第122話新人潰しだそうです!
俺達はあの後出る準備をして、普通に城の正面門から出た。
出る際に、騎士と兵が数名跪いていた程度で、あとは特に何もなく出れた。王女が見送りに来るかなと思っていたが、来なかった。
素通りできるようにと言ってたし、気を使ったのかもしれない。
騎士が数名、俺じゃなく、シガルに目が行ってた気がするのは俺の気のせいであろうか。
今から組合に向かうつもりだが、その前にシガルに尋ねたい事を歩きながら聞こう。
「ねえ、シガル、少し聞きたい事が有るんだけど、いいかな」
「何、タロウさん」
首をかしげながらこちらを見上げるシガル。これだけでもう可愛いと思える俺は脳内が少しお花畑な気がする。
気を抜くとバカップルのようになりそう。
「あの王女さん。ウムルに事の顛末を報告するとか言ってたけど、それって不味いんじゃないの?」
「ああ、そのことかぁ・・・・憶測が入るけど良い?」
俺はこくんと頷くと、シガルは少し思案しながら口を開く。
「タロウさん、王女の自室で話をしてたって言ってたよね?」
「うん」
「多分、自室に音を記録する道具を置いてたんだと思う」
「録音か。録音する道具って普通に出回ってるの?」
「魔術を使えない人が使えるようなのは、イナイお姉ちゃんがだいぶ前に作ったから有るよ。ただ高いから貴族や商人、王族以外で持ってる人は稀かな」
ほう、音だけなら前からあったのか。なんで映像付き作らなかったんだろう。
「人間の記憶ってあんまり当てにならないし、書類にしても偽造できてしまう物も多い。その場の会話を完全に記録できる技巧具は、昔のウムルにとっては必要なものだったらしいよ。
今は貴族や商人が、約束を反故できない証拠として提出するために持ってる事が増えてるの」
「確かにしっかりと記録が残ってたら言い逃れできないね」
なるほど、おそらく声だけで証拠になるから必要を感じなかったんだ。必要に迫られないと新しいものは出来にくいのかもしれない。
でも、それがあったからって、彼女がやった事はごまかせないだろう。彼女自身も薬を入れたと言ってたし。
「それってむしろ、自分の首を絞める証拠提出にならない?」
「タロウさんが彼女を許してなかったらね」
ああ、なるほど。薬を盛った事を、盛られた本人が許すと言った証拠になるのか。
「相手が貴族なら、それでも何かしらの咎めは有ると思う。けどタロウさんとあたしは平民だから。許してしまったなら、それでその話はおしまい」
「あれ、でもシガルは許してないってあの部屋で言わなかった?」
「薬を盛ったのがタロウさんにだけって言ってたなら、どうしようもないかな、そこは」
ああそういう事。確かに食事に入れたと言っていたが、彼女本人が、シガルの食事にも入れていたとは言っていない。
つまり、シガルの訴えは、彼女が白を切り通せてしまうのか。
「それもあたしが平民だからなんだけどね・・・」
「なるほどね、彼女が強気だったのはそのせいなのか」
つまり、彼女の失態はすでに無かったことになる。なら残ったのは一つ。
「あと証拠として残っているのは、タロウさんがナイフを貰ったという事。それもタロウさんの意志で」
「でも、分かってなかったんだけどな」
「タロウさんが貴族ならそれでも通る。けど、王族の自室で、平民が、交換所件に求婚を突き付けた。それを並べると、色々と不味いの」
どう不味いのか分からない俺はダメなのでしょうか。
「これは王族に対する脅しと取られる可能性もあるの。もしそれが他国の王の耳に入れば、断罪の声が上がる。平民ごときが王族をなんと心得る、って」
あー、つまりあれか、ウムル王に話すのは、ウムルの立場を悪くしたくなければ俺との婚姻を勧めろと、そういう事か。
「だからあたしあの女嫌い。やり方が汚い。この場合イナイお姉ちゃんも強く言えないから、余計にやな女」
「でもさ、彼女俺と刺し違えるなんて話もしてたんだよ?」
「それこそ、もし当初の目的通りにタロウさんに殺されれば、一層ウムルは責められる。一番責められるのはイナイお姉ちゃんだろうね。
なんでそんな平民を置いて行ったのかと。たぶん本来はそれが目的だったんだと思うけど」
ああ、つまり録音は本来、俺が彼女を殺したと証明するための物で、たまたま今回の結果になったから、使おうという事か。
「でもあくまで憶測。部屋を探してないからね。けど多分間違いないと思う」
シガルさんマジばねえっす。俺じゃそんな思考回路に至らない。たぶんこの世界の常識を知ってても気が付けない。
この子やっぱり俺より頭いいんじゃね?
「ありがと。シガルはやっぱり賢いね。俺じゃそういう事気が付けない」
「多分それはタロウさんが優しいからだと思う。自分の利益の為に人を嵌める考えは浮かばないでしょ?」
「いやまあ、そういう事したくはないね」
「うん、だから良いと思うよ。タロウさんのそのままで、あたしは好きだよ。その分あたしとお姉ちゃんが頑張るし」
ふんと、気合を入れるシガル。流石に全て助けられるのは情けないので、少しでもそういう事が無いように気を付けておこう。
今回の事も、上手くいったからいいけど、何か不幸があればイナイに迷惑かけてたわけだし。
気を付けよう、うん。
「なんか、がらんとしてるね」
「朝は人いないのか?」
組合について中に入ると、前来たときは人が沢山居たのに、今はちらほら程度しか人が居なかった。
「あら、おはようございます」
その声に振り向くと、この間受付に居た女の子が立っていた。
「おはようございます。朝は人が少ないんですね」
挨拶を返しそう聞くと、彼女はため息をついた。
「朝だから少ないんじゃないんです」
ほむ?何か問題があったから少ないのかな?
「人が少なくなるような問題でも起こったんですか?」
「いえ、街に少し混乱もありましたが、それでこんな風にはならないですよ」
「混乱?」
「あれ、ご存じないんですか?王城に竜が現れて、街は大騒ぎだったんですよ。それも3回も。どこかにお出かけだったんですか?」
ハクさんですね!すみませんそれ俺達のせいです!
「おかげで最初は討伐の依頼は無いのかとか、組合はあれにどう対処するのかとか、国はなんて言ってるんだとか、すごい騒ぎで大変でした。国の事を真っ先にここに聞きに来るんですよね、この国の人は。気持ちは分かりますけど」
すいません!本当にすいません!!
しかし、それからもこの国の人が貴族たちをどう思ってるのかわかる話だな。
「最終的には、支部長がなにか情報を掴んできたらしくて、気にしなくていいの一言で終わっちゃったんですけどね」
支部長さん素敵です!後でお礼を言いに行こうかな。いや、言わない方がいいのかな。一応ハクは竜ってのは組合には知られてないはずだし。
つーか、ここの支部長さん何者なんだろう。その一言で済むってすごくね?
「じゃあ、なんでこんなことに?」
「新人潰しですよ。みんな見物です。ここにいる方はそういう事に興味が無い方たちです」
「新人潰し?」
また不穏な響きだな。
「最近登録して、一気に7級になった男の子がいるんですけど、先輩に絡まれちゃったんです。その人達、よく生意気な新人を挑発して、叩きのめして、いう事を聞かせる人達なんですよ」
「え、それって組合的にダメなんじゃ」
「訓練所でやってますから。それにそこでお互い負けたらいう事を聞くと言う約束なんかしたりして、それも支部長が見届けるので、約束は破れません。それで新人さんが酷い目に合うんですよ」
ええー・・・それ支部長さん大丈夫かよ。
「支部長は、挑発に乗るような奴が悪いって言ってますけど、私は納得いきません」
「なるほど・・・」
挑発に乗るのが悪い、か。確かに一理あるかもしれない。
この人は嫌なのだろうけど、力量を見定めて、立場を弁えるってのは、生きていくうえで大事な事だと思う。
ここの支部長はあえて、そうやってるのかもしれない。
「裏でやってるんですよね?」
「そうですけど・・・まさかあなたも興味がある人ですか?」
凄い嫌そうな顔をする女の子。
「いや、絡んでくる人の顔覚えておこうかと。あと、治療の魔術は割と得意な方なので、怪我してたら治してあげられますし」
「ああ、なるほど。それはいい考えだと思います」
ぱあっと、明るい笑顔になる。このこなんでこんなところで働いてるんだろう。きっとこういうの一回二回じゃ無かっただろうに。
なんて思いつつ、訓練場への道を聞く。
教えてもらった礼を言い、訓練所に向かうと徐々に騒がしくなっていく。
訓練所の扉を開けると、すごい勢いで人が飛んできて、すぐ横の壁に激突した。
「きゃっ」
「うわ、びっくりした」
俺とシガルがそれに驚きの声を上げる。彼が新人?にしては結構なオッサンだ。
でもまあ、こういう事に年は関係ないのかも。
「なんだよ、また見物人か。俺は見世物じゃねえぞ」
発言した人物を見ると、少年だった。あれ、もしかして、絡まれたけどやり返した流れ?
「さあ、どうすんだオッサンども!俺はまだまだやれんぞ!」
そう叫ぶ少年に、一人の男が叫び、舞台に上がる。
「亜人の小僧が舐めてんじゃねえぞ!わけがわからねえせこい技使いやがって!」
「ああ!?亜人だろうが何だろうが、その相手にてめえらはボコられてんだよ!そういうのは俺をやってから言えや!」
どっちもガラ悪い。これは来るべきじゃなかったかもしれない。
「タロウさん、治療しないの?」
シガルがさっき吹っ飛んだオッサンを指さして聞く。いや、絡まれたほうが怪我してたらやるけど、オッサンは自業自得だろ。
新人潰しとか、そういう陰険なの嫌いだ。
「自業自得で怪我したのは、知らない」
「タロウさん、そういう所は結構冷めてるよね」
「だめかな」
「ううん、良いと思うよ、誰にでも優しいのは違うと思うから」
「ならよかった」
シガルに肯定の言葉をもらったので、成り行きを眺める。
オッサンは木剣を振り回し、殴りつけようとする。剣筋が荒い。
対する少年は、人族では無いらしいが、どの辺が違うのかわからない。まあ、それはいいか。
ひょいひょいと、振られる剣を簡単に躱していく。少年は無手のようだ。
だが、しばらくして、オッサンの横なぎをスウェーで躱したところに、返しで切り込まれる。
「え!?」
「?」
俺の驚きの声に、シガルが不思議そうな声を上げる。
だってそれはそうだ、シガルには分からないんだから。
けど、俺は分かる。いや、ここにいる人間では、たぶん俺しかわからない。
少年は切り込まれた剣を、根元から素手で叩き切る。折ったんじゃない、あれは切った。
その証拠に、剣の部分を失った木剣の切れ目はとてもきれいな断面になっている。
「くそ!またか!なんなんだてめえ!何しやがったんだ!」
「誰が教えるかバーカ!だいたい単調なんだよ!全員にた様な手に引っかかりやがって!」
全員?よく周りを見ると、のされたらしき人間が固まっている。全部で7人だ。
いや、それよりも、さっきのは見間違いじゃないはずだ。俺は彼の動きを真剣に見る。
「んじゃ、同じようにとどめと行きますか」
「殺しちゃだめですよ」
「分かってますって支部長。ちゃんと手加減はしますよ」
「ならいいです」
支部長さんがのんびりと少年に言う。少年も支部長さんの言葉には素直に従うようだ。
「くそっ!おらぁ!!」
オッサンは殴り方のなっていない感じで殴りつける。
当然少年は簡単に躱す。木剣を軽くいなしてたんだ。当たり前と言える。
次の瞬間少年の拳に力がまとう。
「じゃあな、お休み」
少年は力をまとった拳で、男を殴り、吹き飛ばす。
男は壁に激突し、気を失った。
「はん、話にならねえな」
間違いない。見間違いじゃない。さっきの剣を切ったのはその力だ。
まさか使える人間が居たのか。
気功仙術の、ガウ・ヴァーフの使い手が居たのか!
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