第139話獣の少年は恐怖を知るのですか?

さて、とりあえず嬢ちゃんの回収と、その後来るであろう姫さんの護衛か。

とはいえ、嬢ちゃん回収して引き戻してもまた行く気がするんだよな。あれの目は強い目をしている。そうそう簡単に自分の意志を曲げる目じゃない。俺はあの目に気圧された。


街中で獣化出来ないので、東の出口まで元の姿のままで走りながら悩む。

が、悩んでも仕方ないと結論付ける。


理由は簡単だ。俺も奴の戦う姿を、奴の本気を一度見てみたい。

それには俺も奴のいる場へ向かう必要がある。ならそこまで嬢ちゃんを守ってやればいい。

現場に着いたらそんな余裕があるかどうかは分からん。まあ、出来る限りは守ってやろう。


決めると走る速度を上げる。もどかしい。獣化していればもっと速いのに。






門までたどり着き、兵に身分証を見せる。するとえらく畏まった態度で俺の身分証を受け取る。

余り見覚えのない兵だ。まあ、身分証を見ればまた態度が変わるんだろう。


その予測に反し、兵は身分証を確認すると丁寧に返してきた。


「どうぞ!」


背筋を伸ばし、こちらに敬意を払って、俺の行く先を促す。

この街にこんなやつが居たのか。俺を見下す連中しか、特に兵隊にはそういう連中しかいないと思っていたが。


「ありがとう。そっちも頑張ってくれ」


少しうれしかったのか、礼の言葉が出た。自分でも意外だ。

支部長や親父さんのような人が居るんだ、彼のような人物がいてもおかしくは無いか。


門を出て少し離れた所で獣化し、走り出す。

異常事態というのがよく分かる。東から誰も来ない。

東に向かう者も居ないのが不思議だが、よく考えたら組合職員が疲労困憊な様子でこちらに向かっていたなら、何か異常が有ったと思うか。


しばらく走ると、魔物と人が戦闘しているのが見えた。

あの嬢ちゃんだ。何か様子がおかしい。嬢ちゃんならあの程度どうにかできるだろうに。

奴との訓練の動きはなかなかのものだった。あれで本業が魔術師とは恐れ入ると思えた。


嬢ちゃんは脇から出てきた魔物に反応しきれず、ガードしながらの反撃を試みているようだ。

俺は速度をさらに上げ、通りざまに魔物を殴る。砂埃をあげながら反転し、もう一体も殴る。

それだけで二体の魔物は動かなくなった。


そこで俺は自分の体の異変に気が付いた。

今まで加減というものが上手く出来なかったこの状態で、なんとなく、あいつらを倒すに適度な力の入れ方が出来た。

なんだ、これ。なんでだ。

いや、今は嬢ちゃんが先だ。


「おら、この程度でどうしようもなくなってんじゃ話にならねえぞ。どっか怪我したのか?」

「転移魔術、失敗しました」

「なるほどな。その反動か」


制御に失敗したか。あれ痛いんだよな。俺はそもそも上手く発動しない事が多いから、反動受けることもめったにないが。

火を起こすなら原始的な方法を取ったほうが早いぐらいだしな。使う機会が無い。

この間使わされて呆れられたことを思い出して、少しイラッとした。やっぱいつか殴る。


「ありがとうございます。これで、また走れます」


嬢ちゃんは軽く礼を言うと、また走り出す。

遅い。それにあれじゃ、また襲われかねないぞ。

しょうがねえな。並走してやるか。今ならなんでか知らないが、加減して付いて行けるみたいだしな。


「なんのつもりですか」

「どうせお前連れ帰っても、また行くんだろ?」

「ええ」

「ならせめてあいつの所までは守ってやるよ」


元々そのつもりだったし、少し到着が遅れるだけだ。

遅いとは言っても、その辺の大人よりは早いし、そこまで遅くはならないだろう。

東の街がそこまで遠くないのが良いのか悪いのか。

現状にとっては良い事だが、王都にとっては最悪だな。


「タロウさんの事、いいんですか?それにあたしもウムルの人間ですよ」

「よくは、ねえよ。けど、お前らは見捨てるには寝覚めが悪い程度には関わってっからな」


勿論奴がこの状態なら大笑いしてやるけどな。嬢ちゃんには強い言葉を言われたはずなのに、嫌にならないんだよな。

自分でも少し不思議だ。嬢ちゃんはウムルの人間って分かってても、なぜかそこまで嫌悪感が無い。

奴に対する必死さとか、直向きさが、俺の嫌悪感を薄めているのかもしれない。


そんなふうに考えていると、クスリと笑われた。


「あんだよ」

「タロウさんがあなたを気にかけた理由、わかった気がします」

「ああ?」


んだそれ。あいつは自分の我儘で俺に構っただけだろ。あと嫌がらせ。

まあ、お人好しな部分が有ったからの我儘だとは思うが。


「ありがとうございます。手伝ってくれるなら、素直に甘えさせて貰います」


素直に礼を言うその表情は、少しドキリとした。かなり年下の女の子に、ドキッとした。

くそう、何動揺してんだ俺は。


「つっても、あいつのとこまで行ったらそんな余裕ねえぞ。あの程度の魔物ならなんてことはねえが、流石にバハバラカ相手だからな」


獣化している俺の表情を読めるとは思えないので、動揺を隠しつつ事実を述べる。流石に守りながら戦うにはきつい相手だ。

空を飛ぶ魔物。ただそれだけで難易度は上がる。

だというのに、連中はガタイもでかく、筋力も高く、軽い魔術を使う。

1体1なら何とかなるが、複数相手に守りながらは無理だ。


「貴方も相当に命知らずですね」

「俺はいざとなったらお前ら回収して逃げる。流石に一人でやるような馬鹿はしねえよ」


そもそも、俺の仕事は姫さんの護衛と保護が本来の仕事だからな。

いざとなったら抱えて全力で逃げる。


返事をしたすぐ後に、前方から轟音が鳴り、巨大な竜巻が上がる。

魔物が何十体も竜巻に巻き上げられ、跳ね飛ばされていく。


「な、なんだありゃ」

「タロウさんだ!」


うそ、だろ。あんなもん自然災害。いや、大規模自然災害じゃねえか。

あれを、多数相手に魔術でやったのか?そんな暇、どこにあるんだ。

巻き上げられてる魔物を見れば、遠いのではっきりとはわからないが、バハバラカも居る。

それも複数。あれを単独で、複数相手にしながら、あの竜巻を起こした?


ありえない。ふざけてる。あるわけがない。

そんな化け物、いてたまるものか。


走る足が、少し震えているのが自覚できた。

分かってる。信じるしかない。この国にあんなことができる奴なんているとは思えない。

もしあの地に元々そんな事が出来るやつが居たなら、すでに起こっている筈だ。


野郎、ふざけやがって。手加減してたどころじゃねえ。俺を気遣って戦ってたのか?

多数相手の戦闘であんな魔術が使えるなら、俺なんか話にならなかった筈だ。簡単に勝てた筈だ。

ふざけやがって!


そんな気持ちも吹っ飛ぶ光景が、目に飛び込んできた。


さっきと同じ様な竜巻が4つ。

はるか前方の上空から飛来した亜竜の群れを全て飲み込み、一つにまとまり、亜竜を一か所にまとめる。

次の瞬間、光が走った。


可視化された、純粋な力に変換された、魔力の光。

切り上げられた形に放たれた『魔力の斬撃』がすべての魔物を吹き飛ばした。

俺は思わず足を止めて、その光景を見ていた。


「なん、だよ、あれ」

「タロウさんの、奥の手の一つ」


嬢ちゃんは、足を止めた俺に振り返り、端的に告げた。

奥の手。あれが、あいつの持つ、本当の技の一つ。

あんなもの、街が一発で吹き飛ぶ。あんなもの、耐えられる存在なんているわけが無い。


あんなもの、放てる魔力が人間にあるわけが無い!!


「なん、なんだ、あいつ。ふざけてる。なんだあの化け物は!」


思わず叫ぶ。怖い。あいつの間抜けなぽやっとした表情が、むかつく笑い顔が、イラつくへこんだ顔が、全て嘘のように思える。

なんだあれは、ありえない。あんな化け物が人の死を悼む?そんな馬鹿な。あれは何かを蹂躙して生きていくような存在の力だ。

なんであんなのが、ただの一般人やってるんだ。


「化け物、か。貴方にはそう見えるんだ。ちょっと、残念」


嬢ちゃんはそう言って、走り出す。

なんでだ。なんであの嬢ちゃんはあんな化け物の傍に行こうと思える。

あれはおかしい。あれは普通じゃない。


ミルカ・グラネスも戦場で見たとき化け物だと思った。

けど、あいつは違う。もっと異質だ。あれは何だ。何なんだ。俺はあんな化け物と戦ったのか?

俺が見えてなかっただけで、あれをどうにかできるほど『ミルカ・グラネス』はもっと化け物なのか?


見えない。あれに勝てる未来が何も見えない。なんだあれは。分からない。意味が解らない。


遠くなっていく嬢ちゃんの背中を見て、追いかけなければと思う反面、あの場に行かなければいけない恐怖が足を前に出さない。

あんなものと対峙?一瞬で殺される。何もできない。出来るわけが無い。

怖い。俺はあれを殺すつもりだったのか?なんで殺されなかったんだ?


・・・そうだ、殺されなかった。それどころか助けられた。

俺を治すために怒鳴った。投げ出した俺に怒りを露わにした。

俺の悪態を軽くいなしながら、俺に軽口を叩き続けた。

俺を生かすために。俺が生きるために。仙術を教えた。


馬鹿野郎のお人好しだった。それを、思い出した。

思い出したら、震えが少し止まった。そうだ、あのお人好しは今必要のない罪悪感で必死になって戦っているんだ。

全力で、魔物を屠っている。その様があまりに奴らしくないんだろう。あの気の抜けた男らしくない。


だから分からない。どっちがあの男なのか。

容赦なく屠れるあいつが本性なのか。あの間の抜けた顔のイラつく奴が本性なのか。


分からないなら、行くしかないよな。

走り出して嬢ちゃんにすぐに追いつき、また並走する。


「大丈夫なんですか?」

「何がだ?」


追いついた俺に振り向き、問う。

俺は素知らぬ振りをする。恐怖など感じていないと。


「良かった」


クスクスと、とても嬉しそうに笑いながらこちらを流し見て、また前を向いて走り出す。

その表情にまた少し動揺しながら言葉の意味に悩む。

何に対して良かったなのかが分からない。


まあいい。とりあえず奴の所まで行ってからだ。全部そっからだ。

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