第136話親父さんは俺のせいで右往左往するのですか?
「俺が戻るまで、シガルを、頼みます」
「タロウさん!待って!」
「おい、小僧!」
俺と嬢ちゃんが何かをしようとする小僧を呼び止めようと叫ぶと同時に、小僧はその場から消えた。
転移魔術。それも無詠唱。何か仕込み有か?いや、そんな様子も時間も無かった。
無詠唱でやれると思ったほうが現実的だ。
転移無詠唱とか、シャレにならんぞあいつ。本当になんなんだ。
「タロウさん!」
俺が小僧の事に頭を悩ませていると、一瞬の戸惑いは有ったものの、嬢ちゃんが走り出そうとしたのでその腕を掴む。
「は、放してください!」
「そうもいかんだろ。不本意だけどな」
あの小僧、押し付けはむかつくが、どうやら俺を信用して嬢ちゃんを預けたみたいだしな。
はなはだ不本意だが、ここで行かせるわけにはいかねえだろ。
「はなして!行かなきゃいけないんです!」
「どこに行こうってんだ」
俺が嬢ちゃんの焦る様子に困って問いかける。放したところで小僧がどこに行ったか分かんねえとどうにもなんねえだろ。
「タロウさんは絶対その場に向かったんです。だから、行かないと」
あー、さっきの雰囲気からすりゃ確かに行きそうだな。
これは言うべきじゃなかったかなぁ。一応アマの奴から話聞いてたけど、別に竜が俺達を見放すのは時間の問題だったと思うんだがな。
むしろお前らっていう戦力や、ウムルっていう協力者がいる時にこの状況なだけ、まだまだありがたい方だと思うけどな。
とはいえ、ウムルからの応援は5日は期待できないだろう。転移の連絡職員が今居ないっていうのが致命的だな。
居ればもう少し早く応援が頼めたんだが。
とはいえ。
「あいつは嬢ちゃんを置いてったってことは、危ないから置いてったんだろ。行ってどうなる」
「・・それでも、それでも私は行かなきゃいけないんです」
「行ったら死ぬかもしんねえぞ?」
この嬢ちゃんが強いのは分かる。あの小僧と違って、なんとなくその強さは分かる。
むしろこの嬢ちゃんのほうが小僧より強く見えるんだがな。
けど、たぶん嬢ちゃんじゃあの魔物は1,2体が限界だろう。
その辺の連中に比べればかなり強いが、そこまでだ。
「あの人はあたしなんか足元に及ばないぐらい強いです。でも、あの人は同じぐらい弱いんです」
「はあ?」
嬢ちゃんの言ってることが分からない。強いけど弱い?何のなぞかけだ。
「タロウさんのさっきの目は、追い詰められた目をしてました。後悔でいっぱいの目をしてました。
今あの人の傍にはあの人を守ってくれる心強い人が居ない。あの人を抑えてくれる、支えてくれる力強い人が居ない。イナイお姉ちゃんが、いない。
だから、あたしが行かないと。あの人を守らないと。あの人を助けないと。あの人はとても強いけど、弱い人なんです」
イナイ。イナイ・ステルか。確かに化け物と称されるそいつが居ればこんな事態何とかなりそうだし、あの小僧の事も気にならんのだろうな。
「だからって、お前さんが行っても、小僧は迷惑かもしれんぞ。戦場で守りながら戦うのはなかなかに面倒だ」
「それでも、きっと、あの人は苦しむ。街に辿り着いたらきっと、あの人は一人で苦しむ。だから行かなきゃいけないんです!お願いです!放してください!」
愛されてんなー、あの小僧。
でも、悪いんだけど、嬢ちゃんの気持ちも分かるが、俺としては小僧の気持ちの方が分かるんだよな。
大事な女が危ない所に行くのは怖いし、嫌だ。行かせたくないと思ってしまう気持ちは分かる。
妻はそれを最後まで分かってくんなかったなぁ・・・。
「何してるの、お父さん!」
嬢ちゃんをどうしようか悩んでいたら、妻の事を思い出し少し悲しみに暮れていると娘が怒鳴りつけてきた。
何してるって酷い言い草だ。
「いや、ちゃんと理由があるんだよ」
「どんな理由が有ったらそんな小さい女の子を抑えるようなことになるの!」
「人聞き悪い事を言うな!嬢ちゃんの彼氏から頼まれたんだよ!」
「彼女を手籠めにしてほしいって?馬鹿も休み休み言ってよね!」
「誰がそんな事言った!小僧が危ないとこ向かおうとするから、戻ってくるまで嬢ちゃん預かってくれって言われたんだよ!」
こいつ、親の事を変態扱いしやがって!
意識を娘に向けたその時、嬢ちゃんの方から魔力が走るのを感じる。
「この身、此処に在らず。この心、此処に在らず。この力、此処に在らず。我が全て、わが想いの彼方に、想いの果ての地に在らん!」
「げ、嬢ちゃんなにを」
するんだと言いきる前に、嬢ちゃんがその場から消える。
しまった、娘に気が行き過ぎて魔力乱す余裕が無かった。
「うっそだろー。勘弁してくれよぉ・・・・」
「あ、あの子どこ行ったの!?」
マジかよ、あの嬢ちゃんあの年で転移魔術を使えんのかよ。
どこ行った・・・なんてのは愚問だな。間違いなく東に向かったんだろう。
小僧め、嬢ちゃんが転移使えるなら、置いてった方が危険じゃねえか。
ああ、もう、ほっとくわけにはいかねえよな。くそったれ、台所直してもらっただけじゃ割に合わねえぞ。
「レン、アマに先に行ってるって伝えておいてくれ」
「え、何言ってるのお父さん。あれ、え、その恰好、なんで」
今更娘は俺が武装していることに気が付いたようだ。おせえよ。
「ちょ、ちょっとまって、お父さん、なに、するき」
「いや、ちょっくらさっきの娘拾って来るよ。ものすっごい不本意だけどな」
あんな献身的な娘を死地に向かわせるのは忍びない。小僧め、帰ってきたら一発殴ってやる。
俺は東の門に向かおうと歩き出すと、ぐいっと襟を引かれた。
「お、おい、なんだよ」
そのまま顔を後ろに向けると、娘が涙目になっていた。
「だ、だめだよ、いっちゃ、だめ」
「お、おいおい、どうしたんだよレン」
涙目で俺をつかんで離さない娘に慌てる。こいつが泣いてるのなんて何年ぶりだよ。
わたわたしながら、理由を聞く。
「お父さん、やだよ。もう、やだよ。私お父さんいなくなったら、もう、一人だよ。あんなの、もうやだよ」
「レン・・・」
こいつは、俺が死にに行くと思ってるんだな。帰ってこないと思ってる。
まあ、普通に考えりゃそりゃそうか。周りの連中連れてじゃなくて、一人で行こうとしてるしな。
それに、妻が亡くなった時の事を、思い出したんだろうな。
「大丈夫だ、嬢ちゃん拾ったら全力で逃げてくっから」
「でも、また、行くんでしょ?」
「それは・・・」
勿論行く気だった。この街を守らないと、お前の命が危ういんだから。
俺はお前の為に久々に剣を取ったんだ。
「やだよ。行かなくていいよ。お父さんはもう、ただの宿屋の親父でいいじゃない。なんで、今更」
泣きながら俺を掴んで離さない。子供帰りしてるなー。
なんて、どこか懐かしい気分で娘を見る。
「お前を守りたいからだよ。死ぬ気は無い。危なくなったらちゃんと下がる。それはアマとも約束してるし、あいつはなるべく死者を出したくないと思ってる」
「やだよ、いいよそんな事。お父さんは行かないでよ・・・」
困った。どうしよう。まさか最近喧嘩ばっかりの娘にこんな形で甘えられるとは思ってなかった。
まずい。どうする。嬢ちゃんほってはおけないし、だからってこいつをこのまま置いて振り切ることも出来ない。
娘は俺を放さず涙目で引き留め続ける。どうすることも出来ず、ただ時間が過ぎていく。
「何してんの、親父さん。みんな注目してんぞ」
振り向くとアマのとこのガキが立ってた。周りを見ると、確かに注目されとる。
見世物じゃねえぞ。
「お、ガラ、良い所に、こいつ少し頼む」
「あ、お、お父さん」
「は?おい、ちょっと待てよ」
娘をガラに預けようとすると、二人に服を掴まれる。
「なんだよ、急いでんだよ、頼まれろよ」
「こっちもやることあんだよ!」
「ならここに来ずに行っとけよ!」
「親父さんとレンが言い合いってたら気になるに決まってんだろ!」
「あ、てめえ、娘呼び捨てにしやがって!
お前には絶対やんねえからな!ていうか誰にもやんねえからな!今のも、少し預けるだけだからな!」
「今そういう話してねえだろ!?」
ぎゃんぎゃん叫んでいると後ろから殺気を感じる。
振り向きざまに、俺に対して振られた剣を鞘で受ける。
アマだ。こいつふざけんなよ。せめて木剣でやれよ。
「ふむ、まあまあ、鈍ってない感じですね」
「確かめるならせめて真剣でやるな!」
「大丈夫、ちゃんと直前で止めますよ。多分」
「本当に相変わらず性格悪いなお前!」
いきなり真剣で切りかかってきた元相棒に文句を叫ぶ。本人はどこ吹く風だ。
「ガラバウ行きなさい。ここはこちらに任せて」
「はい。支部長も、お気をつけて」
「あなたほど大変じゃありませんよ。そちらはいざとなったら少年を抱えてくるんですから」
「めんどくさいので見捨てるかもしれません」
「まあ、お任せします」
ん?どういうこった?
「おい、そいつ先行させるのか?」
「いえ、もう先行していると言ったほうが正しいかと。例の少年が既に」
「お前のとこに向かったのか・・てことはやべえ!」
嬢ちゃんの足が遅いなら良い。けど早いなら小僧より魔物の群れに先に会う!
「おい、ガラ!あいつの嬢ちゃんがさっき飛び出してった!行くなら嬢ちゃんだけでも回収頼む!」
「ああ?なんだってそんな事に。しゃあねえな、頼まれた」
「ガラバウ!ちゃんと帰ってきてね!」
「あいよー」
ガラは気軽に応じ、走り出す。相変わらず早えなあいつ。
とはいえ、街中で獣化は出来ねえし、嬢ちゃんに追いつくのには少し時間がかかるだろうな。
間に合う事を祈ろう。そして娘との距離感は気に食わない。
「あのお嬢さんですか。見ないと思ったら追いかけて行ってましたか」
「ああ、おそらく。けど、あいつの足なら小僧に追いついて、追い抜けるだろ」
「どうでしょう。彼、転移を簡単に使ってましたから、見える範囲を転移し続けていたらあの子より早いと思いますよ」
そういえばそうだった。あいつ無詠唱転移出来るんだった。
「とりあえず全員では向かわねえんだろ?どうするつもりなんだ?」
「だ、ダメだよ、お父さんは帰ろう?」
「いや、レン、でもだな」
「東には誰も行きません。少年は啖呵を切ったのですから、啖呵を切った以上、それを全うしてもらいます」
「はあ?」
あの小僧、アマに何言ったんだ。なんか怒ってんぞこいつ。
「それよりもさらに問題が起きました。集めた人員はそちらに裂きます」
「まったかよ。なんだよ次は」
次々問題が出てくるな。なんなんだ今日は。
「監視兵が気が付いたんですけど、北の森からゲレヤの群れが突っ込んできてるそうです」
「また群れかよ・・・今度はいくつだ」
「300ほどらしいです」
「きっついけど東よりましだな」
「ええ、地を這う獣なら、この人数いれば問題ないでしょう。二人一組か三人一組で当たらせて、殲滅します」
「とはいえ、夜はきついぞ」
「魔術師も集めました。彼らには攻撃手段より、光を放つことに集中してもらいます。初撃の目くらましも兼ねています」
魔術師で光源確保か。今から技巧具集めたりするよりは、よっぽど早いな。
「お、お父さん」
「今の聞いたろ、大丈夫だ。東にゃ行かねえよ」
「・・・わかった、無理しちゃ、やだよ」
「あいあい」
久しぶりに娘を撫でながら安堵の息を吐く。
まあ、東よりマシとはいえ、マシなだけだ。数が多いから死者は出なかったとしても、負傷者は大量に出るだろうな。
小僧、何言ったのか知らんけど、言っただけの事はやってくれよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます