第118話気が付かぬはタロウばかりなりですか?
◆シガル◆
「シガル、そっちの野菜、皮剥いて、適当に切っといて」
「はーい」
タロウさんの指示通り、野菜の皮をむく。料理の為のナイフも最近は使い慣れたものだ。
旅に出てからお母さんの偉大さが良く分かった。もっとちゃんとお手伝いしておくんだった。
私は魔術ばかりに気が行って、他の事に気が回ってなかったな。
隣を見ると、タロウさんは聞いたことのない曲の鼻歌を歌いながら、同じく皮むきを私より早く終わらして、切り込みを入れ、小気味よい音で刻んでいく。
切れた野菜にすっと指を滑らせ、キレ具合を確認し、中央の一つを取る。
手に取ったそれは花の形になっていた。それを満足そうに見ている。可愛い。
「ん、どしたの、シガル」
タロウさんが不意にこちらを向き目が合った。手も止まって見つめてしまっていた。
偶にこうやって、何もせずに彼を見つめてしまっている時が有る。私はそういう時、決まって彼を揶揄う言葉を発してしまう。
「切り具合を確認してる満足そうな顔が可愛いなーって」
その可愛さに見惚れていたくせに、自分の事を棚に上げて揶揄いの言葉を言う。
やな女だなと思う時がある。イナイお姉ちゃんなら、間違いなく焦って、何でもない!っていうんだろうな。凄くわかりやすい。
イナイお姉ちゃんは良くも悪くもタロウさんに素直で素敵だと思う。正直タロウさん関連に関してはどちらが年上かわからなくなる時があるけど。
私はどうにも強がる癖がある。甘えればいいのに、甘えられないときがある。
この間の夜がそうだ。余裕があるふりをして、結局体は震えてた。強がって、強がりきれてない。そしてそんなあたしに気が付いてほしいと願う。狡いな。
「あー、そんな顔してた?」
照れながらそっぽを向く彼のしぐさも、とても可愛い。照れくさそうに次の作業に入る姿なんか抱きしめたくなる。
この姿を見ると、揶揄うこの性格も悪くないのかなと思うと同時に、そんな風に思う自分にまた嫌になる。
昼間の話だってそうだ。私は彼を試すような事を言った。彼がそんなことで私への目を変えるわけが無いと分かっていながらやった。
彼自身から、彼の言葉を聞きたくてした行動だ。彼の口から出た言葉は、私を納得させるに十分すぎる言葉で、こんなに嬉しくさせるなんて狡いと思った。狡いのは自分のくせに。
彼の傍にいるために努力はしているつもりだ。けど、自分は、今の自分はどう贔屓目に見ても、守られている。
そしてそれを嬉しいと思いながら、それでも一人でもある程度大丈夫だ格好をつけている自分が心底嫌になる。
そんな葛藤を抱えながらも、この人から離れたくないと心底思っている。この人に嫌われたくない。見捨てられたくない。
だから、彼に足りない部分をどうにか見つけようとする。足りない部分で力になろうと探す。
我ながらあまりに必死過ぎる。本当にこの人の事が好きでたまらないんだ。
なのに、やっぱりまた守られた。さっきの食事で入れられた薬は、きっとタロウさんだけじゃない。おそらく私の食事にも入っていただろう。
タロウさんは、彼らを疑っていないけど、私はあの二人がタロウさんの食事に薬を混ぜたと確信している。
あの食事も、タロウさんが明日出て行くと聞いて、急いで用意したのだろう。
イナイお姉ちゃんから忠告はあった。あたしも、来るなら今夜か明日の朝だろうと思ってた。
なのに、あんな分かりやすい手に引っかかる所だった。あの食事をとっていたら自分がどうなっていたのか、怖くてたまらない。
タロウさんが食事をひっくり返したとき、私は驚きつつも、彼らを見た。
彼らも驚いていたけど、その顔はただ行動に驚いたと言うより、真っ青な表情になっていた。
何か、気が付かれてはいけない事に気が付かれた。そんな感じだった。
イナイお姉ちゃんが、タロウさんはそのままで良いと言った意味も良く分かった。
今のタロウさんを害すことは、彼らには不可能なんだ。だから気を付けろ程度の、軽い言葉で終わったんだろう。
やっぱりタロウさんとイナイお姉ちゃんの間ほど、私とタロウさんの距離は近くない。
あの時も、なんとなくそれを感じてお姉ちゃんを揶揄ってしまった。悔しいと感じた自分が悔しい。
お姉ちゃんにこの事を話すべきか悩んでいる。きっと話せばそれなりの対処をしてくれるだろう。
タロウさんは、この事は彼らの事と思って、お姉ちゃんに言わない可能性がある。だから、話すならきっと私の口からになると思う。
だって彼は、自分の身が危なかったなんて思ってないのだから。一番に心配したのはあたしの事。その次にあの二人。
だから、彼にとっては些細な事なんだ。防げたことだし、自分には何の問題も無い事だったから。
やっぱり、イナイお姉ちゃんには言おう。タロウさんの為にも言わないと。
言わずに自分で何かをしたいと思う心を押さえつけ、お姉ちゃんの帰りを待とうと決める。
今すぐに言えればこんなやな気持ちは持たなくていいんだろうなと思うと、お姉ちゃんとだけ通信出来る道具を貰えないか、今度話した方がいいかもしれない。
本当に自分の事ばかりだな。この人が好きだと言っても、あたしがこの人の傍に私が居たいだけだ。この人の為に出来る事なんて、数えるほどしかない。
不意に、頭に手が置かれ、撫でられた。
「どしたのシガル。調子悪いの?」
表情には出てないはずだ。彼ほど顔に出るような人間なら、もっと可愛げがあったはずだ。手も止まってない。特に変化は無かったはずだ。
でも彼は気が付く。見てる。なんでだろう、ほんとに狡い。泣きたい。けど泣かないのが私だ。
「んーん。大丈夫だよ」
「そ?無理はしないようにね。シガルはほっとくと無茶しそうで怖い」
嬉しい。悔しい。どっちもの感情が溢れる。この優しさが堪らなく嬉しい。その優しさを向けられるほど未熟な私が堪らなく悔しい。
お姉ちゃんは精神的に強く有ろうとする事で心配はされても、それ以外では信頼されきっている。
あたしはそこに居たい。そうなりたい。この人の横で、この人が心配しない、当たり前に見ていられる人間になりたい。
「無茶しないと、あたしはあたしを認められない」
ボソッと呟いた。聞こえたのかどうかは分からない。けど、心からの本音だ。今のままじゃだめだ。足りない。全然足りない。
この人に追いつく。そして何か一つでもいい。この人より長けた自分になる。そのための無茶はいくらでもやる。
それが、それだけが、あたしが彼に目に見て分かるように表現できる、唯一の事。
この人が大好きで、大好きで、絶対に離れたくない、追いつきたいと走り続ける事しか、まだあたしには出来ない。
そんなあたしに彼は気が付いている。急いでいると。無茶をしていると。あまりに全力過ぎると。
それを見てくれる彼にやはり惚れ直してしまい、尚の事強がってしまう。
「まあ、のんびりやろう。俺もまだまだだしさ」
そう言ってにっこり笑顔を向けてくれる彼にやはり見惚れ、あたしはもう離れられないと思う。
いつかきっと、この優しさを素直に受け入れるために、まだ頑張ろうと誓う。いつか彼を守れるように。
◆クエルエスカネイヴァド◆
「ど、どうしましょうお父様」
バレた。バレてしまった。薬が体に入ったのが分かる?そんな馬鹿な事が有っていいのか。
そんな芸当が人の身で出来るものなのか。そして何よりも、多少なりとも摂取したのに平然としているのが何よりおかしい。
あれは本当に人間なのか?
「おちつけクエル、あの男の言い方から察するに、気がついてはおらん」
父はそういうが、信じられない。そんなふりをしているだけじゃないのか?
ついさっきまでは、どれだけ強かろうと搦め手に嵌まる程度ならば問題ないと高を括っていた。
今じゃ、あの男の得体の知れなさに吐き気がする。怖い。堪らなく怖い。自分が何に対して手を出したのかわからな過ぎて震えてくる。
「そんな事、信じられますか?もしお父様が同じ立場で、そんな事を言いますか?」
父に訴えると、黙ってしまった。父だって分かっているはずだ。そんなものは希望的観測だと。
もし、もし仮にあの男が本気で言葉の通りに思っていたとしても、この事がイナイ・ステルの耳に入ればどうなるかは明白だ。
だからこそ、イナイ・ステルが居ないうちに全員に薬をもって、あの男を操るつもりだった。
あの竜が居なくなったのも好都合だった。人間と同じ量で効かなければ計画が狂う。今しかないと思った。
「甘く見てました。ウムルを。ウムルという国が持つ力を。あんな化け物がうじゃうじゃいるのですかあの国は」
「・・・わからぬ。だがはっきり言えるのは、あれは正真正銘の化け物だと証明されたという事だ。触ってはいけない化け物に仕掛けたという事が分かった」
化け物。ええその言葉こそがふさわしい。あの男は化け物だ。得体のしれない化け物だ。あんな物が居ていいはずがない。
怖い。怖い怖い怖い。
なんで、なんであんなのがこの国に、なんであんなのに貴族たちは手を出した。それさえ、それさえなければこんな事にもならなかった!
「お父様、この国はどうなるのでしょう・・・私達はどうなるのでしょう・・・」
「・・・もはやなにも出来ん。本当に甘く見ていたと痛感した。謁見の場で見たものはただの片鱗でしか無かった。そして少なくとも、8英雄は皆あれに勝る」
「あの化け物よりもですか!?あの男は竜を倒すほどなのでしょう!?」
あんな得体のしれない者を制する人間があの国の英雄なのか。いや、だからこその英雄なのか。
「あれに力を付けたのは他の誰でもない8英雄だ。その力に及ばないと本人が口にしているそうだ」
「それは口にしているだけでは・・・」
「8英雄の一人は同じく竜を倒している。アロネス・ネーレスがだ。竜自身がそう言った。もはや疑いようもないだろう」
「錬金術師ネーレスが・・・!」
あの男の本職は戦闘職ではないはず。それなのに、それでも竜を倒せる力を持つのか。
それに、今の話だとそのネーレスも、やつの師という事ではないのか。
「なんで、そんな大事な事・・!」
「まさか奴に薬が効かぬどころか、口に少し入った時点で気が付くなど、思いつきもせんかった」
それは私もだ。もしその話を事前に聞いていた所で考えを変えたか?いや、きっと実行していた。
むしろ聞いていたからこそ実行した可能性もある。奴を使えれば出来ることは多大になる。
「結局、あの女の言った通りなのかもしれん。私は愚者だったのだな」
「お、お父様!」
「・・・すまん。今回の事は追及されても、すべて私一人の事とするつもりだ。お前だけは守る」
「そんな、お父様!!」
「少し、一人になりたい。すまん」
昼間にはまだ力のあった表情が、老人のようになっている。そんな父に何も言えず、見送る。
父もやれとは言った。けど実行をしようと言ったのは私だ。私に責任がある。
だからもし、父がすべてを被ろうとしたならば、私もこの命を絶とう。あの男の考えは理解できない。わからない。だからどう転ぶか全く予想できない。
けど、父は、唯一の肉親だと思っている。母は早く他界し、兄弟も居なければ、私達を親身に想う血族なんて一人も居ない。
そんな父を一人では逝かせない。一緒についていく。愛してくれた父にすべてを被らせなんてしない。
「でも、出来るなら、お父様と生きていたい」
馬鹿な願いだと思う。他人を蹴落とし、操り、それを失敗しておきながら願うような物じゃない。
いや、願うだけじゃなダメだ。このままじゃすべてが終わる。なら私がやることは、出来ることはまだ一つある。
望みは薄い、けどやらないで終わるより、やってしまおう。
どうせやらなければ数日の命だ。お父様の為にも。私の為にも。やってやろう。
行動に移すために準備をする。手が震えているのが分かる。それでもやらないと。
拳を強く握り、歩き出す。さあ、勝負だ化け物。私が打てる最後の手を見せてやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます