第123話お手合わせを願います!
「まだやんのか!ああ!?」
少年はとがった歯を見せ、首をかしげながら周囲の者達へ威圧する。ヤンキーだ。ヤンキーがいる。
でも、このヤンキーの業は見逃せない。ミルカさんはもう使う人間が居ないと言っていた業。その使い手がここにいる。
やばい、手合わせしてみたい。この子は仙術をどれだけ使いこなしているのだろう。自分とどれだけの差があるんだろう。
同じ技だけど、あれがあの子の本領の使用方法だろうか?強化には使わないんだろうか?
「シガル、ごめん、剣持っててくれる?」
「え、うん」
シガルは不思議そうに俺の剣を受け取る。
「アリガト、ちょっといってくる」
「え?」
少年は俺と逆の方を向いて、おそらく絡んできた連中なのだろう男たちをあざ笑っている。
「あっはっは!ざまあねえな!新人潰しなんてくっだんねえ事してっからそんなに弱いんだよ!」
言い分は少し理解できる。そんな事をしている間に自分を磨けと思う。
彼の言葉にそんな感想を抱きながら、自分の胸の高さの舞台に飛び乗る。
それを見て、支部長が驚いた顔をしていた。まあ、それはそうか。面倒事を避けたいと言っておきながら、間違いなく面倒事に突っ込んできたんだから。
俺が舞台に立った事で周囲もざわつく。あいつは誰だ?なんだ?という疑問の声しかない。良かった。まだ俺の事は一般にはそんなに知られてないようだ。
そのざわつきに少年はこちらを向き、俺に気が付くと、今にも噛みついてきそうな表情でこちらを睨む。
「んだぁてめえ。そのオッサンどもの仲間かよ」
「いいえ違います」
「あ?んじゃなんでここに上がった」
俺を威圧する姿はやはりヤンキーだ。しかも一昔前の気合の入ったタイプの雰囲気だ。
とはいえ、俺は手合わせをお願いしたい立場なので、下手に下手に行かせてもらおう。
「初めまして。俺の名前は田中太郎と言います。先ほどのあなたの勝負を見て、一手お手合わせお願いしたく思います」
ぺこりと頭を下げ、お願いする。
少年はそんな俺を見て、怪訝な顔をする。
「タナカ・タロウ?貴族様がなんだってこんなとこに居るんだ?」
は?貴族?なんでだ?
あ、そうか思い出した。フルネームだと、普通は貴族なんだっけ。
「いえ、俺は貴族じゃないですよ。ウムルから来たので、そこは気にしないでください」
とりあえず、ウムルから来たと言っておけば大丈夫だろう。
「・・・・ウムルだと」
俺がウムルから来たと告げると少年の雰囲気が変わる。
さっきまでのヤンキーのような雰囲気ではなく、ミルカさんやリンさんのような戦士の雰囲気になった。
「ウムルの人間が俺に何の用だ」
「いえ、今お願いした通りで、お手合わせ願いたいんですけど・・・」
「断る。消えろ」
「え、あの」
「何度も言わせんな。消えろ。殺したくなる。見たところお前は若いし、関係ないだろうから見逃してやる」
若いし関係ない?どういう事だろう。ウムルの年若くない人に何かあったのかな?
「支部長。こいつ追い出してください。でないと本当に殺してしまいそうです」
「・・・無理です」
少年が支部長に俺を追い出すようにお願いすると、支部長は少し考えてから出来ないと言った。
いや、別に断られたなら大人しく出てくよ?あんなに冷たく断られるとは予想してなかったけど。
「どういうことですか支部長」
「勘違いしないで下さい。ただ単純に、あの少年を力づくではどうにも出来ないんですよ」
「あなたが力づくでは無理?」
「簡単に言うと彼は私より強いんです」
「はっ!?」
支部長が俺を力づくでどうにもならないから出来ないと言うけど、俺流石にそんな大馬鹿野郎じゃないぞ。
最初こそあまりに冷たく突き放され固まったが、会話中にすでに舞台を降りて、シガルから剣を受け取り、出て行こうとしていた。
少年は俺がそこに立ち尽くしていると思い、俺が居た場所に振り向く。
「おいお前、気がかわ・・・あれ?」
少年が何かを言っている時には、もう俺は訓練所の扉をあけて、シガルと出ようとしている所だった。
「お、おい!ちょっと待て!手合わせしたかったんじゃないのかよ!」
少年は慌てて俺に声をかけてきた。
「え、だって断られましたし」
「だったらなんで最初にとっとと消えなかった!」
「いや、あんまり冷たく言い放たれたので、驚いて」
「そんな事で驚くような奴が、場の空気読まずにどこかに消えるな!」
「いや、流石に力づくで動かされないと、我を押し通す馬鹿とは思われたくなかったので。消えろって言われましたし」
「屁理屈コネんな!」
「えー・・・・」
消えろって言ったのそっちじゃんかー。支部長をちらっと見ると、ごめんという動作をしている。
どれに対する謝罪なのだろう。まあ、いっか。手合わせしてくれる気になったみたいだし。
「取りあえず上がってこい」
「あ、はい」
少年がくいっと顎で舞台に上がるように促してくるので、剣をまたシガルに預けて、舞台に登る。
「武器はいらねえのか」
「ええ」
「ふん、なるほどな。無手にも自信有りか。おもしれえ」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
少年は構えるが、どう見ても喧嘩をするスタイルだ。武道を治めた人間の構えには見えない。
ミルカさんのように構えない構えも有るから一概にそうとは言えないのだが、彼は何かを修めているようには見えない。
俺も彼の構えに応えて構える。ミルカさんといつもやっていた時の、半身になり、右手右足を突き出す構えだ。
「へえ、堂に入ってんじゃねえか」
「ありがとうございます」
そういう少年も、構えこそ素人のようだが、そこに持つ雰囲気は本物だ。
構えの甘さなんて関係ないだろう。むしろわざと甘く構えてる可能性もある。
仙術の一撃を入れるために。木剣を切り落とした時のように。
俺は様子見に直突きを放つ。少年は剣を避けていた時のようにスウェーで躱し、躱し様に俺の肘を掌で打とうとする。
しかもいきなり仙術を使っている。俺の肘を壊す気だろう。
だがスピードがさほど無い。軽く当てに来るような、気軽な感じだ。ならこの場合肘で弾き、さらに懐に入る。
だがその未来に待つのは自身の肘関節の破壊。下手をすれば腕が吹き飛ぶだろう。
ただし相手が俺の場合、本来ならばという言葉が追加で付く。
俺はその一撃をあえて肘で受ける。
肘で掌を弾いた瞬間周囲に衝撃が走る。勿論一番衝撃を食らうのは俺達だ。
だが俺は、結果が分かっていた。だから自分にダメージが極力来ないよう、少年の気功が少年自身に向かうように気功で弾いた。
少年はその衝撃を逃がせず、後ずさり、歯を食いしばりながら腕を抑える。
周囲の者達はまともに受けた者はおらずとも、見えない衝撃が走った事に驚いている。
「て、てめえ!まさか使えんのか!」
「使えないとは言ってないですよ」
俺は気功を腕にまとい、軽くジャブをする。
大気を通し、そのまま気功は少年を穿とうと真っすぐに飛んでいく。
「な、この!」
少年はとっさに身をひねり、躱すと同時に踏み込んでくる。
―――早い。
「まず」
少年の速度が予想外に早い。強化をしている気配が一切ないのにシガルより早い。
やばい、貰う。
少年は気功をまとった拳を俺に叩きつける。
俺はその衝撃を逃がそうと後ろに飛ぶ。これで逃せるのは少年の拳の威力だけだ。気功は逃せない。
俺は穿たれた気功を自身の気功に循環させ、後ろに抜く。
今のが気功だけの一撃じゃなく、強化込みの一撃なら致命の一撃になりかねない。まあその場合こっちも強化で対抗させてもらうが。
「あっぶね」
「な、ふざけんな!今の必殺の一撃だぞ!」
少年は今の一撃が致命に成らなかった事に驚き、叫ぶ。どうやら少年は気功の衝撃を逃がす術は持っていないようだ。
つーか、殺す気で打ってきたのか。あとの事考えてないなー。
「次はこっちから行きますよ」
気功の使い手に真正面から気功で打っても弾かれるし、躱される。
何より少年の速度を通常の俺では捉えらる自信が無い。強化すれば追いつけるが、それはなんかしゃくだ。
俺は気功を指に纏い、出来る限り指を開いて腕を振るう。
「な、なんだそれフザケンナ!!」
俺の指をなぞり、斬撃のような形に固定され飛んでいく気功を少年は全力で躱し、再度突っ込んで来ようとする。
流石にそれは甘い。
少年が突っ込んでくるタイミングに被せるように、少しずらしてから反対の腕で放った斬撃型の気功が少年を捉える。
「があっ!!」
少年は当たる寸前に両腕を気功で覆いガードするが、防ぎきれず腕が少し裂けて血が舞う。
「くっそ、なんだその使い方!」
「実は初めてやりました」
「は!?お前本当になんなんだよ!!くそっ!!」
今の使い方はぶっつけ本番である。ミルカさんとやってた当時は単純に衝撃を与えるようにしか使ってなかったから、上手くいくかどうかは分からなかった。
「・・・・ああ、くそ。甘く見てたよ。ああそうだ舐めてた。だからこっからは死んでも文句言うなよ?こっからはどうなっても事故だ。そう認めないならこれ以上は出来ねえ」
「本気でやるってことですか?」
「ああ、殺す気じゃねえが、殺しちまうだろうな」
彼の本気。彼はまだ魔術を使って無い。強化を使ってない。ならこの言葉はハッタリじゃないだろう。
その表情も苦し紛れじゃなく、自信が有ることが見て取れる。
「奇遇ですね、こっちもまだ手が有るんですよ」
「・・・ハッタリじゃねえな。いいぜ。その代り死んでも恨むなよ」
「それはごめん被ります。でもあなたを殺す気も無いですよ」
「ほざけ。本気でやれば殺し合いにしかなんねえよ!!」
少年がその言葉と共に姿を変える・・・・・。
ぎちぎちと、肉や骨がきしむような音と共に、少年の骨格が、筋肉が膨らんでいき、その体は白く綺麗な体毛で覆われる。
顔はオオカミのような顔になっていき、口の端から見える歯が、『歯』ではなく『牙』になっていく。
なんだこれ凄い。変身だ。変身した。魔力の流れとかなかったから、自力でなってるんだ。
「加減出来ねえぞ。死にたくなかったらとっとと負け認めるんだな」
「びっくりしました。姿を自力で変えられる方がいるとは思ってませんでした」
「は、知らねえで続けるって言ってたのかよ。馬鹿じゃねえのお前」
「最近少し自覚してます」
俺が構えると、少年はものすごい速度で突っ込んできた。身の毛がよだつ感覚が俺を襲う。俺はその恐怖に従い全力で仙術の強化をして飛びのき、魔術強化も追加でやり始める。
俺がのいた地面が豆腐のように抉られる。あのまま無強化だったらやばかった。
「・・・なるほど、大口叩くだけはあるな」
「こっちは物凄く怖かったですよ。凄いですね」
少年は、彼は魔術強化も、仙術強化もしていない。なのにこれだ。
素の性能が段違いなのが分かる。滅茶苦茶強い。
「どうする?今のを見ても続けるか?」
少年は俺を殺したいと言ってきた時の冷たい目じゃなかった。むしろ気遣ってくれている気がする。
多分さっきまでは完全な格下と思い、眼中になかったんだろう。
ちょっと悔しい。眼中にない状態ではないとはいえ、『弱い』と思われてる。
ああそりゃ素の性能はあんたの方が上だ。ミルカさんと違い、技術でひっくり返す事も出来ないさ。
けど、まだ手はあるんだよ。
それに俺は、ミルカさんにいつか勝たなきゃいけないんだよ。リンさんにいつか認めてもらわなきゃいけないんだよ。
悪いけど、あんたは今の俺の本気の試しになってもらう!
「続けますよ。言ったでしょう。こっちにはまだ手が有ると」
「いいぜ、こいよ」
彼はにやりと笑い、構える。相変わらず武道の構えではないが、関係ない。
彼の構えはあれで正しいんだ。あの姿を十全に使うのがあの構えなんだ。だからそこに付け入るスキはない。
言った通り手はある。彼に勝つ手段は持っている。けどまだだ。俺は彼に見せないといけない。
ミルカ・グラネスの教えを受けた者の業を見せなければ、まだ違う手は使うわけにはいかない。
武術の力を、弱者の力を見せてやろう!
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