第133話ハクの想いは恐怖を超えるのですか?

何だろう。心地いいような、でも抵抗しなきゃいけなかったような、不思議な感覚が私を包んでいる。

寝ている、のかな。たぶん寝てるんだ。

おかしいな、私は意識を手放した覚えは無い。確か老に竜の今後の話をしに来たはずだ。

内容は伝えたっけ?

確か伝えたような気がする。あれ、じゃあ何で私は寝ているんだろう。

そんな疑問を持ったおかげか、ゆっくりと意識が覚醒していくのを感じた。


「・・・あ・・れ?」

「起きたか、我らが子よ」


目が覚めて起き上がろうとして,違和感に気がつく。

土の魔術で拘束されている。あれ、何で―――。


「あまり暴れるな。我らもお前を傷つけるのは怖いのだ」


声のするほうを見ると、成竜達がこちらを見ていた。

私は混乱する思考を纏めようとして、気を失う直前のことを思い出す。


私はタロウ達の意向を伝えた後、またタロウのところに戻ろうとした。

そしたら急に老が私に魔術を放ってきて、抵抗しようとしたけど間に合わなくて、意識が遠のいてったんだ。


「なんで、こんな事」


私はただ純粋に疑問しかなかった。竜が同族に魔術を放った。それだけでも本能が拒否する行為のはずだ。

そこまでしてなぜ、私を行かせなかったのか。

私は、私が起きても言葉を発する気配が無い老に問う。


「タロウ達は、我らの力ではなく、人の地は人が守ると決めたのだろう?」

「それとこれに何の関係があるのさ!」

「我ら竜は、人が対処できる範囲の事に手を貸す事はしなかった。だが彼らが対処できないと判断していた事には先に手を打っていた」

「だから?」


私は老の言うことと私に対する行為に関連が分からず、いらいらとした声で聞き返す。


「此度我らが抑えていた物を解いた。人の地は人が守るならば、その力を示すに良い具合になろう」

「・・・何言ってんの?」


私には老が何を言っているのかいまいち掴めない。

だからなんで私が拘束されてるのか、そっちを聞いてるのに、その答えが貰えない。


「お前が居た地に、千ほどの魔物が向かう。お前が向かってはその約束を守れん」

「・・・?」


言ってる意味が分からない。タロウとシガルのところに危険があるなら、それこそ私は向かうべきじゃないのか。

あの二人は竜の同胞だろう。


「あの地には同胞がいるじゃないか」

「タロウとシガルか?」

「ああ」

「だがあの二人は人だ。ならば彼らも今回の話において例外ではなかろう。何より彼ら自身の結論だ」


つまり人の手ですべてやらせるために、私を止めたと。

タロウとシガルの元に私が行けば、竜が手を貸したとなるから行かせなかったという事か。


「老、私がタロウと共に行くことを許可したじゃないか」

「だが、今回の件は、我らが手を貸すわけにはいかぬ」

「何言ってるんだ!タロウはともかく、シガルは死ぬかもしれないだろ!」


タロウはきっと大丈夫だ。けどシガルはまだ弱い。

あの子は無茶をする。無理をする。万が一が無いとは言い切れない。


「こんな拘束!」


私は魔力を暴力的に流し込み、魔術を打ち消し身を起こす。


「別に誰も手を貸さなくてもいい。人族の地がどうなろうと、私には興味は無い」

「ならばなぜ行く。行こうとする」

「そこにシガルがいるからだ!」


咆哮と共に飛び上がろうとする。だがそれは成竜達によって阻まれ、今度は竜たちの手によって取り押さえられる。

その表情は同族に危害を加える嫌悪と恐怖で充ちていた。


「はなせ!はなせよ!わたしはシガルを守るんだ!」


竜たちに抑えられて、そこからもがき逃げようとする私を老が理解出来ない表情で見据えている。


「我等の中で最も幼き個体よ」

「ハクだ!私の名はハクだ!」


老が今まで私を呼んでいた名で呼ぶのが聞こえた瞬間、わたしは自分の名を、貰った名を、この大事な名を叫ばずにいられなかった。

タロウがつけた。シガルとイナイが呼んでくれるこの名が私の名前だ。

その様が一層老の表情に不可解を刻んでいく。


「・・・ハクよ」

「なんだよ!」

「シガルは同胞。ならばその同胞が望んだ事を優先してやるべきではないのか」


老の言葉に私は心底失望した。そのせいで私は動きを止めてしまった。


「そうだ。同胞の望みは――」

「違うよ」


私がおとなしくなったのを、老の言葉を理解したと取ったらしいが、そんなわけが無い。


「シガルは、シガルは私にとっては同胞じゃない」

「何を言っている?シガルを同胞と思っていたからこそ、行こうとしていたのではないのか?」

「違う」


そうだ、違う。私はシガルが同胞だから守るんじゃない。

ただ同胞だからなんて、そんな理由で同族の抑えを振りほどくなんて考えない。


「今なら私、彼の事が理解できるよ。老より、ずっと」

「我が友の何を理解できるのか」


珍しく、不快そうな貌をした老に、私は言葉を続ける。


「分かってないのは老だよ。ほかの皆もだ。結局みんなは彼が、楽しそうだった彼が羨ましかっただけで、彼の真似をしようとして、出来ていない」


老は私に険しい顔を向けながら、私の言葉を無言で聞いている。


「シガルはね、私が貶された時、本気で怒ってくれたんだ。嬉しかった。私を想って怒ってくれた事が嬉しかった」


あれは本当に嬉しかった。あの子は私のために、私より怒ってくれる。


「私が人型になったあと、毎朝私に似合う格好を考えてくれるんだ」


あまり人の身の格好というものが良く分からない私のために、飽きもせず一生懸命考えてくれる。


「食事を覚えた私のために、私の口に合う、私の好みの味を作ってくれたりするんだ」


タロウ好みだけやれば良いのに、私にも好みを聞いてくる。折角食べるなら、好きなものが良いだろうと。


「私が暴れたりない時、タロウに黙ってこっそり付き合ってくれるんだ。それこそ魔力が空になるまで」


タロウは気がついているのかどうか知らないけど、シガルは私が不満な顔をしている事によく気がついてくれる。


「私が言った事を、その言葉を間違いにしない為に、限界まで頑張ってくれるんだ」


明らかに限界まで頑張って、あの騎士とかいう連中に勝った。私の為にだ。


「もう一度言う。私はシガルを同胞なんて思ってない!シガルは私の友だ!かけがえの無い友人だ!」

「ならば――」

「だから!だから行くんだ!友だから行くんだ!」


分かってない。老には分からない。私も、今やっと分かった事だ。だから老には絶対分からない。


「彼が何よりも悔しかったのは友の苦境に気がつくことも出来無かった事だ!

彼が何よりも怒りを覚えたのはその場にはせ参じる事も出来なかった己自身だ!

彼の友だというならば、私を、この場こそ私を行かせろ!

私は絶対に後悔しない!友の元へ行き、友の力となる!誰にも邪魔はさせない!!」


私の絶叫に老は押黙ったままだ。かまわない。知った事ではない。


「うがああああああああああ!!!!」


私は全力で成竜に変化する。押さえつけている竜を払おうともがくと、微かに同族を傷つける事への恐怖が沸く。


「いかん、皆で抑えろ!」

「邪魔をするなあああああああああ!!」


成竜達が皆で私を押さえつけようとする。私はそれを暴力で押し返そうと思った瞬間、恐怖が、今まで感じた事が無い恐怖が襲ってくる。


――――怖い。


怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。










―――だから、どうした。


同族を傷付けるのが怖い?

ああ、怖いよ。何でかしらないけど、竜の訳の分からない本能が恐怖で体を動かすのを拒否しようとするよ。


「そんな事、シガルを守れない事の方が、もっと怖いんだ!!」


私は炎の魔術を成竜に向けて全力でぶちかましながら、抑えから逃げ出すために腕を振るう。竜達はここまで本気で抵抗されるとは思ってなかったらしく、あっさり払いのけられた。


「その程度の恐怖を超える覚悟も無く『私』を止められると思うな!『私』に勝てると思うな!!

心の底から震えるものを持たないお前たちが『私』をとめられると思うなああああああああ!!!」


咆哮を。一際大きく、一際高く。いつもより気合を入れて咆哮をあげる。

邪魔はさせない。たとえ相手が老であっても。


下手をすれば、同族殺しになりかねない威力で魔術を放つ。

すると竜たちは怯み、道が見える。飛んでいくべき方向の、空が。シガルへたどり着くための道が。


羽を広げ、魔力をこれでもかと迸らせ、私は飛び上がる。

目指すはこの国の王都。間に合わせて見せる。シガルは私が守る。


「待ってろ!私は絶対間に合って見せるからな!絶対守って見せるからな!彼のような後悔なんて絶対してやらないからな!!」

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