第128話無理やり治療します!

「おい、ボロ!俺はちょっとこの阿呆共の相手してっから、そっち任せたぞ!」

「へーい!忙しくなる前に帰ってきてくださいよー!」


食堂の従業員に声をかけ、俺達がいる部屋に入ってくる親父さん。

ドアを閉めると、食堂の音がほとんど聞こえなくなった。防音がなかなか良い。


「んで、あんだ?なんでわざわざうちの店の前で喧嘩してやがったんだ」


じろりと、俺と彼を睨む。シガルは除外っぽい。でも俺の連れだから取りあえず入れた感じかな。

しかし迫力がある。宿屋の親父っていうより、マフィアのファーザーのほうが似合いそうな顔だ。


「喧嘩なんかしてねえよ。こいつが絡んでただけだ」

「そうなのか?」


彼の言葉に俺を見る親父さん。その目はなかなかきつい。


「絡んでいたかどうかと言われると、確かに絡んでいたとなるのかもしれませんが、彼の腕を治そうとしてただけです」


俺に言われて、親父さんは彼の腕を見る。包帯でかなりぐるぐると巻かれて、少し血がにじみだしている。

こいつ止血もちゃんとしてねえのか?いや、肩口はきつく縛ってるし、止血だけはしてるのか。


「あん?お前、その腕どうかしたのかよ」


彼は明らかにばつの悪い表情をし、て親父さんを見る。


「そいつと勝負して、自爆したんだよ。その怪我を治すってうるせんだよ」

「んだよ、てめえが意地になってるだけじゃねえか。とっとと治してもらえ」

「そいつウムルの人間なんだよ」


彼がそういうと、親父さんは口をつぐんだ。親父さんは彼の境遇を知っているぽい。

だからなのか、床を見て、握りこぶしを作る。もしかして親父さんも人族じゃないんだろうか。


「この馬鹿野郎!!」


親父さんはその握りこぶしを彼の頭に振り落とす。

あれ?俺又見当違いな事考えてた?


「いてえええ!!」


ゴンと、良い音が室内に響いた。痛そう。


「何すんだよ親父さん!」

「馬鹿かお前!くっだらねえ事で意地になってんじゃねえよ!」

「く、くだらなくなんか」

「うるせえ!いいからその腕の包帯はがすぞ!」


包帯は物凄い分厚く巻かれており、内側の方の包帯は血で張り付いていたが、それをはがすと明らかに手遅れに近い状態の腕が出てくる。

当然だ。骨も折れ、筋肉も皮もズタズタだ。それを彼はただ無理矢理包帯で巻いて、肩口を強く結び、放置したんだ。


「いてててて、痛い痛い!」

「おーし、まだ痛いんだな!なら大丈夫だ!」


凄い判断基準。でもまあ確かに、痛みが無いってことは、神経が死んでるって事だし、正しいのかも。


「おい、小僧。俺がこいつ抑えてるから、とっとと治せ!」

「お、おい!親父さんなに勝手なこいでででででで!!」


親父さんは彼を羽交い絞め気味に肩関節を極め、首も絞まってる。あれは痛いな。凄い方向に肩が極められてる。それに、落ちるぞあの絞め方は。


「いっ・・てえ・・・ちょ、おい・・落ちる・・」

「うるせえ!それならそれで好都合だ!寝てろ!」


まあ、確かにもう、寝ててもらった方が好都合だ。治癒魔術を阻害ってされた事今んとこ一度も無いけど、こいつやってきかねない。


「おい!なにぼーっとしてやがる!とっととやりやがれ!」

「あ、はい、すみません」

「ウ・・くあ・・お、親父・・後で覚えてろ・・・」


親父さんの行動に呆気に取られていた。まあ、こっちも無理やりにでも治すつもりだったんだ。

俺は彼の腕に触れて、昔教科書で見た人体の構造を思い出しながら、その形に治っていくようにイメージする。

治癒魔術そのものは、治癒の意識をもって世界に力を借りればそこそこ治る。けど大怪我の場合、ただ治癒をすると、ただ傷がふさがるだけになる。

だから、元に戻す。この腕がきちんと、元の機能が発揮できるように。その構造を、足らない知識を頑張ってひりだしてイメージする。


「おお、すげえな」

「く・・あ・・・・」


親父さんが俺の治癒魔術を見て感嘆の声を上げる。彼はもう落ちる寸前だ。邪魔する余裕はない様だ。

しばらく魔術をかけ続け、彼の腕の傷がふさがったのを、血を洗い流して確認する。


「これで、大丈夫なはずです」

「おー、すげえすげえ。治療院に連れてってもこんな元通りにはならなかったぞ、多分」


治療院か。そうだよな、そういう施設は有るよな普通。


「ほれ!馬鹿な意地張ってねえで素直に治してもらってよかったじゃねえか!」


そう言って親父さんは彼を放すと、彼は力なく崩れ落ちた。落ちていた。


「・・・ありゃ。力入れすぎたか」


確かにそれもあるだろう。だが彼は親父さんに気を使っていた感がある。抵抗らしい抵抗をするそぶりが見られなかった。

もし彼本気で抵抗すれば、親父さんを振りほどけただろう。


「んー、ところでお前さんは、こいつの治療だけが用だったのか?」

「ああ、いえ、元々は組合の支部長さんにこの宿紹介されたんです」

「あいつに?ここを?なんの気の迷いだあいつ」


気の迷いって。なんだろう、おすすめの宿ではなく、おすすめしない宿を教えられたのだろうか。

あれ、俺あの人に嫌われる事したっけ?あ、そうだ手紙。


「そうだ、これを」

「ん?」


支部長に渡された手紙を親父さんに渡す。

親父さんは封を切り、中を見る。


「ふむ、なるほど、な」


ちらりと俺を見ながらつぶやく親父さん。

何がなるほどなんだろう。凄い気になる。


「まあ、部屋は空いてるし、部屋の良さはともかく、うちの食事は美味いぞ」

「それは嬉しい。おいしい食事は必要です」


特に土地の食べ物とかは、旅の醍醐味だよね。


「とりあえず、こいつ部屋に突っ込んどいてくれるか?」


親父さんは彼の懐をごそごそ漁ると、鍵を取り出し俺に投げつける。

その後、部屋に有る棚からもカギを取り出し、そっちをシガルに渡す。


「まあ、ベッドにでも転がしときゃそのうち目を覚ますだろ」


わーい、とってもいい加減。起こしてあげてもいいけど、俺もめんどくさいな。

どうせ彼ならすぐ起きるだろ。仙術使える人間の基礎身体能力ならさして問題ない。

彼を肩に担ぎ、親父さんに言われた部屋のベッドに転がして、俺達は俺達で自分の部屋に行く。

良し、目的達成。





「ちょっとびっくりした・・・・」


部屋に入ってベッドに腰を下ろすと、シガルが俺に言ってきた。


「へ?」

「タロウさん、あんな風に怒るんだね」

「あ・・えーと・・ごめん」


シガルが横に居たのに、感情のままに叫んでしまった。それもこれも全てくそ親父が悪い。いや、それは違うか。

どうしよう、怖がらせたかな?もしくは失望させたかな?


「ううん、謝らないで。ちょっと驚いただけだから。タロウさんが怒ってる時って、いつも静かに怒ってた印象だったから」


静かに怒る?あー、まあ怒鳴ったりは確かに殆どした事無いな。


「嫌じゃなかった?」

「ちょっと怖かったけど、タロウさんにとっては大事な事だったんでしょ?」


大事、大事か。うん、大事だな。

あいつの気持ちが分かるとまでは言わないが、全く分からなくはない。

けど、それでも自分で自分を殺すような行為は許せない。

別に責任を取って死ぬとか、そんな話でもない。ただ意地を張って、感情のままに、あいつは俺の治療を断った。


「支部長さん、全て分かってたのかな」

「え、なんでそこで支部長?」

「え、だって彼の泊まってる宿教えてくれたでしょ?」

「・・・は?」

「・・・え?」


俺とシガルはお互いを見つめあう。恋にはすでに落ちています。

いや、そうじゃなくって、支部長が彼のいる宿を教えてくれた?


「え、だって、あんまり無理やりな話題の変え方だったし」

「あ、うん、それは思った」

「だから、彼が拠点にしてる宿を教えてくれたんだと、あたしは思ってたけど・・・」


あ、はい、わかりました。だから支部長さんいい人って言ってたのね。


「まさか、ほんとに気が付いて無かったの?」

「・・・あの、はい」

「・・・タロウさん、どうかと思う」

「すみません。返す言葉も有りません」


さっきの怒鳴ってた事よりも、こっちの方がシガルを呆れ顔にさせた。

シガルはその顔を彼の部屋の方に向けると、少し思案し始めた。


「・・・彼、もしかしたら治療院には行ったのかもしれない」

「え、じゃあなんであんな」

「彼・・・亜人・・だから」


亜人。その言葉の重みをまた嫌な形で知ってしまった。

彼は一応治療をしようとしたのかもしれない。だが断られた。だからあんな状態で放置していたのかもしれない。

だからといって俺に治療されるのは嫌だ。だからあの言い合いになってしまったのか?


「でも、ほんとのところはどうなのか、分からないけど」

「あいつに今度聞いてみよう」

「答えてくれるかな?」

「あいつ、聞いたことを無視はしなかったから、何かしら反応はくれるんじゃないかな」


その反応から、少しは察せられるだろう。俺でもきっと。たぶん。おそらく。

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