにしやがった。
思考がまともに戻ってくる。それと同時に後ろに有る出来事も頭に戻ってくるが、シガルの心配のほうが勝った。
今更気が付いたからだ。もし、あの飛竜がここだけではなく、別方向からも来ていたらと。
いまさらそんな単純な、当たり前な危険に気が付いた。
「本当に馬鹿野郎だな俺は!」
叫びながら探知を広げる。頭がくらくらする。魔力が足りない。けどそんな弱音は吐いていられない。
自分がこの場で倒れる事より、シガルに何かある方が怖い。
「いた!・・・あ?」
シガルの魔力の波長を見つけた。多分シガルだと思う。けど、ものすご弱々しい。
誰かと一緒にいるようだ。いや、これは一緒にいるというより、抱えられている?
とても荒々しい力を感じる奴に抱えられてる。それにこっちに向かって来てる。
「それに、なんだ、こいつら」
その後ろに1000を超える生き物がその二人を追うように進んでいる。
進行速度はそこまで早くないが、結構な数が何かしらの生き物に乗って動いてる辺り、多分人間だろう。
「なんだこれ、どうなってんだ?」
シガルが追われてる?それともシガルを抱えてるやつが追われてる?それも王都の方から?
「考えてる場合か!」
今わかってるのは、間違いなくシガルが弱っている事だ。前後の関係は行ってから確かめろ!
俺は魔力を無駄遣いしないように、集中して魔術を使う。
細く、細く、出来る限り少ない魔力で転移するために細心の注意を払う。
「まってろ、シガル!」
残り少ない魔力を上手く使い、シガルの元へ転移する。
進行方向の100m先ぐらいに転移し、こちらに移動してきた人物の前に立つ。
その人物は獣人という言葉がぴったりな姿だった、少年が獣化したときによく似ている。というよりそのままだ。だが俺には本人かどうか区別がつかない。
獣人は俺の出現に驚き、急制動をかける。その際に、肩に担がれているシガルが揺れ、ぐったりした表情が見て取れた。意識が無いように見える。
「あ、お前」
獣人がなにかを呟いが、そんな事よりもシガルの安否のほうが大事だ。
「その子に何をした」
剣を抜き、獣人に向ける。シガルに手を出したのなら容赦はしない。
「くっ」
獣人は俺を見て、怯えるように後ずさる。逃げる気か?
俺は何時でも飛びかかれるように、力を籠める。今は魔術が碌に使えないが、仙術が有る。
頭がクラクラするが関係ない。
「ガ、ガラバウ、ごめん、おろして」
「え、あ、ああ、気が付いたのか」
「うん、さっきので。ごめんね、ありがとう」
「ああ」
シガルが意識を取り戻し、獣人に謝り、礼を言いながら肩からおろしてもらう。
しまった。この人はシガルを助けてくれた人なのか。
俺はすぐに剣を仕舞い、頭を下げる。
「すみません、勘違いしました!シガルを助けてくれたんですね、ありがとうございます!」
良かった。無事だった。今のシガルはえらく弱々しい。魔力の流れが何かおかしい。この状態で一人では危なかったかもしれない。
失礼な事をしてしまった。さっきの出来事のせいで、シガルを失う怖さが先走ってしまった。
「あ、いや・・ああ・・」
多分男性であろう彼は狼のような顔なので表情が分かりにくいが、怪訝な顔をしたような雰囲気で頷いた。
シガルは彼にゆっくりとおろしてもらい、少し怪しい足取りでこっちに歩いてくる。
彼がシガルを助けてくれたのならば、後ろから来ている大群は一体何なんだろう。
ああ、飛竜の退治に出た人達かな。俺が行くと言ったとはいえ、人が来ないわけが無いか。
いや、そっちは別にいいや。来たところでもう問題ないし。それよりもシガルだ。なんでこんなにフラフラなんだ。
「シガル、何が有ったんだ。フラフラじゃないか」
「・・・タロウさん」
シガルは俺の目の前に立つと、大きく深呼吸をして背筋を伸ばす。
そして俺を真正面から見据えると、平手で俺の頬を叩いた。
「いっつぅ」
躱せる速度だったけど、あえて躱さなかった。そりゃ怒ってるよな。置いて行ったんだもん。
「ごめん、シガル。置いて行くべきじゃなかった」
素直に謝ろう。俺はこの子を置いて行くべきじゃなかった。危険でも近くで守るべきだった。頭を下げて、許しを請う。
もしかしたらあんな事になるかもしれなかったんだ。もしシガルがそうなったらなんて考えたくも無い。
ああ、くそ、思い出してしまう。あれを、あのおぞましい物を。
「タロウさん、今のは別に私を置いて行ったから叩いたわけじゃないよ」
頭を下げているとシガルが優しい声音で言う。顔を上げると困った笑顔で俺を見ていた。
「ホントはあなたがあの時転移する前にするべきだったんだろうけど、間に合わなかったから、その分。
ねえ、タロウさん。確かに今回の事は竜がこの国の守護を止めたからだと思う。けどそれはあなたのせいじゃないよ」
「いやでも、シガルだって知ってるだろう。俺が、俺が・・・!」
そこまで言って少し泣きそうになる。あの光景が頭にありありと浮かびあがってきて、また吐き気が少し上がってくる。
「それが竜の判断だよ。彼らは別に人間を守る気は無かったの。かつての友の想いを、自分たちがやろうと思える範囲でやってただけ。今回の事が無くてもきっといつか、似たようなことが起こるよ」
「それでも、守れたんだ。守れたはずだっ」
そこで、また頬を叩かれた。結構力がこもってて痛い。
「だめだよ、それは。それは『命を預かる者』の権利だよ。貴族になる気が無い。どこかの領主になる気も、国の重鎮にもなる気も無いあなたが言ってはいけない言葉だよ。
誰か個人の事だったり、手の届く範囲の事だったりなら、良いと思う。けどこれは、明らかにあなたの手の届く範囲で起こった事じゃない。そんな規模じゃない。
タロウさんはこの国の危機を救っただけ。この国に戦う力を与える切っ掛けと、協力者を作っただけ。
もしここにタロウさんがいなければ、この国は亡ぶ可能性の方が高かった。
だからその言葉を言っていいのは、今までこの国の在り方を憂いていた人かイナイお姉ちゃん達だけだよ。
街を襲う脅威はあなたの実力なら守れたと思う。それを悲しんで、心を痛めるあなたの優しい所は大好きだよ。
けど、その場に居なかった街が滅んだのはあなたのせいじゃない。あなたのせいにしちゃいけない。あなたは責任を負う権利が無い」
シガルはあくまで口調は穏やかに、俺に語る。
この惨劇は俺がいようがいまいがいつか起こった事だと。俺が心を痛めるのは構わないが、それを自分のせいだとするのは間違っていると。
全ての事情を知るシガルが、言う。
「けど、だけど、見てしまったんだ。シガルは知らないだろ、あれに襲われた人がどうなるか・・・!」
俺は思い出したくない物を思い出しながらシガルに言う。
「知ってるよ。知識としては知ってる。きっとタロウさんは酷い物を見たんだろうと思う。私もそれを直接見たらきっと気分が悪いと思う。けど、それだけだよ。それ以上の感情の必要はないよ。私達はそれに責任を負う必要はないの」
「あれか・・・見たいもんじゃねえな。今回は数が多いだろうからどんなもんが出来てるのか怖くて想像したくもねえな」
後ろにいた彼もどうなるのか知っているようだ。あれを、知ってるのか。
その事実を少し意外に思っていると、ぐいっと胸元を引かれ、頭を抱きしめられる。
「ねえ、タロウさん。いいんだよ、自分を責めなくて。責める必要なんかないんだよ。誰もあなたを責めなんかしないよ。あなたは何も悪くないんだよ」
「悪く、ない、のかな」
「ないよ。誰が悪いっていうなら、竜に見捨てられた王様だよ。彼は対価を払わず竜を利用してた。その結果だよ。だから、あなたが悪いわけじゃない。大丈夫。大丈夫だよ」
「いいのかな、俺、あの人達に、何かしてあげなきゃ、いけないんじゃないのかな?」
「したよ。敵を討ったよ。この国の危機を救ったよ。あなたは十分な事をしたよ」
「それで、いい、のか、な」
分からない。分からないけど、今こうやってシガルに抱きかかえられていると、今までの苦しい心が少し和らいでいく気がする。
さっきの気分の悪さも、やり場のない苦しさも薄れていく気がする。
俺は思わず、シガルの背中に手を回して、強く抱き付く。シガルの心音が良く聞こえる。体温をしっかりと感じる。生きてる。シガルはここでちゃんと生きてる。
「ねえ、タロウさん。私はあなたの優しいところが好き。全く無関係の人達の死を悼む事が出来る優しいあなたが好き。それを助けたかったと思うあなたが好き。だからあなたのその苦しさは否定しない。けど、それ以上はいらないんだよ。もし許してほしいっていうなら、私が許すよ。被害にあった人達には悪いけど、あなたは何も悪くないって。あなたは出来る事をやろうとしたって」
「う・・くっ・・・」
許すと言われた。もちろんシガルにそんな権利があるわけじゃない。
けど、なぜか、胸の奥に苦しく張り付いていたものが、落ちる感覚がした。
散々あの場で泣いたのに、また泣き始める。シガルの胸の中で。でも、あの時と違って心が軽くなってくる。
かっこ悪いな。馬鹿な俺でもわかる。俺はシガルに守られたのだと。弱い俺をシガルは守りに来てくれたのだと。そのために俺を追いかけたんだと。
ああ、本当にいい女だ。イナイもシガルも、俺にはもったいない。
まだ気にしないで済むわけじゃないけど、あの地獄のような光景が平気になったわけじゃないけど、それでも少し心が軽くなった。
壊れそうになっていた心が元に戻ったような感覚に浸りつつ、彼女たちのやさしさと、大切さをかみしめていた。
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