第121話実際に修羅場に立つとかなり怖いです!
えーと、とりあえずこのままではらちが明かない。事情をきちんと聞かなければ。
なんて思っていると、背中に激痛が走った。後ろに首をひねってみると、シガルが俺の背中を握っている。
「ねえ、タロウさん、昨日一体、何をしたの?」
ニッコリ笑顔で聞いてくるが、その雰囲気は表情とあってない。めっちゃ怖い。
「いたいいたいいたい!ちょっと待って、俺も何が何だか!」
「ふうん?」
笑顔は崩さず、手を放す。俺がした行動は全部ちゃんと言ったはずだ。抜けてるところは無い。
でもシガルは、俺が何かしたけど言い忘れた事が有ると思っているようだ。
「旦那様に何をされるのですか。あなたは自分の立場をわきまえるべきではないのですか?あなたは妻でもなければ、貴族でもない。旦那様を縛る権限は無いでしょう?」
ずいっと、不快そうな顔をしながら俺とシガルの間に割って入る王女。あ、これ話がややこしくなる予感がする。
シガルは明らかに不機嫌オーラをまとい始めている。でも顔は笑顔。怖すぎる。
「面白い事を言われますね王女殿下。昨日の失態をした方の発言とは思えません」
「すでに旦那様から許しを得ています。そしてその恩に報いるためにも私はすべてを彼に捧げます」
シガルが笑顔のまま眉を微妙に寄せるという、器用な事をしている。
「私は許していません」
「なぜあなたに許しを得る必要があるのでしょう?」
「私の食事にも薬を盛りましたよね?」
「証拠はあるのですか?旦那様は口にされましたが、あなたの食事には口を付けてませんよね?平民の方が迂闊な事を王族に言うなど、危険ですよ?」
そこでシガルが笑顔を止めた。完全に睨んでいる。王女は涼しい顔だ。俺は置いてけぼりだ。
むしろ逃げたい。この場から逃げ出したい。
「私は正式にタロウさんと婚約を結んでいる身です」
「ですがまだ結婚はしてない。あくまで約束事の範疇。ならばあなたの立場はウムルの一般市民でしょう」
「イナイ様とタロウさんの二人と共にこの場に立ち、この国の騎士相手に勝った人間に一般人と仰るので?」
「騎士達をどれだけ倒す力が有ろうと、平民は平民。立場という物の違いは覆せません」
「覆せるだけの力を持つ人間を目の前にして、よくそんな大口が叩けますね?」
「旦那様は別です。彼は竜の主人であり、私の旦那様なのですから」
にっこりとこっちを見ながら言う王女。その笑顔は前のすました感じじゃなく、屈託のない笑顔という感じだ。
対してシガルは怒り心頭の表情で王女を見る。
「あれだけの事をして良くも言えたものです。イナイ様も許しはしないでしょう」
「あら、ステル様の威を借りるのですか?そうでしょうね。それがあなたにできる精一杯でしょう」
「・・・私自身に喧嘩を売ってるなら買いますよ」
「あら野蛮。私はあくまで正論を申し上げております。それに暴力で対抗するような野蛮な方は旦那様にふさわしくないですわ」
王女はシガルに言い放ちつつ、俺の腕を取り、体を寄せ付けてきた。
シガルは拳を震わせながらその光景を見る。とりあえず俺は彼女から離れて、シガルの頭を撫でて落ち着かせようとする。
「シガル、ちょっと落ち着こう」
「落ち着いてるよ」
王女様を眉間に思いっきり皺を寄せながら睨んでいる状態を、落ち着いているとは言わないと思います。
「旦那様、そんな野蛮な方を気にする必要なんてありませんわ」
王女はあくまで俺には柔らかい声で話しかける。そこに嘘は感じない。と、思う。
でもその発言は看過できない。さっきまでのはシガルと王女の言い合いだ。だからそこに俺が口を挟む事はしなかった。シガルも大概な感じだったし。
けど、それはダメだ。俺にとってシガルは大事な人間だ。だからそんな言葉を許すわけにはいかない。
「シガルは俺にとって大事な人だ」
シガルを抱きながら王女の目を見て言う。顔に出やすい俺の事だ、たぶん少し怒っているのがすぐわかるだろう。
昨日の事を考えれば、俺が怒っていることに怯えるはずだ。
「――!」
案の定、王女はびくりとして、表情を固まらせた。が、すぐに跪き、頭を下げた。
「旦那様に対し、差し出がましい発言を致しました。まことに申し訳ございません。私もまだ、あなたの物だという自覚が足りなかったようです」
素早い謝罪と、所有物発言。一晩でこの子にいったい何が起きたのか。
シガルの頭をポンポンと叩きながら彼女に尋ねる。
「とりあえず、昨日からのその急変ぶりの説明をしてほしいんですけど」
「と、言われましても、旦那様が父を許す代わりに私に求婚されましたので、それを受けさせて頂こうと参った次第です」
「いや、その求婚をした覚えが無いんですけど」
「ですが、旦那様は私のナイフを持っていかれました」
うん、まあ持ってったね。とりあえず、気になるなら対価はもらったよという意味にしたんだけど。
「旦那様、まさか分かっておられなかったのですか?」
「全く、何にも、全然分かってないです。とりあえず立ち上がってください」
謝罪の体勢から動かない王女様をとりあえず立たせて、話の続きを聞く。
「貴族、王族の女性が持つナイフ、短刀の類は、自身の尊厳を守るための物です。この国の貴族にとってそれを男性が奪う行動は、女性の人生を男性が貰い受けるという意思表示になります。
女性から差し出した場合、自身を差し出すという意味になります」
・・・あ、はい。分かりました。昨日のあれですね。その机に置いてあるナイフが原因ですね分かります。
えー、そんな風習知らんがな。ていうか俺が世間知らずなのを差し引いても、他国の人間が自国の風習を知ってると思うのはおかしいと思うけどな。
「えーと、俺はそういうのは知らなかったんで、そういう事になるなら申し訳ないし、ナイフ返しましょ」
「そんな!どうかお持ちください!」
俺が返そうと言葉を発すると食い気味に否定してきた。
「もしどうしても返すと言われるのであれば、改めてあなたにそのナイフを差し上げます。どうかお受け取り下さい」
あれ、これもしかしてストレートに求婚されてね?いやでもする気ないよ。
「申し訳ないけど、俺は君と婚姻する気も、この国に留まる気も無いですよ」
「・・・この国に留まらない事は一切構いません。いつまでも待ちましょう。
ですが婚姻に関してはそうはいきません。知らずともあなたは私に求婚し、私もあなたに捧げると決めました。
それを反故にすると言うならば、事の顛末もウムルに伝え、正式にこの婚姻を進めていただくようお願いします」
・・・?顛末伝えたら困るのは彼女では?
「卑怯ですね、あなた。タロウさんの立場では、断れない。断れば下手をすれば犯罪者になる。先ほどと言っていることが大違いです。そこまでしてタロウさんが欲しいですか」
え、なんで断れないの?ていうか、犯罪者ってどういうこと。
「勘違いしないでいただけますか?私が欲しいのは、あくまで旦那様のお隣に居られる権利です。旦那様が欲しいのではなく、旦那様の物になりたいのです」
「同じ事です。何を企んでいるのか知りませんが、イナイ様がタロウさんの婚約者である以上、認めるわけがありません」
「企み等、何もありません。あえて言うならば、旦那様のお子が欲しいぐらいでしょうか」
「っ!それこそ盛大な企みでしょう!」
「邪推ですね。純粋に旦那様の子が欲しいだけです」
「周りがそれで済ますはずがないでしょう!」
「済まさせますよ。ウムル王にもお願いするつもりです。我が国の者では、ウムル王に異を唱えるなど出来るはずも無いでしょう」
「くっ!なんて女・・・!」
「あら、シガル様、言葉が汚いですよ?」
戦況はシガルが不利の模様。というか、前提条件が何かあるような会話だ。
「・・・タロウさんは貴族ではありませんよ?」
「あら、問題ありません。旦那様はこの国を継ぐわけではありませんから」
「ならばタロウさんの事をウムルに訴える意味は無いでしょう」
「いいえ。属国と成り、傀儡となり、そして旦那様は竜の主人。
ですがそれでも、たとえ属国でも、傀儡でも私は王族です。それはどうやっても変えようのない事実です。そして旦那様が平民なのもまた事実。
であれば立場を傘に着る行為は良しとせずとも、立場を重んじなければいけない立場としては、意味のある行為です」
「断ればあなたの言う、隣にいる権利も手に入らなくなるでしょう!」
「いいえ、その後我が国の貴族となれば、問題は無くなります」
「それが狙いですか!昨日で諦めたかと思えばまだ汚くあがくのですか!!」
「先ほども言いましたが、邪推ですよ。私は旦那様を利用する気はありません。あくまで旦那様の所有物の一つと認めていただきたいだけです」
「誰がそんな事信じますか!」
「別にあなたに信じていただく必要などありません」
うーん、話が分からない。けどなんとなく分かった範囲で言えば、おそらく俺が立場として、分かりやすい地位というか、身分が無いから、王族に失礼をしたと訴えられるって事かな?
まあ、言われてみれば、平民が王族に求婚とか、大分おかしいか。
「ちょっといいかな」
「はい、なんでしょう旦那様?」
さっきまで冷たい顔でシガルと言い合いをしていたのに、俺が話しかけた瞬間ぱあっと笑顔になる。
これがもし演技だったら、今度こそ俺この子と会話自体出来なくなるな。
「もし俺がそれでも断ったらどうするつもり?」
「え?」
「犯罪者になっても、君の思惑通りに動かなかった場合はどうするつもりなんですか?」
「・・・そこまでお嫌ですか?」
さっきの笑顔から一変、泣きそうな顔になる。でも正直俺はこの子の事をかわいそうとは思ったことは有っても、それ以上の感情は無い。
第一印象が悪すぎた。昨日のは完全に演技じゃないのは分かったけど、今のこれは演技も入ってるように見えてしまう。
「少なくとも、相手の感情も考えるべき事に、手段を択ばない行為は嫌いです」
もしそうなったら、悪いけど全力抵抗させてもらう。ブルベさんにも頭を下げよう。
「・・・分かりました。ウムルに訴えはしません。あなたに完全に拒絶されては何の意味もありませんから」
あら素直。意外と本気なのかこれ。
「ですが信じて下さい。私は本気です」
本気、ねえ。悪いけど、その想いは俺に届いてない。届かない。
彼女の言う本気が、どうしても自分の物にしたいという風にしか見えないから。
「本気で人を慕うというなら、それ相応の態度や行動という物が有ります。俺は君にそれが見えない。申し訳ないけど君に言葉に従う気は起きません」
俺に返された言葉で、彼女は俯き黙る。だが、顔を上げ、俺の目を真剣な顔で見つめる。
「・・・どうやったら信じていただけますか?旦那様のご意向通りにやって見せます」
彼女がある程度真剣なのは分かった。けど彼女の想いは俺に響いてこない。イナイやシガルの時と違い、俺はこの子の想いを心地いいと思えない。
どれだけ俺のいう事を聞くと言われても、そこが動かなければ、俺はこの子の隣にいる気にはなれない。
「人を信じさせるなら、聞くのではなく、君自身が考え、動くべきでしょう。君のやった事はそれだけの事のはずです。君が信じてくれと言って、信じられるはずがない。
俺は確かに君に同情しました。だから助けようとは思いました。それは君が欲しかったからじゃない。
少なくとも俺は君の言動に好感を持てていない。シガルとこんな言い合いをする時点で俺は君を信用できない」
「っ!」
王女はしまったという顔を隠さなかった。シガルを見て、悔しそうな顔になりつつも、シガルに頭を下げる。
「シガル様。先ほどまでの非礼をお詫びします」
「・・・いいえ結構です」
「受け入れてもらえずとも謝罪いたします。お許しくださいとは言いません」
「・・・分かりました」
シガルは不満そうではあるが、怒りは解けたようだ。ちなみにあれからずっと俺の胸の中だ。腰にシガルの手が回っている。
「タロウ様は本日城を出て行かれるとお聞きしています。朝食はどうなされるのでしょう」
さっきまでシガルと言い合いをしていた張りのある声は無く、少し気落ちしている感じの声で聞いてくる。
朝食は外で取ろうと思ってる。流石にここの食事を再度という気にはなれない。たとえ俺が毒物に対抗する手段が有っても、気分が悪いのは変わらない。
「朝は外で食べます。なので結構ですよ」
「分かりました。それでは父と城の兵たちにも伝えておきます。何も気にせず外に出れるようにしておきます。また、ここに来られる際も素通りできるようにしておきます」
うーん?ここに来る予定なんか、イナイと一緒に何かが有る時ぐらいで俺一人で来ることなんかないけどな。
まあいっか。
「お願いします」
「はい。では失礼します」
一礼をしてドアを閉め、去っていく王女。シガルはそれを見届けると、思いっきり抱き付いてきた。
「自分が平民なのが悔しいって思ったのは初めて」
シガルを撫でて、慰める。この子はこの子で俺を守ろうとしていたんだ。言動から俺を利用させまいと言う事だけはひしひしと伝わっていた。
「ありがとう、シガル」
「・・・・うん」
俺の胸に顔をうずめながら返事をするシガル。それを可愛いと思い、撫でる。
この感情があの子に対しては浮かばない。だから婚姻の話なんで受けられるはずがない。
最初の頃のシガルの時のような、ただ好意を素直に聞くことすら、彼女に対しては出来ない。
どうやら自分で思っていたより、彼女への最初の印象は最悪だ。あれだけの変貌を見せられても尚、一切の好感が起こらない。
「多分、彼女本気。気を付けて。思考が王族だから、何してくるか分からない」
「ん、そっか、ありがとう。気を付ける」
シガルの忠告を聞きながら、シガルが離れるまで抱きしめる。ありがとうシガル。
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