足りない覚悟、求める救い。

第132話大事件が起きたのですか?

「ボロ、ちょっと出てくる。あと任せていいか?」

「いいっすよー親父さん。後片付けはお任せあれー」


俺はひらひらと手を振るボロに片づけを任せて、夜の街に出る。

今日は少し冷えるな。上着は・・・面倒だからいいか。

どうせたいした距離歩くわけじゃない。


「あの二人を一切寄せ付けず、獣化したあいつを子供扱い、か」


文字で見ただけや、人づての情報では到底信じられない話だ。

あの小僧からは、強者の威圧ってもんをかけらも感じない。出さないようにしているという感じじゃない。

根本的に、強者、熟練者、修羅場をくぐってきたものが持つ威圧感というものが存在してない。

なのに、その実力はいかれてるの一言らしい。

一度俺もあいつの訓練とやらを見てみるか。一線退いて久しいが、そこまで鈍ってないはずだ。


「・・・なに馬鹿な事考えてんだか。もうそんな事しても意味ねーだろうに」


あいつが居なくなっちまったのが堪えてんだろうなぁ。バカ娘め、家の仕事手伝えってんだ。

妻よ。お前の娘は着々とお前そっくりになっていって、俺のいう事なんぞ全く聞かなくなってきたぞ。

見た目そっくりなせいで、最近帰ってくるたびお前が帰ってきたのかと錯覚するようになってきたよ。


「あのバカ娘は、毎日毎日夜遅くまでなーに頑張ってんだか」


目的地について、親不孝な娘に悪態をつく。

目的の建物のドアを開け、周囲を見回す。もう夜も遅いせいか、人はまばらだ。


「おや、珍しいですね」


声をかけてきた人物に目だけじろりと向ける。


「今日か明日には来ると思ってただろ」

「いえいえそんな」


睨む俺に対し、にこやかに手を振りながら応える男。組合支部長なんていう、似合わない肩書を持ったかつての相棒。


「相変わらず性格悪いな、アマ」

「貴方こそ。いつもいつもちゃんと名前を呼ばないのはやめなさいと、ずっと言ってるじゃありませんか」

「は、そうかい、アマラナ・ヴェル・ヴァダラハマ。これでいいか?」

「誰も家名までとは言ってません。・・・相変わらずですねダン」


やれやれと笑いながら俺に言う。しわが増えたな。俺も人の事は言えんが。


「で、お前、あいつの怪我治させるために、あの小僧俺にとこに行かせたのか?」

「いえいえ、彼が治療をしたいと言われたので、ここに留まるためにいい宿を教えただけですよ。たまたま出会ったかもしれませんけどね」

「ぬかせ」


あいつが俺の宿で寝泊まりしてんのはこいつも知っている。偶然勧めるなんてあるもんかよ。

まあ、こいつなりに、あいつを可愛がってる証拠だろうがな。


「あの腕、終わってたぞ」

「でしょうね。治療しなければそうなる負傷でした」

「分かってて行かせたのか」

「あなたの娘が組合を出て行く彼にお説教していたので、治療院には行くだろうと思ったのですが。まさか行きませんでした?」

「行ったよ。行ったみたいだが、ひどいもんだった。治す気が一切なかったな」


その言葉を聞いた目の前の男が、一瞬寒気を感じる殺気を放つ。それに数人気が付いて、青い顔になっていく。

だが、それも一瞬で消える。気がついてた連中が、分かりやすいまでの安堵の顔をしている。


「おや、しまった。まだまだ未熟ですねぇ」

「拾ったガキの事は気になるか?」

「私は治療院のやり方に不満を感じただけです」


意地の悪い笑みで言ってやると、内心とこれっぽっちも合わない言葉を言い出す。性格ねじ曲がってんなこいつ。

しかし、のたれ死にかけてたガキをこいつが拾ったのも、もはや懐かしいな。


「のたれ死ぬはずだったガキを折角生かしたのに、死ぬとこだったぞ」

「腕を落とせば最悪死にはしないでしょう」

「命はな。けど今のあいつから戦う力を少しでも奪えば・・・死ぬぞ」


体じゃない。心の問題だ。あの小僧は、あの小僧の中に有る物は、敵を討つという事だけを原動力としている。

それが叶わないと思えば、あいつはきっと終わる。

もしあいつがそれ以外の目標を見つけたなら、変われるかもしれない。けど、今のあいつから目標を奪えば、死を選ぶのは間違いない。実際今回選びかけていた。


「あなたの娘さんが支えてくれるんじゃないかなーと」

「あのガキに娘はやらん」


こいつ、なんてこと言いやがる。


「娘さん、あの子可愛がってますし、そう縁の遠い話じゃないと思いますよ?」

「良し、分かった。帰ったらあのガキしめる」

「子離れなさい。そのうち娘さんに嫌われますよ」

「もう最近、顔合わしちゃ喧嘩ばっかりだよ」

「それはそれは」


くっくっくと笑いながら顔を伏せるアマ。こいつぶん殴ってやろうかな。


「で、だ」


とりあえず気を取り直して、気になった事を聞く。


「あの小僧の事だ」

「どの小僧ですか?」

「しらばっくれんな。


俺が真っすぐに見据えるのを、全く意に介さずにそっぽを向いてしゃべりだす。


「聞いてもめんどくさいだけですよー?」

「気になんだよ。なんなんだあいつ」


あれがおかしいのは気が付いてる。

見ても全く強さが分からない。いや弱そうに見える。けど強い。

底が浅いように見えるのに、実際は底なし沼のような深さを持つ。

いや、俺はその深さを見てないから何とも言えないが、こいつの手紙と、あいつらの話を聞くにそう思いいたった。

魔術の腕だけは相当のようだったが、それ以外は分からない。


「・・・ダン、貴方は、竜を一人で倒せますか?」


さっきまでの胡散臭い笑みが消え、現役のころを思い出す目で俺に言う。


「無理」

「・・・でしょうね」


何を当たり前のことを言ってるんだこいつは。竜なんて人間に倒せるわけないだろ。


「私も、そう思っていました。けど、竜は人の手によって打倒された」

「・・・おい、まさか」


この流れだと、あの小僧が、竜を倒したって聞こえるぞ。


「まさか、です。あの少年は竜を倒した。最近王都に現れた竜・・・真竜は彼が従えている竜です」

「貴族共の言ってたことは信用してなかったが、やっぱり信用出来ねえな!」


貴族共は、王は、あの竜は王に、王都に、この国を守る話をしに来たと、民に言った。

ただそれも、こいつが、問題ないから気にするなと言っていたという話を街に広めてからの事だ。


「声が大きいですよ?」

「あ・・」


俺が叫んだせいで、周囲の注目が集まる。娘も受付で睨んでいる。


「詳しい話をしましょうか。奥にどうぞ」

「ああ・・・」


俺はアマに連れられて支部長室に入る。


「ま、座ってください」

「おう、んで、あの小僧は何のために国に来たんだ?」

「観光です」

「は?」


今気のせいか、意味の解らない単語が聞こえた。


「観光です。耳が遠くなりましたか?」

「聞こえてる!それがなんだって王城に竜連れて行くことになってんだよ!」

「彼の立場というか、立ち位置と、ここに来るまでのゴタゴタが原因ですね」

「そんな特殊な立場なのか?」


そういえば、あの小僧ウムルから来たんだったな。そのせいであのガキと言い合いになってたんだったか。


「8英雄のうち6人にその技術を師事し、その英雄の一人、イナイ・ステルの婚約者」

「・・・8英雄、ね。正直俺は実感が無いんだがな」

「まあ、商人や、貴族か、あの戦争に出てなければ彼らに関わる機会も無いですし、そんなものでしょう」

「そんなに凄いものなのか?連中は」


俺の言葉に、目を細め、殺気をまた溢れさせながら口を開く。


「あれは化け物ですよ。人でありながら人じゃない。正真正銘の化け物。あの連中が温和な連中でなければ、今頃この大陸はウムルという国で統一されているでしょう」

「お前にそこまで言わせるのか」

「ウームロウ・ウッブルネの実力なら知ってますから。あれはもう、人の領域じゃない。8英雄と呼ばれる面子は皆その領域です」

「信じられない話だな」

「相対すればわかりますよ。貴方なら。かの国の英雄譚はお伽話じゃなく、ただの実話だと」


殺気を全く消さないどころか、その殺気を俺にぶつけて言う。


「とりあえず落ち着け」

「動じませんねぇ」

「なれとるわ」


この化け物の横で何年やってたと思ってんだ。アマは俺の反応を見て、つまらなさそうに殺気を消す。


「にしてはあの小僧、その空気というか、持ってるが無いな」

「そう、なんですよね。私も少し探ってみたんですが、いまいち掴み切れないんですよねぇ」

「がきんちょどうしの喧嘩は、お前の目にはどうだったんだ?」

「動きは、見たままのそれを超えていました。あの体格の踏み込みで、訓練所の舞台がひび割れていく様は理解できませんでしたね。そのせいで止め時が分からず困りましたよ」


また、想像できない話だな。あの小僧、体が締まってるのは間違いないが、そんな事が出来る体には見えなかったし、そんな事が出来そうな力も感じなかった。


「あれが本来の仙術の力、なのかもしれませんね」

「ああ、なんかあいつに仙術教えるって、朝連行してったぞ」

「ふむ、それは気になるはな――」


アマの言葉を遮るように、ダンダンと支部長室のドアが叩かれる。


「支部長!大変です!」


娘の声だ。えらく切羽詰まってるな。


「なんか、あったか?」

「そのようですね」


アマはドアを開け、叩くものを招き入れる。

見ると、娘に肩を貸されて、汗だくで疲弊し、やっとの事で立っている女がいる。


「あなたは?」

「は・・はじめ・・まして・・・」

「挨拶は結構です。所属と、内容を、簡潔に」


喋るのも辛そうなのに、挨拶から入ろうとした女をアマは制し、内容を急かす。


「となり・・の・・街の・・組合・・職員・・・です」


隣の?どの方向の隣だろう。北以外には有るんだが。


「その職員が、こんな夜分になぜ王都の組合に」

「東・・から・・バハバラカが・・群れで・・・近づい・・て・・数は・・最低でも・・100以上・・」

「は!?」


俺はその報告に思わず叫ぶ。

俺達でも一人じゃ数体相手程度が限界の魔物が100も迫ってくる?


「街は・・・あなたの住む町はどうなったのですか?」

「わか・・りま・・せん・・」

「分からない?」

「これを・・つたえ・・る・・ために・・・全ての・・悲鳴に・・耳をふさい・・で・走りました・・・支部長は・・アナタ・・なら・・何とかして・・くれると」


涙を流し、疲労と悲しみで途切れ途切れになりながら報告をする女。


「ありがとうございます。よく無事でここまでたどり着き、教えてくれましたね。もう、休んでいてください。レン、彼女を任せていいですか?」

「はい、わかりました」


アマの指示を受け、ちらっと俺を見ると、アマに一礼し、出て行く娘。俺に挨拶は無しかよ。


「おい、冗談じゃねえぞ」

「ええ、ちょっと勘弁してほしいですね。ですが嘘ではないでしょうし、数日どころか明日にもここまでくるかもしれませんね」

「街、どうなったと思う」

「壊滅、でしょうね。彼女が生きてここにたどり着けたことの方が奇跡だ」


アマは冷静に。でも間違いない事実を口にする。あれを100なんて、事前準備をしてないと無理だ。しかもそれは『最低でも』ときたもんだ。

数人は生き延びてるかもしれないが、大半は食われたか、予備の餌だ。


「なんで、こんな急に」

「・・・まさか?」


俺が焦る言葉を口にすると、アマが何か知っているような言葉をつぶやく。


「どうした?」

「いや、でも、そんな。まさかあのせいで?」

「おい!なんだってんだ!」

「・・・私達は竜を蔑ろにした報いを受ける日が来たのかもしれないという事です」

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