第125話宿を勧められます!
「お疲れ様、タロウさん」
シガルが近づいて来て、剣を返してくる。
それを受け取り、また身に着ける。
「ありがとう、シガル」
礼を言いつつ、彼が出て行った先を見る。彼のウムルへの感情は良い物では無いのは分かった。
でも、彼が命を粗末に扱っているようで、とても気になる。
「あの人、たぶんウムルに恨みが有るんだろうな」
「たぶん、そうなんだろうね。あの感じはそうとしか思えない」
俺の言葉をシガルが肯定してくれる。でも彼はそんなウムルからやってきた俺との勝負に応えた。
理由は支部長と話していた事だろうけど、それでも少し腑に落ちない。
ここの支部長は自分が俺に劣ると言った。その言葉が彼にとってどれだけの物だったのか。それが分からない。
もしかすると支部長、かなり強いのだろうか。まあ、アロネスさんみたいな、強さのわからない人もいるからなぁ。
「取りあえず、俺達も戻ろうか」
「うん」
ぽてぽてとのんびり組合所に戻ると、組合所への入り口手前であの女の子が仁王立ちしていた。
顔はめっちゃ険しい。可愛い顔がすごい顔になってる。
「・・・タロウ、さんでしたよね」
さっき話した時とは別人のような低い声だ。
「あ、えと、はい」
「・・・治療に行ったんじゃなかったんですか」
・・・あ、しまった。治療に行くって言っておきながら、怪我をさせ、その上彼がそのまま行くのを見送った。
「あの、その、すみません」
「それは彼に言ってください。彼は一生懸命頑張ってるんですよ。なんで、なんでみんな彼が人族じゃないからって。支部長も無責任すぎます・・・!」
険しい顔の奥に、優しい物が見えた。そういうことか。
よかった。彼女の様な人が居るのは嬉しい。
「何を笑ってるんですか?」
思わず笑顔になってしまったようだ。すぐにその顔を咎められる。
まあそりゃそうだ。状況的には不謹慎だ。
「すみません。もし彼に会えたら無理やりにでも治療します。約束します」
「・・・分かりました」
彼女は不満気に頷き、ちらりとシガルを見て、またこっちを見る。
「あなた達は違うのかなと思ってました。私の勘違いだったみたいです」
そう言うと、くるりと身を返して組合所に戻っていった。
「嫌われちゃったね」
「うーん。まあ、彼女にとっては嘘をついた形になってるから、しょうがない」
「でも、今度であったらちゃんと治療するんでしょ?」
「うん。なんとなくだけど、彼はちゃんと治療してない気がするんだよな」
「あー・・・ありそう」
彼の雰囲気から、ウムルの人間とやって出来た傷なんてなんてことないとか言い出しそう。
でもあの傷はやばい。獣の時には分かりにくかったが、人間の状態に戻った傷を見る限り、かなり重症だ。
血まみれで変な方向に曲がっていた。ただそれだけでも大怪我だ。あれは中の骨も折れまくってるし、筋肉も腱も切れてるだろう。
自爆でやった怪我だが、俺との手合わせで出来た怪我だ。治療ぐらいしよう。
「さて、そうと決まれば、支部長に聞きに行こう」
「うーん、教えてくれるかな?」
「ダメかな?ま、ダメだったらその時考えよう」
俺はそう言って、組合所に入り、手前の方の席でぼーっとした感じで本を読んでいる支部長に声をかける。
「あの、すみません、少しいいですか?」
「ああ、はい、どうしました?」
「あの、手合わせした彼、あの人の住んでる所とか教えてもらえます?」
「・・・聞いてどうするつもりですか?」
目の前の人から怖いものを感じた気がした。目つきは相変わらず柔らかい。声も物腰も優しい。
けど、何か違う。今この人さっきまでとまるで違うものになった。この人が俺に劣る?嘘つけ、そんな気サラサラねえだろあんた。
目の前に立つのに勇気がいる類の人間だこの人。強い。間違いなく強い。
「彼の腕、かなり重症なので、治療して無さそうなら治療しに行こうかと」
「ふむ、治療の為ですか」
「ええ。あそこの彼女にも怒られてしまって。その謝罪も兼ねてます」
「謝罪?」
「新人潰しにあってる人を治しに行ってきますって言って、あそこに行ったんですよ。結果としては真逆の事をしてしまったので」
「ああ、なるほど。んー、とはいえ、この身は組合支部の長ですので、組合員の情報を適当に教えるわけにもいかないんですよね」
俺の言葉に満足が行ったのか、怖い雰囲気が消える。
しかしそうか、無理か。これは組合所でたまたま出会うのを待つしかないかな。
「そういえば、あなた達は宿はお決めですか?」
支部長が話題を変えてくる。あまりにも唐突過ぎる。
「いえ、決めてないですけど」
「それは良かった。おすすめの宿が有るんです。値段は手ごろでいい宿です。なんなら私が一筆書いて融通利かせてくれるようにしても良いですが」
「はあ・・・。いやまあ、宿を教えていただけるのは有りがたいですけど」
「そうですか、ちょっと待っててくださいね。地図も書きますので」
ぱたぱたと受付の中に入っていき、さらさらと地図と手紙を書きはじめる。
「支部長さん、いい人だね」
支部長を眺めながらシガルが俺に言ってきた。良い人?
まあ、いい人か、おすすめの宿をわざわざ教えてくれるんだし。
「そうだね」
シガルの言葉に返事をして、支部長を待つ。彼はすぐに書き終わり、その二つを持ってきた。
「こっちが地図です。この手紙は宿の親父に渡してください」
「ありがとうございます」
「いえいえ、今日はこんな事になりましたが、またお越しください。優秀な組合員は大事ですので」
「あー・・・ありがとうございます」
うーん。優秀ねぇ。なんか俺の評価は変に独り歩きしてそうな感じ。まあいいか。
俺は支部長に頭を下げて、組合所を出て、地図を頼りに宿へ行く。
シガルは俺の横をニコニコしながら付いて来ている。なんだろ、えらく機嫌がいい。
「なんか機嫌がいいね、シガル」
「ん、タロウさんの真剣なところが見れたから。やっぱり格好いいなって」
「・・・えっと、ありがとう」
なんと返せばいいのかわからず、とりあえず礼を言う。恥ずかしい。
照れながら思わず明後日の方を向いてしまう。
クスクスと笑う声を聴きながら宿への道を、地図を見ながら歩いていく。
しばらく歩くと、それと思わしき宿についた。
外観は悪くない感じだ。中に入ってみると、食堂か酒場といった雰囲気だ。
奥や2階が有る当たり、ここも食事もできる宿ってところか。
俺は入り口で中を眺めていると、後ろから声がした。
「おい、出入り口で突っ立ってんじゃねえよ。邪魔だ」
「あ、すみま・・・せん」
「お、お前!」
俺が謝りつつ振り向くと、そこには彼が居た。仙術を使う彼が。
俺は驚き固まってしまい、彼も驚きで声を上げる。
「なんでタロウさんまで驚いてるの?」
「え?」
シガルは物凄い不思議そうに俺に聞いて来た。
あれ、俺又何かスルーしてた?
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