第142話全てが終わった後の絶望です。

全部、吹き飛んだ。

あの飛竜以外、人の脅威になりそうな魔物は居ない。

森の中に多数の魔物は居るが、それらは俺がこの国に来て、王都まで行く道中に探知で感じた物と同程度しかない。

あの飛竜たちは森の向こうの山奥にでも押し込められるように、竜に威嚇されていたのだろう。

それが無くなり、自由に動けるようになった。

ならばと一斉に動き出し、縄張りを広げ、餌を自由に狩りだした。


結果があれだ。あの壊滅した街だ。


俺は魔力の使い過ぎによる強い倦怠感を覚えながら、その街へ歩く。

歩いて行くには、ちょっと遠いな。けど、今は強化魔術は使いたくない。仙術も、使うのがだるい。

魔力が、足りない。気力も、あんまり沸いてこない。

精々自身の周囲の警戒のために探知を使う程度しか、やる気が起きない。


街を壊滅させた脅威は排除した。すべて倒した。倒してしまった。

達成感なんて、無い。当たり前だ。あんなのはただの八つ当たりだ。

自分の弱い心を壊さないように、弱い心を誤魔化す為に、分かり易い相手に八つ当たりをしただけだ。


俺が殺した事実を、俺のせいで殺された事実を、俺のせいで大量に人が死んだ事実を誤魔化したいだけだ。


とぼとぼと、重い足取りで街に向かう。せめて、街の中は見ておこうと、思った。自分が引き起こした惨状を見ようと。

それで俺の中の何かが壊れてしまうとしても、俺が引き金を引いた惨状で有る以上、見る義務があると思った。

こんな事を言ったら、また支部長さんには怒られるかもしれない。きっとあの人は背負う物が有る人で、失う覚悟もある人なんだろう。立派な人なんだろうな。


重い足を動かし歩いているはずなのに、着々と街が近づいてきている。転移した場所があまり遠くなかったから、当然といえば当然か。

段々と、周囲に肉片や、手足のちぎれたものが転がっているのが目に入る。

いや、元々その手前でもいくつかあった。俺が目を背けていただけだ。それが多くなって、目を背けられなくなってきただけだ。

ふざけるな。お前は見るためにここに来たんだろう。ここで亡くなった人達を見るために来たんだろう。いまさら何目を背けてやがる。


街の入り口までたどり着き、中に入っていく。門兵は居ない。代わりに血がべったりと門についている。

中に入ると廃墟というのがぴったりな惨状だった。並び立つ家は無事なものは殆どなく、門も街を覆う壁も至る所が崩れている。

だが廃墟とは違う。どこもかしこもおびただしい血で彩られている。腕や足、指先や、半壊した頭、何かの内臓の一片等が散乱していた。


「うっ」


吐き気がこみ上げてくる。ここに来たときは心がまだ戦闘の状態だった。だからまだ耐えられた。

けど、今は違う。戦闘中の高揚感は一切ない。ただ有るのは、自信の心では受け入れきれない無残な物があまりに大量に散乱し、その死の匂いが鼻につく。

あの強盗の時の比じゃない。あれも酷かった。あれも吐きそうになった。けど、これは、無理だ。

あんな死体は人間の手では作れない。あんな無残に千切れた物は作れない。出来るやつは心がどうかしてる。


我慢できず吐いた。胃の中を空っぽにしても、なお吐いた。吐く物がなくとも体がえづいて何かを吐きだそうとする。






「はぁ、はぁ・・・・んくっ」


しばらく吐き続けて、なんとか、我慢する。

まだ吐き気はする。でも、我慢できるようになってきた。何かが麻痺してるだけな気がするけど、とりあえず吐くのは我慢できる。


そこで気が付いた。胴体が無い。

腕だけとか、足だけとか、頭の潰れたのや、指先だけなんてのはそこかしこに転がっているのに、胴体が無い。

胴体を先に食った?いや、それならぜこの手足は散乱しているんだ。餌なら、これも食べるだろう。

もしかしたら、どこかに保存しているのだろうか?

俺はなんとなく、ここに来る前の探知で飛竜たちが一番集まっていた地点を目指す。


その地点はこの街の中心地。空から見たとき、何か赤い丸い物がいくつもある広場だった気がする。

転移に失敗しないように、街の入り口の方に降りたから、ちらっとしか見てない。あれは何だったんだろう。

森から戻るときと同じような速度で、ゆっくりと歩いて行く。街の中に魔物の気配も、獣の気配もしない。

おそらくまだ、飛竜の何かしらを感じているのだろう。






かなり歩いて、広場にたどり着く。時間間隔が分からない。俺は何時間歩いてんだろう。もしかしたら数十分程度なのだろうか。わからない。

広場には上空から見た時と同じように、赤い、大きな丸い物がいくつも有った。

広場の入り口に一番近い所に有った物に触れようとして、気が付く。


この丸い物は、肉だ。


―――理解するな。


なんで、こんな肉の塊が。


―――理解しちゃいけない。


周りを見ると、いくつもの大きな赤い丸い物が有る。まさかこれ、全部か。


―――理解したら、お前の弱い心では耐えられない。


これが何なのか、心が理解するのを拒否しようとしている。この丸い物に対して、深く考えようとするのを心が強く拒否している。

けど、そんな事はお構いなしに、俺の目にはいくつもの光景が入ってくる。

先の方に、山積みにされた死体らしきものや、肉をそいだ後のような骨が周囲にいくつも転がっていた。


―――見るな。見たら理解してしまう。嫌が応にも理解するしかなくなってしまう。


なによりその近くに、作りかけのような赤い丸い物があり、肉がちぎりかけになっている死体が有った。


「うぐっ」


吐いた。また吐いた。さっきこれでもかという位吐いたのに、胃液しかもう出せないのに、体は何かを吐こうとする。

その行為をする事で、何とか心を守ろうとしている。まだ自分は正常だと。この光景に嫌悪を、忌避感を持つのだと。


でも、こんな、こんなの。

この人達は魔物に殺された。だから餌にされた。

けど、こんなのってあるか。この肉の塊が、このいくつもの肉の塊がここの住人の成れの果てなんて、そんなのってあるか。

何もない。何も残らない。まだあそこに残ってる死体は、まだ人として死ねている。形を残している。

けどすでにこの塊になった人は何といえばいい。死体じゃない。死体であった物ですらない。ただの肉の塊。その上いくつもの人間をこねて合わせた肉の塊。


なんだ、これは。こんな、こんなものを、受け止められるわけが無い。こんな、こんな―――。


「げぼっ・・げほっ・・は、はは、あはははは」


吐くだけ吐いたら笑いがこみ上げてきた。楽しくなんて無い。心にあるのは何をどうすればいいのか分からない苦しさだけだ。

でも笑ってしまう。何故か笑いが出る。ああでも確かに自分のこの様だけは滑稽で笑いが出るかもしれない。

無様だ。自分のせいで人を死なせ。尊厳も何もない形にしてしまい。それに返せる物なんて何もない。

やった事はそれから目をそらした、ただの八つ当たりだ。


「くはは、あはははは、あはははははははははは!」


馬鹿げてる。何をやっている。何ができると思ってた。

魔物を退治して、脅威を無くした?そんなもの、最初から脅威が無いようにできた事だ。

最初からちゃんと考えていれば避けられた惨劇だ。


「あははは・・ははは・・はは・・・・」


笑いが、消える。消えてしまう。心を守るために、壊れないように、壊れようとした笑いが消えてしまう。


「・・うぐっ・・ぐうぅぅ・・・ぐすっ・・・・」


代わりに今度は涙が溢れてきた。もう自分の感情が分からない。自分が今何をどう思っているのか分からない。

辛い。ただひたすらに辛い。俺は俺の仕出かしたことも受け入れられない程度の弱い心で、何を守ろうとしていたんだ。何の為に戦おうとしていたんだ。


「うあああああああああああああああああ!!!」


分からず、地面にはいつくばってただひたすらに泣いた。惨状に心が耐え切れず、無様に、自分の心を守るために泣いていた。

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