第126話命を粗末にはさせません!
と、とりあえずシガルの言葉は置いておこう。
俺は目の前の彼の腕を見る。その腕は無理やり包帯で本来の向きに固定されたようになっている。
巻き方も荒い。
「んだよ、何じろじろ見てんだよ」
俺が腕をじっと見ていると、彼が睨みながら言い放つ。
とはいえ、今回はあの子と約束しているので、多少無理やりにでも治療させていただく。
「その腕、治させてもらえませんか」
「あ?何言ってんだお前。馬鹿か」
また馬鹿って言われた。でも彼も大概だと思う。
「組合所の子と約束したんです。あなたを治すって」
「・・・あいつか。要らねえよ。けえんな。拒否されたって言っとけ」
「無理やりにでも治すとも言ってるんですよ」
「・・・お前やっぱり馬鹿だろ」
はぁ、とため息を付く彼に、再度お願いをしてみる。
「そういうわけで治療をさ」
「断る」
最後まで言わせてもらえずに、否定の言葉を言い放たれる。
まあ、断られるんじゃないかなって思ってたけどさ。
「言ったろうが、ウムルの奴に情けをかけても、かけられる気は無いって」
「でも、その腕、ちゃんと治療してないでしょう」
「うるせえ。てめえ程度とやった傷なんざすぐに治る」
「じゃあその腕、動かしてみてください」
彼は俺の言葉に苛立たしそうに顔を歪める。俺の見立てが正しければ、彼の腕は肩すら動かないはずだ。
「なんでそんなことしなくちゃならねえ」
「本当にその怪我がなんてことないなら引きます。けどそうじゃないなら治します」
「・・付き合ってられるか」
彼はそう言って、俺の横をすり抜けていうこうとする。
俺はその肩をつかみ、こっちに向かせる。
「いいからやれ!」
「っ!?」
俺は声を荒げて、彼に言った。
腹が立ったんだ。
別に彼の言い方に腹が立ったわけじゃない。彼の態度そのものに腹が立ったわけじゃない。
あの怪我は、もし俺が見た通りなら本当に重症だ。ちゃんと治療してるなら良い。けどしてないならいずれ腐る。
それだけならまだマシだ。おとせば助かる。けど彼はそれすらそのままにしかねない雰囲気を感じた。
その命を粗末にする行為に、腹が立った。
「・・・動かねえよ。これで満足か?」
「じゃあその腕治させてもらいます」
「要らねえつっただろ」
俺はその言葉で彼の胸ぐらをつかみ、引き寄せた。
俺の行動に彼は驚きの顔を見せる。シガルも俺の態度に物凄く驚いている。
「ふざけんな!その怪我、軽い怪我じゃないことぐらい、お前ならわかるだろ!仙術が使えるならその腕の気功の流れが消えかけてるのが分かるだろ!」
「な、なにを」
「その腕ほっといたら腐るんだぞ!ウムルにどんな感情を持ってんのか知らねえけどな、死んだら何にもならねえだろ!お前は生きてんだぞ!なんで自分で死のうとする!!」
目の前の男が、目の前の生き物が、自分の命を軽んじている。ただ世の中を軽く見て怪我をしたとか、予想外のけがをしたとか、やんちゃをしてけがをしたとか、そういうのならしょうがない。
けど、彼は自らの怪我の具合が自分で分かっているはずだ。重症だと。いずれあの腕は使い物にならなくなるはずだと。
それどころか下手をすれば自身の命さえ蝕むのだと、分かっているはずだ。
俺はそれが、どうしても腹立たしい。なんで死ぬんだ。なんで自分で死の道を選ぼうとするんだ。
くそ、どうしてもくそ親父の事が頭にちらつく。
「良いからその腕出せ!」
「う、うるせえ!ウムルの人間が俺に触んな!」
「今そんな事関係ねえんだよ!だいたいそんな事言ってるぐらいならその怪我なんで自分で治療しねえ!仙術が使えるなら骨を肉をつなぐだけならできるだろ!」
俺の言葉を聞いて、彼が先ほどの戸惑いの入った驚きの顔ではなく。本気で驚いた顔を見せた。
「おい、それホントの事か」
「仙術が使えるなら、魔術はそこそこ使えるはずだろ。魔術の治療と仙術の治癒強化を併用すればそこまでひどい事にはならないはずだ」
「・・・ちっ、てめえかなり手加減してやがったな」
悔しさでいっぱいの顔をして俺を睨む。全然怖くない。むしろ俺はそれでさらに苛立ちが増した。
「今そんなことどうでもいい!腕を治させろ!」
「断る!てめえの世話にはならねえ!」
「ふざけるな!死ぬ気か!」
「ああそうだよ!どうせてめえに勝てない程度じゃ、ミルカ・グラネスを殺せない!なら生きてる意味なんかねえ!!」
その言葉で、今まで怒りでいっぱいだった感情が少し疑問に負けた。
ミルカさんを殺す?何言ってんだこいつ。
「なんで彼女を殺すんだ」
「仇だからだ。あいつが俺の家族を、親族を、一族を、悉く殺したからだ」
嘘をついてる様子はかけらも見られない。俺の目を真っすぐ睨んで見据えている。
ミルカさんが殺した?あのミルカさんが?
「・・・彼女が無意味にそんな事をするとは思えない」
「意味なんか知らねえ。どうでもいい。俺には家族を失った事実だけだ。それだけが真実だ」
「お前たちに非があったとしてもか」
「ああ!?ふざけるな!親父たちは戦士として戦ったんだ。最前線で!皆の為に!」
最前線。その言葉で理解した。たぶん彼の家族はあの戦争に居たんだ。そして一番先頭に立っていたのだろう。
けど、その恨み言は筋違いだ。いや、きっと言っても彼は納得しないだろう。
彼にとって、殺された恨み以外はきっとどうでも良い事なのだろうから。
「最前線で戦っていたと言ったな」
「ああそうだよ」
「ならお前の家族も同じぐらい人を殺しているだろう。それはどうでも良いのか」
「そ、それは」
「お前の家族は戦争の最前線で戦っていたんだろう。ならそれは、誰も殺されないで殺すなんて、甘い考えは持っちゃいけないはずだ。もしそんな考えならそれはただの蹂躙だ」
「それでも!それでも俺達の為には必要な事だったんだよ!」
「ウムルは奴隷を良しとしてない。そんな国と戦う必要が?その国に攻め込む必要が?てめえは見なきゃいけない所を見ずに、てめえの不満を言ってるだけだ」
けど、戦争なんてそんなものだとは思ってる。お前は私達と違う。お前は私達を認めない。そんな感情の爆発がエスカレートしたのが戦争だろう。
けどそれでも、俺はミルカさんを知っている。あの人達を知っている。8英雄を知っている。
あの人達が自ら戦争を起こし、攻めに行くなんて考えられない。
だから言う。言わなきゃ言けない。俺は別にウムルという国自体を誇っているわけじゃない。俺を鍛えてくれたあの人達を尊敬しているし、誇れる師匠だと思っている。
だから、あの人をただの殺戮者のように言うのは許さない。
「殺された仇?それならてめえらが殺した人たちは、その家族にはなんていうんだ?」
「ひ、人族が俺達を人扱いしなかったからだろう!」
「全員じゃないだろ。そうじゃない国にも攻めただろ」
少なくとも俺はそう聞いてる。途中までは『亜人』を奴隷としている国だけだったが、途中から人族の国への蹂躙になっていったと。そこに奴隷かどうかはもはや関係なくなっていたと。
彼らも戦わなければいけなかった。助けるために、生きるために、戦う選択を取るしかなかったと。
「お前たちにお前たちの正義があったのは理解してるよ。自分たちの尊厳を取り戻すために戦ったんだろうさ。けど蹂躙は違うだろ。お前はそれでも最前線で戦っていたってことを誇るのか。それでやられたことを恨むのか」
「くっ、だからって!家族が殺された気持ちを我慢しろってのか!」
「なら!そんな気持ちが有るならそれこそ生きろよ!目的があるなら尚の事命を粗末にするなよ!」
俺達の感情は、言葉は平行線だ。
どちらもがどちらのエゴを押し通したい。これが行きつく先が戦争なのだろうとは知ってる。
けど俺はこいつを救うためにエゴを押し通したい。こいつは助けなきゃいけない。こいつは見なきゃいけない。
ミルカ・グラネスという人物を。ウムルという国を。そこに暮らす人々を。
彼らもまた、当たり前に生活していたのだと、知らなきゃいけない。こいつはそこを見ていない。
彼らの命を奪おうとした事実を見ずに、自身の身近な命を奪われた痛みしか見ていない。
それに目的を達せないなら死ぬなんて、そんな悲劇の主人公気取りなんて俺は許さない。
生き残ったんだろう。生きているんだろう。ならその人生を自分の為に使えばいいだろう!
「おいこら、てめえらその辺にしろ。迷惑だ」
ポンと、俺と彼の肩に手が置かれる。振り向くと青筋を立てたおっちゃんがこっちを向いていた。
「とりあえずてめえら、ちょっと奥に来い」
「あ、お、親父さん、すまん」
「良いから来い」
「・・・おう」
親父さんか。たぶん彼がここの店主なのかな?
親父さんの言葉に彼は素直に従い、先ほどの剣幕は消え、奥に入っていく。
「何ぼーっと突っ立ってやがる!てめえも来い!そっちの嬢ちゃんもだ!」
「は、はい」
「えっと、はい」
親父さんにどやされ、俺達も焦りながら奥へ行く。うへー、この親父さんいやに迫力があってこえー。
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