第127話王女の今後の方針ですか?

「ち、父を助けていただけないならば、私はあなたと刺し違えてでも、ウムルに抵抗して見せます。本気です」


私はあの言葉を発したとき、死ぬ気だった。いや、最初から死は覚悟していた。

どうせ終わる命だと思っていた。ならお父様の為に、そしてウムルへのせめてもの嫌がらせに、命を捨てた。

そんな私に返された彼の言葉は、とても気楽な、優しい声で放たれた許しの言葉だった。


「薬を盛られたことは素直に言えば少し怒ってます。シガルが危なかったわけですから。でも結局被害は無かった。だからあなたが体を張る必要はないんです」

「な、なにを」


でも私は最初、それが何を意味するのか分からなかった。ただ単に、私の覚悟なんて意味がないと、あざ笑われているのかと思った。


「何もなかったんですよ。ほら、危ないですよ」

「え、あ」


彼は事も無さげに私からナイフを取り上げた。抵抗する暇なんてなかった。

思いっきり力を込めて持っていたはずのナイフが、彼の手に、元から有るように収まっていた。


「じゃあ、そうですね、ごめんなさいの対価にこのナイフ貰いましょうか」

「・・・・・え?」


唐突な求婚に思考が止まり、目の前の男性が何を考えているのか本気で分からなかった。

その時私は、間違いなく彼の興味の範疇外だと思っていたから、そんな展開は全く予想してなかった。


「使いやすそうなので。ダメですか?」

「・・・・・・・・・・・いいの、ですか?」


とても気楽に、世間話をするように、彼は私に再度求婚をした。

つまりそれは、私に求婚する代わりにすべてを許すと言う事になる。

なのに彼はそのまま部屋を出て行こうとした。たった今求婚したにもかかわらずだ。


「まって、待ってください。それでは、それこそあなたをそのまま行かせられません」


彼は自分が何をしているのかわかっているのだろうか。王族が平民に求婚した。それだけでも一大事だ。

しかもその内容が、薬を盛ったのを黙っててほしければという形になっている。彼には損しかない選択のはずだ。

私自身今の状況が分からない。混乱の中で彼を行かせるわけにはいかない。彼は何を考えているのかわからない。これも何か考えが有るのかもしれない。行かせてはいけない。そう思い彼を引き留める。


「え、いや、本当にもういいですよ?さっきの話も、イナイに上手く言っておきますし」


そこでやっと理解した。彼は本気で私を、私達を許したんだと。

イナイ・ステルにすらその許しの話をすると、この部屋で言ったんだ。私の部屋で。王族の部屋で。

それがどんな意味を持つのか、彼は分かってないのかもしれない。けど、許されたのだと、分かった。

私は、力を振るう事の出来る立場に居ながら、その気になれば単独でこの国なんて亡ぼせるはずの力を持ちながら、そんな優しい選択ができる平民の彼を、彼の顔を、その時初めてちゃんと見た気がした。

とても優しい、素敵な方だと、素敵な男性だと、呆けて見つめてしまった。


「だから、安心してください。あなたはもう気にしなくていいんですよ」

「・・・でも、そんな」


そんな優しい選択は、あなたの為にならないと思った。自分でもその時なんでそんなこと思ったのかわからなかった。

でも、そう思ったんだ。彼は優しすぎる。その選択は身を亡ぼす選択だ。彼の為にならない選択だ。だからやめさせなければと。

今思えば、その時の気持ちで彼に迫ればもう少し結果が違ったのではないかと思うが、今更後悔しても遅い。


「大丈夫」

「・・・・・は・・い・・」


でも彼の優しくて温かい手が頭に置かれ、それがあまりに心地よくて、何も言えずに見送ってしまった。


その後、しばらく彼が去ったドアを眺めていた。自分が呆けていたことに気が付いたのは、かなり経ってからだったと思う。

気を取り直した私は、彼との会話を思い出し、彼の声音を思い出し、彼の優しい顔を思い出し、彼の手の温かさを思い出していた。

・・・・彼の事が頭から離れなくなっていた。


おかしい。いつもの私ならこれを上手く使うはずだ。彼との会話はちゃんと記録できている。

彼は平民。私は王族。そして会話は、わざわざ私の私室で、彼は私を脅した。

そう、言い張れる材料が手元に有る。なのに私は何を考えているのか。


彼の事が理解できない。彼はその気になれば「どうとでも出来る」はずだ。

けど、明らかに、彼の出来る手の中で間違いなく損しかない行動をとった。何も得るものが無い、損しかない行動を。

それが理解できない。私達を許したところで何も得は無い。彼にとって私達なんて何の価値も無い。それぐらい解る。


さっきは気が動転していたが、彼が、私達に興味のない彼が私に求婚したなんて思えない。

あれは完全に、ただ私を許すために、適当な理由を作っただけだ。

ただただ、許すための都合を探しただけだ。


なのになんで私はそれに気が付かない事にしようとしているのか。

いや、最初の目的を考えれば好都合だろう。これをもって彼に取り入り、彼との縁をつなぐ。

それが最初の目的だったはずだ。そのはずだ。

あの男には嫌悪しかない。そう、そのはずなのに。


なんで、あの優しい声を思い出すと胸が苦しくなるんだ。

なんで、あの優しい顔を思い出すとその胸に飛び込見たい気持ちになるんだ。

なんで、あの優しい手に触ってほしいと私は思っているんだ。

なんで、私はあの求婚を本物にしたいと思っているんだ。


ああそうか、これが誰かを好きになると言う気持ちなのか。今まで知らなかった。こんな気持ちになるものなのか。

お父様にこの事は話さないようにしよう。この記録は隠しておこう。

いざという時に使うかもしれないが、今はまず隠しておこう。使えばきっと、彼にとって不利になる。

いや、他国には使わずとも、ウムル王家に願いを通す道具にはなる。彼と縁を持つための道具には。

でもそれは最後の手段にしておこう。その結果彼の立場が揺らいでは意味が無い。


もうこの時点できっと私の心は決まっていたんだろう。彼を手に入れるという気持ちに。

後々その気持ちは、彼の隣にいるにはふさわしい形ではないと思い知る事になるが、その時はそうとしか考えられなかった。

けどこの時点の私は、彼を手に入れる。彼の隣にいる。そのために行動を起こそうとした。


まずは朝から彼の求婚を本物にするために、彼にその事実を伝えに行く。

彼は確実に自分が求婚したなどと思っていないはずだ。何より、あの女が邪魔だ。彼の隣にいるあの女が。

イナイ・ステルは仕方がない。あれはどうしようもない。だが、今あの女は居ない。

ならば障害はあの平民の女一人。平民の女ごときに私の邪魔はさせない。


朝一で私は彼の部屋に赴き、彼に求婚の事実を伝え、彼が取れる選択肢は私と共に生きる事だと、あの女にも突き付けた。

ここにイナイ・ステルが居れば少し面倒な事になっただろうが、平民の女ごとき、なんとでもなる。

たとえ彼の婚約者であろうと、ウムルの国民であろうとたいしたことは無い。

そう、思っていた。

けど結果は、私が全く望んでいない結果だった。


「シガルは俺にとって大事な人だ」


そう言い放った彼の目は、向けてほしかった優しい目とはかけ離れた物だった。

どこで間違ったのかと、自問した。けど、結論よりも彼の心が今より私から離れるのを避けたいという思いが、私をすぐに跪かせた。

自分でも意外と思うぐらい、すぐに彼に謝罪した。彼の機嫌を損ねるのが怖かった。

失敗したのだという事だけは、すぐにわかった。

そして自分が本気でこの人の物になりたいのだと、私の言葉こそが本当の本心なのだと後で気が付いた。

彼を手に入れたいのではない。私が彼の傍に居させてほしいのだと。


でも遅い。すでに失敗してしまった。私はここで素直に話せばいいのに、また白を切ってしまった。彼の求婚を本気で受け取っていたからこその言動だと。

彼にそのすべてを捧げると言った。


「少なくとも、相手の感情も考えるべき事に、手段を択ばない行為は嫌いです」


完全に私の考え方だ。彼を手に入れるために、彼の事を考えずにやった結果がこれだ。

この時点で私は、かなり彼にとって低い位置にいるのだと理解させられた。だというのに。


「シガルとこんな言い合いをする時点で俺は君を信用できない」


自分がなぜ彼に受け入れられないのか、そこで、そこまで来てやっと理解した。

彼は、彼にとって大事なものは譲らない人なのだと。彼の傍にいる人は、彼が傍に有っていいと思っているからこそ、傍に居れるのだと。

私はそんな彼の気持ちをまず見なかった。そして彼の大事な者を蔑ろにした。

私の「本心」をきちんと見せなかった。

だから、捧げると言ったこの身を、なんの惜しげもなく要らないと言われてしまった。


目の前が真っ暗になった気分だった。優しい彼の、その優しさを受けるべき人間を蔑ろにしたのだ。

彼が私を拒絶するのは当然だ。そして彼はそれが出来る人だ。

勿論私があれを使えば、ある程度私の願いはかなうだろう。けどそこに彼のやさしさは存在しない。


私が向けてほしかったのは、あの優しい顔だ。あの優しい目だ。あの優しい声だ。あの優しい触れ方と体温だ。

あれを使ってしまったら、彼の立場が揺らぐどころの話ではない。まず私は絶対に受け入れてもらえない。

そんな簡単な事に、そこで気が付くなんて、なんて馬鹿な話。


私はすぐに彼女に謝罪した。彼女は謝罪を受け入れてはくれなかったが、それでもいい。

それでも私は彼女に謝らなければならない。でなければ私はもう、彼に顔すら見てもらえないかもしれない。


私はこれ以上粘っても悪い方向にしか行かないと判断し、その場を離れ、城で彼が自由に動けるようにした。

彼が城から去ったあと、彼の傍にいるために何をすればいいのか、私はどうなればいいのかを考えている。

あの人の傍にずっと居られなくてもいい。数月に一時でもいい。あの人が私に笑いかけてくれるように。ただそれだけを。


今までの考え方は捨てよう。きっとこのままの私では彼は振り向かない。情報を集めよう。

イナイ・ステルの、シガル・スタッドラーズの情報を集めよう。彼女たちを見本にしよう。

彼の心を動かした何かを、彼女たちから探し出そう。


いつか本当に、彼を旦那様と、本当の意味で旦那様と呼ぶために。

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