第137話シガルは大好きな人の為に走るのですか?

「わ、た、と」


自分の足が地について無くて、あわてた着地で体勢を崩すがなんとか堪える。


「ぶっつけだったけど、出来て良かった」


イナイお姉ちゃんがやった大規模転移魔術。タロウさんがやってた小刻みで、短距離の転移魔術。

あれをちゃんと見ておいてよかった。あれを見てなかったら出来る気がしない。

街の外に転移しちゃったから、後で怒られるだろうな。


「いかなきゃ」


強化魔術をかけて東に向かって街道を走り出そうとした瞬間、体に違和感を覚える。

それを無視して駆けたら、足が前に出ずに地面に突っ込んだ。


「あ、あれ、体、が」


体が上手く動かない。魔力が上手く纏まらない。


「うぐ」


痛い。体のいろんな所が痛い。ドンドン痛みが増してくる。


「そう、か。失敗、した、んだ」


転移魔術の制御に失敗して、でも完全に失敗じゃなかったから発動はした。

けど不完全な魔術行使だったせいで、魔力が乱れて、体も反動で負傷してるんだ。


「こんなもの!」


私は乱れる魔力を無理矢理纏めあげ、強化魔術を行使する。

普段より段違いに性能の悪い強化魔術をかけて、何とか立ち上がり、走り出す。


「これじゃ、タロウさんに追いつけない」


焦りの心がそのまま呟きに出る。

タロウさんはあの時転移魔術で移動した。転移一回でこんなことになってる私じゃ追いつけない。

街に入る手前なら良い。けどきっと、街まで行けば、街の惨状を見たら、あの人は必要以上に自分を責める。

あの人は優しい人だ。竜に守ることを止めさせた自分のせいだと、思う人だから。


この騒動はあの人のせいじゃない。竜が守らなかったからって、それはあの人のせいじゃない。

竜達がタロウさんに選択をゆだねたという事は、人の世にそこまでの執着も愛着も無かったんだ。

なら、タロウさんがいる事での戦力の高さを見込めることは有っても、あの人の責任なわけが無い。


イナイお姉ちゃんが言ってたように、守るべきものは、守らなきゃいけない者達でやらなきゃいけない。

この国の王族は、貴族は、それを怠った。街の壊滅は大本はそれが原因だ。

勿論国がちゃんと竜と交友を結んでいたり、信仰厚く祀っていたなら別だろうけど、この国は竜を利用してただけだ。


「く、あしが、痛い」


痛みをこらえながら走る。いつものような速さが出ない。

走りながら治療も試みようとするけど、強化が解けそうな気配がしたので諦めた。

速度が出ない足で走る。とにかく、少しでも、タロウさんに追いつくんだ。


走っていると不意に、街道のはずれから四足の獣型の魔物が飛んできた。

しまった、探知を使ってなかった。

剣を抜き、躱し様に腹を切りつけようとして、躱せない事を理解できてしまった。

いつもの速さが無い。この速度じゃ、躱せない。


「くう!」


いつものやり方は諦め、振るわれる爪を両腕の剣で思い切り弾いて逸らして、飛びのく。

なんとかいなして、剣をちゃんと構え、目の前の魔物を見据える。


「急いでるのに!」


なんで、私はこんなに弱いんだ。大好きな人の助けになりに行くことも満足にできないのか。


「邪魔、しないで・・!」


両手に持つ剣を強く握り、今の私が踏み込んで切り込める位置までじりじりと間合いを詰める。


「あ」


別方向から魔物が飛んできた。しまった、目の前に集中しすぎた。まずい。

せめて致命傷だけは避けるために剣で体を守る。目は瞑らない。瞑っても悪い方にしか行かない。

この程度どうにかして、タロウさんの所に行くんだ。恐怖で目を逸らす暇なんか無い。


くらうのを覚悟して構えていると、襲い掛かってきた魔物が吹き飛んび、断末魔をあげる暇もなく絶命した。


「え?」


何が起こったのか分からず困惑していると、その間に先ほど襲ってきていた魔物も同じように吹き飛ぶ。


「つまんねえとこで足止めくってんな」

「あ、あなた」


魔物を吹き飛ばした人物を見ると、白くふさふさの毛を纏った人が、仙術使いの彼が立っていた。


「おら、この程度でどうしようもなくなってんじゃ話にならねえぞ。どっか怪我したのか?」

「転移魔術、失敗しました」

「なるほどな。その反動か」

「ありがとうございます。これで、また走れます」


助けてもらった礼をして、また街道を走りだす。

すると彼も同じようについて来た。


「なんのつもりですか」

「どうせお前連れ帰っても、また行くんだろ?」

「ええ」

「ならせめてあいつの所までは守ってやるよ」


どういう風の吹き回しだろう。彼はウムルの人間が嫌いだったはず。


「タロウさんの事、いいんですか?それにあたしもウムルの人間ですよ」

「よくは、ねえよ。けど、お前らは見捨てるには寝覚めが悪い程度には関わってっからな」


その返事に、思わずクスリと笑ってしまう。


「あんだよ」

「タロウさんがあなたを気にかけた理由、わかった気がします」

「ああ?」


この人、どれだけ恨み言を言っていても、どれだけ態度の悪いように振る舞っていても、根っこの部分がお人よしなんだ。

グラネス様を殺したいほど恨んでるのはきっと本当だろうけど、理性的な感情も、優しさも、ちゃんと持ってる人だ。


「ありがとうございます。手伝ってくれるなら、素直に甘えさせて貰います」

「つっても、あいつのとこまで行ったらそんな余裕ねえぞ。あの程度の魔物ならなんてことはねえが、流石にバハバラカ相手だからな」


バハバラカ。一応聞いたことは有るけど、見た事が無い魔物だ。空を飛ぶ亜竜と聞くがどれほどの物なんだろう。

亜種とはいえ、竜と言われる魔物だ。見た目が竜に似ているのもきっとあるのかもしれないけど、それなりに強くなければ亜竜などとは呼ばれることも無い。

普通はそんな魔物が群れで来てるなら、国をあげて討伐するものだ。


「貴方も相当に命知らずですね」

「俺はいざとなったらお前ら回収して逃げる。流石に一人でやるような馬鹿はしねえよ」


回収して逃げる。一人で逃げるじゃない辺り、本当にお人よしだ。

彼の人の良さに少しほほえましく思っていると、遠くで轟音と共に、すさまじい竜巻が巻き起こった。

魔物もその竜巻に跳ね上げられて吹き飛んでいる。


「な、なんだありゃ」

「タロウさんだ!」


今のは魔術だ。やっぱりタロウさん、もう戦闘に入ってる。早く、行かなきゃ。

痛む体を無理矢理動かし、出来る限り早く走る。

助けに行くよ。あなたを助けにいくよ、優しいあなたが大好きだから。優しいあなたを守りたいから。

あなたがあなたでいられるように。イナイお姉ちゃんほど頼りにはならないけど、あたしは貴方の隣に立てるほど強くはないけど。

それでも、あなたの背中を支えるぐらいはきっと出来るから。だから、今行くよ。

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