第129話宿のご飯をおいしく食べます!

「美味い!」

「うん、おいしい!」

「そりゃよかった。いっぱい食えよ。お前ら二人とも育ちざかりな年だろ」


中華鍋っぽいものを振りながら、バクバク食べる俺達を笑顔で見る親父さん。

睨んでいた時の迫力はどこかに飛んで行く、良い笑顔だ。


「ボロ、そっちは出来たか?」

「ういっす、出来てますよー」

「ベレド、全部もってけ」

「はいはーい」


この店は親父さんと、ボロさん、ベレドさんの三人でやっているらしい。

ボロさんは親父さんに負けないガタイと迫力のある顔をしている。

ベレドさん結構締まった体の女性だ。軽々と中身の入ったジョッキをいくつも抱えていく様はそれなりの筋力が伺える。


食堂を見回すと殆どの客は「荒くれもの」という言葉がぴったりな連中ばかりだ。

イナイと一緒に泊まった宿は割と大人し目な感じだったが、こっちはまさしく冒険者が止まる宿って感じだ。

食堂っていうより、酒場だな。喧騒がやかましいが、争い事がある感じではない。


「で、なんで俺がこいつの隣で飯食わねえとならねえんだ」

「お前の驕りだからな」


俺の隣で不満を言う彼に、親父さんが答える。


「はあ?なんでだよ!」

「あんな怪我、治療院で完治するまで治療してもらったらいくら掛かると思ってんだ。飯の一回ぐらい驕っとけ」

「・・・ちっ」


なんとなく思ってはいたが、彼は根っこの部分は悪い性格ではないみたいだ。不満を言いつつ、支払いをする気のようだ。律儀だな。


「そういえば、治療院には行ったのか?」


シガルと話していたことを聞いてみる。


「行った。それがあの包帯だよ。固定と止血。そんだけだ」


彼の言う言葉に、俺は顔を顰めてしまった。ふと親父さんを見ると、親父さんはすごい怖い顔になっていた。包丁を握ってるだけにさらに怖い。


「治療院の治療は、そんないい加減な物なのか?」

「ちげえよ」


やっぱりこいつ律儀だ。一応聞くと返してくれる。


「俺が亜人だからだよ。治療院は身分証が無いとダメだからな。見せて俺が亜人と分かったらあれだ」

「ならなんで俺の治療素直に受けなかった」

「ウムルに情けをかけられる気はねえって言っただろ。結局俺はそこまでだと、そう結論を出してたんだよ」

「人の事さんざんバカバカ言ってたけど、お前大馬鹿だな」

「あ?殺す気で攻撃してきた相手治療しようとするお前に言われたくねえよ」


お互いににらみ合って貶しあう。どうもこいつとは合わない。見ている方向が違うせいもあるのだろうが、根本の部分の考え方が違い過ぎる。

そういえばこいつと言い合いしていて気になった事が有る。


「お前、仙術使いこなせてないだろ」

「・・・あ?」

「お前攻撃にしか気功使って無い。というより、攻撃にしか使えねえんだろ」

「それがどうした」


アッサリ肯定しやがった。


「お前良くそんなんでミルカさん殺すとか言ったな」

「・・・さっき少し気になってたが、お前ウムルの英雄に気安いな」

「まあ、ミルカさんは師匠だしな」

「ああ!?」


ガタッと立ち上がり俺を睨む。


「てめえ、あの女の弟子かよ!だからか、てめえが俺とやりたがったのは・・・!」

「どこまで使えるのかと思ってたんだ。予想外に身体能力だよりで驚いた。お前良くそんなんでミルカさん殺すとか大きな口叩けたな」

「うるせえ!こっちゃあの女の力を見て、我流で使えるようにまでしたんだよ!」


なるほど、我流。それも見様見真似か。この世界天才が多過ぎる。


「お前、見ただけであれ真似したのか。つーか見えたのか」

「そうだよ!あんだよ、なんか文句あんのかよ!」

「ねえよ。むしろ我流で使えるようにしたお前に尊敬すら覚えるよくそったれ」


俺は我流でここまでなんて不可能だ。魔術もなにも使える気が起きない。

こいつはそれをやってのけた。凄いと思う反面、そんなすごい事が出来る癖に思考の短落さにイラついて来る。


「あんだ、やっぱお前喧嘩売ってんのか?ああ!?」

「おおいいぞ、てめえに相手だとなんでか感情が抑えられなくてな。今度はボコボコにされて後悔すんなよ」

「くっ、今度はあれぶつけてやる!死んで後悔なんてさせてやんねえぞ!!」


あれっていうのは多分、あの時訓練所で撃とうとしたものだろう。


「上等だ。そっちこそすべて通用せずに絶望すんなよ」

「てめえ、外に出ろ!殺す!」

「出来るもんならやってみろ。死なない程度に何度もボコってやる。手加減してな。獣化した程度でどうにかなると思うなよ」

「ああ!?てめえこそ本気でイラつかせてくれんな!!」


俺と彼が立ち上がり、言いあっていると鍋が二つ俺達に振ってきた。

親父さんが鍋を叩きつけたんだ。


「ってえ」

「あちいいいいい!!」


俺はただ痛かっただけだが、あっちは熱した鍋を叩きつけられたようだ。


「うるせえ、大人しく食え」

「だ、だいたい親父さん!あんた俺を絞め落としたの忘れてねえぞ!」

「うるせえ。てめえが頭悪いのが悪い」

「そうだそうだ」


親父さんの言葉に俺が同意して。囃し立てる。


「てめえもうるせえんだよバカタレ」


パカーンといい音をさせて鍋で叩かれる。避けれる速度だったが、あえて避けなかった。


「てめえらに何か確執が有るのは分かったが、うちの店で騒ぐんじゃねえよ。

それに殺すだ殺さねえだ、そういうのは口に出すんじゃねえつっただろ。ただでさえお前は何言われるか分かんねぇんだ」

「・・・くそっ」


彼は親父さんに叱られると、ふてくされながらも座った。何を言われるかわかんない、か。

やっぱりそれは「亜人」だからだろうか。


「まあ、単純に相手ならしてやる。殺し合いはしねえぞ」

「ちっ」


舌打ちをしつつも、俺の意志は呑んだようだ。もし今度やるときは流石に殺し合いのつもりでやってこないと思いたい。


「・・・おい、教えろ。あの女、今のお前より強いのか?」


苦渋に満ちた表情というのがぴったりくる顔で聞いてくる。あの女とは、ミルカさんの事だろう。


「当たり前だ。逆立ちしても勝てねえよ。・・・本気で手も足も出ねえ」


この間の覚えた4重強化。あれを使いこなしても、あれで全力で行っても、彼女に勝てる自信は無い。

当たり前だ。彼女は俺と違う。

俺は技術を磨いていない相手なら自分の倍近い速度の相手と戦えても、技術を磨いている相手の場合、同じ土俵の身体能力までもっていかなければ勝てる気がしない。


だが彼女は違う。俺は一度、仙術、魔術、両方使って彼女と戦った事が有る。

それでも負けた。もちろんその時はまだ技術もたいしたことは無かったが、それでも彼女の4,5倍以上の速さで動いていたはずだ。

それなのに負けた。彼女と最後に手合わせした頃の俺か、今の俺ならいい勝負は出来るだろう。けどおそらくできるのは「いい勝負」だ。数撃入れれるぐらいはできるだろう。けど勝てはしない。

しかもそれは無強化の話だ。強化したミルカさん?

はっ、相手になんてなる気もしない。


高すぎる頂き。偉大過ぎる師。そんな言葉がぴったりと似合うぐらい、別格の強さを持っているのがあの人達だ。

この程度じゃ勝てない。届かない。彼女は、彼女たちの強さはそういう物だ。

今の俺じゃ、彼女たちの本気なんか引き出せやしない。特にリンさんのあれは異常だ。

あれは4重強化ですら追いつけない速度だった。技術で劣り、速度も劣る。話にならない。

竜とまともに、真正面から戦える程度では、あの人達に到底追いつけない。

戦える、ではだめだ。勝てなければだめだ。たとえ戦えるでも、あの老竜と戦える程度で無ければお話にならない。

それはイナイの態度で一目瞭然だ。けど。


俺は自分の手を見て、思わず力を込めて握りしめる。


いつまでも届かないなんて言わない。絶対に届かないなんて、それこそ絶対言わない。

あの人達は俺があの人達を超えると思っているんだ。だから。


「いつか絶対・・勝つ!」


思わず口にしてしまう。ふとシガルを見ると、にっこにこしてこっちを見ていた。

朝方の機嫌の悪さは無くなったみたいだ。


「シガル、すごい機嫌いいね」

「え?うん、可愛いなーって」

「へ?あ、そ、そう」


予想外の返事に戸惑い、狼狽える。シガルはクスクスと笑っている。


「お花畑どもめ」


そんな俺達を見て、そう評する彼を、シガルはじと目で見て口を開く。


「じゃああなたは何なのですか?」

「はっ?」

「目標があるくせにくだらない矜持で命を粗末にし、今大事なものを見ないで、目の前の感情だけで物事を判断する。

その感情も、譲れない大事な事ならともかく、誰かに言われたり、抑えられれば従う程度の物。

そんな下らない事をしたあなたが。私達を馬鹿にするんですか?」


シガルに捲し立てられて言葉に詰まる彼。弱い。いや俺も人の事言えないけど。

シガルは彼の事は興味が無いとばかりに食事を再開する。


「おい、この小娘なんなんだ。いやに迫力があんぞ」

「しらん。おまえがヘタレなだけじゃねえの?」

「んだと!」

「お前語彙が貧困だよな。俺も人あんまり人の事言えないけど、お前は俺よりひどい」

「うっせえ!やっぱお前いつかぶちのめす!」

「出来るもんならやってみろ。今度は本当の仙術の使い方を見せてやる」


言い合う俺達にまた鍋が飛んでくる。


「だからうるせえ。喧嘩すんな。飯を食え」

「へーい」

「くそっ」


親父さんの言葉に軽く応える。しかしこいつ悪態ついてばっかりだな。疲れないのかねぇ。

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